第百六十二話 告白
愛しいひとを抱きしめてそのぬくもりと愛情を堪能していた。
無事でよかった。やっと会えた。会えてうれしい。
そう思うけれど言葉にならず、ただただ俺にしがみついて泣く彼女をぎゅうっと抱き締めた。
と。
ツンツン。背中をつつかれた。
誰だよ。邪魔すんなよ。
ジトリとにらみつけるとヒロがそこにいた。
「トモ。移動して」
意味がわからなくて彼女を抱いたままにらみつけたら「竹さんの泣き顔、他のひとに見せたくないでしょ?」と言う。
その指摘にようやく周囲にひとがいることに気が付いた。
彼女は俺の首にしがみつき肩に顔を埋めわんわんと泣いている。「トモさん」「トモさん」何度も何度も名前を呼んでくれている。
こんなかわいいひと、ほかの人間に見せるなんてもったいない。すみやかにふたりきりになれる場所に移動しなければ。
「資材倉庫ならひともいないだろ? ゆっくり話しな」
さすがヒロ。気が利くな。
お言葉に甘えて抱き上げた彼女を連れてさっさと移動した。
資材倉庫は誰もいなかった。バタンと乱暴に扉を閉め、鍵をかける。
片腕で彼女を抱き支え、アイテムボックスからダンボールを取り出して床に敷く。
山積みされていたダンボール箱はこの四日の間にその数を減らしていた。
少し広くなった床に敷いたダンボールの上に胡坐で座り、俺の足の間に彼女をすっぽりとおさめた。
いつもの格好で彼女を抱く。ぬくもりを、やわらかさを堪能する。
ああ。竹さんだ。竹さんを抱いてる。
俺の竹さん。俺の唯一。俺の妻。
愛おしい。大好き。満たされる。しあわせ。
言葉は次々に浮かんでくるのに、気持ちはあふれそうなのに、なにひとつ言葉にならない。
ただ胸がいっぱいで、何故か涙が落ちた。
「トモさん」「トモさん」
彼女はずっと俺の名を呼んでくれている。俺の名を呼びながらしがみつき泣いている。かわいい。愛おしい。
どれだけ俺が好きなのか。彼女にとってどれだけ俺が価値ある存在なのか。そんなことを見せられているようで胸が苦しい。俺、キュン死するかも。
かわいいひとを抱く腕をゆるめ、そっと耳にキスをする。
ちゅ、と触れると彼女はピクリと跳ねた。
驚いたように少し頭を浮かせたから、今度は頬にキスをする。やわらかい。かわいい。
ちゅ。ちゅ。とキスを繰り返す。涙の筋にキスをする。目尻にもキスを落とす。
顔を上げたから唇にもキスをする。
触れるだけのバードキス。驚いて目を丸くする彼女がかわいくてついヘラリと微笑んだ。
「―――トモさん」
くしゃりと顔をゆがめ、彼女は涙を落とした。
「トモさん」
ぎゅうっと抱きついてくるから俺もぎゅっと抱き締めた。
「好き」
「大好き」
―――は?
今、なんと、言った?
彼女が? 俺? を?
俺を『好き』だと、言った? 彼女が!?
照れ屋で恥ずかしがり屋で素直になれない彼女が!?
自分のことを『罪人』だと、『しあわせになってはいけない』と思い込んでいる彼女が!?
自己評価がおそろしく低くて自分のことを『災厄を招く娘』だと思い込んでいて他人に近づくことをおそれている彼女が!?
『好き』!?
俺を、『好き』と、言った!?
信じられなくて思わず彼女を剥がした。まじまじと顔を見つめる俺に涙でぐしょぐしょの彼女はすがるように言った。
「好き」
「!!」
幻聴!? いや違う! 本当に彼女が俺に『好き』と言っている!!
「好き」「好き」「大好き」
ぽろぽろと涙を流し、真っ赤な目と顔で必死に俺に訴え、ぎゅうっと抱きついてきた!
なんだこの愛らしい生き物! かわいすぎだろう! 愛おしすぎだろう!!
何故かはわからないが、あれほど頑なに口にしなかった『好き』を連呼してくれている。
これまでも彼女が俺を『好き』なのはわかっていた。
今までに一度も覚醒時に『好き』と言ってもらっていなかったが、その目に宿る熱に気付かないほどニブくはない。
俺を呼ぶ声に。態度に。つなぐ手に。キスのあとの笑顔に。
俺が『好き』だという想いが込められていた。
彼女は頑固で恥ずかしがり屋で自己評価が阿呆ほど低い上に自分のことを『罪人』とか『災厄を招く』とか思っている。自分がそばにいたら俺が危険にさらされると思い込んでいて、俺のことを巻き込まないために『好き』と言えないことは理解していた。
だから、彼女が言えない分も俺が「好き」と伝えていた。
俺が「好き」と言うたびに、彼女はしあわせそうに微笑む。
それが『私も』と言っていることは伝わっていた。
だから口に出して「好き」と言ってもらえなくても俺は十分しあわせだった。彼女からの愛情を感じていた。彼女の想いをちゃんと受け取っていた。
その彼女が!
俺を「好き」だと言った!!
うれしくてしあわせで爆発しそう! ああもう! 好きだ!!
ぎゅうぎゅうに抱き締めて囲い込む。
「うん」「ありがと」「俺も好き」
耳元にささやくと彼女が顔をあげようとしたのがわかった。
拘束をゆるめるとのろりと顔を上げる彼女。ああ。かわいい! 愛おしい!!
じっと俺を見つめていた彼女が目を伏せ俺に顔を近づけた。
キスしてくれようとしているのがわかった。唇が触れるのを待てばいいのに待ちきれなくて自分からキスをした。
すがるように俺に抱きつき唇を押し付けてくる彼女。好き。大好き。愛おしい。愛してる。
彼女の後頭部を支え、俺に押し付けた。
ふたりが重なり、溶ける。
身体が。ココロが。霊力が。愛情が。
俺達はひとつだった。分かたれてふたつになったけれど、またひとつに戻った。
なんて『しあわせ』。満たされる。感謝が、感動があふれる。
また出逢えた。また結ばれた。俺の唯一。俺の『半身』。
愛してる。愛してる! 俺の妻。俺の、俺だけの女性。
ちゅむ。一瞬離れてまた角度を変えてキスをする。激しい熱に急かされるように唇を重ね合った。
「大好き」
「俺も」
想いを告げ、またキスをする。息を継ぐその一瞬にさえ「好き」と漏れる。
「トモさん」
「好き」
「好きなの」
「うん」
「俺も好き」
「好きだよ」
「好き」「好き」言い合って何度も何度も唇を重ねて抱き合った。
身体のなかを熱い風が駆け巡っている。それが俺の唇から彼女に注がれる。
彼女のなかも水があふれている。間欠泉のように俺への想いが噴き出しあふれている。何故かそれがわかった。
瞼を閉じ、ただ彼女のぬくもりを感じる。全身で彼女の愛を受ける。
そんなに俺のこと好きでいてくれたのか。うれしい。しあわせ。俺も大好き。
愛情とぬくもりと言葉を注がれてお互いにむさぼるように相手を求めた。
どのくらい抱き合っていたのか。どのくらいキスしていたのか。
ようやく少し落ち着いて唇を離した。
舌は入れない、唇を重ねるだけの口付けだったけれど、珍しく激しい感情に支配されていたからか彼女ははあはあと息が上がっていた。
そんな赤い顔で息を乱されたら、しかも俺が好きなのを隠しもしない目をまっすぐに向けられたら、俺、暴走しちゃうよ!!
かわいくて愛おしくて、ちゅ、とバードキスを落とした。
「好きだよ」とささやくと彼女はまた泣き出した。
「トモさん」「トモさん」「大好き」
泣きながら俺にしがみつく彼女をぐっと抱き締める。かわいい。好き。
「ひなさんに、言われ、たの」
えぐえぐと泣きながら彼女が言う。
「『言っとけばよかった』って後悔するよって」
「でも私、言えないって思ってた」
「言っちゃいけないって思ってた」
「だって私死んじゃうのに。貴方を置いていなくなっちゃうのに」
「なのに『好き』なんて言ったら、貴方に迷惑になるって思ってた」
「だから、言えなかった」
泣きじゃくりながら俺にすがって告白する彼女に胸がキュンキュンと締め付けられる。ああもう。かわいい。愛おしい。
「わかってるよ」そう言って頭を撫でたら「ふうううう」とまた泣き出した。かわいい。
「私、貴方を置いて死ぬと思ってた」
「貴方がいなくなるなんて、考えたこと、なかった」
「私が死んでも貴方は元気で生きてるって、信じてた」
「なのに」
「ううううう」とまた泣き、彼女は俺にしがみついた。
「なの、に」
えぐえぐと泣く彼女がどれだけ傷ついたのか理解できて「ごめんね」と抱き締めた。
「貴方が、いなくなって、」
「うん」
「こわくて」
「うん」
「それで、私、やっと、気がついて」
「ん?」
頭を、背中を撫でているうちにようやく話ができるようになったらしい。彼女は一生懸命に俺に訴える。
「ひなさんの言うとおりだった」
「言えばよかったって後悔した」
「貴方に『好き』ってちゃんと伝えればよかったって」
「貴方のいない『世界』なんて、意味がないって、思った」
「貴方のそばにいたいって。貴方と共に在りたいって」
「責務も、罪も、王族としての責任も、なにもかも放り出して、貴方と共に在りたいって、思った」
―――この頑固なひとが、そこまで想ってくれてたのか―――!
「―――ありがとう―――!」
うれしさのあまりまた彼女を抱き締めた。彼女は嫌がることなく俺を抱き締めてくれた。
「俺も大好き」
「俺には貴女だけだ」
「ずっと会いたかった」
「好きだよ」
「私も好き」
「好きなの」
「ずっと好きだったの」
「貴方だけなの」
「うん」
「わかってる」
「俺も貴女だけだ」
「好きだよ」
「私も」
「大好き」
「言えなくて、ごめんなさい」
「いいよ」
「わかってたから。大丈夫だよ」
「―――大好き」
「うん」
「好き」
「うん」
力をゆるめると彼女は俺の意図するところを察してくれて顔を上げてくれた。
そっと唇を重ねる。言葉をもらった分、熱が強くなったようだった。
「トモさん」ちゅ。
「好き」ちゅ。ちゅ。
「好き。好き」ちゅむ。ちゅ。
キスしてくれながら「好き」「好き」訴えるなんて! ああもう! 好き! 好きだ!!
「俺も。好き」ちゅ。
「好きだよ」ちゅむ。ちゅ。ちゅ。
「愛してる」
互いに愛をささやき唇を重ね抱き合っているうちにダンボールの上に横たわった。
いつも寝るときのように彼女を抱き締める。キスをする。
なんだか安心して満たされて、他になにも考えられなくて、ただ彼女のぬくもりと愛情に包まれて俺は意識を失った。