第百五十話 月曜日9 『呪い』について
「では先程保留にした現段階での作戦の到達目標に関する問題点と疑問点、それと、先程確認していなかった『過去と比べて』の『現段階の戦力』について確認します」
ひなさんの言葉に改めて姿勢を正す。
「先程も挙げましたが、現段階での作戦の到達目標はつぎのとおり。
一。竹さんの結界で『災禍』を封じる。
二。『異界』に連れていかれたひとを『現実世界』に連れ戻す。
三。南の姫が『災禍』を斬り、滅する。
四。『災禍』に『呪い』を解かせる』」
ひなさんが四本目の指を広げながら言った。
「昨夜までは到達目標は三つでした。
竹さんの結界で『災禍』を封じておき、その間に『異界』に連れていかれたひとを『現実世界』に連れ戻す。
同時に守り役の皆様に姫をお連れいただき、南の姫が『災禍』を斬り、滅する。
これですべてミッションは達成できると判断していました」
うなずく一同にひなさんもうなずく。
「ところが、今朝、新しい目標を提案してきた方がおられまして」
ジトリとにらまれる。が、気にしない。
ひなさんの俺への評価よりも竹さんの『呪い』を解くほうが重要だ!
黙ったまま素知らぬ顔をする俺に、ひなさんは「はぁ」なんてわざとらしくため息をつく。
「この到達目標『四』『災禍』に『呪い』を解かせる』というのは、正確には『姫と守り役にかけられた「呪い」を解く』という意味でいいですか?」
ひなさんの確認に「そのとおりです」とうなずく。
「『呪い』については、正直に言って私は考えにありませんでした。
なので、改めてお話を聞かせてください。
これまでに解呪を試みたことはありますか?
それはどのような方法ですか?」
ひなさんの質問に守り役達は口々に答える。
俺も宗主様の研究内容や『むこう』で聞いた話を報告する。
あらかた出切ったと思われるところでひなさんは口元に手を当て考え込んだ。
「――『術の系統が違う』『用いられた霊力量が多い』
大きくまとめると、このふたつが解呪をこばむ要因ですね」
ひなさんの確認に守り役達がうなずく。
「――『呪い』を解呪する方法としてはどんなものが考えられますか?」
この質問に答えたのは黒陽だった。
「一般的なのは『術を紐解く』」
「『紐解く』とは?」とさらに質問され、黒陽が「フム」と少し考える。
「わかりやすく例を出してみるか」
黒陽がそうつぶやき、器用にちいさな後ろ足だけで立ち上がった。
短い両手を広げたその瞬間。
黒陽を中心にブワッと陣が広がった。
「例えばこれは守護結界なのだが」
うっすらと光る円状の幾何学模様のひとつを黒陽が指差す。
「ここの部分が『攻撃を弾く』という文言になっている。
こっちのここはその弾く対象の『範囲指定』だな。今回は仮に『術者の半径一メートル』で指定した」
ふむふむとうなずくひなさんとタカさん。
「陰明師や退魔師の使う札も同じようなものだな。
これが『どのような術か』という、いわば『仕様書』だ」
「プログラミング言語みたいなもんだな」とつぶやくタカさんに「そうだ」と黒陽も同意する。
「で、仮にこれを解呪しようとするならぱ、取り消したい部分を削除したり、起動のキーワードになる部分を変更したりする」
「それが『読み解く』」
ひなさんの言葉に「そうだ」と黒陽がうなずく。
「最初に術をかけられたときに使われた霊力量より多い霊力量だったら、この術自体を破壊することができる」
「退魔師が行う『退魔』は基本そんな感じです」と俺が補足する。
「言ってみれば、術式が書かれた札をムリヤリやぶくイメージだよね」
ヒロのたとえに「うまいこと言うな」と感心する。
「陰明師は、展開されてる術式をほどいて解呪することが多いね」
ヒロが言い「からまった糸をほどくイメージ」と付け加える。
「なるほど」とひなさんも理解した。
「あとは、術式の一部を消したり、別の術になるように上書きしたり」
言いながらヒロが空中に文字を書く。
「『大』っていう字に『点』を足したら『犬』になったり『太い』になったりするでしょう?
そんなふうに、線を足したり点を加えたりして違う術式にすることがあります」
このたとえにもひなさんは「なるほど」と納得した。
「ところが『災禍』の使う術は系統が違うから、どこをどうすればいいのかわからない」
ふう、とため息をつく黒陽。
「アラビア語やサンスクリット語で描かれた文様を読み解くような感じ。
『なんか意味のあることが書いてあるのはわかる』けど『どんな意味かはわからない』」
ヒロのたとえに「あー」とひなさんは深い理解を示した。
「『バーチャルキョート』で使われている陣に関しては『転移系』とか『回復系』とかはわかってきた。
でも『呪い』を解くようなものは今のところ見つかっていない」
タカさんの説明にヒロが続ける。
「だから皆様にかけられた『呪い』に対抗するヒントもないんだ」
「『解呪の陣』とか出てたらなんかヒントになったかもなんだけど」
残念そうなヒロの言葉に、ひなさんもうなずいた。
「『呪い』についてはだいたい理解しました」
色々説明を受け、ひなさんも納得したらしい。
「『術の系統が違う』という点に関しては現段階ではどうにもしようがなさそうですね。
――『用いられた霊力量が多い』という点についてはどうでしょう?」
そう言って説明を加えるひなさん。
「『時間が経過して霊力が少なくなった』『封印が弱まった』といった話を聞いたことがあります。
皆様に『呪い』がかけられて五千年という時間が経過しているわけですが、その『呪い』が『弱まった』と感じることはありますか?」
「残念ながら、ないな」
あっさりと黒陽が答える。
「『呪い』をかけられたときの霊力量についてはどうですか?
当時の高間原で、竹さんはトップレベルの霊力量だったとおうかがいしていますが、当時の竹さんと比べてどうでしたか?」
「おそろしく多かった。
あれにはさしもの姫も太刀打ちできなかった」
「フム」とひなさんは顎に手を添え考えを巡らせた。
「現段階の竹さんの霊力量と質ではどうですか?」
「どうにもできないな」
またもあっさりと守り役は答える。
「それほどの量となると、先程出た『高霊力で「呪い」を破壊する』という方法もとれないわけですか……」
「うーん」とひなさんは目を閉じて考えをさらに巡らせていた。
が、いい考えは浮かばなかったらしい。
「とりあえず『呪い』の件は保留させてください」と言った。
「『災禍』に『呪い』を解くよう仕向けるのが一番確実だということは理解しました。が……。
そのためにどうすればいいか、さすがにすぐには思いつきません。
宿題にさせてください」
俺に向けて真摯に言ってくれるから、それ以上言葉が見つからなくて「よろしくお願いします」と頭を下げた。
隣でかわいい妻が同じように頭を下げてくれたのが愛おしくてほっこりした。
「次の確認です」とひなさんは緋炎様に顔を向けた。
「南の姫は覚醒後すぐに全力を出せるとのことですが。
その『全力』で『災禍』を滅することはできますか?」
「おそらくは」
即答する緋炎様にひなさんは質問を重ねる。
「以前うかがった『織田信長に取り取り憑いていた異国の神』の討伐のときと比べ、現在の南の姫はどういう状態だと言えますか?」
は?『異国の神の討伐』!? 織田信長が『取り憑かれていた』!?
トンデモナイ話をサラッとするひなさん。が、驚いているのは俺だけ。ヒロも晃も既に知っている話のようだ。
「そうねぇ」と緋炎様は少し考えながら言った。
「あのときの姫は十八歳。年齢的にも霊力的にも最盛期だったわ。
今は十五歳。物心つく前から剣道一筋だから剣の腕も体力もそこそこあるけれど、霊力操作の修行はしてないから、そう言う意味ではあの頃よりは劣るでしょうねぇ」
「なるほど」とひなさんがうなずく。
「とはいえ、覚醒すればすぐに勘を取り戻して全盛期並のチカラを振るえるはずよ。
これまで霊力を一切使っていないわけだから、たんまりため込んでるでしょうし。
まあ、問題ないんじゃない?」
軽ーく言う緋炎様。
あまりの軽さに『ホントかよ』と思ってしまう。
ひなさんは黙ってなにかを考えていた。
「『異国の神の討伐』では、霊力を使い果たし魂まで削って討伐を果たしたために亡くなったと聞きました。
今回『災禍』を討伐できたとしたら、同じことになりますか?」
この質問に緋炎様は「どうかしらねぇ」と首をひねった。
「前のときは神の召喚したモノとの戦闘があったから。そこでかなりチカラを使っちゃったのよね」
守り役達が「だよね」「そうだったな」と同意を示す。
「竹様が『災禍』を封じてウチの姫はただ斬るだけだったら『魂を削る』まではしなくてもいいんじゃない?」
緋炎様の意見に「なるほど」とひなさんは納得を見せた。
『織田信長に取り取り憑いていた異国の神』の討伐のときのおはなしは『紅蘭燃ゆ』をお読みくださいませ。
今年一年おつきあいいただきありがとうございました。
また明日からもよろしくお願いいたします。