第二十五話 黒陽の話 3
色めき立つ俺をごまかすように「コホン」とひとつ咳ばらいをして、黒陽は話を始めた。
「青羽と出会ったのは、ヤツが十歳、姫が十三歳のとき」
『青羽』――おじさんの寺の開祖。
四百年前の霊玉守護者の唯一の生き残り。
落ち着いて聞く姿勢になった俺に黒陽がホッとしたように話を続ける。
「やっぱり死にかけていたところを助けてくれたんだ」
死にかけてばっかりだなアンタ達。
大丈夫か?
「青羽――あのときはまだ『智也』と名乗っていたが、ヤツは一目で姫に気付いた。
――『半身』だと」
「お前も『そう』だっただろう?」と問われ、うなずく。
一度『半身』を認識すると、転生しても『半身』を求めるようになるようだと黒陽が説明する。
だからこそ『一目でわかる』のだろうと。
「姫も一目で『智明だ』と気付いた。
だがヤツには前世の記憶がなかったから、違う人間として接しようと姫と話し合った。
――それでも、姫もヤツに惹かれていった」
ああ。記憶があれば今の竹さんも俺に惹かれてくれたのかな。
ちょっと情けない気持ちになったが「いや」と自分に喝を入れる。
そんなの関係ない。
俺が好きなんだから、それでいいじゃないか。
これから好きになってもらえばいいだけの話だ。
可能性は低そうだが、希望は捨てない。
俺、ポンコツになっててなにもできてないけど。
いつか。そう。いつか。きっと。
黒陽は俺が浮き沈みしていることに気付かず、話を続けた。
「でも、お互い子供だったからそれ以上何も起こらなかった。
共に過ごしたのは、一か月程度だった」
一か月。たったの。
知らず拳をぎゅっと握る。
「それでもヤツは姫をあきらめなかった。
退魔師になると決め、青羽と名を改め、私と晴明の修行にくらいついてきた。
『強くなっていつか姫のそばにいられるようになる』と言って。
――だが、間に合わなかった。
出会って三年後、姫の生命が尽きた」
――間に合わなかった
前世の記憶なんかないのに、ズクリと胸が傷んだ。
「――その間に会うことはあったのか?」
胸の痛みをごまかすようにそうたずねると「イヤ」と黒陽は答えた。
「青羽は時々姫をのぞきに来ていた。でも姫は気付いていなかった」
……犯罪?
ストーカー的な?
ビミョーな顔になった俺に、黒陽はあわてて言った。
「晴明が手引きしていたんだ。青羽を励ますために。
そのとき姫は晴明の館に世話になっていたから。
青羽に『ここに隠れとけ』と指示して、姫を庭や縁側に連れ出した。
それで青羽は時々姫の姿を見ることができた」
「なんでそんな……」
堂々と会いにいけばいいだろうに。
俺のつぶやきに黒陽はため息を落とした。
「会いに行けば姫は逃げた」
そしてかなしそうに、苦しそうに嗤った。
「姫は罪を背負っている。
『災禍』の封印を解いたと。
そのために国が滅びたと。多くの生命が失われたと。
自分が『しあわせ』になることは、その失われた生命に申し訳がないと、許されないことだと思っている」
「そんな――!」
「だから青羽と共にいられなかった。
――あいつのそばでは、姫は『しあわせ』だから」
哀しそうな黒陽に何か言いたくても言葉がでなかった。
モヤッとする。ムッとする。
なんだよ。なんでそこまで背負わないといけないんだよ。
『しあわせ』になったっていいじゃないか。
それまでもずっと償ってきたなら、もう十分償ってきたんじゃないか。
黙ってしまった俺に苦笑して、黒陽は「それにな」と続ける。
「姫は基本的に誰に対してもそうなんだ。
自分に関わらせまい、巻き込ませまいとする。
姫の高霊力の気配がついてしまうと、どうしても災いを招くこともあるからな」
「……………」
そういえばハルも言っていた。
最初の百年くらいは何度も逃げられたし怒られたと。
じゃあ、今生もそうか?
今回の南の『要』の件が片付いたら安倍家を出ていくのか?
俺を置いてどこかに行ってしまうのか?
……やっぱり霊玉は渡せない!
静かに決意を固めている俺に気付くことなく、黒陽は話を再開した。
「姫が生命を落とし、私は休眠に入ったから聞いた話になるが」と前置きし、黒陽は続けた。
「晴明が青羽に『先見』を教えてやったらしい。
『姫はじきに生まれ変わる』と」
「それから青羽はさらに修行を積んだらしい。
晴明の『先見』どおりに姫が転生したとき、ヤツは一流の退魔師になっていた」
「晴明のところに転生した連絡を入れた時、晴明はすぐに青羽に連絡をつけた。
が、運悪く青羽がすぐに合流することは叶わず、そしてやっと合流できると向かっている途中――『禍』の封印が解けた」
そのあたりの事情は開祖の手記に書いてあった。その後の京の街と自分の状態も。
「死にかけた青羽を東の姫が治療してくれて、青羽はなんとか一命をとどめた。
だがその後半年意識がない状態が続いた。
その青羽に霊力を注ぎ続けたのが、四歳の姫だ」
「……『青羽』は何歳だったんだ?」
「二十五だった」
……犯罪?
大人と幼児じゃないか! 犯罪だろう前世の俺!
俺の葛藤に気付くことなく黒陽は続ける。
「容体を診れる蒼真と『半身』である姫がつきっきりで看病した甲斐あって、青羽は助け出されてから一年半ほどで日常生活が送れるまでに回復した。
その看病の日々の中で、想いを交わし、互いに『夫婦に』と望み、過ごしていたと聞いた」
……………。
どうしても気になって、思い切って聞いてみた。
「……その……。二十五歳と四歳で『夫婦』って……『どう』過ごしていたんだ……?」
「『どう』とは?」
ケロッと、さも不思議そうに聞いてくるな!
赤くなったり青くなったりする俺に「ああ」と黒陽は察したらしい。
「いわゆる『夫婦の営み』はないぞ。智明のときもなかった」
「そうなんだ」
ポロリと言葉がもれた。
俺は前世でも前前世でも竹さんと『夫婦』だったらしいが、そういうコトはなかったらしい。
安心したような、残念なような。
「昔は結構多かったぞ? 幼児のうちに婚姻を結んで、成人までは家族として過ごす夫婦というのは。
まあ政略の場合が多かったがな」
ああ。そういうのか。なるほど。……なるほど? で、いいのか?
「……要は同居人的な?」
「そうとも言えるかもしれないが……」
黒陽は首をかしげ、やがて首を振った。
「……いや、やはり『夫婦』だ。
お互いに『名』を交わし想いを交わし、共に在ることを望んでいた。
肉体的な関係こそなかったが、姫は『お前』の妻だったし、『お前』は姫の夫だった」
「―――」
『智明』と『青羽』をまとめて『お前』と表現しただけだ。わかってる。理解してる。
それでも、胸が高鳴る。足元から颯々と風が吹き上がる!
このひとは、俺の、妻。
俺は、このひとの、夫。
ドキドキして、キュンキュンして、ぐわあぁぁぁってなる。
なのにどこかでそのことに納得もしている。
どこか当然のことのような気がしている。
夫婦。妻。夫。妻。――妻!
チラリと眠る竹さんをのぞき見る。
妻。俺の。俺の!
ぎゅうぅぅぅ! 胸が締め付けられる!
愛おしさが湧き上がる! 今なら地球一周とかできそうだ!
突然視線を向けられていることにハッと気付いた!
あわてて竹さんから視線を動かすと、黒陽が呆れ果てた目を向けていた。
なんかもろもろ気付かれてる!
恥ずかしくていたたまれなくて隠せていないことが情けなくて、カアァッと顔が赤くなる。
それがまた情けなくて弁明しようと口を開くけれどなにも言葉になってくれず、ただ口をパクパクすることしかできない。
そんな情けない俺に黒陽は「はあぁぁぁ〜……」と深く深くため息を落とし、ゆるく首を振った。
「まったくお前は……何度生まれ変わっても……」
その言い方に、『やれやれ』と呆れる様子に、『智明』も『青羽』も『こう』だったことが察せられた。
青羽と竹のあれこれは『戦国 霊玉守護者顚末奇譚』をお読みくださいませ