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第百五十二話 月曜日11 話し合い終了

「ゴホン」

 わざとらしい咳払いに顔を向けると、ひなさんが貼り付けた笑顔を向けていた。


 守り役達もハル達も生ぬるいような、呆れ果てたような顔を俺達に向けている。

 愛しい妻がハッとして俺の手を振りほどき、ピッと姿勢を正して表情を引き締めた。かわいい。



「竹さんだけでなく、南の姫も、当然東と西の姫も生き残れる可能性が高いですよね」


 ひなさんは俺を無視することにしたらしい。

 確認を向けられた緋炎様が「そうね」と同意する。


「とはいえ、懸念事項もあるわ」


 緋炎様の言葉にひなさんが視線で先をうながす。


「『バーチャルキョート』に行って、その転移先から『むこう』のデジタルプラネットにうまく移動できるか」


 その意見に『確かに』と全員が(うな)った。


「十七日のバージョンアップはこの北山の離れからする予定でしょ?

 仮に『バーチャルキョート』の同じ場所に転移させられるなら、伏見まではかなりの距離があるわ」


「転移したらいいんじゃないですか?」

 そうツッコんだが、緋炎様は「どうかしらね」と首をひねった。


「一度行っている場所だから転移が使えればすぐに行ける。

 でももしも能力を制限されて術が使えない状態だったとしたら、竹様が歩いて伏見まで行くのは無理だと思うのよ」


 緋炎様のおっしゃるとおりだ。

 確かに転移ができない可能性も考えて、一度烏丸の本拠地(ベース)から伏見のデジタルプラネットまで歩いて行ってみたことがある。

 竹さんは京都駅あたりでへばって動けなくなった。毎日の散歩で以前と比べてかなり体力はついてきたが、それでも俺達と比べるとまだまだだ。

 そのときは休憩して回復をかけて動けるようになった。さらに何度も休憩をはさんでデジタルプラネットにたどり着いたとき、竹さんはヘロヘロになっていた。

 あれではとても『災禍(さいか)』を封じるほどの術を展開するなど到底無理だろう。

 烏丸からでアレなのだから、さらに距離のあるこの北山からとなると……絶望しかない。


「うーん」と唸っていたら黒陽が挙手した。


「そのときは私が大きくなって姫を乗せていく」


 黒陽は普段は大人の手のひらサイズだが、その気になったら小山サイズになることもできるという。

 牛や馬くらいのサイズになって竹さんを乗せて移動することも「よくあった」と話す。

 それを裏付けるようにかわいい妻がコクコクとうなずく。


「黒陽さんがうまくついていけたらそれでいいけどね。

 もし竹様ひとりで連れて行かれたときのことも考えておかなくちゃ」


 苦笑を浮かべる緋炎様に「それもそうか」と黒陽も「ううむ」と唸った。

 愛しい妻は絶望を顔に貼り付けていた。


「烏丸の本拠地(ベース)でバージョンアップ迎える?」

「あそこは安倍家の能力者をつめさせる予定だが……。

 姫宮とトモだけでも本拠地(ベース)に行かせるか?」

「それならいっそ伏見の会社の近くにいたほうがいいんじゃないか?

 コインパーキングかなんかに車停めといて、車の中でバージョンアップ迎えるとか」

「確かに」


 ああだこうだと出てくる意見をひなさんは黙って聞いていた。


「……『どこでバージョンアップを迎えるか』は、また検討しましょう。

 ――千明様のご意見をうかがいたいです」


『なんで千明さん?』と思ったのは俺だけだったらしい。ヒロも、ハルさえも「それがいいですね」なんて納得している。

 なんでだ? あのひと特殊能力保持者なのか?


 よくわからないがその話はそれでおしまいになった。

「ほかにも懸念事項がありますか?」とひなさんに水を向けられた緋炎様はすぐに答えた。


「『バーチャルキョート』に鬼をたくさん呼び寄せるようなことを言っていたでしょう?

 一、二体ならともかく、複数の鬼がいるとなると、それをかいくぐって無傷でデジタルプラネットまで行けるか、心配よね」


「そのために安倍家の能力者の一部も『バーチャルキョート』に行くように計画していますよね?」


「とはいっても、その子達だけでどうにかできるのか、晃達も参戦したとしても対応しきれるのかどうかは、召喚された鬼の強さと数によると思うの」


 だから場合によっては昔の『織田信長に取り憑いた異国の神』のときのように「厳しい戦闘になる可能性もあるんじゃないかかしら」と緋炎様が指摘する。


「ひなの言うとおり、なんの問題もなくデジタルプラネットに着けたらいいんだけど……。

 ごめんなさいねひな。副部隊長なんてしてたから、最悪の最悪まで考えるクセがついてるのよ。

 ひなの案に文句をつけているわけじゃないから。気を悪くしないでね」


 困ったように告げるオカメインコに、当のひなさんはにっこりと微笑んだ。


「大丈夫です緋炎様。

 むしろご意見いただけて助かっています。

 今後もバンバン反対意見や疑問点など出していただけると助かります!」


 さっぱりとしたひなさんの態度に緋炎様もホッとしたようだ。にっこりと、いつもの妖艶な笑みを浮かべた。



 ふ、とひなさんがなにかに気付いた。

 少し考えを巡らせたあと「素朴な疑問なのですが」と前置きして黒陽と竹さんに顔を向けた。


「竹さんが結界で『災禍(さいか)』の動きを封じたとします。

 その状態で会話したりすることはできますか?」


「多分できる」

「聞くかどうかは別だがな」


 それは確かにそうだな。


「ならば、竹さんの結界で『災禍(さいか)』の動きを封じたあとで『バーチャルキョート』に連れて行かれたひとを戻し、皆様の『呪い』を解かせることは可能だということですね」


「聞くかどうかは別だがな」

 黒陽の再度のツッコミにひなさんも苦笑を浮かべる。


「『聞くかどうかは別』ですが『できるかできないか』を確認しておきたかったんです」


 細かいところまで確認しようとするひなさんはさすがだな。

 確かに『できる』と思い込んでいて現場で突然『できない』なんてなったら大事だからな。


「強くイメージして『願い』を込めたほうが、うまくいく気がします」


 なるほど確かに。


「皆様もできるだけ今打ち合わせたイメージを持って『うまくいくように』と『願い』をかけてください」


 俺達は全員竹さん作の運気上昇のお守りを持たされている。

 ここに『願い』をかけろとひなさんは命じる。

 確かに全員バラバラの『願い』をかけるよりは『ああして、こうして』というところまで統一された『願い』のほうが齟齬(そご)なく効きそうだよな。


 そうか。今回の打ち合わせは『願い』をかけるのための意思統一の意味もあったか。さすがひなさん。



「他になにかありますか?」とのひなさんの確認に、今回出た話を振り返る。

 ヒロが取っていた議事録を確認。うん。大体話すべきは話し確認すべきは確認したんじゃないか?

 ハルも守り役達も「特になさそう」「大丈夫」と答えた。


「では今回はこれで解散しましょう。

 皆様、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げるひなさんに全員で返礼し、打ち合わせは終わった。




 それぞれに離れから出て行き、俺達三人だけが残った。

 全員を見送った妻が「ふう」とひとつ息をついた。


「疲れた?」

 声をかけると照れくさそうに微笑む。かわいい。


「ちょっとだけ。でも大丈夫」

「無理しちゃ駄目だよ。ひとまずお茶にしよう」


 そう言う俺に「え。でも」と生真面目な妻は抵抗する。

「早くお出かけして一箇所でも多く『お願い』にあがらないと…」


「疲れてたら移動スピードも『お願い』のパワーも落ちちゃうよ」

 そう言ったら「ホントだ!」と目を丸くするかわいいひと。チョロい。


「疲れてるなら甘いものがいいかな?

 コーヒー牛乳とミルクティーとどっちがいい?」

 コップを用意しながらそうたずねると「……ミルクティーがいいな」と答えた。


 昔だったら「結構です」と断ってくるか「どちらでも」と言っていた。

 が、最近はこうやって素直に正直に希望を言ってくれる。

 甘えてくれているのがわかってキュンキュンする。


「黒陽は?」

「コーヒー。ブラック」

「了解」


 アキさんが冷蔵庫に入れてくれているペットボトルからそれぞれを氷の入ったグラスに注ぐ。

「はい」と出すと「ありがとう」とほにゃりと微笑む妻。かわいすぎるんだが。愛おしすぎるんだが。


 お茶請けにクッキーを出すとうれしそうに手をのばす妻。小動物のようにシャクシャク食べるのかわいい。

 俺と黒陽も食える甘さ控えめのナッツ入りクッキーだが、彼女も好きなのでしょっちゅうお茶請けに出すようになった。



「それにしても、ひなはすごいな」

 黒陽のつぶやきに愛しい妻がコクコクとうなずく。


「私はこの決戦で姫は生命を落とす覚悟をしていた」

 うつむいたままの黒陽の告白に俺も妻もうなずく。


「だが、ひなの話はもっともだ。

 四百年前は子供だったが、今の姫は成人だ。そこをうっかり見落としていたな」


「だよな。俺も見落としてた」

 正直に暴露する俺に黒陽が苦笑を向ける。


「なんでか『「災禍さいか」と直接対決』って考えると『貴女を喪う』『貴女に置いていかれる』としか考えが浮かばなかった」

「そ―――」

 黒陽が口を開いて、なにかに気付いたのかパクンと閉じた。


 その態度に、察した。

 おそらくは前世が影響している。


 彼女を死地に送り別れた『智明』。

災禍さいか』を封じる彼女に置いていかれた『青羽』。

 前世の記憶はなくても、魂に刻まれたそれらの記憶が無意識に俺の考えに影響していたのだろう。


「―――そんなこともあるだろう」

 無理矢理言葉を継いだ黒陽に、うっかりな愛しいひとはなんの疑問も(いだ)いていない。いいことだ。今後もうっかりでいてもらおう。


「なんにしても、お守りに『願い』をかけること、あちこちに『お願い』にあがることが必須だな」

 俺のまとめに守り役が「ウム」と偉そうにうなずく。


「今日と明日で京都市内の主な場所はまわりきれるだろう。

 今日うかがう場所は、先程のひなの話を思い出しながら『願い』をかけるようにしよう。

 いいですね。姫」


 守り役の説明に「はい」と素直にうなずく愛しいひと。かわいい。


「がんばろうね」と声をかけると「うん」とうなずくかわいい妻。


「絶対生き残ってね」

「うん」


 ――これまでだったら諦めたように困ったように微笑むだけだったのに。

『うん』と言った。

 彼女が諦めないことが、希望を持っていることがわかる返事に、思わずグッときた。


 そうだ。絶対生き残る。彼女は死なない!

 ひなさんの説明はそれを裏付ける!

 大丈夫だ。きっと大丈夫。

 お守りや神仏に『願い』をかければ、俺達の都合のいい展開にきっとなる。


 胸の奥から湧き上がる希望に満ちた風にあおられるように『願い』を込めた。

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