第百五十三話 月曜日12 ご挨拶行脚と宵宵山
ゆっくりと休憩したおかげで愛しい妻は回復したらしい。
「そろそろ行こ!」と急かしてきたので「そうだね」と席を立った。
先週からひなさんに命じられてあちこちに『お願い』にあがっている。
神社仏閣が押しくら饅頭している京都では『お願い』にあがるところも多い。
密集している分、ひとつひとつはわりと近い。
なので、東から西、西から東へと近いところを順に参拝していった。それを北から南へと下っていき、昨日までに半分以上が済んでいる。
今日は結婚式の翌日。七月十五日。月曜祝日。
三連休の最終日でもあり宵々山が行われるとあって街中は昨日同様すごい人出が予想されている。
が、そんな密集エリアはもう済んでいるのでこれまでよりは早く移動できるだろう。
昨日は強制的に休みにさせられたので一昨日の続きからご挨拶にまわる。
彼女と手を繋ぎ、黒陽を肩に乗せて目的地に転移。あっという間に一箇所目に到着。ご挨拶にあがった。
これまでどおりご挨拶をして竹さんが笛やら舞やら霊力やら奉納して『お願い』をする。
終わったら次の場所。近いので体力作りを兼ねた散歩として歩いて移動。
そうしてご挨拶をし『お願い』をし、また歩いて移動。そんなことを何箇所も何箇所も繰り返していく。
ついでにと結界やらの確認もする。
これまで『バーチャルキョート』とリンクして鬼が出現した場所は封印や結界がゆるんでいたという。
少しでも鬼の出現率を下げるためにもあちこち確認に歩いた。
神域を出たり入ったりするので時間の感覚がおかしくなる。
頃合いを見て休憩した。水分補給をし、おやつを食べた。コンビニに立ち寄ってアイスを食べた。
日傘もさしているし俺の風と黒陽の霧でミストシャワーをまとっているような状態だが、ただでさえ体力がない上に暑さに弱い彼女はすぐにヘトヘトになっていた。
なのに生真面目でがんばり屋なものだから、無理をおして一箇所でも多くご挨拶にあがろうとする。
だから「ちょっと休憩しよ」とこまめに休憩を取らせた。
人気のない場所だったら木陰の下で俺の膝に座らせた。
ぎゅっと抱きしめて背中をポンポンと軽く叩くだけで彼女はすうっと眠りに落ちる。
あれだけの霊力を献上するんだ。それも何度も。疲れないわけがない。
寝てしまったと彼女が気に病むのがわかっているから黒陽が時間停止の結界を張ってくれた。
彼女と一緒に俺と黒陽もちょっと昼寝をした。
ホントは離れに戻ってちゃんとベッドで寝たほうが休まるんだけどな。
生真面目なかわいいひとは『帰って昼寝する』ことを了承しないので仕方ない。
それにこれはこれでしあわせ。
俺に甘えて安心しきって眠る愛しいひと。
それだけ俺を頼りにしてくれているのもなにもかも委ねてくれているのもわかって誇らしい。
ぎゅうっと抱き込むだけでひとつに戻る感覚。ふたりの霊力が循環し交じる。それが俺も彼女も癒やしていく。
だからだろう。毎回彼女は少し眠っただけで回復した。
「わ、私、また寝てた!?」
あわてるのかわいい。ヨダレのあとがついてるのもかわいい。
「竹さんも寝てたの? ゴメン。俺も寝てたからわかんない」
わざとそう答えるとホッとするかわいいひと。チョロい。
「少しでも寝られたならよかったね」
そう言って頬を撫でるとうれしそうに微笑む。
その顔がまるで子犬のようで、かわいくて愛らしくてついキスをしてしまう。
頬を染めてしあわせそうに微笑むの反則! かわいすぎて死にそう!
黒陽がいてくれなかったらどうなっていたかわからない。まだ死にたくないので必死に邪念を抑えた。
一昨日までもそうやって休憩しながらあちこちご挨拶にあがっていた。が、今日は少し様子が違った。
ご挨拶にあがったどちらでも「おめでとう」と祝福のお言葉をいただいた。
どうやら『目黒』での俺達の結婚式をあちこちの神仏がご覧になったらしい。
間違いなくひなさんの策略だろう。有効利用しやがって。有能だなくそう。
うっかりで素直な愛しい妻は「皆様なんでもご存知なんですね!」「ありがとうございます」なんて単純に感動している。チョロい。
いつもは護衛役として彼女の前には出ない俺だが、結婚式の言祝ぎをいただいたのならば夫として御礼申し上げなくてはならないだろう。
「過分なお言葉、ありがとうございます」と礼を述べ、続けた。
「ご存知のとおり、我らは『半身』です。
唯一の相手と結ばれることができたのも、皆様のご加護と感謝しております。
できましたらば、我らが一日でも一秒でも長く共に在れるよう、お力添えくださいませ」
「どうか妻にかけられた『呪い』を解き『災禍』を滅することができますよう、お力添えくださいませ」
「我ら夫婦をどうぞお護りくださいませ」
そうして彼女と手を繋ぎ、指輪を作ったときのようにふたりの霊力をひとつにして献上した。
なんかえらく気に入ってくださったらしく、たんまりとご加護をくださり協力も約束してくださった。
これで少しでも俺達の都合のいい展開になるといいな。
いや、違う。『なるといい』じゃない。『絶対なる』んだ!
ひなさんも言っていた。大切なのは『きっとうまくいく』と信じること。
俺達の都合のいい展開になる。彼女の『呪い』は解け、『災禍』を滅することができる。
そうして俺と彼女はずっと一緒に暮らす。オッサンになっても、ジジイになっても。
じーさんばーさんのように、老夫婦になっても仲睦まじい夫婦でいる。
信じる。『願い』を込める。
そうして必ず現実にする。
諦めない。絶対に望む未来を手に入れてやる!
一日かけて残っていたほとんどの場所をまわった。
行く先々で祝福をいただいたからか、祝福にテンション上がったからか、今日の彼女はやる気に満ちて歩くスピードも早かった。
そのためにこれまでにないペースで『お願い』にあがれた。
これあとで熱が出ないか? 大丈夫か?
夕方になったので転移で帰宅。夕食をいただいて汗を流し、浴衣に着替えた。
今日は宵宵山。三連休最終日とあって阿呆ほどひとはいるだろうが、各鉾町に祀られている御神体へも『お願い』にあがるべきだろうとひなさんの命令で出かけることになった。
ついでに山鉾におかしな術や陣がかけられていないかも確認してこいと指示される。
明日の宵山はナツのお仕えする神々のところに舞の奉納と『お願い』にあがる予定なので、鉾町の確認は今日になった。
母親達の手によって髪を結われ薄く化粧もされた浴衣の妻はめちゃめちゃかわいかった。
浴衣似合う。なんで胸が目立ってないんだ?
「和装ブラで胸を押さえてお腹にタオルいっぱい巻いてるから」
なにも言っていないのにアキさんがパッと教えてくれた。
「かわいいよ」そっとささやくと恥ずかしそうにそっぽを向く妻。照れてるのが丸わかりで愛おしい。
チラリと上目遣いで俺を見上げ、あっちにこっちにと視線をさまよわせる。口をパクパクと開け締めしていたが、ついに両手で顔を覆ってしまった。
「……………トモさん……カッコよすぎ……」
―――幻聴が聞こえた。
え? 今彼女はなんて言った?『カッコいい?』誰が? 俺が?
「―――!!」
俺が!『カッコいい』って!?
「……………『カッコいい』?」
あざとくたずねたら両手で顔を隠したままコクコクとうなずく彼女。くそう! かわいい!
胸を貫かれぷるぷる震えていたら「早く行け」とタカさんに文字通り背中を押された。
「『おまつり浴衣デート』楽しんできな」
ニヒヒッと笑って、俺にだけ聞こえるようにそっとささやくタカさん。
俺達のためにこんな任務を用意してくれたんだとその顔でわかった。
だからただうなずいた。
白地にスラリと伸びる竹の描かれた浴衣に若竹色の帯の彼女。
俺は黒に近いこげ茶の地に同じ竹柄の浴衣に縞の帯。
お揃いコーデの浴衣で恋人繋ぎで指を絡ませ街に出る。
俺の肩の守り役は隠形を取った。
彼女は次第に増える人波に驚いていた。
うん。俺達も初めて来たときはビビったよ。
「竹さん宵山初めて?」たずねると、昔々、鉾町に生まれたことがあり、その幼い頃に一度だけ来たことがあると教えてくれた。
「でもあの頃はこんなにお店もなかったし、ひともこんなに多くなかった」
そのうえひとりで動ける三歳から五歳になったら家を出て高霊力あふれる山にこもっていたという。
だからおまつり自体あまり行ったことがないらしい。
「今生は?」
「来たことない」
「そっか」
だからだろう。彼女はあっちに喜びこっちに驚き、楽しそうにしていた。
楽しそうな彼女に俺も黒陽も嬉しくなった。
山鉾も会所も確認し、御神体にご挨拶をし、人混みのなかを歩く。
彼女が常に展開している自己防衛結界が作用しているらしく押しつぶされるほどの密集度にはなっていない。
それでも人いきれですごい熱気になっている。
黒陽がこっそりといつもの散歩のときにかけているミストシャワーを彼女の結界の内側にかけた。ついでに俺にもかけてくれた。
俺も彼女にそよ風を当てる。その甲斐あってか、彼女はへばることなく歩き続けた。
手を繋ぎ、人混みにまぎれ歩く。
ごく普通の夫婦や恋人のように。
ひなさんの見解では彼女は『災禍』を封じても生き残れる可能性が高い。彼女の説には納得しかない。
それでも、頭では納得してもココロは叫びを止めない。
もうすぐお別れだと。
戦いに赴けば彼女は死ぬと。
彼女はきっと生き残れると信じ、彼女のお守りにも神仏にも『願い』をかけているけれど、どうしてもその考えが拭いきれない。
だから手を繋ぐ。写真を撮る。普通のデートのようにふたりの時間を楽しむ。
「好きだよ」
消えない不安から、つい言葉がこぼれる。
「大好き」
細められる目。色付く頬。弧を描く唇。
やさしい笑顔。俺の一番大切なひと。
行かせたくない。守りたい。逃げだしたい。
死なせたくない。別れたくない。ずっとそばにいたい。
そんなこと言えないから、代わりのように「好き」と言う。
街灯が煌々と光る夜の街。
それでも山鉾に吊るされた提灯の灯りが幻想的な光景をつくる。
まるで夢か幻のような現実感のない空間の中、愛しい妻と手を繋ぎ歩く。
この日常がずっと続きますように。
来年も、その先も、何度でもまたこうしてふたりで歩けますように。
祈りを込め、そそり立つ山鉾を見上げた。