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久木陽奈の暗躍 76 バージョンアップ直前

 お風呂を終えた私達は軽食をいただき、それぞれ分かれて寝た。

 私と晃は同部屋。以前主座様がくださった時間停止の結界陣が込められた霊玉に晃が霊力を込めて展開した。


 疲れ果てていたところにお風呂でさっぱり気持ちよくなり、さらに軽食でお腹も満たされた私は、晃に抱き込まれただけで安心してスコンと眠りに落ちた。

 目が覚めてから「イチャイチャしたかったのに…」と阿呆に文句を言われた。


「今からでも」と迫ってくる阿呆に「全部無事に終わったらね」とご褒美をぶらさげる。

 途端にわんこはさらなるやる気を見せた。

 チョロい。アホかわいい。


「絶対生きて戻ってね」

 ぎゅっと抱きついてそう願う。

 自分でもわかるくらい声が細い。


 抱きつくと『いよいよだ』と思い知らされて身体が勝手に震える。

 あれだけ準備したんだ。大丈夫なはずだ。

 それでもあのときの黒陽様の声がする。『戦いに絶対はない』

 わかってる。理解している。

 それでも、それでも。


 ああ。私も同じだ。トモさんやタカさんのこと言えない。

 このぬくもりを、私の『半身』を喪ったら、私はどうなるかわからない。

 喪いたくない。行かせたくない。やめさせたい。


「大丈夫だよ」

 震える身体を晃が抱き締めてくれる。『火』を注いでくれる。


「おれは死なない」

「絶対にひなのところに帰ってくる」


「カナタさんを救う」

「トモと竹さんを助ける」


 晃が己のやるべきことを挙げていく。

 でも、ただ「うん」とうなずくしかできない。


 やさしい晃。私の唯一。ただひとりの、私の『半身』。


 こわい。

 晃が傷つくのが。晃が死ぬのが。晃を喪うのが。

 こわい。こわい。こわい。


 次第にこわさが増していく私に、晃はそっと唇を重ねてきた。

 そのままキスを深める。

 抱き合い、身体を、唇を、舌を重ねる。

 そうするとふたりの霊力が循環して混じっていくのを感じる。


 晃の『火』が私に注がれる。弱気も不安もこわさも燃やしていく。

 あたたかい。晃の『火』。私の。

 深いキスで互いを求め、むさぼり、ようやく私の不安も落ち着いた。


 注いでもらったぶん、私の『光』も晃に注ごう。

 戦いで迷ったときに『道』を示せるように。

 そう考えながらキスをする。

 晃は私の『光』を受け入れてくれた。



 ちゅ、と音を立てて晃が離れた。

「この先は帰ってからね?」

《約束だよ》《絶対だよ》と念押しする阿呆におかしくなる。

 そんなに私とシたいの。もう。仕方ないわね。


「暴走しないでよ?」

 茶化すようにそう言ったら、グッと詰まった阿呆がうらみがましい目を向けてきた。


「ひながかわいいのがいけないんだ」

「阿呆か」

 ソッコーでツッコんだが、阿呆はあのときのことを思い出したらしい。熱っぽい目で腰に手をまわしてきた。


「―――やっぱり、今から……」

「ナニ言ってんの! 帰ってから!!」

 べちりと頭を叩いて阿呆の腕から抜け出す。

 いてて、と頭をさする阿呆の前で、まっすぐにその目を見つめた。


「――絶対、帰ってきてね」

「うん。絶対」


 自然とふたりの顔が近づき、唇をそっと重ねた。




 時間停止の結界を解除して部屋を出る。リビングの時計を見たらまだ部屋に戻って数分しか経っていなかった。時間停止の結界、素晴らしい。


 洗面所で顔を洗い、パジャマからパンツスーツに着替える。

 どこでどんな呼び出しがあるかわからないので、動きやすくてそれなりの格好をすることにした。

 化粧もして準備はできた。


 晃は安倍家が用意してくださった仕事をするときの格好。

 立襟の長袖の黒シャツにゆったりめの黒ズボン。その上から防弾チョッキのような軽鎧を着けて、籠手と脛当てを着けていく。最後にブーツを履いて完成。


 晃は『白楽様の高間原(たかまがはら)』から帰ってきて体型が変わった。背が伸びて筋肉がついた。

 そのためにそれまで使っていたジャージが入らなくなっていた。

「買い替えるなら大人っぽいのにしよう!」と千明様とアキさんが張り切ってしまい、霊玉守護者(たまもり)全員戦闘服がジャージに軽鎧からシャツとズボンに軽鎧になった。


 シャツとズボンはストレッチの効く素材でありながら防熱防水がついた特別な素材を採用。切れにくい素材で、多少の攻撃では破れない。

 軽鎧も軽くて丈夫なもの。

 その服と鎧はさらに竹さんがいろいろ付与した。

 おかげでそこらの重装備よりもよっぽど強力に守ってくれる装備に仕上がった。


 黒ベースの服と軽鎧にはところどころにそれぞれの属性色が差し色として使ってある。晃は赤。立襟のフチ、鎧のフチ、紐などに赤が使ってある。


 正直に言おう。

 格好良すぎ!!


 なんなの私の『半身』!

 ただでさえイイ男なのに、こんな、コスプレまがいの格好されたら、ヲタク心が萌え上がるじゃないのよおぉぉぉ!!


 思わずガン見する私の思念が届いてしまったらしい。

 私の最愛が嬉しそうに微笑んだ。

 ズッキュゥゥゥン!!

 なんなのそのかわいさ! カッコ良くてかわいいとか、ある!? 奇跡の存在なの!? ああもう、好き!


「ひな」

「うるさい黙れ」

「うん」

《おれのことそんなにカッコいいと思ってくれるなんて。うれしいな》

「黙れ」

「うん」

《照れちゃって。かわいいなぁ》

「黙れ!」


 私の思念を受け取りまくっている精神系能力者の『半身』に向け、照れ隠しとして回し蹴りをかましておいた。

 やさしいわんこはわざとぶっ飛ばされてくれた。




 室内だけど転移させられる可能性を考えて晃は靴を履いたまま部屋を出る。ふと見上げるとまんまるの月が空高く浮かんでいた。

 ああ。今夜は満月か。

 なんの気なしに、そう思った。


 ふたり並んで神棚の部屋に向かう。開け放した襖からコード類が伸びていた。


「お待たせしました」

 部屋に入ると、その一角が事務所のようになっていた。

 脚の低い長机の上にモニタが並ぶ。部屋の隅にはコードが伸びたハードやなんやらがいくつも。

 ひとつはタカさんの情報分析用のモニタ。

 ひとつはネット上のつぶやきを流す。バージョンアップ前とあってネット上は賑やかなことになっている。

 残りのモニタは京都市内各所の防犯カメラの映像を分割でランダムに映している。今のところどこも大きな問題はなさそう。


 もうひとつの長机には晴臣さんとアキさんがノートパソコンやスマホを並べている。

 チェックリストも準備オッケー。

 壁面にはホワイトボードが二枚。

 一枚には大きな京都市の地図が貼り付けてある。

 もう一枚にはヒロさんが駒やらメモやら用意している。


 戦端が開かれたら情報が飛び交う。

 誰もが一目で理解できるよう、変化していく戦況を追えるよう準備をした。

 実際運用してみないとわからないけれど、晴臣さんとヒロさんと私でやってみた演習ではまあまあの動きができた。


 ヒロさんは前線に出ないといけないからここで情報を分析するのは私と晴臣さんになる。

 最初はちびっこと『目黒』で隠れている予定だった私だけど、千明様の「みんな一緒」のご意見を受けて、晴れて情報分析担当になった。

 この離れには他のひとは近寄らないから、間違っても私を『姫』と勘違いするひとは出ないだろうとの判断だった。


 神棚にはお供え物がたんまりと並べられ、千明様が生けた花が飾られていた。

 襖と反対側の窓も開け放たれている。エアコンも扇風機もない部屋に大人数が密集しているけれど、夜風が通って涼しい。


 トモさんは戦闘服でタカさんとモニタをのぞいてなにやら話し合いをしている。

『異界』に連れて行かれる条件をギリギリまで探ってくれている。


 ヒロさんも戦闘服。主座様とタカさんを除く保護者のお三方と一緒に各所の状況を確認しておられる。

 どうやら『現実世界(いのこり)組』は予定の配置についたようだ。

 主座様直属のヒトでない皆様、主座様の使役する式神、安倍家の能力者さん。

 警察や消防も、神社仏閣や守護者も待機はできている。

 そんな報告を私も確認。準備オッケー。


 アキさんと千明様のそばには専属護衛の霊狐のコンさんとケンさんが子犬サイズではべっておられる。万一のときも安心だ。


 風の通り道である窓のそばに布団が敷かれ、双子のちびっこが並んで寝ている。

 これだけ周りが騒がしくしているのにぐーすかと大の字で寝ている。大物になるに違いない。

 ちびっこの両側にはやはり戦闘服のナツさんと佑輝さん。晃もそちらに合流し、守り役の霊狐に最近のちびっこの様子を聞いている。


 竹さんは高間原(たかまがはら)の衣装で黒陽様と必死にスマホを見ている。

『バーチャルキョート』の様子を確認する役目を言い渡されたらしい。

 トモさんが別件で離れる間、気を紛らわせるためにお願いしたのだろう。

 おかげで生真面目な彼女は生真面目に画面に集中していて、これから先に起こるであろうことへの不安や心配を忘れている。


 他の守り役様はそれぞれの姫のところへ向かわれた。

 準備は着々と進んでいる。

 大丈夫。きっと大丈夫。

 自分に言い聞かせながら報告を確認していった。

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