第百五十九話 ナツの提案
デジタル部門で細々したことを指示し、ナツのところに行く。後方支援の坂本さんもいた。
「トモ」
すぐに俺に気付いたナツが手招くのでそちらに向かう。数十人の男女の前にナツはいた。
「改めてまして。おれと同じ、安倍家主座様直属の男で、トモです」
ナツが紹介するので仕方なく「トモです」と頭を下げる。一同もお辞儀を返してくれた。
安倍家関係はあんまりあちこちに名乗りたくないんだがな。まあ本名かどうか、名字だか名前だか言ってないからどうとでもごまかせるか。
「そっちは?」とナツがたずねてくるから答える。
「四条の鬼は一体だけだった。実働部隊だけでどうにかなった。他に鬼は出てない」
「怪我人は?」
「出てるけど、あれなら本拠地まで帰れるだろう」
「そっか」
ホッとしたナツは表情を引き締めた。
「こっちは今ザッと説明したところ。
で、こちら、市役所の太田さん。こちらは消防の南さんと喜多さん。こちらは府警の梶本さんと柏原さん。それから…」
ナツの紹介にあわせて会釈をするひとに会釈を返す。
「安倍家からの通達を知ってたひと達」とのナツのまとめに『なるほど』と思う。それで素直に従ってくれたのか。
「で、提案があったんだけど」
ナツが続ける。
「皆さんがね。討伐やら後方支援やら手伝ってもいいって」
「―――」
………役所の人間なら後方支援ならできるだろうが……。実戦経験のないヤツに最前線での戦闘ができるか……?
俺の懸念はナツにはお見通しだったらしい。
「坂本さん達と色々調べたんだけど。やっぱり『バーチャルキョート』の装備やステータスがそのまま使えるみたい。
だから高レベルのひとだったらある程度は動けると思う」
「警察や消防のひとだったら基礎体力あるだろうし。学生で運動部ってひともいた。
まずはゲームの高レベル保持者で運動能力に自信のあるひとでひとつチームを作っておれが引率してみようかと思うんだ」
「今回の鬼みたいに一体だったらどうにかなるんじゃないかと思う。いざとなったらおれが出る」
「……………」
黙る俺にナツがへにょりと眉を下げる。
「戦力を増やさないと、こんなに小刻みに出撃するんじゃ、実働部隊のひとだけじゃもたないよ」
「……………まあな」
俺の肯定にナツも周囲もパアッと明るくなった。
「じゃあ、今度ミッションが出たらおれが梶本さん達つれて出ていいか?」
「……………」
ジトリとにらみつけてもナツはニコニコと平気な顔。周囲をぐるりとにらみつける。ビビるやつもいたが、ほとんどは強い意思を込めた目でにらみ返してきた。
「……………回復薬の効果と在庫は?」
「在庫はまだ十分にあります。一定の効果はありました。
あと、『バーチャルキョート』で使う『治癒』や『回復』が使えることが判明しました。
高レベルの回復役が数名確認されています」
すぐに坂本さんが答える。なるほど。色々聞き取りをしたらしい。
「腕が千切れたり内蔵はみ出したりしても回復できるか?」
普通に、当たり前のことを質問したのに、ナツ以外の全員が石でも飲み込んだような顔をして黙った。
「それはやってみないとわかんないんじゃないか?」
ナツの答えに全員がさらに顔色を悪くした。
「そうならないようにおれが引率する」
ナツはニコニコとそう言うが、そんなにうまくいくだろうか。
「今回は鬼が一体だったからよかったけどさ。あちこちに複数出たら困るじゃないか。
今回本拠地に来れなかったひとを助けにも行かないといけないし」
「……………まあな」
ナツの言うことは確かに一理ある。
ふぅ、と息をひとつ落とし、全員をぐるりと見回した。
「これはゲームじゃありません」
ゴクリと唾を飲み込んだのは誰か。誰もが緊張の面持ちで口を引き結んだ。
「殴られたら痛いし、骨折も切断もあります。場合によっては死にます」
「それでも、行きますか?」
一同の覚悟を試すつもりでひとりひとり目をじっと見つめた。
「行きます」
ひとりが答えたら「自分も」「私も!」とあちこちから声があがった。
「自分は警察官です。市民を守るのが我々の職務です」
「訓練も受けてます!」
「リアルの戦闘経験はないけど、『バーチャルキョート』ではずっと戰ってきました!
運動部なんで体力は自信あります!」
口々に自己アピールをする一同。なかば面倒になって『もういいや』と思った。
「じゃあナツ、頼む」
「! りょーかいっ!」
わざと敬礼してくるナツ。一同がワッと沸き立つ。
「ちゃんとチーム編成しろよ? 前線に出すならこれから訓練させろ」
ナツに命じると「わかった!」とニコニコ返事を返してくる。ホントにわかってんのか?
「あなた達はナツの言うことは絶対遵守。一度でも恐怖で動けなくなったらもう二度と前線に出るな。いいですね?」
「「「了解しました!!」」」
「坂本さん。回復役もチーム作って働いてもらって。他にも使えるヤツがいたら使おう」
「はいっ!」
「あなた。市役所の人間だと言いましたね」
「はい!」
「避難所設営の知識と経験は?」
「あります!」
「じゃあ、この本拠地の運営に協力願えますか?」
「了解です!」
「他にも事務系のお仕事されてる方がおられました。その方達にも協力してもらっていいですか?」
坂本さんの提案に「給料出ないけど手伝ってくれるかな?」とわざと聞いた。
俺達の話を遠巻きに聞いていた一団の中から「手伝います!」と数人が名乗りを上げた。
「じっとしてても滅入るだけです! なにかできることがあるならやらせてください!」
「あの、ぼく、強くもないし事務も経験ないですけど、やること教えてもらったら、なんでもやります」
「おれも」「私も」「手伝いくらいなら」とあちこちから声があがる。
……………さてはナツがなんかうまく話したな。
チラリと目を向けるとニコッとしたナツが耳打ちしてきた。
「全員生きて『現実世界』に帰るために、少しでいいから協力してほしいってお願いした」
……………どうせ小動物みたいに目をウルウルさせて訴えたんだろう。
まったく。この外見で鬼より強いとか、考えるヤツはいないだろう。
はあ。ため息を落とす。
「………まあな。人手はいくらでもあったほうがいいからな」
俺のデジタルプラネット攻略がどれくらいかかるかわからない。その間この本拠地をナツと実働部隊だけで守ることになる。
出現する鬼が一体なら問題ないが、最初のように複数出ることも十分有り得る。
ナツの言うとおり、戦力不足なことは否定できない。
「………わかった。まかせる」
「はい! おまかせください!」
坂本さんの返事にわあっと場が沸いた。
「ただし!!」
大きな声で強く言う。ビクリと全員が固まった。
ギロリとひとりひとりにらみつけて命令する。
「決して無茶はしないこと! 命令系統は守ること! 勝手なことはしないこと! 三度の食事と睡眠はちゃんと取ること! いいか!?」
「「「はい!!」」」
ビッと直立不動で返事をする一同。軍隊か。まあこれだけ言ったら勝手なことをするやつはいないだろう。なんかやらかすヤツがいたら追い出せばいいだけだ。
「食事はおれの同僚にまかせるな」ナツが言うので「まかせる」と丸投げする。
そこでふと気付いた。
「ナツも休めよ?」
「休むよ」
「トモこそ休めよ」
「俺はいい。竹さんの水飲んだ」
「それは『休んだ』とは言わないぞ?」
ふたりでボソボソ話していたら実働部隊が帰ってきた。
全員血みどろの泥まみれ。俺達は『いつものこと』と平気だが、一般人は「ひいっ」と悲鳴をあげるヤツもいた。
「だから言っただろうに」
ボソリとしたつぶやきを聞きとがめられたらしい。数人が怒ったようにキッとにらんできた。
「私、回復できます!」
「ぼくも、浄化できます!」
後方支援の人間の後を追うように一般人が数人駆け出した。なんかやる気に満ちてるな。非常事態でテンションおかしくなってんのか?
まあなんでもいい。使えるヤツはしっかり働いてもらおう。