ヒロ 30『異界』へ
ヒロ視点です
ギュオオオオ!!
すごい速さで龍は天に昇る!
これ絶対あちこちから視えてるだろうな。また問い合わせが殺到するに違いない。
そんなことを頭の端で考えながら、必死で竹さんを片手で支えた。
竹さんは前しか見えていない。こんな必死な竹さん初めてだ。
蒼真様のたてがみをぎゅっと握っている彼女のおなかに左手をまわしてしっかりと抱き支える。右手は蒼真様のたてがみ。持ってないと振り落とされそう。痛いかもしれないけど、ゴメンナサイ蒼真様。
急上昇していた蒼真様はボブンと雲を突き破る。と、今度は急降下した!
なにこれジェットコースターなの!?
ぼくでも悲鳴をあげそうなのに、ビビリで気の弱い竹さんが一言も漏らさない。多分恐怖を感じていない。ただただ『トモのところへ行きたい』と、それだけが頭を占めているのがわかる。
これが『半身』か。
改めて見せつけられた。
いつもはトモが『竹さん好き』を振りまいて、べったりくっついて周囲を威嚇して『半身持ち』特有の執着を見せている。
そんなトモに竹さんは甘えるだけで、いつも穏やかにしあわせそうにしていた。
だからまさかこのひとにこんな激しい熱があるなんて思ってもみなかった。
竹さんは鬼気迫る様子でただ前を見ている。
真下には京都の街。街灯のためか、真夜中でも碁盤の目がはっきりとわかる。それがグングンと近づいてくる!
ちょっとちょっと! なんてスピード出すんですか!!
「竹さん! 頭下げて!! 伏せて!!」
声をかけたけど、風の音で聞こえないのかピクリともしない。
竹さんの肩の黒陽様が障壁を張ってるみたいで知識ほどの風圧はないけれど、それでもかなりの勢いだよ!?
仕方ないからさらに密着して腰を支える。ああこれトモにバレたら殺されるんじゃないかな。非常事態ってことで許してもらえるかな。
そんなことを考えていたら蒼真様の叫びが聞こえた!
「あそこだ!」
どうやら神泉苑の真上に到達したらしい。
「池に映った月に飛び込め!」
「ハイッ!」
菊様の指示に蒼真様は迷うことなく急降下する!
蒼真様がその長い身体を一直線に伸ばした。
ギュオオォォォ! 見る見る街並みが近づいてくる! 暗い一角にポツリと光が浮かんでいるのが見えた。
池に映る月だとわかったのは近くに迫ってから。
その月に向かってためらうことなく蒼真様は飛び込んだ!
ドボン!!
思わず目を閉じた!
息を止めてどうにか瞼を開く。
水の中でも蒼真様のスピードは落ちない。
蒼真様には『道』が視えているらしい。迷うことなく高速で進み続ける。
下へ下へと進んでいたけれど水平飛行に移行し、今度は上へ上へとあがりはじめた。
進行方向にちいさな点が現れた。
点は見る見る大きくなる。月だ。月が浮かんでる。
その月に向かって蒼真様が飛び込んだ!
ザバン!
水柱を立て飛沫をまき散らしながら蒼真様はさらに上昇する!
眼下にさっきまで見ていた京都の街並みが広がる。
「姫! 姫がいる!」
月に向かって蒼真様が叫ぶ!
「姫! 姫ー!!」
「トモさん!!」
負けじと竹さんが叫ぶ!
「トモさん!!」
ボロボロと涙をこぼす。その涙はさっきまでの悲嘆にくれたものではなく、歓喜があふれたもの。蒼真様が自分のお姫様の存在がわかるように、竹さんにもトモの存在がわかるみたいだ。
『異界』に連れて行かれた姫とトモがいる。つまりここが『異界』!
「蒼真!」緋炎様がパタパタ飛んで蒼真様の頭に着地する。
「姫は後回し! まずは新風館へ! それから烏丸の本拠地へ!
全体像把握のあとトモと合流するわよ!」
そうだ! 状況確認しなきゃ!
しっかりと足に力を入れて姿勢を保ち、竹さんを支えたまま開いた手で札を取り出す。
霊力を込める。京都の地図を思い浮かべる。調査範囲指定。調査内容指定。行け!
バッと札を飛ばす。札はくるりとまわって白い小鳥に変化した。そのまま各方面に飛んでいく。
一気に何体も飛ばしたから情報量が多い。それでもまだ処理できる範囲だ。目を閉じて情報を受け取る。
鬼がいる。何体も。戦っている。安倍家の能力者もいれば知らないひともいる。誰もが『バーチャルキョート』のゲーム内で着ているような装備を身につけている。どこも苦戦している。
野営地みたいな場所が何箇所かある。コンビニはセーフティゾーンみたいだ。大人数は収容できないからと入場を拒否されて揉めている場所もある。
逃げ惑うひともいる。陰でひとりガタガタと震えているひともいる。
見たところ烏丸御池を中心に、北は丸太町通、南は四条通、東は河原町通、西は堀川通までが鬼のいるエリアみたいだ。
それぞれの通りに現実にもゲームの『バーチャルキョート』にもなかった門がいくつも出現している。
その門から鬼が現れている。
おそらくは春に京都中に張り巡らされたという陣がこの『異界』にも張り巡らされていて、その陣の一部が門を出現させていると思われる。
きっと『現実世界』と逆転させたときには『現実世界』にもこの門が現れて鬼を呼び寄せるんだろう。
この鬼のいるエリアの外は鬼もいないしひともいない。なんでだろうと思って境界であろう通りに式神をやり観察する。
たまたまたどり着いたひとがいた。鬼がいないかとビクビクしながらそっと堀川通を越えようとした、その途端。
バシン! なにかに弾かれた!
『なんで!?』と叫んでいるのがわかる。見えない壁があるようで、なにもないところをバンバンと叩いている。
どうやら結界が展開されてるみたいだ。
北は丸太町通、南は四条通、東は河原町通、西は堀川通。この四方の通りに檻が作られ、ひとと鬼を閉じ込めている。
『贄』を集めると言っていた。
あまり広範囲に散られると『贄』が集めにくいんだろう。
試しに一体をそのひとのそばに飛ばす。
やっぱり弾かれた。式神も通れないのか。
ぼくらや他の式神が移動できてるのは高い位置にいるからみたい。
試しにとさらに式神を飛ばす。どうも五メートルくらいの高さの塀が展開されてるみたいだ。
なんで四角形や半円形にして閉じないんだろう。
そう思って周囲を見回したら、ドローンが数機飛んでた。保志社長の記憶でもドローンに取り付けたカメラで状況を観てた。ここでも同じことをしているみたい。
そっか。ドローンを出入りさせるために天井のない塀で囲った結界を展開してるのか。
ぼくらには好都合だ。
蒼真様と緋炎様はもとから飛べるし、ぼくらも白露様もこのくらいの高さの塀を飛び越えることは簡単だ。
よし。じゃあ次は伏見のデジタルプラネットを確認しよう。
式神を一体デジタルプラネットに向かわせる。伏見区までの街並みは誰一人おらず静かなものだった。
デジタルプラネットは六階と四階に電気が点いていた。――誰かいる!?
確認しようと近づいた。
と。
バシリ!!
――結界!?
式神が弾かれ、燃やされた!
急いで他の式神もデジタルプラネットへ向かわせる。慎重に探る。どうもデジタルプラネットのビルの周囲に結界が展開されているみたいだ。
こっちは塀で囲った形じゃなくて天井部分もふさいだ四角形の結界。
これじゃあ近づけない。
灯りがついていること、影が動いていることから、あそこに誰かいるのは間違いない。でもそれが保志社長なのか連れて行かれたエンジニアのひとなのか、はたまた鬼が占拠しているのかはわからない。
ドローンの出入りはどうするんだろ。タイミングを見てドローンが帰ってきたときだけ結界解除するとかかな。多分そうだろうな。
とりあえずだいたい把握できたんじゃないかな。うん。
目を開けると新風館の真上だった。
上から見る限り誰もいない。
ただ、なにか惨劇でもあったのか、あちこちが壊れ、鎧や武器の残骸のようなものが散らばっている。暗くてよく見えないけど、汚れているのは――血?
上から見たらすぐそこが本拠地。
ひとが出入りしているのが見えた。
あれ。今出ていったひと、安倍家のひとだよね。じゃあ無事に本拠地の運用できてるんだ。
「蒼真!! あそこに行って!」
「あそこにトモさんがいる!!」
乗り出すように竹さんが叫ぶ。
「転移できないの! お願い! 蒼真!!」
は?『転移できない』!? どういうこと!?
「転移できない」
竹さんの肩の黒陽様がぼくに話しかけてこられた。
「先程から色々試しているのだが。式神は飛ばせる。が、この『世界』に飛び出してから結界が展開できない」
「黒陽様が!?」
なんでも黒陽様は北山の離れで蒼真様に飛び乗ったぼくらがはぐれ落ちないように蒼真様をまるごと包むような結界を展開してくれていたらしい。
それであんなに長く水の中にいても平気だったのか。蒼真様の高速移動にも耐えられたのも黒陽様の結界が仕事してくれていたかららしい。
その結界が、蒼真様が池から飛び出した途端、消えた。
黒陽様はずっと再度結界を展開しようとか隠形を取ろうとかしてくれてたみたいだけど、どれも「できない」とおっしゃる。
「おそらくはここが『災禍』の創った『世界』だからだろう。
『災禍』の使う術と系統の違う術は使えないようにしてあるに違いない」
そんな話をしているうちに本拠地の入口に蒼真様が横付けで着地した。
倒れるように蒼真様から降りようとした竹さんより早く蒼真様がみるみるちいさくなっていく。
あっという間にいつもの大きさになった蒼真様。バランスを崩した竹さんをあわてて支える。けれどそんなぼくに気付いていないらしい竹さんは、ころがるように本拠地に入った。
エレベーターは稼働している。普段の竹さんからは考えられない乱暴さで上ボタンを叩いた竹さん。「早く、早く!」なんてソワソワして、扉が開くと同時に飛び込んだ!
閉めようとするエレベーターにあわてて乗り込む。全員入ったのを確認してフロアボタンを押した。多分三階。
竹さんはソワソワと階数表示をにらみつけている。
ポン。到着を知らせる音とともに扉が開く。
完全に開ききるのを待たずに竹さんが飛び出す!
そのまま一目散に走っていく。こんな竹さん見たことない。
バン! 乱暴に扉を開き、竹さんは固まった。
どうにか追いついて部屋の中に目を向ける。
トモがいた。
パソコンの前で呆然と立ち上がり、竹さんをじっと見つめている。
「―――竹さん?」
信じられないといった様子でつぶやくトモは、なんか疲れ果てている。目の下にクマができて無精ひげも生えてる。髪もボサボサだし、なんかやつれてる。
そんなトモを確認した竹さんは膝から崩れ落ちた。
「竹さん!」
あわててトモが駆け寄る。
手を伸ばすトモよりも早く竹さんが手を伸ばした。
座り込んでしまった竹さんを掬うように抱くトモ。
竹さんはトモの首にしがみついた。
「うわあぁぁぁぁん!!」
ちいさな子供のように竹さんは泣いた。
「トモさん! トモさん! トモさん!!」
人目もはばからず、大声で泣き叫ぶ竹さんにあちこちからひとが顔を出した。
トモはそんな周囲を気にも止めずただ竹さんを抱き締めた。
「トモさん! トモさん!! わあぁぁぁん!!」
「―――竹さん―――!」
泣きながら抱き合うふたりに『よかったね』ともらい泣きした。