第百五十一話 月曜日10 昔の話と封印について
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
「では次に『竹さんの結界』について教えてください」
ひなさんの言葉に愛しい妻がピッと背筋を伸ばす。
「『竹さんの結界』は、すぐに展開できないものなのですか?」
「すぐ?」
愛しい妻とその守り役は意味が分からず首をかしげる。かわいい。
「トモさんと戦った鬼のときは『一瞬で封じた』と聞いていますが」
その言葉に「ああ」と黒陽がうなずいた。
「あのときの鬼程度ならば、我が姫ならば一瞬で封じられる」
『えっへん』と首をそらして己の姫自慢をする守り役に、控えめな妻は恥ずかしそうにしている。かわいい。
「だが『災禍』ほどのチカラのあるモノだと、抑え込むだけの結界だけでも、かなりの時間が必要になる」
だからこそ『異界』で結界を発動寸前まで高める予定になっている。
「結界と封印は違うのですよね?」
ひなさんの確認に「違う」と黒陽が答える。
「術式が違う。使う霊力量が違う。
当然だが、封印のほうが霊力量を多く必要とする」
この説明にひなさんは「なるほど」とうなずいた。
「封じる対象の霊力量が多くなければ簡単な術式で封じられるのだが、高霊力になればなるほど複雑な術式が必要だ」
そう言って黒陽がまたパッと陣を見せる。
右手の上には丸の中に簡単な文様が描かれたもの。
左手の上にはまるで職人が編んだレースのようなものがあった。
「こっちが対高霊力用の結界陣」
「なるほど」
こうやって視覚化してくれるとわかりやすいな。
単純に描くだけでも右よりも左のほうが大変だとわかる。
「こういった陣を描き、そこに霊力を流す。
霊力が陣に満ちたら術式の完成となる」
「なるほど。陣が密になればその分陣を描くために必要な時間も霊力も多くなる。陣全体に霊力が行き渡る時間もかかる」
タカさんの言葉に「そうだ」と黒陽はうなずき、パッと陣を消した。
「『災禍』は神級の霊力を持っている。
それを、動きだけとはいえ封じるとなると、かなり複雑な陣を、豊富な霊力で展開しなければならない。
故に、発動までにどうしても時間がかかる」
「事前に術式を札とかに込めておいて、そのときに霊力を込めて発動させるのではダメなのですか?」
「無論ある程度までは術式を込めたものを使う」
ひなさんの質問に黒陽が「さっき見せたものもそうだな」と答える。
「だが、霊玉にしても札にしても、『災禍』を封じるほどの術式となると、すべて入れることはできないのだ」
「容量不足ということですか」
タカさんのツッコミに「そうだ」と答える黒陽。
「いくつかの陣を用意しておいて、それを現場でつなぐイメージといえば伝わるか?」
それぞれに頭の中でイメージができたところで黒陽が説明を続ける。
「用意しておいた術式の起動と展開。それらを順序よく丁寧につなぎあわせひとつの陣を形作る。
そうして改めて起動し、展開。
準備しておいても、どうしても時間も霊力もかかる」
黒陽の説明に一同が「なるほど」とうなずいた。
「『織田信長に取り憑いた異国の神』のときはどうでした?」
ひなさんの次なる質問に黒陽が答える。
「術式が発動したら動きを封じることはできた」
「発動するまでは?」
「発動までは異国の神が攻撃を仕掛けてきた。
それを皆でしのぎ、こちらからも攻撃を仕掛けた」
「その過程でウチの姫の体力と霊力が削がれたというわけなの」
緋炎様の付け足しに「なるほど」とひなさんもうなずく。
「その『異国の神』を封じたときの竹さんの状態はどうでした?」
顔を向けられた愛しい妻は「『状態』?」と首をかしげた。
「何歳でした?」とひなさんに重ねてたずねられ、妻が「ええと、ええと」と記憶を探る。
「あのときは……確か、十三歳でした。
『大人』と言うほとではなかったですが、『子供』でもありませんでした」
「霊力量とか体力とかはどうです?『全盛期』と言えましたか?」
「『全盛期』ほどではないが、ほぼ『全盛期に近い』状態ではあったと思うぞ」
黒陽の言葉にほかの守り役達も「そうね」と同意する。
「『異国の神』を封じたあとはどうでした?
南の姫のように霊力を使い果たしたとか、魂を削ったとか、ありました?」
「霊力はかなりごっそり無くなりました。でも『死ぬほど』ではなかったです。
梅様がすぐに回復薬をくださったので、走って脱出しました」
「ふむ」とうなずくひなさん。
「そのあと亡くなって転生して、『醍醐の花見』で『災禍』を封じたのですよね?」
「はい」
「そのときは何歳でした?」
「ええと――」と思い出そうとしていた妻より早く黒陽が答えた。
「四歳だった」
「子供ですね」ひなさんの感想に「そうだな」と守り役はあっさりと答える。
「それだと霊力量とか術の精度とかに影響がありますか?」
「ある」
ひなさんの質問に短く答え、黒陽は説明した。
「身体がちいさいとどうしてもためられる霊力の量も少なくなる。
体力ももちろん少ないから、術を展開するだけで体力が削がれる」
「その四歳の身体で『災禍』を封じたんですよね」
「そうだ」
「そうして、力尽きて亡くなった」
「そうだ」
「フム」とひとつうなずき、ひなさんは思考にふける。
「前回よりも前に『災禍』と直接対決したことがありますか?」
「高間原で封印を解いたときだけだな」
黒陽の答えに守り役達がうなずくことで同意を示した。
「四千年前。
『能力者排斥運動』の末に国が滅びた。
そのとき、姫は四人共生きていて一部始終を目の当たりにした」
黒陽が淡々と話して聞かせる。
「そのときに『災禍』がこの『世界』に『居る』と気がついた」
隣の妻が膝の上で拳を握ったのがわかった。
チラリと横目でうかがうと、苦しそうな顔を伏せていた。
「そのときはどうされたんですか?
気がついてすぐに『災禍』を追わなかったんですか?」
「気がついてその場に向かったときにはもう『災禍』はいなくなっていた」
ひなさんの質問に答える黒陽。他の守り役も竹さんもうなずいた。
「どうも『宿主』の『願い』を叶えたら立ち去るらしい」
ふう、とため息をつく黒陽に続き白露様が口を開いた。
「高間原でも『そう』だったらしいの。
四方の王が『黄』の王のところに攻め入ったときには『災禍』はもういなかったそうよ。『白』の女王がおっしゃっていたわ」
「なるほど」とうなずくひなさんに黒陽が話を続ける。
「それから四千年、『災禍』を滅することを責務として探してきた。
が、なかなか見つからず、二千年前に気が付いて特定できたのも国を囲う陣が展開されたときだった」
うなずいた緋炎様が話をついだ。
「すぐに駆けつけようとしたけれど、展開された陣に邪魔されて侵入できなくて。
遠くから指をくわえてひとが死ぬのを見るしかできなかった」
悔しそうに言う緋炎様に守り役達も竹さんもうつむく。
「やっと侵入できたときにはもう『災禍』は逃げたあとで。
どうにもできなかった」
二千年前。
王族が次々と死に、王位継承から縁遠かった人物が王となった。
国中に灌漑のための水路を作る計画を立て、少しずつ、少しずつ広げていった。
偶然姫達がその国の貴族の娘として転生し、守り役がそれぞれの姫のそばに上がった。
そのときに気が付いた。
「『災禍』の気配がある」
その国の王宮の至るところに『災禍』の気配があった。
動けない姫の代わりに守り役達は『災禍』を探した。動けるようになったら姫達も探した。何年も、何年も。
それでも特定は叶わなかった。
ある日、まんまと囮におびき寄せられた姫達と守り役達の不在を狙ったかのように国全体に張り巡らされた陣が発動した。
そうして、国が滅びた。
「その二千年前の件からは『宿主』を探す方針に変更したの」
『災禍』が『強い「願い」を叶える存在』ということはわかっていたが『どんな人間の』『どんな「願い」を叶えるのか』がわからなかった。
ただあの強烈な気配はどれだけ離れていても『わかる』。だからそれまでは、高霊力を察知したらすぐに駆けつける形で調査していた。
そのころはまだ高霊力保持者が多く、また『災禍』も封印されていなかった。
だから『ハズレ』も何度も引いた。
『災禍』の気配に当たったときもあったが、特定しきれなかったりあと一歩のところで逃げられたりした。
『災禍』の『宿主』となるのは『強い願い』を持つもの。
高間原にいたときに『運を呼び寄せ』『宿主』の都合のよい展開を招くことは伝えられていた。
だから急成長する人物を探った。
おかしな出世をする者。都合のよい展開になる事柄。
その結果、何度も「この者は」という人物を見つけた。
中には本当に『宿主』だった者もいた。
が、『宿主』や『災禍』を見つけても、姫が四人揃っていることは稀だった。
『災禍』を封じるならば竹さんが、滅するならば南の姫がいなければできない。
「それでも」とそのときに居合わせた姫と守り役で『災禍』を滅するべく近づいたが、あと少しというところで逃げられた。
そんな話を聞いたひなさんは考えを巡らせていた。
「――なるほど。今がどれほど得難いチャンスなのか、改めて理解しました」
だな。俺も改めて思い知らされた。
「竹さんが『災禍』を封じようとしたのは数回。そのうち成功したのは四百年前の一度だけ」
守り役達と竹さんがうなずく。
「その封印は現在も効いている」
ひなさんの確認に「効いている」と黒陽がうなずく。竹さんも生真面目にうなずく。
「ならば、今回はこれまでよりも楽に封じることができますか?」
この質問に竹さんは少し考え、守り役をチラリと見た。
黒陽のうなずきに励まされるようにうなずき、「そのはずです」と答えた。
「とはいえ、簡易な結界陣でいいとは思えない。
これまでのように、厳重な陣を、しっかりと霊力を込めて展開する必要があると思うのだ」
黒陽の補足に「なるほど」とひなさんも納得する。
「現在の竹さんの状態はどういう状態だと言えますか?」
「ええと、ええと」と竹さんが答えを迷う横で黒陽がきっぱりと言った。
「『これまでにないほど満ちている』と言える」
ピョッと跳ねるかわいいひとを無視し、黒陽はひなさんに説明する。
「霊力量はこれまでにないほど多く、濃い。
食事も睡眠もしっかりと取れて体調も万全。
さらには体力もついてきた。
これほどの状態は高間原にいたときもなかった」
魔の森に囲まれ高霊力にあふれていた高間原。
そこにいたときは霊力過多症で苦しんでいた竹さん。
そのときと変わらないほどの霊力量と、そのときとは比べものにならないほどの健康な身体を得ているらしい。
「生理も来てるし『成熟している』と言ってもいいかもね」
蒼真様もそう太鼓判を押す。
「つまり竹さんは」
少し考えたひなさんがぐるりと全員を見回し、言った。
「『災禍』を封じられる可能性が高い」
うなずく守り役達。
「そしてそれほどの状態ならば、『災禍』を封じたあとも生き残れる可能性が高いですね」
「……………え?」
キョトンとする妻。俺もナニを言われたのか理解できなかった。
「だってそうでしょう?」
さも当然のことのようにひなさんが続ける。
「前回『災禍』を封じたときは四歳だった。
霊力量も体力も幼児並にしかなかったから力尽きて亡くなった。
でも今は十五歳。それも『これまでにないほど健康』。
それならば『異国の神』を封じたときと同じように、生き残れるのではないですか?」
「―――!!」
そうだ! ひなさんの言うとおりだ!!
彼女が『災禍』と対峙したら、霊力を使い果たし魂まで削ってしまうと思っていた。
だから決戦で彼女は死んでしまうと思っていた。
だから『呪い』を解こうと思った。
別れたくなくて。ずっと一緒にいたくて。
だが、もし『呪い』が解けなくても、この戦いが終わったあとも彼女といられるかもしれない!
信じられなくて、信じたくて、のろりと隣に座る彼女に顔を向けた。
彼女も俺を見上げていた。その頬が赤く染まっている。
机の下でそっと手を伸ばし、彼女の右手を探る。
指先に触れたその手をぎゅっと握ると、彼女もぎゅっと握り返してくれた。
きっとうまくいく。きっと生き残れる。
そう思えて、高揚していくのが抑えられない。
ちいさくうなずくと、彼女はふわりと微笑んだ。
花が咲くような笑顔に、またしても胸を貫かれた。