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第三話 とらわれた

 気がついたら家にいた。


 どうやって帰ったのかわからない。

 とりあえず返してもらった古文書が机に散らばっているので荷物は降ろしたらしい。

 時間を確認してあわてて夜のルーティンに取り掛かる。


 飯を作りながら、食いながらも頭に浮かぶのは先程出会ったばかりの彼女のこと。


 彼女の表情。彼女の仕草。

 それらが浮かんできては俺をとらえて離さない。



 ふと親父やじーさんに言われていたことを思い出した。


『静原の呪い』。

 退魔師の家である静原家に伝わる伝説。

 ある日突然ただ一人にとらわれ、人が変わったようになる。

 その唯一だけを求め、尽くす。


 じーさんはその静原家の人間だった。

 ばーさんにとらわれ、結ばれ婿になった。


 親父もいい年齢(とし)にも関わらずお袋にとらわれ、年の差も関係なく結ばれた。


「お前も気をつけろよ。

 お前はじーさん似だから。

 間違いなくお前も呪われるぞ」


 親父は面白そうにそんなことを俺に言った。



 唐突に理解した。

 そうか。これか。

 これが『とらわれる』ということか。


 彼女に会う前――今までの俺は、いくら説明されても「ナニ言ってんだか」と一笑していた。

「『人が変わる』なんて、大袈裟な」と。


 だが実際はどうだ。


 彼女に出会う前の俺と出会ったあとの俺は『変わってしまった』と自分でわかる。



 確かに『とらわれる』としか表現できない。

 彼女のことしか考えられない。

 彼女のことばかりが頭に浮かぶ。


 たった数分のことなのに。

 名前だって聞けなかったのに。



 頭の中で、にっこりと笑った彼女が「ありがとうございます」と言う。

 その場面が壊れたレコーダーのように何度も何度も繰り返される。



「ありがとうございます」にっこり。


「ありがとうございます」にっこり。


 ―― か わ い す ぎ か ー !



「ぐわあぁぁぁぁ!!」

 意味もなく叫びだしてしまう。

 頭をかきむしる。額を机にぶつける。

 自分で自分の行動の意味がわからない。

 なんだコレ。『呪い』か。そうか。納得だ!


 どうすればいいんだコレ。誰かに相談したほうがいいのか? でも何て?



 間違いない。彼女は俺の『半身』だ。


 理屈じゃない。わかる。魂が覚えている。

 この人だと魂が叫ぶ。


『半身』ならば、ハルが知っているはずだ。

「出会ったならば協力する」とこの間ハルは言った。


 ハルに言うか?

「『半身』に会った」と。

 ハルならば居場所を知っているかもしれない。


 それに、あの白猫。

 あれは間違いなく白露様だ。


 白露様は俺と同じ霊玉守護者(たまもり)である仲間の晃の育ての親である白虎。

 何百年も生きている霊獣と呼ばれる存在。


 その白露様がなんであんな格好をして彼女についていたのかはわからないが、間違いなく白露様は彼女の知り合いだ。


 ハルに連絡をつけてもらえれば白露様から色々聞き出すことはできるだろう。

 あのおっちょこちょいの白虎なら余計なことまでペラペラ喋るに違いない。


 ハルに相談するか?

 それが一番手っ取り早い気はする。

 だが。


 うんうんと(うな)っているうちに時間が近づいてきたので、あわててパソコンの前に移動した。




 四歳のときにパソコンに興味を持った俺は、ヒロの父親であるタカさんに色々と教わり、十歳のときにタカさんの知り合いの会社にホワイトハッカーとして採用された。


 といっても正規のスタッフとしてではなく、短時間の、いわばバイト。

 学生でもあり、退魔師としても活動している俺はフルで関われるほどの時間が取れない。

 週に数日、二時間程度だけ活動している。


 短時間とはいえいい勉強になる。

 やはり実戦に勝る修行はない。

 会社としても正規スタッフの休みを確保するためにも、俺達のような臨時スタッフは助かっているという。



 ホワイトハッカーの仕事は、契約した国や企業のシステムが外部から攻撃を受けないようにすること。攻撃から守ること。

 だから、日によっては考えられないくらいタフな戦いになることもあるし、何もやることがないこともある。


 今日はほどほどにちょっかいをかけられた程度で終わった。

 次の時間の担当者に引き継いで、やっと一息つけた。



「おつかれー」

 軽くそう声をかけてくるのは仲間のフジ。

「おつかれ」すぐに俺も返事を返す。


「今日は大したことなかったな」

 そう言うのはもうひとりの仲間のツヅキ。

 たいてい俺を含めたこの三人で組んでいる。


 フジと俺は同期入社。

 フジは当時学生だったみたいだが、今は別に本職がある社会人だ。

 ツヅキは俺達より先に入社していた。

 俺達の指導役として面倒みてもらっているうちに仲良くなり、そのまま三人でつるんでいる。


 実際に会ったことは一度もない。

 画面はいつもログが流れているから顔も知らない。

 声だけしか知らないが、俺は友達だと、仲間だと思っている。


 どういうわけか三人気が合い、なんだかんだとダベることが多い。


 今日も業務後の検討会と会社への報告をさっさと終わらせ、そのままダベり始めた。


「今日トモ動きがにぶかったな」

 唐突にフジに指摘されドキリとする。

「そうか?」と返したら、ツヅキまで「そうだったな」なんて言う。


「なんかあったか? 具合悪いとか?」

 二人共俺が一人暮らしだと知っているので、こうしてこまめに気遣ってくれる。ありがたいことだ。


「いや。何もないよ」

 そう答えたのに二人は信じてくれない。


「いーや。絶対なんかあったね」

「今日の相手は大したことないのもあったけど。

 一瞬の間が何回もあったんだよな。

『心ここにあらず』みたいな」


 ツヅキの指摘にドキリとし、一瞬言葉を詰まらせた。

 音声しか伝わらないはずなのに、そんな俺の間を二人は見逃さなかった。


「なにナニ!? ナニがあった!?」

「身体の具合が悪いのか? 風邪か?」

「なんでもない! 風邪もひいてない!」


 興味津々のフジ、健康を心配してくれるツヅキにあわてて否定の言葉を投げる。


「じゃあ、時期的にあれかな?」


 そんな俺にツヅキが爆弾を投げた。


「素敵な出会いがあったとか?」

「―――!」


 図星を刺されて絶句したのが伝わったらしい。


「え」

「は?」


 ポソリと二人がそれぞれにつぶやき。


「「―――ええええええ!?」」


 スピーカーの声が割れるほどの大声を出した!


「え!? マジ!? マジで!?」

「トモのそんな話、初めてじゃないか!? どんな人だ!?」

「い、いや、そ、その」

「マジか!! どこで会ったんだ!? 名前は!? 年齢(とし)は!?」

「な、名前は、聞けなくて、その、通りすがりに、会った、だけ、で」


「「は?」」



 慣れない話題に対処法がわからず、二人の切りこみを流すスキルもなく、わたわたとしていたら根掘り葉掘り聞かれた。


 普段の俺なら、いや、今までの俺なら「関係ないだろ」とブチ切って話を終わらせただろう。

 もしくは「また今度な」とさらりとかわしていたに違いない。


 だが、『呪い』に『とらわれた』ばかりで脳味噌までバカになっていた俺は、二人の攻撃に為す術もなく踊らされ、ベラベラと一部始終を吐かされた。



「早い話が一目惚れか」

「まさかトモが一目惚れとは……」


 フジとツヅキが「へー」とか「ふーん」とか言ってくる。

 音声だけでもニヤニヤしているのがわかる。くそう!


「しかしトモもバッカだなあ!

 気になる相手をロックオンしたら、住所氏名年齢職業電話番号を聞くのは当然だろうに」


 なんだその懸賞の応募方法の案内みたいなのは。


「フジはそうやってがっつくからいつも逃げられるんだぞ?」

 ツヅキのツッコミにフジが「ヴッ」とダメージを受けている。


「でもフジの言うことも一理あるな。

 名前も連絡先も知らないとなると、次いつ会えるかわからないものな」


 ツヅキの意見に途端に元気になったフジが「だろ!?」と答える。


「それに関しては……もしかしたら、知り合いの知り合いかもしれなくて……」


「どういうことだ?」

「彼女のお供についていた人が、多分知り合いだと……」


「……『お供』」

 ポソリとツヅキがつぶやいた。


「『多分知り合い』って、どういうことだよ。声かけなかったのか?」

「イヤ、なんかいつもと姿を変えてたから。

 多分本人だと思うんだけど、名前呼んだけど知らんぷりされて……」


 フジの質問に答えながらあの場面を思い出す。


 そしてふと気がついた。

 あの雀。もしかしたら緋炎(ひえん)様じゃないか?


 緋炎様も白露様と同じく長い時間を生きている霊獣。

(まが)』の討伐のために集まったときに修行をつけてもらった、ハルの知り合い。

 白露様の同輩だとハルが紹介していた。


 あの人も普段はオカメインコの姿だが、本当はあの『(まが)』のときに見た朱雀とか鳳凰とかいうような炎のような鳥だ。

 オカメインコに姿が変えられるなら、雀にも变化(へんげ)できるんじゃないか?


 探るつもりで気配を探らなかったから確定はできないが、思い返せば思い返すほど間違いないと思える。


 白露様と緋炎様が付き従うほどの女性。

 やはり彼女は開祖の手記にあった人物。


 異世界の姫。

 俺の『半身』。


『竹』。



『竹』さん。



 胸の中でそう呼ぶだけで、脳味噌が沸騰しそうになる。頭に血が上る! 胸がぎゅううぅっと締め付けられる!

 身体中を風が颯々(さつさつ)と吹いている。

 愛おしい。愛おしい。また会えた。うれしい。

 そんな気持ちでいっぱいになる。



「それなら話は早いじゃないか」


 フジの声にハッと意識が戻る。

 ヤバい。ボーッとしてた。


「さっさとその『知り合い』に連絡しろよ。

 そんで住所氏名年齢職業電話番号を聞けばいい」

「だからなんだよソレ」


 呆れてツッコんだが「基本だよ基本!」と断言される。

 基本なのか? そうなのか?

 恋愛スキルゼロだから何が基本なのか、それすらもわからない。


「フジの冗談はともかく」

 冗談だったのか。危ない。真に受けるところだった。


「彼女の情報を聞いたり、よく行く場所を聞いたりするのはどうだ?」


 ツヅキの提案に「なるほど」とうなずく。


「いっそ、また会えるようにセッテイングしてもらえばいいじゃないか」

「だからがっつきすぎだってフジ」

「なに言ってんだ!『攻撃こそ最大の防御』だろ!?」

「意味わかんないからな」


 二人がじゃれあっているのを聞きながら、やはりハルに連絡するしかないかと考えた。

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