表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/571

第二十七話 黒陽の話 5

「――ありがとう」


 苦しそうに黙ってうつむいていた黒陽だったが、ポツリと言った。


「久しぶりに妻の話をした」


 そうしてのろりと顔を上げた。


「なかなか誰かに話すことなんてないからな」

 苦笑を浮かべる黒陽に、なんだか胸がツキンと痛んだ。


「……俺でよかったら、聞くよ」


 ぽそりと言うと、黒陽は驚いたように目を大きくした。

 なんだかおかしくて、身を乗り出して言った。


「むしろ、聞きたい」


 俺の言葉が意外だったのか、黒陽はパカリと口を開けた。

 間抜けな顔に笑みが浮かんだ。

 

「昔竹さんのいた世界の話だろう?

 竹さんの『家族』だったひとの話だろう?

 いくらでも聞きたいよ」


 そう説明すると、黒陽は納得したようにうなずいた。


「……『半身』だものな」

「そういうこと」


 それから黒陽は思いつくままに話をしていった。

 自分は竹さんの父親である王の従兄で親友だったこと。

 同い年の従弟にいつも世話を焼かされていたこと。

 妻に出会った瞬間に『半身』と『わかった』こと。

 成人してすぐに結婚したこと。

 紫黒(しこく)の国の様子。王城の様子。魔の森の様子。

 竹さんが生まれてからのこと。ちいさいときの竹さんの様子。黄珀(おうはく)で他の姫や守り役と過ごした時間のこと。


 もしかしたら黒陽もずっと誰かに話したかったのかもしれない。

 そのくらいうれしそうに、楽しそうに話しまくっていた。


 黒陽が『落ちた』あと家族がどうなったかは、話題に出なかった。

 黒陽も知らないのかもしれないと、あえて俺も聞かなかった。




 ひたすら黒陽の話を楽しく聞いていると、ベッドからちいさな音が聞こえた。

 二人同時に口を閉じてベッドを見ると、竹さんが身じろぎしていた。


「……ん……」

 ちいさく声をもらし、ごろんと横向きになる。


 かわいすぎか!


「ああ。随分と話し込んでしまったな」

 時計を見るともう六時を過ぎていた。


「夕食の時間になる。姫を連れて帰らないとな」

「このまま転移するか?」

「そうだな」

 ボソボソと話をしていたら、彼女の瞼がゆっくりと開いた。


 寝起き! かわいい!


 彼女は俺を見つけ、ホッとしたように微笑んだ。


 笑った! かわいい!


 安心したらしい彼女はまた瞼を閉じて――。

 ハッ! と目を開け、ガバリと起きた!

 キョロキョロとあわててあたりを見回す。

 そして俺と目が合った。


 べしょ、と情けない顔になる。かわいい!


 かわいくておかしくて、つい、プッと笑ってしまった。


「おはようございます」

 俺の言葉に彼女はサーッと顔色を変えた。


「――ごめんなさい!!」

 ガバリと土下座をする!

 驚いて言葉を失った俺に彼女は何度も何度も謝る。


「ごめんなさい! ごめんなさい! トモさんがお仕事されてるのに、私、のんきに寝ちゃってて……! ごめんなさい!」

「大丈夫! 問題ないです! 気にしないで!」

 あわてて両手をぶんぶんと振る。


「貴女が少しでも休めたなら、よかった」

 本心からそう言ったら、彼女は顔を赤く染めた。

 目がうるうるしている。かわいすぎか!


 しゅんとするのもかわいい!

 もう、でろでろに甘やかしたくなる!


「姫」


 そんな彼女に黒陽が声をかけた。


「トモと色々話をして、良い手がかりがありました。

 早速晴明と相談をしたいので、今日は戻ってもよいですか?」


 その言葉に彼女はバッと顔を上げた。

 そこにはさっきまでの情けない顔はなく、キリッとした、王族らしい責任感と凛々しさがあった。


 うなずき「はい」と答える彼女。

 黒陽がトテトテと移動し、ピョンと彼女の肩に飛び乗る。


「じゃあなトモ。参考になった。ありがとな」

「待て待て」

 そのまま転移しそうな二人をあわてて止める。


「靴は」

「「……………」」


 大人しく階下へ移動する二人を見送るべく俺も一緒に下りる。


「パン、頼むな」

「おお。そうだった」


 しっかりしてくれよ『うっかり担当』。


 きっとこいつはずっとこんな調子だったんだろうなぁ。

 奥さんずっと世話を焼いてやっていたんだろうなぁ。

 そんなことに思い至り苦笑が浮かぶ。


 玄関で靴を履いた彼女がきちんと立ち、頭を下げた。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ。ありがとうございました」


 そして彼女はへにょりと眉を下げた。


「……その……、次は、霊玉をいただけるときに参ります」


 言葉に詰まる俺に、彼女は困ったように微笑んだ。


「良いお返事をいただけるのを、お待ちしております」

 そしてペコリと頭を下げる。


 霊玉を渡せない負い目があるので「……スミマセン」と頭を下げる。


「今日また黒陽と色々話をしました。

 ――もうしばらく、考えさせてください」


 彼女はただ微笑んでいた。

 黒陽はそっぽを向いていた。

 それでも彼女は「わかりました」と了承してくれた。


「では、失礼します」

 ペコリと下げた頭が戻ったとき。


 彼女の姿が消えた。




 夢でも見ていたのではないかと思う。

 都合のいい夢を。


 そのくらい唐突に、彼女は消えた。


 頭ではわかっている。ただ転移しただけだと。

 だが、ココロが、乱れる。


 今の今まであったぬくもりが一瞬で消えたことに。

 穏やかな微笑みが消えたことに。


 しばらく立ちすくむしかできなかった。



 どのくらいそうしていたのか。

 リリリリリ!

 突然スマホが鳴った!


 あわてて画面を見ると、オミさんだった。


「も、もしもし」

『あー。トモ? 今大丈夫?』

「う、うん」


 いつもの調子のオミさんの声に、ようやく俺も再起動できた。

 ええと、何しないといけないんだっけ?

 とりあえずグラス片付けよう。

 パタパタと二階へ戻る。

 その間にものんきな声がスマホから流れる。


『パンありがとねー』

「どういたしまして。――あ。アキさんいる?」

『うん。代わるねー』

『もしもしトモくん? パンありがとう』

「こちらこそ。おかず、ありがと。助かります」

『どういたしましてー。しっかり食べてねー』

「はい」


 そうだ。米炊かなきゃ。

 グラスを盆に乗せて台所へ。


『ともちゃー』

『ともちゃー。あいあとー』

『あいあとー』

 双子のかわいい声にほっこりしながら米を炊く支度をする。


『ゆきねー、パンいっぱいたべるよー』

『サチもいっぱいたべるよー』

「そっか。いっぱい食べろ」

『『うん!』』


 かわいいやつらだなぁ。ヒロがメロメロなのわかるよ。


『サチはねえ、クリームのパンがすきなのー。いっぱいたべるよー』

『ゆきはねえ、チョコのパンがいいのー』

「わかったよ。じゃあ今度買っておくな」

『『わあぁい! ともちゃ、あいあとー!』』


 ホントよくしゃべるようになったな。

 米を研いで炊飯器にセット。これでよし。


『トモ』

 今度はヒロか。昨日情けないところを見られているからちょっと気まずい。

 だがヒロはそのことには一切触れず、ただパンの礼だけを言ってきた。


「画像見たか?」と確認すると『うん』と答えが返ってきた。


『黒陽様も今いま帰ってこられたばかりだから。詳しい話はまたあとで聞く。ありがとね』


 少しでも彼女の役に立つならばいいんだが。

「頼むな」とだけ言って、電話を切った。



 バタバタと残った用事を片付け、飯を食い、風呂に入る。

 そうしながらも頭の中は今日聞いた話がリピートされる。

 今日見た竹さんの映像がリピートされる。

 どうしたらいいのか。どうすべきなのか。

 そんなことがぐるぐるする。


 ベッドに潜ってもぐるぐるしていた。

 ふと、そういえばタカさんと話をするんだったと思い出した。

 今日連絡をくれる予定になっていたと思い出し、スマホを確認したがなんの着信もメッセージも入っていなかった。


 まああの人も忙しい人だしな。

 俺ももーちょっと頭を整理してから話したい。


 そう思って、スマホを放り投げて眠ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ