久木陽奈の暗躍 74 タカさんの会社訪問と宵山
ひな視点です
七月十六日。いよいよ今夜が決戦。
その前にタカさんと晃がデジタルプラネットに行く。
この結果次第では今日の夕方にカタがつく。
『うまくいきますように』竹さんのお守りをぎゅっと握り『願い』をかけた。
今日は平日。本来なら学校がある。
そこはタカさんと細工をして『目黒』主催の特別講座受講のために休むと事前申請した。
明日も休みをゲットしている。これで心置きなくこちらの件に集中できる。
竹さんとトモさん、黒陽様には昨日に引き続きあちこちにご挨拶に行ってもらった。
私はあちこちの最終確認。御池のマンションで主座様とヒロさんにくっついて進捗状況を確認していった。
昼食に呼ばれ御池に移動すると千明様とちびっこも戻っておられた。
全員で「いただきます」と昼食にする。
ちいさなおにぎりを食べるちびっこに「そういえば」と気が付いた。
「双子ちゃんは御池の部屋でいつもどおり寝るんですよね。夜は守り役様がお守りにつきますか?」
ちびっこはふたりとも生まれたときからの高霊力保持者。ちびっこだから当然霊力コントロールなんてできなくて、主座様の部下の霊狐がひとりずつ守り役としてついている。
普段はこの御池のマンションにはついてこない守り役様だけど、大人がみんな任務にかかってそばにいないとなると、なにかあったときに問題があるだろう。
私が子守に入るのはちびっこが起きてからで、それまでは離れの神棚の部屋で霊玉守護者と竹さんの状況確認と主座様への連絡係の予定。晴臣さんとアキさんは主座様と一緒に安倍本家で情報分析の予定だし。タカさんは離れのトモさんの部屋でパソコン操作する予定だし。千明様はタカさんの精神安定剤としてそばにいてもらう予定だし。
そう気が付いて確認したら、千明様は「え?」とキョトンとされた。
「サチもユキも一緒じゃないの?」
「「「は?」」」
「え?『みんな一緒にいたほうがいいんじゃない』って、昨日言ったでしょ?」
……………言われました。
「………え? ということは……?」
思ってもみなかったご意見に混乱しているとアキさんが助け舟を出してくださった。
「ちぃちゃん。『みんな』って、誰?」
「『みんな』は『みんな』よ」
「竹ちゃんとトモくんとヒロちゃんと?」
ひとりずつ挙げていくアキさんに「うん」とうなずく千明様。
「晃くんとひなちゃんと、守り役の皆様」
「うん」
「あと、なっちゃんと佑輝くん」
「うん」
「それと、菊様?」
『これで「みんな」でしょ?』と言いたげなアキさん。ええ。私もそのつもりでした。
なのに千明様は「それと」と拳を見せ、指を広げていった。
「サチとユキと私。それにハルとアキとオミとタカ」
「「「はぁ!?」」」
「私も!?」
「僕も!?」
「え? オレはトモの部屋からパソコン操作しないといけないんだけど…」
口々に出る意見に千明様はキョトンとしておられる。
「……でも、みんな一緒にいたほうがいいと思うわ」
「なんで?」
「さあ?」
「「「……………」」」
……………これは、あれだ。『神託』だ。
晃も時々こんなことがある。だから『わかる』。これは従わないといけないヤツだ。
チラリと目を向けると、主座様と目が合った。主座様も同意見のようだ。うなずいてこられたのでうなずきを返す。
「――ありがとうございます千明様。ではそのように手配しますね」
昼食が終わってアキさんとタカさんになにが必要か確認。
ちびっこの布団はいつも晃達がお泊りするときに使うものを使用。タカさんが使う予定だったパソコンはトモさんの部屋から神棚の部屋に移動。晴臣さんとアキさんは本家で連絡要員の予定だった。その役割を神棚の部屋でしてもらうために机が欲しい。
「とりあえずオレと晃が今からデジタルプラネットに行くから。
その結果次第で動くことにしよう」
タカさんの意見はもっともだ。
「がんばって」「しっかりね」一同の応援を受け、タカさんと晃、そして白露様と緋炎様がデジタルプラネットへ向かった。
タカさんから連絡があったのは夕方。かなり長い時間デジタルプラネットで粘ったらしいけど、社長に会うどころか電話での会話もできなかったらしい。
『ダメだった』
スマホの向こうから聞こえる声はいつもより弱々しい。
とりあえず帰ってきてもらうようにして、トモさんに連絡を入れる。
ブツブツ文句を言いながらもトモさんは設営してくれた。
帰ってきたタカさんと晃、白露様と緋炎様の話を聞く。
どうもカナタさんはタカさんに苦手意識を持ってしまったらしい。
先日面会したカナタさんは、タカさんに褒められまくって有頂天になった。
そこまではよかった。
面会二日後。
「社長ー! また会いに来ましたー!」
「いやー。先日は社長に会えただけで満足しちゃって、仕事の話するの忘れてたんですよー!
社長! ちょっと時間ください!」
タカさんのその人懐っこさに、明るい調子に、カナタさんはドン引いたらしい。
三上副社長がスピーカーにしていたスマホから『馴れ馴れしい』『甘い顔を見せたらつけあがるだろう』と散々に文句を言うのが聞こえた。
なのに、また二日後に突撃したタカさん。
エンジニアのひと達とは必要以上に仲良くなったが、社長は余計に引いた。
そして今日。
取り次ぎも拒否された。
三上副社長もシステムの責任者さんも創業時から社長と付き合ってきたひとで、引きこもりになった社長のことを心配していた。
タカさんの存在は社長をあの部屋から出すきっかけになるに違いないとかなり協力してくれた。
でも当のカナタさんが『一度面会を許したら調子に乗ってしつこく来るウザいヤツ』に嫌悪感を持ってしまった。
三上副社長もシステムの責任者さんもかなりがんばってくれたけど『うるさい』の一喝で終わった。
「ゴメン」
《オレの『声』は届かなかった》
《サト先生や里村のおっちゃんのようになれなかった》
ヘコみまくり泣きたいのを我慢して、そのくせ家族に心配させないように顔を伏せているタカさんが気の毒になった。
ウチのわんこも同じ思念を受信していたらしい。ずっとタカさんの肩に手を乗せ『火』を注いでいるのがわかる。
だから、言った。
「まだです」
私の言葉にタカさんが伏せていた顔を上げた。
「今夜のバージョンアップのあと。竹さんが『異界』に行ったあと。
タカさんは『バーチャルキョート』に『一斉クエスト』を流し、『異界』に行ったひとがトモさんの確保した扉から『現実世界』帰還するように仕向ける」
事務的に説明する私。タカさんの目に次第に力が戻ってくる。
「その手配ができたらすぐにデジタルプラネットへ。三上副社長に頼んで社長室に連れて行ってもらい、カナタさんを説得。同時に『災禍』に竹さんの動きを気付かせないようにする。
これが現在の計画です」
うなずくタカさんの目をまっすぐに見つめた。
私の『光』を注ぐつもりで。
「説得の機会はまだ残っています。
諦めるのはまだ早いです。
今は『そのとき』ではなかったのでしょう」
《『そのとき』じゃなかった》
その言葉はタカさんのココロにストンと収まった。
「『そのとき』が来たら、タカさんの出番です。
今日までのこともきっと布石になってます。
だから、まだ気を抜かないでください」
私の言葉にいい大人のタカさんは目を潤ませた。
ちいさく「わかった」とうなずき、そのままじっとうつむいていた。
パッと顔を上げたタカさんはもういつものタカさんだった。
「じゃあ、急いでセッティングしないとな」
そう言ってトモさんのパソコン設営を手伝いに行った。
《大丈夫だね》
こっそりと伝えてきたわんこにこちらも思念で《うん》とうなずく。
《さすがひな》
私は関係ないわよ。アンタがずっと『火』を注いでたからよ。
《ううん。ひなの言葉でタカさんは上を向けた。やっぱりひなは『光』だ》
うれしそうなわんこに、とりあえず頭を叩いておいた。
今日は宵山。祇園祭で鉾町は一年で一番の人口密集度となった。
『最後のお願い』として四条通の御旅所に一同で向かった。
主座様が結界を張ってくださり『神域』と化したその場所でナツさんが舞を奉納した。
ナツさんがこの宵山で舞を奉納するようになって四年目。神様達やその眷属やお使いの皆様にナツさんの話は広まっているらしく、主座様がナツさんのお仕えする神様の許可を得てあちこちの神様達にお声掛けしたところ、どなたも大喜びで参加を表明。
結果、お客様がたくさんいらした。らしい。
私程度の霊力量ではとてもその場に居続けることはできないから最初は遠慮しようとしたのに、あの『まぐわい』をご覧になった方々から「『伊勢の火継の子』とその『半身』も同席を認める!」とかご指名を受けてしまい、やむなく強制参加となった。
主座様の結界が展開されたと同時に緋炎様からお借りしたまま晃のアイテムボックスに入れていた高間原の女性神職の衣装に替える。竹さんの作った薄衣を頭から被る。イヤリングやら腕輪やらの装飾品もジャラジャラつける。
それでようやく『神域』に立てた。
いつもは主座様の言祝ぎにはじまり、ナツさんが舞を奉納して終わりらしい。
でも今回は『特別なお願い』があった。
「今夜実行されるであろう『災禍』の策。
これを打ち払い『災禍』を滅することができますように。
どうぞ、ご助力くださいませ」
主座様が祝詞を奏上される。
拝礼されるのに合わせて全員で拝礼した。
ナツさんがひとりで舞ったあと、神様達からリクエストがあった。
「黒の姫の笛で舞うナツが見たい」
竹さんが笛を吹き、ナツさんが舞った。
ナニこのすごいの。見てるだけでビリビリするんだけど。すごすぎて勝手に身体が震えるんだけど。竹さん作の薄衣も守護結界もガンガンに仕事してくれてるのがめっちゃわかるんだけど。
超一流の芸能を目の前でナマで披露されてガクガクする私をよそに、神様達はテンション高く喜んでおられる。それがわかる。
クライマックスでふたりが霊力を献上した。
ドドォッ!
霊力の柱が立ち上がった!
私と晃が吉野と伊勢で献上した霊力の何倍もすごい霊力量に倒れそうになる。晃が支えてくれてどうにか醜態を晒さずに済んだ。
そう思っていたら、またリクエストが来た。
今度は竹さんが立ち上がり舞い始めた。
めっちゃ綺麗なんだけど。流れる水のような動き。澄んだ湖のような清廉さを感じるんだけど。
こんな見事な舞が舞えるのに「大したことない」とか言ってたのかあの無自覚姫!
ヒロさん達だけでなく、本職のナツさんまで呆然として竹さんの舞に魅入っている。主座様は平気そう。前に観たことがあるとおっしゃっていた。そのせいだろう。
トモさんも平気な顔。妻が舞うのを愛おしいのを隠しもしないとろけた笑顔で見つめている。
霊力を献上して、竹さんの舞は終わった。やんややんやの大喝采。
と、神様達がなんか話し始めたのがわかった。
――なんか揉めてる?
どうも「次は誰を舞わせるか」で揉めているらしい。
出た結論は何故か私と晃へのご指名だった。
なんでやねん!
は!? 吉野と伊勢の神様達がいらしてる!?
『ウチで披露した舞もすごかったぞ』って自慢した!?
『見てない!』って、そりゃ『まぐわい』のときは舞ってませんもの! 吉野と伊勢は『まぐわい』の許可を取るためですよ!
「仕方ないよひな。がんばろ」
「そうですひなさん。ここで拒否したら皆様のご機嫌をそこねます。お願いします」
「まだ覚えてるでしょ? 減るもんじゃないし、舞ったら?」
晃と主座様に加え緋炎様にまでそんなことを言われてしまい、しぶしぶ舞台に引きずり出された。
あんなすごい舞のあとで私の舞なんか見てもがっかりするだけですよ!
あの特訓のおかげで身体が覚えていて、柏手を打ち舞いはじめたらどうにか身体が動いた。
晃がリードしてくれ、無事ふたりの霊力を混ぜて献上できた。
ふう。やれやれ。どうにか終わった。
「じゃあ次。ナツと三人で舞って」
「は!?」
「いけるでしょ? ナツ」
「いけます!」
ちょっとちょっと。ナツさんなんかへんなテンションになってませんか!?
そりゃこの舞を振付してもらうときに『これをナツさんが本気で舞うのを見たい』とか思いましたけど、それはナツさんと晃のふたりの話ですよ! 私は入れないでくださいよ!!
「でも晃とひなの混じった霊力を喜んでおられるわけだし」
余計な提案をした緋炎様がそんなことをおっしゃる。余計なことを!!
「ナツならふたりの舞を邪魔せず、むしろ活かすように舞えるでしょ?」
「できます!」
ナツさあぁぁぁん!!
そうして晃とナツさんのふたりに引きずり出された。
こっちは一般人なのよ。あんたたち人外と一緒にしないでよ。
どうにかもう一度舞う。ナツさんはうまく私達の舞に入り、もとから三人舞のような舞を披露した。
霊力も三人のものが混じったものが奉納されたらしく、やんややんやの大喝采が起こった。
ひどい目にあった。
「ひなさん、すごいです! 素敵でした!!」
無自覚姫がキラキラした顔で賞賛してくれる。
かろうじて「ありがとうございます」と答え、蒼真様の回復薬を飲んだ。
なるほど。回復薬はこのためか。千明様、さすがです。
白露様が西の姫を連れて来られて、西の姫から神々へ今夜の決戦について説明申し上げた。
「どうかご助力くださいますようお願い申し上げます」と頭をさげるのに全員で倣う。
それからもナツさんが舞い竹さんが笛を吹き舞を舞い、霊力を献上した。
どうにかご満足いただけたところでようやく解散になった。