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第百五十五話『バーチャルキョート』

トモ視点に戻ります。

時間も少し戻ります。

「三、二、一。――オープン」


 カッ!


 強い光に思わず目を閉じた。

 ぎゅっと彼女の肩を抱いた。離さないように。離れないように。


 なのに。


 フッと、腕の中のぬくもりが消えた。

 愛しいひとの身体を失った腕は空を抱く。

 肩を抱いていたはずの彼女が――消えた。


 消えた。


 ―――!!


 消えた! 消えた!! 連れて行かれた!? 置いて行かれた!! なんで!? あんなにくっついていたのに!

 行かなくては。追いかけなくては。助けにいかなくては! どこに? ――デジタルプラネット!


 ド! 風を展開! 状況を調べろ!

 と、異変に気付いた。――北山の安倍家ではない!? どこだここは!


 異変に頭が少し動いた。風を展開。上空から現在位置を把握。ここは――烏丸御池? の、商業施設? 確か――新風館?


 彼女と本拠地(ベース)周辺を確認していて、彼女が興味がありそうにしていた。「中、入ってみる?」と水を向けたけれど「今はいい」「それよりこっちを調べなきゃ」と生真面目に断ってきた。いつか連れて行ってあげようと思って少しだけ調べた。

 その吹き抜けになった中庭を眺める通路に座っていた。


 ふと見ると隣にナツがいた。スマホを持ったまま戸惑いつつも周辺を警戒している。

 ナツの姿を目にして、ようやく少しこわばりが解けた。冷静さを取り戻していく。それでやっと周囲を確認することができた。


 中庭に面した通路いっぱいにひとがいる。スマホを手にしている。真夜中なのに誰もがキチンとした服装。『バーチャルキョート』で使われる衣装だと気が付いた。

 そういう俺もナツも安倍家の戦闘服だったはずなのに『バーチャルキョート』プレイするときに設定していた装備になっていた。


 ふと思いついてコマンドを唱える。

「ステータスオープン」

 すると目の前にゲームのような画面が現れた。該当欄に触れるとその装備が出現した。


「おおお!」「すげー!」「え。マジ!?」

 俺の行動を目にした周囲が「自分もやってみる」と同じ行動を取り、ステータスを表示している。

「わあ! できた!」「マジで!?」と喜ぶひとを見てまた周囲が「え? なに?」とやってみる。

 まるで波紋のようにその行動は広がっていった。


 俺達がいるのは中庭に面した二階の通路。上階にも中庭にもひとがあふれていた。

 何人くらいいるんだこれ。――百――二百、くらいか?


 風を展開してさらに調査を進める。ナツがさりげなく俺を護衛してくれる。ありがたい。周辺警戒はナツに任せて俺は情報収集をしよう。


 高く高く意識を飛ばす。京都の碁盤の目にあわせて淡い光が浮かんでいる。

 細い線もあれば太い線もある。まるで、この間黒陽が見せてくれたような陣のような――。


 そう気付き、ハッと思い当たった。

 俺が彼女と出会う前に(おこな)っていたデジタルプラネットのバイト。

『バーチャルキョート』の街並みを作りこむためにと画像データを集めた。

 その時に走ったルートがなんらかの陣になっていると推察されていた。

 おそらくはこれがその陣だ。


 陣は京都全体に張り巡らされている。その中でも今いる場所の上空――烏丸御池を中心とした一辺二キロ前後の四角形が特に太く強い線を描いている。

 その線に異変を感じた。なんだと思って視ていると、ズズズ、と道路からナニカがせりあがってきた。


 門だった。

 京都御苑の入口のような門が道路の真ん中にそそり立った。

 南北を走る堀川通と河原町通にふたつずつ、東西を走る丸太町通と四条通にひとつずつ、合わせて六つの門が出現した。

 ズズゥゥン、と門が完全に姿を現した、そのとき。

 バシィッ! 門と門を繋ぐ結界が展開された!


 ――閉じ込められた。瞬時に察した。


 ナツも結界に気付いたらしい。

「トモ」ちいさな呼びかけに「閉じ込められた」と短く返す。

 とはいえ風は展開できている。ザっと京都中を走らせる。


 パッと見この新風館以外にひとの姿は見えない。そのまま伏見のデジタルプラネットまで風を走らせる。六階と四階に明かりが点いている。中で人影が動いている。近寄ろうとしたら弾かれた。結界が展開してある。屋上にも侵入できない。

 ちいさく舌打ちし、次に御池の安倍家を目指す。建物はあったが中は無人。北山の安倍家に向かったが、こちらは建物の外観だけで中は空洞だった。


 いるはずのひとがいない。

 間違いない。ここは『異界(バーチャルキョート)』。


 俺とナツだけが連れてこられた。つまり彼女は『現実世界』にいる。


 彼女は無事。

 それを理解したら、一気に安心した。

 それでようやく冷静になれた。


 落ち着け。彼女は無事だ。俺が成すべきはなんだ?

 ひなさんの言葉がよぎる。 

『デジタルプラネット六階に行って「扉」を確保』

『「扉」を確保して竹さんを迎えに行く』

 そうだ。彼女を迎えに行かなくては。


 やるべきことを定めたらより冷静になった。

 やるべきことをやるために必要なことはなんだ? 現状把握。情報収集。分析。


 ここに連れて行られたのは俺とナツだけか? 安倍家の関係者は?

 そう気付き風を展開。予定していた全員とはいかないまでも半分くらいは来ていた。


 向いの通路の三階に安倍家の実働部隊の浅野さんを見つけた。

《浅野さん》

 風で声を送るとビクリと反応する。声をあげないところはさすがだ。


《トモです。そのまま聞いて》

 うなずく浅野さんに声を届ける。

 ナツも俺の護衛をしながら耳を傾けているのがわかる。


《ここは『異界』バーチャルキョート》

《こちらはナツと俺だけが『異界』に来た》

 うなずく浅野さんにさらに続ける。


《現在鬼の気配はなし。

 丸太町通、堀川通、四条通、河原町通。

 この新風館を中心とする四方の通りに結界が展開され、閉じ込められた状態。

 さきほど各通に門が出現した。これが結界を展開していると思われる》


《転移させられた人間はこの新風館に集められている。およそ二百人。俺が確認できた安倍家の人間は二十四人。連絡を取り合って、まずは予定どおり本拠地(ベース)へ。

 なにが起こってもいいように、体制を作ってください》


「了解しました」

 ちいさく答えた浅野さんは手にしたままのスマホで連絡を取り始めた。

 俺も風を展開しながらスマホを操作。ひなさんに電話をかける。が、繋がらない。じゃあタカさん。


 俺の行動を見たナツも電話をかける。

「ヒロ、繋がらない」

「ひなさんもタカさんも繋がらない」

 メッセージアプリでメッセージを送る。メールも送る。非常事態の連絡用に持たされているハルの札に霊力とメッセージを込めて飛ばす。が、迷うように空中で動いたあと、へにゃりと落ちてしまった。


「駄目か」

 それならと、ステータスから『メッセージ送信』を選択。ひなさんのIDにメッセージを送る。


 と、外が騒がしいのに気が付いた。

 風を展開して様子を確認。どうも新風館の外に出られないらしい。

「どうなってんだよ!」「なにこれ!」と騒ぐ一団はなにか危機感を感じているらしい。

 のんきにしている連中はバージョンアップでリアルな体験ができるようになったと思っているか、夢だと思っているらしい。


「トモさん」

 目の前に人型の紙が浮かぶ。浅野さんの式神のようだ。


「『こちら』に来た安倍家の人間とは連絡取れました。

『むこう』と連絡取れません」


「こちらも同じです。主座様と連絡取れません」

 そう返し、やるべきことを指示する。


「現在、この新風館から外に出られないようです。

 安倍家の皆さんは至急合流を。デジタル部門と後方支援部隊を本拠地(ベース)に連れて行きたい。

 実働部隊は護衛を。誰か結界に対抗できるひとはいますか?」


「やってみないとわかりませんが……。合流は急いでします」


「お願いします。

 鬼も妖魔もまだ現れていません。できればこの連れて来られたひとを全員本拠地(ベース)に連れて行きたいところなんだが……」


 どうする? 俺が派手に注目を集めて演説ぶちかますか? だが状況がわからないなかでそれをするのは早計な気がする。第一知名度もない俺がそれをやって聞いてくれる人間がいるとも思えない。ハルか千明さんならいけただろうが。


『安倍家の主座様直属』を全面に押し出してやるか、と考えていた、そのとき。


 シャン。シャン。シャン。シャシャシャシャシャシャシャ。


 いくつもの鈴が鳴る音に連れて来られた人間すべてが注目する。

 と、中庭の中空に人影が現れた!


 頭から布をかぶり口元だけが見える。

 肩から胸にかけて金色の飾りをかけ、左手に水晶玉を持っている。

『バーチャルキョート』に登場する予言者そのままの姿にあちこちから「おおお」「すげー!」と歓声があがる。


「召喚者達よ」


 しわがれた声に周囲はさらに沸き立つ。

「召喚者!?」「なにそれスゲー!」と興奮が盛り上がる。


「私の名は保志 叶多。

 この『バーチャルキョート』の創造主」


「『ホシカナタ』って『バーチャルキョート』の会社の社長じゃん!」「社長!?」「社長キター!!」


 わあぁぁぁ!! と大歓声が湧き起こる。

「しゃ・ちょ・お!」「しゃ・ちょ・お!」と謎のコールが続き、「わあぁぁぁ!!」と歓声と拍手が起こる。


 す、と社長が右手を挙げた。ピタリと静かになる群衆に社長は満足そうだ。


「ここは『バーチャルキョート』の新たなステージ」

「『リアル』を追求した新しいゲームの世界」

「君達は特別に選ばれた」


 社長の言葉にあちこちから反応がある。ほとんどは「やっぱり!」と興奮したような声。「『選ばれた』って!」「スゲー!」という声も聞こえる。


『外に出られない』と騒いでいた一団も社長の説明に釘付けになっている。

 安倍家の人間達はこの騒ぎに乗じて集まりつつある。一階の出入り口付近に集合をかけたらしい。


 目の前に浮かぶ男は本物に見える。幻術や式神には思えない。

 まさか社長が『異界(こっち)』に来るとは考えなかった。そもそも竹さんが『異界(こっち)』に連れて来られなかったというのが想定外だ。

 あれだけ検討を重ねた策が全部台無しになったな。


 その間も風を展開して確認をする。新風館に展開されている結界はひとを通さないだけで俺の風は問題なく通過できた。

 街を囲う結界は高さ五メートルほどの(へい)のようだ。この程度なら俺やナツなら超えられる。が、一般人にはたとえ『バーチャルキョート』の装備があったとしても無理だろう。


 なんのためにこんな仕掛けを作ったのかと考えていると、社長が話を続けた。


「では、このゲームの説明をする」


 ピタリと静かになる群衆に社長はどこか満足そうにニヤリと(わら)った。


「これから君達のスマホにミッションを送る。

 それをクリアしながら、時折出会う鬼を倒せ」


「おおお!」「スゲー!」という声に構わず社長は淡々と続けた。


「まず最初のミッションだ」

 ブブブ、スマホが震える。あちこちから着信を示す音が鳴る。

 手元のスマホを見ると『ミッション』の文字が表示されていた。

 タップすると続けて文字が表示された。


『ミッション

 ゲームのクリア条件を見つけろ!』


 あちこちから「なに?」「どういうこと?」とざわめきが起こる。

 そんな群衆は自然と社長に目を向けた。

 注目を集めていることに満足そうな社長が偉そうに話をはじめた。


「そのように、君達のスマホにミッションが届く」

「君達はミッションをクリアしながらゲームクリアを目指せ」

「ゲームのクリア条件は設定してあるが、秘密だ。

 それを見つけることが第一のミッション」


 納得する群衆を見回した社長は、ニヤリと(わら)った。


「誰かがこのゲームをクリアするまで君達はこのゲームから出られない」


 社長の言葉に「え?」「どういうこと?」と動揺が広がる。

 と、ひとりが叫んだ。


「ログアウトできない!」


 その叫びをきっかけにあちらでもこちらでも「ホントだ!」「どういうこと!?」「出られない!?」と叫びが起こる。

 取り乱す群衆に社長は満足そうにニヤニヤと(わら)っている。



 ふと、外の気配が変わった。

 異変に風を展開する。

 街を囲む結界を繋ぐ門が淡く光っていた。


 ギギギ! 門扉が開く!

 そこからヌッと手が現れた!


 反対側にはなにもないのに、その扉からヌッと現れたのは――鬼!


 俺が戦ったのと同じような鬼が現れた!

 それも一体ではない。六つの門、それぞれから鬼が現れる。次々と。


 ―――二十。三十。くそう。まだ増えるのかよ!


 その鬼達は一様にこの新風館を目指している。マズい。マズい!


「鬼が現れた」

 そばに浮かんだままの浅野さんの式神に向けて話しかける。ナツが息を飲んだ。


「丸太町通、堀川通、四条通、河原町通に出現した門から鬼が現れた。現在その数三十二。すべて中ボスレベル。

 新風館(ここ)に向かっている」


「まずは人命優先。鬼を倒すことは考えるな。

 ひとりでも多く本拠地(ベース)に連れて行き、結界を展開。

 間違っても真正面から戦おうとするな。いいな」


 俺の指示に「了解しました」と返る。


「ナツ」

「うん」

「俺が風刃で道を(ひら)く。本拠地(ベース)まで土壁作れるか?」

「大丈夫」


 グッ、パッと手を握り開きしながらナツが答える。

 自信に満ちた笑顔に、つられて笑顔が浮かぶ。


「先陣頼む。俺は殿(しんがり)につく」

「了解」

本拠地(ベース)の開設も頼む」

「わかった。まかせて」


 頼もしいナツにうなずきを返す。

 ナツにまかせておけば安心だ。


「反対方向に行っちゃったひとがいたらどうする?」

「――そこまでは面倒見られない。

 おそらくは俺達の高霊力で鬼を引きつけられると思う。

 反対方向に行った人間は、あとで回収しよう」


 ボソボソとナツと打ち合わせている間にも社長の説明は続く。


「建物には自由に出入りしてかまわない。

 この『世界』のものは自由に使って結構。

 食べ物、飲み物は本物だ。口にしても問題ない。

 なお、コンビニはセーフティゾーンだ。コンビニの中には鬼は入ってこない」


 理解が追いついていないらしい人間もいれば、まだここがゲームだと信じてやる気に満ちている人間もいる。ステータス画面から武器を取り出す人間も。

 そんな群衆をぐるりと見回し、社長は楽しそうに(わら)った。



「さあ。ゲームのはじまりだ」


 パチン。

 社長が指を鳴らした。

 その瞬間に新風館を取り囲んでいた結界が消えた!


 同時に鬼がなだれ込んできて、その場はパニック状態になった。

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