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久木陽奈の暗躍 79『道』

「トモさんを、あなたの夫を助けに行きますよ!」

「!」


 私の言葉に竹さんは大きくうなずいた。


「強く『願い』を込めてください。

 神様達に『お願い』してください。

『夫のところに行かせてください』と。

『また会わせてください』と!」


 手段はわからない。それでも彼女が強く『願い』を込めたならばきっと『道』は(ひら)ける!


「! はい!」

 強いまなざしで力強くうなずく竹さんの頬を離す。

 彼女はすぐに立ち上がり神棚の前に進み、パン! と両手を合わせた。

 むむむむむ、とうつむき目を閉じてなにかを強く念じていた竹さんだったけど、ガバッと顔を上げた。


 パン。パン。

 周囲に響く柏手を打つ。それだけで周囲が清められる。

 と。ガバリとその場に平伏した!


高間原(たかまがはら)の北、紫黒(しこく)の『黒の一族』がひとり、竹!

 尊きお方に、伏してお願い奉ります!」


 儀式も、型も、祝詞もなにもない。

 ただ叫び、竹さんは両手と頭を床に擦り付けた。


「お願いします! 私の夫に、『半身』に、会わせてください!

 あのひとのところに行かせてください!!

 あのひとのところに行く『道』を示してください!!

 お願いします! お願いします!!」


 ただただ真摯に、彼女は訴えた。


「捧げられるものはなんでも捧げます!

 私をあのひとのところに連れて行ってください!

 あのひとに会わせてください!!」


「やっと出会えたんです!

 大事なひとなんです!

 約束したんです!

 お願いします! 私を!」


「『私達』を」

「私達を、あのひとのところに連れて行ってください!」


 ポソリと耳打ちしたらそのとおりに奏上するお姫様。チョロい。


「お願いします!」「お願いします!!」

 竹さんは必死に『願い』をかける。ポロポロと涙が落ちているけど多分気付いていない。


「お願いします!

 あのひとに、私の夫に、会わせてください!!

 夫のところに連れて行ってください!!」


「お願いします!!」


 しばらくそのままじっとしていた竹さんだったけど、ハッとなにかに気付き立ち上がった。

 次の瞬間にはいつもの笛を手にしていた。


 ヒィー!


 あっと思う間もなく竹さんは一音を吹き鳴らした。

 あれだけ『結界のなかでないと吹けない』と言っていた笛を、高らかに響かせている!

 そのまま見事な演奏を披露。

 彼女のつむぎ出す音がまるで彼女の叫びのように四方に、天に響き渡る。


 咄嗟に結界を張ろうとしたのだろう。黒陽様が菊様に取り押さえられていた。

 そんな守り役にも気付かず、竹さんは一心不乱に笛を吹く。


 竹さんを中心に高霊力が吹き出しているのがわかる。彼女の霊力が波になって周囲を染める。晃が竹さん作の薄衣を頭からかけてくれた。

 保護者の皆様は主座様が結界で守っておられる。それほどの高霊力があふれ出している。


 おそらくは霊力の少ない一般人には耐えられない高霊力に満ちた空間を竹さんは作っていく。

 結界なんかないのに、音と霊力はどんどん広がっていっているのに、その中心とはいえこれほどの高霊力充満空間を作り出すなんて!


『半身』の危機に理性も常識もなくなっている。遠慮も配慮もかなぐり捨て、ただただ『半身』のために必死で笛を吹いている。『やっぱりこのひとも「半身持ち」だったか』と妙な納得をしていると、演奏がクライマックスに差しかかった。


 ピイィィィィ!!

 悲痛な叫びのような音と共に高霊力の柱がドッと立ち上がる!

 無自覚姫め! こんな高霊力持ってたのか!! このひとやっぱり神様だった!!


 高霊力の柱が収まった。演奏も終わった。

 はあ、はあ、と息を乱した竹さんはフラリと神棚の前に崩れるように平伏した。


「―――おね、お願い、します。お願いします。夫に、会わせて、くだ、さい。あのひとの、ところに」


 はあ、はあ、と息を乱したまま、それでも『願い』を述べる竹さん。


「あのひとの、ところに!」


 血を吐くような叫びに、答える声があった!



「『願い』を受け取った」

「『対価』を受け取った」


 

 え!?

 声に顔を向けると、双子のちびっこが立っていた。ぐーすかと寝ていたはずのに!


 手を繋ぎふたり並んで立つその目に、察した。

 ――『神降ろし』!

 幼いふたりを依代(よりしろ)に、神が降臨し(おり)てきている!!


 それを証明するかのように主座様と菊様がちびっこに向けて平伏された。守り役様達も。

 晃達も、保護者の皆様もあわててそれに(なら)う。当然私も。


「黒の姫よ」

「我らが『(いと)()』よ」


「『(いと)()』………?」


 初めて本人に知らされた事実に無自覚姫は顔を上げてぽかんとしている。


「そなたの『願い』、受け取った」

「そなたの『対価』、受け取った」


 ちびっこの――神の言葉にハッとした竹さんが再び平伏する。


「これまで五千年、己のことはなにひとつ願わなかったそなたが」

「これまで五千年、我らに()く仕えてくれたそなたが」


「これまで五千年、ただの一度も己の不幸を嘆かなかったそなたが」

「これまで五千年、ただの一度も我らを責めなかったそなたが」


「それほどまでに『願う』なら」

「それほどまでに『望む』なら」



「「我らは、叶えなければならない」」



 ちびっこにダブって『視える』。

 はっきりとはわからないけれど、数多の神様達が『そこ』におられるのが『わかる』。

 これまでの『ご挨拶』が、あの『まぐわい』が、結婚式が、今夜の奉納が、神様達と私達を結びつけた。

『呼びかけ』に応えられる土壌ができた。


 主座様や守り役の皆様からうかがった話から推察するに、神様達も『万能』ではない。

 大きな『チカラ』があるからこそ、『制約』に縛られて思うように振る舞うことができない。

 だからこれまで『災禍(さいか)』に手出しができなかった。

 だからこれまで『(いと)()』が不憫(ふびん)でもなにもできなかった。

 だけど。


 五千年という長い時間。その間生真面目に捧げられてきた祈りと霊力。今生のあちこちへのご挨拶行脚(あんぎゃ)。何度も捧げられた霊力。

 それらの積み重ねが、この『神降ろし』に繋がった。



 身体が震える。

 これは歓喜? それとも感動? 畏怖(いふ)? 恐怖?

 わからないけれど、私にできるのはただ平伏するだけ。

 感謝を胸に、頭を下げるだけ。



「今宵は満月」

「祭礼の夜」

神気(しんき)満ちる夜」

「『道』が繋がる」


 ちびっこに『降りた』神様達が代わる代わるおっしゃる。


「青の――龍の一族ならば『道』を渡ることができる」

「そなたの夫のもとへ送ることができる」


 ガバッと竹さんが顔を上げた!


 ちびっこがそろって外側の手を挙げる。天を指差して。


神泉苑(しんせんえん)へ」

「神の泉へ」

「月が欠けぬうちに」

「『道』が消えぬうちに」


「「『願い』を、叶えよ」」


「―――ありがとうございます!!」

 竹さんが叫び、ガバッと頭を下げた。

 途端。

 ふうっとちびっこから力が失われ、そのまま布団に倒れ込んだ。

 守り役のお狐様達に加え千明様とアキさんも飛んでいった。


「……………寝てる」

「問題なさそうだ」

 主座様も駆け寄り手を加えるかざしてふたりの様子を診る。

 周囲の心配をよそに、ちびっこふたりはぐーすかとのんきに寝ていた。



「蒼真!」

「はい!」


 菊様の鋭い呼びかけに蒼真様が窓から飛び出す。と、ちいさな龍がみるみる大きくなっていき、某有名昔話アニメのオープニングの龍のように大きくなった!


 え。蒼真様、こんなに大っきくなれたの? いや確かにそう聞いてはいたけれど。


「竹! 乗って!」

「はい!」

「あんたたちも! 行くわよ!」

「「「はい!!」」」


 菊様の声に動かされ、晃が、佑輝さんが窓から飛び出す。

 ヒロさんが窓枠を越えられないどんくさいお姫様をひょいと抱きかかえて蒼真様の首元に座らせた。そのまま真後ろに座ったヒロさんが竹さんを支える。


 菊様はバッと白露様の背にまたがった。優秀な守り役様はすぐさま蒼真様の背に乗る。

 黒陽様は竹さんの肩に、緋炎様は晃の肩におられた。


 思わず窓に張り付いた。保護者の皆様も、主座様も窓に駆け寄った。

 晃と目が合った。

 行っちゃう。

 唐突に理解して勝手に口が開いた。けどすぐにハッとして閉じた。


『待って』『行かないで』

 こぼれそうになった本音をグッと飲み込む。

 そんな私に晃はちいさく眉を寄せた。


 ダメだ。こんなことじゃダメだ!

 晃は大丈夫。信じろ!


 キッと晃に視線を向け、がんばって顔を作る。

 どうにかにっこりと微笑むことができた。


《がんばって! 頼んだわよ!!》

《まかせて!》

 私の思念は晃に届いた。


《絶対に生きて帰ってくるからね!》

《うん! 待ってる!!》

《帰ったら『ご褒美』ね!》

《―――もう! 馬鹿!!》


 ニコッと笑う晃につられるように笑顔が浮かぶ。


「皆さん! ご武運を!!」


 保護者の皆様も「がんばって!」「気をつけて!」と声をかけられる。

 そんな私達に一同が顔を向け、それぞれにうなずいたり短く応えたりした。


「行きなさい蒼真!」

「はい!」


 菊様の指示に何人も背に乗せた大きな龍が飛び上がる!


「神泉苑へ!!」

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