第百四十五話 月曜日4 竹さんの考え
「俺、貴女が好きなんだ」
「ずっと一緒にいたいと思ってる」
まっすぐにそう伝えると、彼女は目を丸くし、そっと伏せた。
ぶすぅっとした顔で、それでもちいさくうなずいた。
その態度が『自分もそう思ってる』と言ってくれているようで、そんな場合じゃないのに胸がキュンとした。
「貴女とずっと一緒にいるためにはどうしたらいいか、ずっと考えてた」
チラリと目を向けてくれるのがかわいくて、ついヘラリと顔がゆるむ。
「『呪い』が解呪できたら貴女は『二十歳までに死ぬ』ことはなくなるだろう?」
「そしたら、ずっと一緒にいられる」
「お互い歳を取って、ヨボヨボになって死ぬまでずっと一緒にいられる」
俺の言葉に彼女は痛そうに眉を寄せた。
グッと歯を食いしばったのがわかった。
『そんな未来はない』と諦めているのが、わかった。
「俺は、貴女といたい」
「ずっと貴女のそばにいたい」
「だから『呪い』を解きたい」
じっと彼女を見つめる俺に、彼女は気まずそうに目をそらした。
だから両手で頬をはさんで、視線を合わせた。
「貴女はどう思ってる?」
「『呪い』とはいえ、『二十歳までしか生きられない』とはいえ、『記憶を持ったまま転生』が約束されている。
それを失うのは、嫌?
それとも『記憶を持ったまま転生』なんてしなくてもいい?」
俺の質問に、彼女は迷いを見せた。瞳がキョドキョド動き、目を伏せた。
顔をのぞき込んで視線を合わせようとしたらそらされた。
ムッとして「竹さん?」と呼びかけたらビクリと肩が跳ねた。
「『呪い』が解けるとしたら、解きたい? 解かないほうがいい?」
重ねて問いかける俺に、彼女はそろりと視線を上げた。
情けない、小動物のような目に、庇護欲がかき立てられる。
『もういいよ』なんて許しそうになるけど、ここは厳しく!
目に力を入れじっと見つめれば、彼女はさらに眉を下げた。
「……………私……………」
ポツリ。ようやく出た言葉に「うん」とうなずき先をうながす。
なにかを迷っていた彼女だったが、そっと視線をそらし、つぶやいた。
「――『罰』だと、思ってるの」
………やっぱりか……。
黒陽の言ったとおりのことを言う困ったひとに、黒陽がため息をついたのがわかった。
とりあえず話を聞こうと黙って先をうながした。
「私が『記憶を持ったまま転生』するのは、もちろん『災禍』にかけられた『呪い』のせいなんだけど、そうじゃなくて――」
「――私が死なせてしまったひと達のことを忘れないため。
私が『罪人』であることを忘れないため」
「『記憶を持ったまま転生』する限り、私の『罪』は消えない」
「『忘れないこと』『覚えていること』
それが、私に課せられた『罰』」
「長く生きられないのも、私に課せられた『罰』」
「だから、『呪い』でもなんでも、私が自分からそれを捨てることは、できない」
俺からそらした目を伏せ、ポソポソと言葉をつむぐ彼女。
生真面目で頑固な彼女らしい意見に『仕方ないな』と思う。
「……………赦されないから?」
コクリとうなずく彼女。
これまで聞いた話が浮かぶ。
どう論破してやろうか考え、戦略を組み立てる。
「じゃあ」
やわらかな頬をはさんだまま、じっとそらされた目を見つめ、言った。
「赦されたならば、いい?」
そんなことをこれまで考えたことがなかったのだろう。彼女はわかりやすく驚愕を顔に貼り付け、ようやく俺と目を合わせた。
びっくり顔かわいい。
そんな場合じゃないのに、つい、へらりとしてしまう。
「貴女が『災禍』を封じて。南の姫が滅したら。
貴女の責務が果たせたら。
それは『赦された』ことになるよね?」
俺の説明に「え」「そ」と彼女は動揺している。
その隙を逃さずたたみかける。
「そしたら『記憶を持ったまま転生』しなくても、いい?」
「―――」
「俺と、お互い歳をとって死ぬまで、一緒にいてくれる?」
ねだるような俺の言葉に、彼女は息を飲んだ。
そのままうなずきそうになったが、またなにか余計なことを考えはじめたらしい。眉を寄せて痛そうな顔になった。
「―――記憶がなくなったら―――」
そっと目を伏せ、ちいさくちいさくつぶやいた。
「―――生まれ変わったあと、貴方に、逢えない―――」
―――ズッキュウゥゥゥゥン!!
撃たれた! 貫かれた! ああもう! 死ぬ! キュン死する!!
なんだこのひと! そんなに俺のこと好きになってくれてたのか!! 俺も大好きだ! ああもう! もう!! 愛おしい!!
あまりの愛おしさに、頬をはさんでいた手を離してぎゅうっと彼女を抱き込む。
と、彼女は俺の背に腕を回し、抱きついてくれた!
あああああ!! もう、もう!! 好きだ! 好きが過ぎる!!
甘えるように俺にすがりつく彼女が愛おしすぎる。どれだけ俺のことが好きか態度で示されて爆発しそう。むしろ死にそう。
喜びに震えていたら、ふと彼女がかなしそうなことに気が付いた。
なんか余計なこと考えて、もう俺に会えなくなる可能性に傷ついている。
そんなに俺のこと好きなのか。生まれ変わってもまた逢いたいって思ってくれてるのか。俺も大好きだ!
すう、はあと深呼吸を繰り返し、どうにか呼吸を整える。
俺の肩に顔を埋める愛しいひとの頭を、背をなでる。
「―――大丈夫だよ」
そっとささやくと、彼女は俺の背にまわした腕にぎゅっと力を入れた。
「記憶なんかなくても、きっとまた逢えるよ」
「記憶なんかなくても、きっとまた好きになるよ」
そっと、そっとなでながらささやくと、彼女はようやく顔を上げた。
目が潤んでいる。かわいい。
「だってそうだろ?」
かわいくて愛おしくて、顔が勝手にゆるむ。
へらりと微笑み、その頬を片方の手でそっとなでた。
「俺は前世の記憶なんかないけど、貴女の後ろ姿を目に入れただけで貴女に『とらわれた』んだよ?
『このひとだ』って、『半身だ』ってわかったよ?
だから、記憶なんかなくても大丈夫だよ」
俺の言葉にポカンとする彼女に「そうでしょ?」と微笑みかける。
「貴女がわからなくても俺がわかるから」
「絶対にまた好きになってもらえるように、間違いなくがんばるから」
ちゅ、と唇にキスを落とす。
彼女はポカンとしたままだったが、次第に俺の言葉を理解していったらしい。だんだんと目が大きくまるくなる。頬が赤く染まる。
その変化がこれまた愛らしく、たまらずもう一度唇を重ねる。
ゆっくりと熱を分け合い、そっと唇を離した。
どこか恍惚としたような、ポヤンとした彼女の目を見つめ、言った。
「貴女が背負っている『罪』も。
貴女が償わなければいけないと思っている『罰』も。
みんな今生で償って、流そう」
「……………今生で……………」
呆然とつぶやくから「うん」と肯定してやる。
「『災禍』を滅したら、きっと『貴女が死なせたと思っているひと達』も、貴女のことを赦してくれるんじゃないかな」
「……………そう、か、な………」
「そうだよ」
断言してやると、うっかりなお人好しは俺の言葉を信じたらしい。
「そうだと、いいな」なんて頬を染めてつぶやいた。
かわいい。
「――じゃあ、『もしも』の話ね」
そう前置きして、改めて彼女にたずねた。
「『災禍』を滅して貴女の『罪』が赦されたなら。
貴女にかけられた『二十歳まで生きられず』『記憶を持ったまま転生する』なんて『呪い』を解けるならば。
貴女は『呪い』を解いてもいいと、思う?」
彼女は俺の言葉に生真面目に考えていた。
俺の膝の上で姿勢を正し、自分の膝の上で拳を作った。
じっと俺を見つめ、目を伏せ、ハッとなにかに気付きそろりと視線をあちらこちらへと泳がせた。
机の上にいる黒陽に気付き、じっとその目を向けた。
黙ってうなずく黒陽に息を飲み、また目を伏せて何かを考えていた。
が、ようやく俺に目を合わせた。
「――この『罪』が償えるなら、なんでもする」
生真面目なこのひとらしい答えに『まあそう言うだろうな』とうなずく。
「『呪い』、は――」
そこまで言って、また目を伏せる。
膝の上の拳が固く握られた。
「――もしも、『罪』を赦されて、もう償わなくてもいいのならば――」
「――忘れても、誰も怒らないのならば――」
気弱にそんなことを言うから「怒らないよ」と叩き潰しておく。
そんな俺に彼女は情けない顔を向ける。
何か言おうと口を開けたが、ハッとしてまた閉じてしまった。
ハクハクとなにかを言うのをためらった彼女は目を伏せ、そのままうつむいた。
頬をさらに赤くし、じっとなにかを考えていた。
黙って答えを待っていたら、彼女は自分の膝の上で握っていた拳をゆるめ、その手をそろりと上げた。
迷うように、ためらうようにしていたが、やがて俺の胸元にそっと触れ、服をぎゅっと握りしめた。
そうして、意を決したように顔を上げた。
「―――また、見つけてくれる――?」
―――ズッキュウゥゥゥゥン!!
ぐわあぁぁぁ! 撃たれた! また貫かれた! ああもう! 死ぬ! キュン死する!!
上目遣いですがるように俺を見つめるその目が潤んでいる。
転生してお互い記憶がなくなってもまた俺と逢いたいと。また恋人に、夫婦になりたいと願ってくれている!
「当たり前だろ?」
ココロの声がそのまま口から出た俺に、彼女はそれはそれはしあわせそうに微笑んだ。
ああもう! かわいい!! 俺の妻、天使! いや女神!! 尊すぎ!!
「それなら、なにもいらない」
「『罪』を赦されて、そのうえ貴方のそばにいられるなら、他になにもいらない」
なんてこと言うんだこのひとは!! なんだそのかわいさ!!
ああもう!! 心臓爆発しそう!!
「もしも私の『罪』が今生でぜんぶ償えるならば、もう『記憶を持って』転生する必要ない」
「貴方がみつけてくれるなら、なにもいらない」
俺を全面的に信頼している笑顔に、またしても胸を貫かれる!
「何千年も『記憶を持って転生する』なんて、そんなのは『世の理』に反するもの」
生真面目な守り役と同じ生真面目な答えに、似た者主従だなあとおかしくなった。