第百六十一話 再会
『異界』に来て四日目。
相変わらず『本拠地』から出られない日々を送っている。
あれから何度もミッションが出され鬼が現れた。
ローテーションを組ませた実働部隊に加えて一般人のチームも戦えるようになってきた。
動きの良いのが何人かいる。そいつらが引っ張る形で一般人チームも戦果を上げた。
前衛も後衛も後方支援も『バーチャルキョート』の技や術も使いこなすようになってきた。
本拠地以外にいた人間の保護も少しずつ進んでいる。
ほとんどはコンビニに避難していた。そこに説明に行って連れて来たり、デジタル部門が送信したメッセージを見て自分で来たり、現在ではかなりの人数がこの本拠地に拠点を置いている。
中には敢えて別行動をする者もいるが、それは個人の自由だ。好きにさせている。俺はそこまで面倒見がいいわけでもお人好しでもない。
だがほとんどはナツの同僚が作る食事につられて本拠地に残ることを決めた。
コンビニもメシはあるが、やっぱり一流料亭の料理人が作るものには敵わない。
「簡単にしか作れないですよ」なんて言っていたが、あのカレーはマジで絶品だった。
え? 竹さんの水使って作った?
……………。
いや、それを置いてもうまかったよ。ありがとな。
運営から出されるミッションをこなしつつ、遭遇する鬼を倒す。
そっちはナツと実働部隊に任せておけば大丈夫。一般人も使えるようになってきたから使える人数は確保できる。複雑なミッションでもどうにかなるだろう。
本拠地とは別に避難していて偶然鬼に遭遇した人間も何人かいたが、風を使っての情報収集ですぐに察知し実働部隊を向かわせることでどうにか一命は取り留めている。本拠地に来たら回復できる人間による治療で死にそうな怪我も治った。
そうやって、どうにか現時点で死者は出していない。
つまり、保志叶多の計画していた『贄』は、ひとつも集まっていない。
だからだろう。こちらの使うパソコンへの攻撃が昨日から激しくなっている。ミッションもガンガン出ている。『贄』が集まらない焦りからか、他の理由からかはわからない。
わからないが、仕掛けられたら対応しなければならない。
ある程度の攻撃まではデジタル部門と一般人協力者でどうにか対応できるが、どうしても対応できない攻撃がある。
おそらくは保志叶多による攻撃。
なんとなくだが、『異界』に来る前に分析していたシステムを作ったのと同じ人間だと感じる。
ちょっとしたワードの選び方とか。展開のクセとか。
時間停止の結界を多用してきた保志は八十歳は超えているはずなのに。
この体力。この発想。この速さ。
悔しいがその実力は認めざるを得ない。
そしてそんな保志に対抗できるのは、この場にいる中では俺だけだった。
保志と戦うのはマジ疲れる。脳味噌フル回転させてキーボード高速連打してまばたきもせずにモニタにらみつけて。
かろうじて侵入を防ぐことに成功してはいるが、それもいつまでうまくいくか。
ジジイなんだからしっかり八時間寝てくれればいいものを、一時間とか、下手したら三十分も経たずに再度攻撃を仕掛けてくる。
おかげでホンの少しの仮眠しかとれない。回復しない状態で戦うから疲労が蓄積していく。
おそらくはそれが狙い。
多分むこうも迎撃している相手がひとりだと理解している。
正攻法が効かないならば別の攻撃を仕掛けようと――相手の体力と判断力を削ぐ戦法を選んだのだろう。
いい判断だ。狙い通り体力も判断力も落ちてるよ。くそう。
なんなんだよあのジジイ。『災禍』の時間停止の結界でしっかり休んでんのか? そうだろうな。俺でもそうする。
ああくそう。あのジジイのいいようにされている気がする。いや、弱気になるな。迎撃はできてる。『贄』も出していない。大丈夫。大丈夫だ。
竹さんの水とおにぎりでどうにか霊力と精神力を補充。仮眠するときは竹さんの布をかぶって童地蔵を抱いて寝る。
そうやってどうにか自分をもたせている。
パソコンで戦わないときは風で塀の内側を確認。鬼の状況、一般人の避難状況、他におかしなことはおきないかの確認をする。
烏丸御池の本拠地周辺の一般人はほとんど収容した。
まだ手つかずなのが烏丸通の東、御池通の南のエリア。
店が多くてごちゃごちゃしているからか、ミッションに使われていない。
そのおかげで鬼の襲撃もないが実働部隊も行くことがない。
危険性の高い場所から声をかけているから後回しにされ続け今に至る。
風で調べた限りだが、コンビニ密集エリアに数十人が分かれて集まっている。
優秀な回復役がいるようで、最初の新風館の襲撃で怪我をした人間が集められ治療を施されている。
あそこにどうにか声をかけに行きたいんだが。
ナツも後方支援の坂本さんも気にかけているが手が回らない状況だ。
ナツは前線を率いないといけないし、坂本さんは増える避難者の受け入れと怪我人の対応の指示がある。「休まず働け!」なんてことは効率を考えるとできないし。
そこにいる人間を風で把握することはできるが、知り合いがひとりもいないから連絡がとれない。晃のように『記憶を視せる』なんてできないから「誰か知ってるひといますか」なんて聞くこともできない。
こちらから全体に向けたメッセージにも反応がない。
結果、放置する状況が続いている。
優秀な回復役はリーダーシップもあるようで、そこの一団は揉めることもなくうまくまとまっている。もうしばらくこのままがんばってもらおう。
保志と戦って仮眠を取っていたが、バッと目が覚めた!
「トモさん!」
すぐにその場にいたエンジニアが気付いてスマホを見せてきた。
『ミッション
鬼の持つ宝玉を手に入れろ!』
考えるより早く風を展開! 六つの門全てから鬼が続々と現れていた!
十、二十、三十……おいおい、まだ増えるのかよ!
「ナツ! 来い!」
風を使ってナツを呼び出す。ナツはすぐに駆け付けてきた。実働部隊の主だった人間も連れてきた。
「地図出せ!」
バッと広げられる地図に鬼の動きを書き込んでいく。
「――今回の鬼は今までと動きが違う。なんて言うか……クスリで暴走させてる、みたいな……。
これまでみたいに『獲物を探す』というのとは違って、どこかに向かって走って――?
――違う。人間がいるところをまっすぐ狙っている!」
自分で書いた現在の鬼の動きを地図上で俯瞰で見たら理解した。
誘いに行けていなかったり個人の判断で別行動をしている人間が本拠地としている場所を目指していた。
そしてこの本拠地にも鬼は向かってきている!
「数は?」
「今百超えた」
ナツが短く問うのにこちらも短く答える。誰もが息を飲んだ。
さらに風で情報を収集。どいつがヤバい?
『中ボスレベル』がいる場所にチェックを入れていく。
『中ボスレベル』は胸に水晶玉のような透明な石を埋め込んでいた。おそらくはそれがミッションにあった『宝玉』。そのことも説明する。
「『宝玉持ち』は五体。ナツ、ここの一体頼む」
「了解」
「もう一体、ここのは俺が行く。残り三体は浅野さん、人選して」
「了解です」
「本拠地も鬼に狙われてる。数人は守備に残して。
他の本拠地に到達する前に叩くぞ!」
「「「了解!」」」
ダッと駆け出すナツと実働部隊。
「聞いたな! 俺は鬼のところに行くから――」
『あと頼む』と続ける前に「トモさん!!」と悲鳴が上がる!
「攻撃仕掛けられてます! 抑えられません!!」
―――やられた!
俺をどちらかに縛り付ける作戦か!
これまでのように数体の鬼が出たのならばナツ達に任せて俺は出動しない。パソコンへの攻撃にのみ対処できる。
だがこれほどの鬼の数とレベルでは俺が出ざるを得ない。その隙にパソコンに攻撃を仕掛け乗っ取る算段だろう。
あれほどあったミッションへの警告がなくなったら、何も知らない人間はのこのこミッションに乗る。そうして鬼に喰われ『贄』にされる。
俺が出動せずにこのパソコンへの攻撃に手を取られたらそれはそれで良し。俺が出動しないだけで戦力はがた落ちだ。そうなれば向かってくる人間を倒して喰えばいい。
どうする!? どちらにつく!?
迷ったのは一瞬。
バッとパソコンの前に座っていた人間を押しのけ、迎撃を代わる。
大丈夫。ナツがいる。実働部隊も一般人も成長した。
向こうは向こうでどうにかしてもらう。
こっちは俺でないとできない。ならば俺は俺の仕事をするだけだ!!
保志は強敵。風を展開しながら、なんてできない。
必死で頭を、指を動かす! くそう! 負けるか! 負けるか!!
戦局は考えるな! 目の前の敵にだけ集中しろ!!
必死で戦い、どうにか迎撃した! ここから反撃に転じる!!
隙を見つけ、攻め込もうとした。そのとき。
バン!
乱暴に開けられたドアの音に意識を引っ張られた。
顔を向け―――固まった。
なんで。
なんで貴女がここに?
攻撃も忘れ、キーボードから手を離した。
のろりと立ち上がる。
夢か? 幻なのか?
信じられなくて、信じたくて、ただじっと愛しいひとを見つめた。
「―――竹さん?」
俺の呼びかけに愛する妻は息を飲んだ。そしてそのまま、膝から崩れ落ちた!
「竹さん!」
あわてて駆け寄ったら彼女は俺に抱きついてきた。
反射的に抱き締める。
と、ブワッと霊力が混じった!
竹さん! 竹さん! 竹さんだ!!
やっと会えた! やっとこの手に抱けた!!
「うわあぁぁぁぁん! トモさん! トモさん! トモさん!!」
俺にしがみつき子供のように泣く彼女。
どれだけ心配させたのか、どれだけ俺のことが好きなのか、示すようにぎゅうぎゅうに抱きついてくる。愛おしい。大好き。大好き!
「トモさん! トモさん! わあぁぁぁん!!」
「―――竹さん―――!」
会いたかった。心配した。無事でよかった。
言いたいことはたくさんあるのに、なにひとつ言葉になってくれない。
ただ胸がいっぱいで、うれしくて、しあわせで、またひとつに溶けるしあわせで満たされて、彼女のぬくもりをただただ抱きしめた。