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第百四十八話 月曜日7 ひなさんによる事情聴取

 黒陽の説明を受けたひなさんはキュッと口を閉じ、じっとどこかをにらみつけた。なにか考えを巡らせている様子に、誰もが黙って見守った。


「――では、質問を変えます」


 ようやく口を開いたひなさん。

 ぐるりと全員を見回し、黒陽に狙いを定めた。


「『バーチャルキョート』で、あのときと同レベルの鬼と戦うとします。

 ――晃は生き残れますか」


「ひな」

 晃がなにかを言おうとしたが、ギロリとにらまれてすごすごと引き下がった。


 ひなさんはじっと黒陽を見つめた。視線を受けた黒陽はただ黙っていた。

 無言が続く中、口を開いたのは緋炎様だった。


「『異界(バーチャルキョート)』では『現実の強さ』ではなく『ゲームの強さ』が適用されるのよね?」

「カナタの記憶ではそう計画していましたね」


 緋炎様の確認に答えたのはタカさんだった。


「『バーチャルキョート』内のレベルは全員ギリギリまで上げました。

 装備品も考えられる最高のものを装備させています」


「だからもしも本当に『ゲームの強さ』が反映されたとしても、かなりの強さになっているはずです」


 タカさんの説明に、黒陽は目を閉じてなにかを考えていた。

 その態度に全員が黙って黒陽を見守る。

 やがて黒陽は瞼をひらき、ひなさんを見つめた。

 やさしいまなざしだった。


「――ひな」

「はい」

「『戦い』に『絶対』は、ない」

「………理解しています」


 グッと詰まり、それでもそう言うひなさん。

 黒陽は『仕方ない』とでも言うようにひとつため息をついた。


「――まあ、簡単に殺されることはないのではないか?」


 経験豊富なうえに生真面目な黒陽のことだから『絶対大丈夫!』なんて気休めを言わないことはわかっている。

 そんな黒陽にしては最大限に譲歩したような言葉に、ひなさんもしぶしぶながらも引くことにしたようだ。


 無表情になってしまったひなさんにそっと晃が寄り添う。

『半身』ににっこりと微笑みかけられ、ひなさんは眉を寄せちいさくうなずいた。

 


「結局誰が『連れて行かれる』のか、わかったのか?」

 話を変えるような黒陽の質問に「まだです」とタカさんが答える。


「オレ達と皆様で最初にデジタルプラネットに行ってから、システム担当者とやり取りを繰り返してます。

 先週は二回出向きました」


 俺達が本拠地(ベース)を作ったり覚えたりしていた間にタカさんはデジタルプラネットとのやり取りを重ねていた。

 もう一度社長に会えないかと、せめて話ができないかと挑戦していた。

 が、結果は今のところ惨敗。

 その分システムの人間達とは必要以上に仲良くなったらしい。


 そのひと達に『バージョンアップ後になにが起こるか』や『なにかおかしなログはなかったか』などをそれとなく聞いているらしい。

 が、システムの人間でも「知らない」「わからない」という。



 雑談からヒントを得ようとタカさんはシステムの人間と色々な話をした。

 その中に昔の話があった。


「OSやソフトをバージョンアップしたらそれまでのシステムが全然機能しなくなった」「ニューマシン導入したらデータが飛んだ」「システムの一部変更だけだったはずなのに全システムが消えた」などの恐怖話を、タカさんと同世代のエンジニア達は「あったあった」とのんきに懐かしみ「こんなことも」「聞いた話だけど」とさらに恐ろしい話で盛り上がったという。

「昔はそんなのしょっちゅうだったよ」なんて笑うタカさん達に、若い世代はただ恐怖に震えていたらしい。

 報告を聞いた俺も鳥肌がしばらくおさまらなかった。


 そんな話をきっかけに、現在デジタルプラネットではデータのバックアップに取り組んでいるという。


 タカさんがシステムのひと達との雑談という名の恐怖話をしていたとき、たまたま三上副社長が通りかかった。

 そして恐怖話を耳にしてしまった。


 タカさんと同世代の三上副社長も、過去にそういう事例をあちこちで耳にしていた。

 そのことを思い出し、危機感を抱いたという。


『バーチャルキョート』は今や『ただのゲーム』ではない。

 京都の、日本の、世界の経済を動かす媒体のひとつだ。

 万が一のことがあったら社会に与える影響は計り知れない。


 もちろん普段からバックアップは取っている。保守のスタッフがトラブルを防ぐべく毎日がんばっている。

 それでも、バージョンアップでなにがあるかわからない。

 わからないから、考えられる限りの対策はしておくべきだ。


 幸いバージョンアップの作業は終わり、あとはひたすらテストを繰り返すのみ。

 三上副社長はすぐさま『バージョンアップ対策バックアップチーム』を編成し、対策させているという。



 タカさんが再度会社訪問した先週は蒼真様と緋炎様が同行した。もちろん隠形をとって、気配も霊力も完全に消した状態で。


災禍(さいか)』と戦うことを想定して、もう一度『災禍(さいか)』のいる六階へ侵入できないか挑戦した。

 が、三上副社長の『承認』は『一度承認したら次回も有効』というものではなかったらしく、やはり五階六階には「入れない」らしい。


「明日もう一度デジタルプラネットに行く予定になってる。

 おそらくは明日がバージョンアップ前の最後の挑戦になると思う」


 タカさんの言葉に全員がうなずく。

「明日は晃も同行してくれな」

 タカさんの依頼に「わかった」と晃がうなずく。



 三連休は今日で終わり。明日は普通に学校があるけれど、晃とひなさんは休むことにした。

 学校には「特別な研修に参加する」と言って、タカさんの作った『目黒』の架空の研修会の計画書を提出したという。

 ちなみに明後日の十七日まで休むように申請している。


 こういうところに気が回るところが、さすがひなさんは元社会人の転生者だと思わされる。

 ハルとヒロも同じ書類を学校に提出し、同じように十七日までの休みを獲得している。



「どうにかカナタと話をして、説得できたらいいんだけど」

 そうつぶやき腕を組むタカさんに「だよね」と晃も眉を下げる。


「カナタさんが説得できたら『災禍(さいか)』に命令してもらって『真名(まな)』を聞き出すこともできるんだけどね」


 そうすれば十七日のバージョンアップ前に勝負をつけられる。

真名(まな)』がわかれば竹さんの結界も封印も格段に効果が上がる。現在想定しているよりもずっと少ない霊力と展開時間で抑え込むことができる。

 それなら彼女は『魂を削る』なんてことせずに責務を果たすことができる。『災禍(さいか)』を滅したあとも生き残ることができる。


 竹さんが『災禍(さいか)』を抑え込んでいる間に南の姫を覚醒させ連れて行き、姫と守り役にかけられた『呪い』を解呪させたあとで斬ってもらう。

 それで彼女達の責務は果たされ、竹さんは罪も償え、俺とずっと一緒にいられる。お互い歳をとって今生のこの生命尽きるまで。


「『バーチャルキョート』に残されてるひとも『真名(まな)』を使って『戻せ』って命令したら、元居た場所に戻ると思うんだ」


 晃の言葉に『そういえばそれもあったな』と思い出す。



 なんか晃、『むこう』から帰ってきてからしっかりしたよな。

『大人になった』というか『成長した』というか。

 実際二十歳になって大人になったし成長もしているんだが、それだけでないような。

 こんな非常事態に一緒に取り組んでいるからか、以前にも増して頼りがいのある男に成ったと感じる。

 俺も負けないようにがんばらないとな。


 ふと晃が俺のほうに目を向け、にっこりと微笑んだ。

 くそう。大人の余裕を見せつけやがって。

 出会ったときはあんなにガキだったのに。男の俺が見てもほれぼれするようないい男に成長しやがったな。


 これはひなさんが『べた惚れ』というのも無理はないと考えていたら、そのひなさんが「ゴホン」とわざとらしい咳払いをした。




「話が出たので、ついでに今後の計画も確認します」


 無理矢理話題を変えるようにひなさんが全員をぐるりと見まわす。

 ヒロがペンを構えた。


「現在計画している『災禍(さいか)』を滅するための作戦」


「七月十七日午前零時の『バーチャルキョート』のバージョンアップ時に特定のユーザーを『異界(バーチャルキョート)』に転移させるカナタさんの策を利用し、こちらの関係者を『異界(バーチャルキョート)』に転移させる」


 うなずく一同にひなさんが続ける。


「『宿主』であるカナタさんが『災禍(さいか)』の封印を解かせるためにあれだけ『願い』をかけているので、少なくとも竹さんは連れていかれる可能性が高い」


 呼ばれた妻がピッと背筋を伸ばし、生真面目にうなずいた。


「竹さんが連れていかれるとしたら、くっついておけば黒陽様も一緒に行ける可能性が高い」

 この言葉に黒陽が「ウム」とうなずく。


「『災禍(さいか)』は現段階で四百年前にかけられた竹さんの封印が効いている」


「そのために自分の足で移動することは考えにくく、バージョンアップでユーザーが『異界(バーチャルキョート)』に転移させられても『災禍(さいか)』自身はカナタさんと共に『現実世界(こっち)』にいる確率が高い」


「こちらの関係者がどれだけ『異界(むこう)』に行けるかわかりませんが、転移できた関係者はとにかく竹さんをサポート。

 竹さんは速やかに伏見のデジタルプラネットに移動し、結界を発動寸前まで展開。

 トモさんは行けるかどうかわからないけれど、行けたにしても行けなかったにしてもデジタルプラネット六階にあるカナタさんが使っている『異界への扉』を確保。竹さんが準備でき次第『現実世界(こっち)』に竹さんごと結界陣をもってきて『災禍(さいか)』を封じる」


 全員がイメージしながらひなさんの説明を聞く。


「タカさんは『バーチャルキョート』に『一斉クエスト』を流し、『異界(むこう)』に行ったひとがトモさんの確保した扉から『現実世界(こっち)』帰還するように仕向ける」


「その手配ができたらすぐにデジタルプラネットへ。三上副社長に頼んで社長室に連れて行ってもらい、カナタさんを説得。同時に『災禍(さいか)』に竹さんの動きを気付かせないようにする」


 うなずくタカさんはいつもの軽い感じではなく、真剣な表情をしていた。


「晃も行けるかどうかわからないけれど、行けたにしても残ったにしてもカナタさんの説得にまわって」

「わかった」


「守り役の皆様はそれぞれの姫についてお守りしてください。

 最終的にはデジタルプラネット六階へお連れしてください。

 特に緋炎様。南の姫の覚醒と誘導をお願いします」


「わかったわ」と緋炎様は軽く請け負う。


「現段階での作戦の到達目標は大きく三つ。

 一。竹さんの結界で『災禍(さいか)』を封じる。

 二。『異界(バーチャルキョート)』に連れていかれたひとを『現実世界(こっち)』に連れ戻す。

 三。南の姫が『災禍(さいか)』を斬り、滅する」


 指を広げて見せるひなさんに『呪い』のことを提案しようと口を開いたら視線で制せられた。


「これに今日『「災禍(さいか)」に「呪い」を解かせる』が加わったわけです」


 ひなさんが四本目の指を広げながら言った。

 議題にあがったことでちょっとホッとした。

 黙ってうなずくとひなさんはそっと目を閉じた。

 なにかを考える様子にただ黙って見守る。

 ひなさんはひとつうなずき、瞼を開けた。


「これについての問題点や疑問点はありますが、今は一旦置きます」


「現在計画している『災禍(さいか)』を滅するための作戦は以上です。

 なにかご意見などありますか?」


「ない」「大丈夫」口々にあがる返答にひなさんがうなずく。



「では次に、この作戦に至るまでの、今日明日の動きについての確認をします」

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