第百六十話 攻撃
本拠地に避難させた一般人を戦力にすることにした。
本拠地の運営やら戦闘員やら、もろもろ「好きにしろ」とナツと坂本さんに許可を出す。
ふと思いついてその場にいる全員に聞いてみた。
「この中にパソコンやシステムに強いひと、いますか?」
数人が手を挙げた。
デジタル部門でやっていること、やろうとしていることについて説明した。
その上で「こっちを手伝ってもらうことはできますか?」とたずねたら了承してくれたのでデジタル部門に連れて行く。
「あれがああで、こうなって、こうして」と説明する。どうにか対応できそうだ。本職のシステムエンジニアもいた。これでこっちもまかせて大丈夫だろう。
「じゃあ、お願いします。俺はデジタルプラネットに――」
行こうとした、そのとき。
「攻撃をしかけられてます!」
叫びに画面を見ると、何者かがこちらのパソコンを乗っ取ろうとしている! デジタル部門の人間も連れてきた人間もどうにかしようとしているが対処できない!
「どけ!」場所を開けさせキーボードを叩く!
すぐに迎撃! が、相手もしぶとい! こちらの攻撃もかわされる! 向こうの攻撃ははね返す! させるか! ホワイトハッカー舐めんな!
ダダダダダダ! 高速でキーボードを叩く! くそっ! やるな! さっさとやられろ!!
どのくらい戦っていたのか。
ようやく相手が引いた。
「―――ふうぅぅぅ……」
疲れた。マジ疲れた。
「トモさん……すごいです……」
「どうも」とだけ応え、アイテムボックスから彼女の作った水を出す。ゴクゴク飲んでようやく落ち着いた。
これ、すぐにはデジタルプラネット行けないな。ちょっと寝よう。
ハルのくれた時間停止の結界を展開――。
いつものように霊力を込める。が、周囲は変わらずざわめいている。
―――結界が展開できない―――?
さっきの霊力の刀やナツの土の術と同じで高霊力を必要とする術は展開できないのか?
彼女にもらった他の結界石も試したが起動しない。どういうことだ? 一定量以上の霊力が必要なものは使えないのか?
少ない霊力でも起動できる結界は展開できている。後方支援の人間がこのビルを取り囲むように竹さんが作った結界石を配置して展開している。起動に必要な霊力は少なくても竹さんの作った複雑な術が込められていて、いくつも組み合わせることで強力な結界となる結界石だ。
彼女の結界が展開しているからこのビルに鬼は入ってこられない。
といっても俺がもらった結界石ひとつの効果と比べて、現在ビルを守るように展開している結界のほうが効果は弱い。
いくつもの石を使っているとはいえ、少ない霊力での結界はやはり「薄い」と黒陽は言う。
「それでもあのレベルの鬼をはじくことはできるだろう」そう言っていた。
その言葉が合っているかどうかは鬼が出ないとわからないけどな。
しかし、困った。
時間停止の結界が使えないとなると休息の時間が必要になる。現状、俺が抜けるのはかなり危険だ。
ああ。くそう。最近は時間停止を気軽に多用するひと達とずっと一緒だったから休息時間がタイムロスだと感じる。
『ちゃんと休め』『休まないと頭が動かない』『睡眠不足はミスを呼ぶ』
ああ。タカさんの説教が聞こえる。これはヤバい。
……………仕方ない。普通に仮眠を取ろう。
「俺、ちょっと仮眠取る」
「そうしてください」
デジタル部門のひとの返事に全員がうなずく。そんなに疲れて見えるか? 俺もまだまだ修行が足りないなぁ。
「今あれだけの攻撃仕掛けてきたからしばらくは大丈夫だと思うが、もしヤバいと思ったら遠慮なく起こせ」
「はい」
「ミッションの見張りと勧告メッセージは続けて」
「今なら鬼はいない。今のうちに本拠地に来ることも勧めて。メッセージ入れたら向こうに後方支援の坂本さんがいるから。『こういうの送った』って連絡して受入体制作ってもらって」
「了解です」
細々と指示を出し、仮眠場所を探す。デジタル部門でなにかあったときにすぐ起こしてもらえるよう部屋の隅で寝ることにした。
アイテムボックスからダンボールと彼女の作った大きな布を取り出す。そうだ。メシも食わなきゃ。
ダンボールの上で胡座で座り、彼女の握ったおにぎりと彼女の水で沸かしたお茶を出す。一口食ったらあまりのうまさにガツガツと一気に食ってしまった。そのまま何個もおにぎりを食べる。お茶もゴクゴク飲む。そうだ。この連中も休まさなければ。
「沖田さん」デジタル部門のひとりを手招きするとすぐ来てくれた。
「チーム組んでローテーションで休んで」
「タカさんがいつも言ってるでしょ?『睡眠不足はミスを呼ぶ』」
共通の師匠の口癖に沖田さんが苦笑を浮かべたままうなずいた。
「メシと寝床はナツか後方支援の坂本さんに聞いて」
「はい」
全員を集めて話し合いをするのを部屋の隅から眺めながらメシを食う。ある程度落ち着いたところで彼女の布を頭からかぶり横になった。
最近いつも彼女を抱いて寝てたからひとりで寝るのがさみしい。
『そうだ』と思いつきアイテムボックスから童地蔵を取り出した。
あれだけ世話になったのに最近はアイテムボックスにいれっぱなしだった。
『ゴメンな』ちいさくささやきそっと頭を撫でる。童地蔵はにっこり微笑んでいた。『いいよ』と許してくれているように感じた。
彼女の形代とも言える童地蔵を抱いて、彼女の霊力が染み込んだ布に包まれて、ようやく人心地ついた。
早く帰りたい。彼女のところへ。
きっとすごく心配している。泣いているかもしれない。
そう考えていて、ふと思いついた。
アイテムボックスから彼女の写真を取り出す。
花嫁のような写真。かわいい。癒やされる。
そうだ。結婚式のときの写真。
プロのカメラマンが撮ってくれた写真の中でも厳選したものを保護者達が印刷してポケットアルバムに入れてくれた。
パラパラとめくる。どの写真も彼女はしあわせそう。俺のことが大好きなんだって伝わってくる。うれしい。しあわせ。
しあわせな写真を見ていたらパワーが注がれていった。よし。寝よう。
童地蔵に「おやすみ」と挨拶し、左手の薬指の指輪にキスをする。
俺の『半身』。俺の唯一。俺の妻。
待っててね。すぐに帰るから。
甘えられない甘えん坊の貴女を抱き締めるから。
彼女の代わりに童地蔵をぎゅっと抱き締め、眠りについた。
目が覚めた。完全に回復してない。何時間寝たんだ?
腕を持ち上げ時計を見る。一時間か。いくら俺がショートスリーパーだとはいってもさすがに足りない。
身体に霊力を巡らせる。ある程度は回復してるな。気配を探る。風を展開して周囲を探る。鬼がいる。そうか。それで目が覚めたか。
ムクリと起き上がるとすぐに「トモさん」と声がかかった。
「状況は?」
「今、ミッションが発令されました。勧告出しました」
「ミッションのところまでは潜れてません。すみません」
ふたりが報告してくる向こうで数人がパソコンやスマホと戦っている。
ミッション内容を確認。ナツは……もう出たか。
風で探るとナツが一般人の選抜チームを率いて本拠地を出たところだった。
安倍家の実働部隊が二チーム、ナツの一般人チームの三チームが出撃した。
「複数が必要なミッション持ってきたか……くそう」
面倒だがこっちは実働部隊とナツに任せておけばいいだろう。
伏見のデジタルプラネットを探る。やはり市内中心部を囲う塀の外側は誰もおらず静かなものだ。
デジタルプラネットの結界は相変わらず。今の俺で破れるかはやってみないとわからないな。
とりあえず結界以外は問題なさそうだ。
じゃあ俺はデジタルプラネットを攻めよう。
童地蔵やらをアイテムボックスに収め、代わりにペットボトルを出す。一気に飲み干し、軽く身体を動かす。うん。動く。大丈夫。
「じゃあ、そっちは頼む。俺はデジタルプラネットに――」
行こうとしたのに、またしてもこっちのパソコンに攻撃が仕掛けられた!
俺でないと迎撃できず、実働部隊への指示もせねばならず、結局また疲れ果てて出撃できなかった。
ああ。くそう。早く彼女のところに帰りたいのに!
イライラしながら童地蔵を抱いて仮眠を取った。