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久木陽奈の暗躍 73 七月十五日

ひな視点です

 七月十五日。

 打ち合わせを終えて私と晃は出かけた。

 目的はとある有名観光地で開催されているお茶会。

 若い子に経験を積ませるための、堅苦しくないお茶会。ターゲットは通りすがりの観光客。

 だからデートのフリをして有名観光地に出向き、いかにも「通りすがりに知りました」みたいな顔をしてお茶席券を購入した。


 庭園を望む和風建築のお座席で座っていると、恐ろしいほどの美人が薄茶を持ってきてくれた。

 茶碗をはさんで一礼。顔を上げたところで時間停止の結界が展開された。



 恐ろしいほどの美人――西の姫、菊様は三人だけになったところで「ふう」と息をつかれた。


「――手間とらせて悪いわね」

「とんでもございません。久しぶりに二条城(こちら)を拝観する機会を頂戴致しました」

 にっこりと笑みを向ける私に菊様はニヤリと口の端を上げられた。


 今日の菊様は小菊文様の色無地。クリーム色に近い落ち着いた黄色の()に白い夏帯を合わせておられる。長い髪はお団子にまとめてある。


 今日ここに来たのは、菊様とお話をするため。

 これまでの報告と、これからの方針を検討するため。


 良家で猫をかぶってお嬢様しておられる菊様なので、おうちを抜け出すのは簡単ではない。

「急に具合が悪くなった」は先日使ったのでもう使えない。

 なので、指定された場にこちらから出向いたというわけだ。



「竹の結婚式はどうだったの?」

「素晴らしい結婚式でした」

 スマホの写真を表示してお渡しすると、菊様はその大きな目をさらに大きくされた。


「――竹!? これが!?」


 そこには輝くような笑顔の花嫁が写っていた。

「綺麗でしょう?」と言ったら「綺麗とか綺麗じゃないとかじゃなくて」と、どこかあわてたように菊様は私を見、またスマホに視線を落とされた。


「こんな、うれしそうな――」


 呆然としておられる。まあお気持ちはわかります。あの自信のない罪悪感の塊のようなひとが、こんな『しあわせいっぱい』な笑顔を浮かべるなんて、考えられませんよね。


「トモさん――彼女の『半身』の効果です」


「失礼します」と手を伸ばし画面をスワイプ。

 見つめ合う新郎新婦の写真にまたも菊様は驚いておられた。


「智白まで……。こいつ、こんなとろけた甘い表情(かお)できたの……?」


 菊様も高間原(たかまがはら)時代のトモさんをご存知らしい。「恐ろしいわね『半身』」というつぶやきはスルーしておいた。


「これまでも竹さんは前向きに健康になっていると感じていましたが、今朝はより前向きになっていました。

 これならば責務を果たしたあとも生き残れる可能性が高いと考えます」


 さらに仰天される菊様。

「え!? まさか、ヤったの!? 竹が!?」


 ……………。

 菊様……………。『良家のお嬢様』はそんなこと言わないと思いますよ……………。


「性行為には及んでいないようです」

 今朝『視た』様子をご報告する。


「結婚式を経て『夫婦になった』と思ってます。

 それで結びつきがより強くなったようです。

 あと、トモさんが色々話して聞かせたようです」


「それだけでこうなる……………?」

「結婚式の前にひなが竹さんと色々話をしました。

 それでなんか吹っ切れたみたいです」


 首をかしげる菊様に阿呆が余計なことを言う。『コラ』とにらみつけたけど涼しい顔をしてやがる。


 でも菊様はそれで納得されたらしい。

「よくやってくれたわねひな。今後も竹を頼むわね」とお言葉をくださった。


 たくさんの神様達が結婚式をご覧になったこと、どなたも大層お喜びくださってふたりにたんまり祝福をくださったことも報告する。


「やるわねひな」ニヤリと笑う菊様。ご満足いただけたようだ。よかったよかった。



「で? どうなった?」


 先程の話し合いの内容をご報告。ヒロさん作成の議事録もお渡しする。

 全てを聞き終わり議事録にも目を通された菊様は「なるほど……」とつぶやき、どこから鏡を取り出された。


 畳の上に置いた鏡の上に手をかざし、なにかを()ようとされている。

 菊様の霊力が鏡に吸い込まれていく。

 黙ってそれを見守っていたが、ふと霊力の流れが止まった。


「………駄目ね。やっぱり『視えない』」

「……………」

「竹と智白が『鍵』。

 わかるのは、それだけ」


 菊様は『先見』に長けた方。

 その能力でこれまでたくさんの危機を回避してこられた。

 その菊様をもってしても『災禍(さいか)』に関わることは『視えない』。

 おそらくは霊力量が関係しているのだろう。


「――では、これならばどうでしょう?

『トモさんは竹さんとずっと一緒にいられるか』」


「なるほど」とちいさくつぶやいた菊様が再び鏡に手をかざす。

 しばらくして「ふう」とため息を落とされた。


「『本人次第』と出ている」

「……………」


 ………それは、どう判断すればいいのかしら………。


 これまでもトモさんは何度も危機に遭遇している。鬼に殺されかけ、竹さんに別れを告げられココロを壊した。必死に修行してきたのに竹さんに逃げられた。

 それを本人のがんばりと周囲のサポートで乗り越えてきた。

 竹さんの弱気を潰した。暴走を抑え、回復させた。体力作りをさせた。


 この先なにかが起こるとき、トモさんのがんばりが道を切り拓くと、そういうことだろう。


「それならきっと大丈夫ですね」

 きっぱりと言い切る私に菊様は疑問を浮かべられた。


「『半身』のためならばどんなことでもするのが『半身持ち』です。

 竹さんのためならば、トモさんはどんなことでもやり遂げます」


「『半身』ですから」

 にっこりと微笑む私に「そういうモン?」と菊様はいぶかしげだ。


「私がここにいることがなによりの証拠かと」


 この説明は菊様の納得を得るものだったらしい。

「ぷっ」と笑った菊様は「なるほどね」とニヤリと口の端を上げられた。

 視線を向けられた阿呆が「はい!」と元気よくお返事をした。



「とりあえずは明日の会社訪問次第ね」

 それが成功するかどうかも菊様でも『視えない』。おそらくは『宿主』も『災禍(さいか)』と同じ扱いなのだろう。


「頼むわよ。晃」

 菊様に声をかけられた晃が「はい」と頭を下げた。


 もし明日の訪問がダメだった場合、『バーチャルキョート』のバージョンアップが勝負となる。

 そのときには菊様も安倍家にお出ましくださることになった。


「東の姫と南の姫はいかがされますか?」

 菊様は少し考え、鏡に手をかざした。


「――あのふたりは放置でいいわ。『成るように成る』と出ている。

 ただ、蒼真と緋炎は付けておきなさい」

「かしこまりました」


 ついでだからとさっきの話し合いで出た『どこでバージョンアップを迎えるか』も相談する。

 菊様の判断は『全員同じ場所』『安倍家の離れの神棚の部屋』だった。


「それで竹さんが伏見のデジタルプラネットまで行けるんですかね?」

「そこは『視えない』のよ。なんか起こるのは間違いないんだけど……」


 他にも確認を重ねたが、やっぱり確証のない『一か八か』『出たとこ勝負』な策にしかならなかった。

 こんな不確定な策で皆様を動かしていいものだろうか。


 茶席を辞し、築地塀にはさまれた長い道を手を繋いで歩く。


「大丈夫だよひな」

 私の思念を『読んだ』らしい最愛がそっと寄り添ってくれる。


「なんの計画もないよりは百万倍マシだよ」

「やることを具体的に指示されて、準備もした。

 心構えがあるのとないのとじゃ、準備ができてるのとできてないのとじゃ、全然違うよ」


「………確かに」

 そう言われたらそのとおりだ。

 晃に顔を向けたことでそれまでうつむいていたことに気が付いた。

 にっこりと微笑むわんこのおかげで肩にのしかかっていたものがフッと軽くなる。


「やれるだけのことをやろう」

 わんこの励ましに「うん」と答える。

 繋いだ手をぎゅっと握る。


「おれは死なない」

「うん」

「カナタさんを救う」

「うん」

「トモと竹さんもずっと一緒にいられる」

「うん」


 晃の『火』が注がれる。私の弱気を燃やしていく。


「きっとうまくいく」

「うん」


 晃の励ましにココロがあたたまっていく。やる気に火がつく。


「――そうね。きっとうまくいくわよね」

「うん。そうだよ」

「私達はカンストレベルの幸運値があるもんね」

「そうだよ」


 ニコニコとうれしそうなわんこにこちらもつられて笑顔になる。


《やっぱりひなは笑顔が一番》

 目を細めやさしく微笑む最愛にキュンとする。

 手を繋いでいるからそんなトキメキも伝わってしまい、ますますわんこがニコニコになる。


「がんばろ」

「………うん」


 照れ臭いのをおさえ、どうにかうなずく。


《かわいい》

《ひな、かわいい》


「黙れ」

「なにも言ってないよ?」

「うるさい。黙れ」

《もう。ひなったら。かわいいなぁ》

「黙れ!!」


 バッと手を振りほどきズンズンと先に行く私を、でろ甘わんこが笑いながら追いかけてきた。




 菊様への報告を終えたら私と晃もまわれるだけの神社仏閣にご挨拶にうかがった。

 ほとんどの神様達が先日の『まぐわい』にも昨日の結婚式にも来られている。

『まぐわい』で授けていただいた『運気上昇』の御礼を申し上げる。おかげで順調に進んでいることへの御礼を申し上げる。結婚式にお越しくださった御礼を申し上げる。

 そうして、明日の夜の決戦でお力添えをいただきたいことを申し上げた。



 夕食のあと千明様にヒロさん作の議事録を見せ、話し合いの内容を説明してご意見をいただく。


「みんな一緒にいたほうがいいんじゃない?」

「どこにです?」

「え? 離れじゃないの?」


 菊様と同意見。これはもう確定だ。

「ありがとうございます。とても参考になりました」

 意味がわかっていない千明様は「そう? よかった」とのんきにニコニコされていた。




 竹さんとトモさんを宵宵山に行かせ、私達は打ち合わせをする。

 主座様、タカさん、ヒロさん、晃、白露様、緋炎様、そして私。

 菊様の見解、千明様の見解を報告。主座様も今日上がってきた報告事項について報告してくださる。

 安倍家の能力者や他家の状況についてはヒロさんが、デジタルプラネットと『バーチャルキョート』の状況はタカさんが報告してくださる。


 蒼真様は回復薬を急遽作成中。

 千明様が「回復薬、足りるかな」とつぶやいておられた。ということは『足りない』ということだと判断した私が追加作成を依頼した。安倍家にも緊急依頼を出した。


 緋炎様は南の姫の状況を報告。

 変わらず剣道三昧の日々を過ごし、覚醒の気配もないという。


 実は南の姫も東の姫も『バーチャルキョート』のヘビーユーザー。

 数年前から忙しい日々の癒しとして寝る前の一時間程度を『バーチャルキョート』に費やしている。

 もちろんこのふたりも不正にレベルを上げた。本人達は『なんかドロップ率がいい』『えらくレベルアップ率がいい』くらいにしか思ってないらしい。


 おふたりとも寮暮らし。

 東の姫は看護師を目指していて学校近くの寮で暮らしている。

 南の姫は剣道強豪校の剣道部の寮住まい。


 そんなおふたりは現実(リアル)での交流はない。菊様とも竹さんとも、安倍家とも関わりは全くない。

 その高霊力も記憶と一緒に封じられているから、ごくフツーの学生さんとしてごくフツーの生活を送っておられる。

 

 看護師になるための勉強に、剣道に、それぞれ忙しくされているおふたりは遊びに行くのもままならず、結果『バーチャルキョート』に『非日常』を見出した。


 覚醒していない姫が自分から『災禍(さいか)』の展開する『異界』に関わっている。

 これも『偶然』だろうか。それともこれこそが『必然』なんだろうか。


 わからないけれど、今は気にしない。

 私は私のすべきことをするだけ。

 晃が死ぬことがないように。『カナタさんを救う』という晃の『願い』が叶うように。

 妹のようなかわいいお姫様が、これからも『半身』と『しあわせ』でいられるように。


 策を練る。準備をする。

 そうして私は今夜も暗躍するのだった。

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