第百四十九話 月曜日8 引き続き作戦会議
「では次に、この作戦に至るまでの、今日明日の動きについての確認をします」
ひなさんの言葉に全員がうなずく。
「まずは主座様を中心とする安倍家の皆様」
顔を向けられたハルがうなずく。
ヒロもペンを持つ手に力が入った。
「先日の段階でのカナタさんの計画では『戦端が開かれるのは「異界」』となっていましたが、気が変わって変更になっている可能性もあります。
『現実世界』にも鬼が出現した場合を考えて、連絡網の配備と徹底。
戦闘部隊を『異界組』と『現実世界組』のふたつに分け、それぞれに兵站を配備。
『現実世界組』はバージョンアップ予定時間より前から京都市各地で警戒にあたる。主座様も『現実世界』の不測の事態にお備えください」
「承知しました」
「万が一『現実世界』で事が起こったら、大惨事になることは必至。
情報網の確立。報連相の徹底。命令系統の統一。
それらがスムーズに流れるよう、今日明日で最終確認をお願いします」
「承知しました」とうなずくハル。横でヒロもうなずいた。
「警察や消防にも連絡がいくようにしています。官公庁は明日最終確認します」
現段階での大まかな報告に、ひなさんもうなずき「よろしくお願いします」と頭を下げた
「次に本拠地についてです。
私は『現実世界』でも『異界』でも運用可能だと判断しました。
ヒロさん。トモさん。いかがですか?」
「大丈夫です」とヒロが答えるのにうなずく。
「では本拠地については安倍家の担当者に引き続き管理をしてもらいましょう。
ヒロさん。連絡お願いします」
「はい」と答えるヒロにひなさんがうなずく。
「では次。
タカさんと晃が明日デジタルプラネットを訪問する件」
ひなさんに目を向けられたふたりがうなずく。
「うまく六階に行けたらカナタさんを説得。
どうにか『計画』を思いとどまらせ、『災禍』に『真名』を教えるよう命じてもらう。
――これがうまくいけば、万事解決なんですけど――」
まあそううまくいくわけないよな。
そう考えたが、ひなさんがキッと目に力を込めた。
「――いえ。弱気はいけませんね。
『きっとうまくいく』と信じることが大切でした!」
自分に言い聞かせるようにひなさんは胸元に手を当て、なにか祈りを込めていた。
おそらくそこに竹さんが以前作って渡したという『運気上昇』のお守りがあるのだろう。
「もしもうまくいってカナタさんの協力を得られたら、すぐに私に連絡をください。
守り役の皆様に連絡を飛ばします。
そうなったら皆様はご自分の姫様をデジタルプラネットにお連れしてください。
それで一気にカタをつけます」
そうすれば戦域は最小限で済む。
『異界』の鬼と戦うこともなく、『異界』から『現実世界』に鬼が出現することもない。
「ということで、竹さんは黒陽様とトモさんを護衛に、とにかくあちこちに『お願い』にあがってください」
名指しされた妻がピッと背筋を伸ばす。
「今回の作戦はとにかく不確定要素が多すぎるんです」
自嘲するようにひなさんが目を伏せ、嗤う。
「こんなもの『作戦立案』なんて言えないレベルの不確定さです」
その言葉を誰も否定できない。
それでもひなさんはすぐに強いまなざしを取り戻し、まっすぐに竹さんを見つめた。
「だからこそ、少しでもこちらの都合の良い展開になるように『運気上昇』が必要なんです。
一柱でも多くのご加護が必要なんです!」
その迫力に飲まれ、かわいい妻がコクコクとうなずく。
ひなさんの勢いに影響されているのか、めずらしくやる気に満ちている。
「ギリギリまで、一か所でも多く、『お願い』にあがってください」
「はい!」
素直に返事をするかわいい妻に、ひなさんも強くうなずきを返した。
「計画が計画通りに動くかは、竹さんの『お願い』にかかっています」
おいおい。そんなプレッシャーかけないでやってくれよ。
ホラ見ろ。ウチのかわいい妻がビビってしまった。
それでも生真面目な妻は一生懸命な様子で「――が、がんばります!」と拳を握った。かわいい。
そんな妻にひなさんは「こう言って『お願い』してください」と細かな指示を出す。
「『私達の都合のいい展開になりますように』」
うなずく妻。
「『「災禍」を滅することができますように』」
コクコクとうなずく妻。
「『トモさんとこれから先もずっと一緒にいられますように』」
その指示に、妻は息を飲んだ。
それまでの素直さはどこへ行ったのか、目を丸くしたあと、なにかを迷うように視線を下げた。
膝の上に下ろした手をぎゅっと拳に握り、じっと見つめていた。
ひなさんは黙って返事を待っていた。
やがて妻は顔を上げた。
「―――わかりました」
なにかを決意したような、強いまなざしだった。
普段の彼女は自分のことを神々に『お願い』することはない。
そういうのは『ちがう』と、黒陽の妻から教わったらしい。
神々に芸能や霊力を奉納するのは、あくまでも感謝を伝えるため。
世のため、ひとのためになる『願い』を奏上するときだけ。
だから彼女は神域にお邪魔して『お願い』をするとき、ひなさんに指示された『願い』を述べるだけで自分に関することはなにひとつ申し上げたことはなかった。
それが、ひなさんに指示されたとはいえ『俺と自分のこと』を『願う』ことを了承した。
これまで頑なに守ってきた黒枝さんの言いつけをやぶってでも『俺とずっと一緒にいたい』と望んでくれていることが伝わって、それだけ『俺のことが好き』だと想ってくれていることが伝わって、トキメキで胸が爆発しそう!
こんな場でなかったら抱きしめてキスするのに!
ああもう! 妻が好きすぎてつらい!!
顔を伏せてプルプルと震えていたら黒陽のため息が耳に届いた。
どうにか目を動かすと、黒陽だけでなく晃もハルも呆れ果てたような生ぬるい目を向けていた。ひなさんに至っては馬鹿にするのを隠しもしない、嘲った顔をしていた。
どうにか顔を作り「ゴホン」と咳払いでごまかす。
そんな周囲に気付かないうっかり者の愛しい妻は「ふんす!」とやる気に満ちていた。かわいい。
ひなさんは俺を無視することにしたらしい。
改めて妻に目を向け、話を続けた。
「明日、十六日の夕方に四条の御旅所にナツさんのお仕えする神様が移動されます。
毎年ナツさんがこの御旅所で舞を奉納しています。
今年は竹さんも加わってください」
毎年ハルが『異界』を展開し、神々がナツの舞を楽しまれることは彼女にも説明済。
愛しい妻は素直に「はい」と了承した。
「明日のタカさんと晃の訪問次第にはなりますが、カナタさんの説得ができなかった場合、はじめに説明した『バージョンアップを利用する案』になります。
この御旅所での奉納舞が『最後の最後のお願い』になります」
うなずく妻にひなさんはふとなにかに気付いたらしい。ハルに顔を向けた。
「ここにナツさんのお仕えする神様だけでなく、ほかの皆様もご列席いただくことはできませんかね」
その意見に守り役達は「いいかも!」「さすがひな!」と賛成したが、ハルは「うーん」と唸った。
「どうでしょうね。まずはこちらの神にご了承をいただかないと、ほかの皆様へのお声がけはできません」
「それもそうか」と一同が納得する。俺も納得。
「このあとちょっと行ってきます」とハルが軽く請け負った。
「『バージョンアップを利用する案』に確定するのは明日の夕方。タカさんと晃の会社訪問の結果次第です。
会社訪問が残念な結果になったら、奉納舞のあと皆さんはお風呂を済ませて寝てくださいね」
そんな時間あるか? と思ったのはお見通しだったようで、ひなさんはにっこりと笑って続けた。
「時間停止の結界を張ってしっかり寝て、体力と霊力が万全の状態でバージョンアップを迎えましょう」
なるほど。確かに。
「トモさん。竹さんを抱いてしっかりと寝させてくださいね」
「言われずとも」
考えることなく即答する俺に、かわいい妻が赤くなった。
『一緒に寝てることバラして!』とでも言いたげにうろたえるのがとてつもなく可愛らしかった。