第百四十四話 月曜日3 竹さんへの説明
『呪い』が解けるとしたら『解きたい』か。
この質問に白露様と緋炎様は悩んでいたのに、黒陽はあっさりと『解きたい』と答えを出した。
「ただし。姫の『呪い』が解けて『記憶を持ったまま転生』することがないとわかってからだ。
姫が『記憶を持ったまま転生』するのならば、私は姫の守り役としてそばで守らなければならない」
それもそうだな。
竹さん達『姫』にとって、何度生まれ変わっても変わらずそばにいてくれる『守り役』の存在は『救い』だろう。
共に記憶と思い出を共有し、なにもかも話せる相手。
そういう存在がそばにいてくれたから五千年という長い間狂うことなく生きられたのだろう。
―――?
ふと疑問がよぎる。
転生を繰り返す。記憶を持ったまま。不老不死の守り役。生まれ変わったらわかる。何故? そばにいられるように? それではまるで――。
のろりと黒陽を見つめる。
「――? どうした?」
首をかしげる亀。なんで亀になった?『呪い』で『獣の姿』にされたから。何故『獣の姿』になった? 人間ではいけない理由があった?
ラノベにあった。長命な人間は迫害をおそれて人里離れた場所で暮らしたり、わざと自分を死んだようにみせてほとぼりが冷めたころにまた現れたりしていた。
獣の姿だったら? 獣の見分けなど人間にはできない。おまけに霊獣は長命だとだれもが知っている。それならば不老不死の身体になっても問題なく『姫』のそばにいられる――?
まさか。
いや。
だって、実際に竹さんは苦しんだ。黒陽も苦しんだ。
『呪い』の名称どおりに。だが。
『考えようによったらすごいこと』ヒロは言った。
見方を変えたら、もしかしてこの『呪い』は、『呪い』ではない――?
「――いや。今考えることじゃないな」
ふるりと頭を振って考えを散らす。
『呪い』かどうかは問題じゃない。今はその『呪い』を解くことができるか。『呪い』を受けている本人は『解きたい』と思っているのか。それが問題だ。
「――なんでもない。それより、竹さんにもこの話、してもいいか?」
俺の言葉に「そうだな……」と黒陽は少し考えた。
「……お前と夫婦になったことで、姫はずいぶんと様子が変わった。
『呪い』についてどう考えているのか、聞くのはやぶさかではないだろう」
これまでの竹さんは『呪い』のことを『罪を犯した自分への罰』だと思い、甘んじて受け入れていたという。
だが俺と夫婦になったことで「『もっと生きたい』と思うようになっているかもしれない」と黒陽が言う。そうならうれしいんだけどな。
なんにせよ、このかわいいひとが起きてからの話だな。
じゃあ起きるまで待とう。
黒陽とああだこうだと話をしていたら、ようやくかわいいひとが「んん」と身じろぎした。
「お。忘れていた」黒陽が防音結界を解除した。
ゆっくりと瞼が開いていく。愛らしさに目が離せないでいたら、ふと目が合った。
途端にほにゃりと笑顔になる愛しい妻。かわいすぎる。愛おしすぎる。こんな、夫婦になってもまだ好きになるとか、あるのか。
「―――おはよ」
キュンキュンする胸をそのままにささやけば、うれしそうに微笑む愛しいひと。かわいすぎるんだが。もう胸が苦しいんだが。
「……おはよ」
「うふふ」なんてくすぐったそうに笑わないで! 愛おしすぎて爆発しそう!
黒陽が馬鹿を見る目をこちらに向けていた。馬鹿な自覚はあるよ。仕方ないだろう!? こんなにかわいいんだぞ!?
移動してベッドに腰掛けそっと口付けを送る。
彼女はただただしあわせそうに微笑んだ。
かわいすぎる。愛おしすぎる。どうしてくれようか。
「――寝られた?」
そっと頬を撫でながら問いかけると「うん」とちいさく答える。かわいい。
「熱はなさそうだけど、体調はどう?」
「大丈夫。元気」
「ムリしてない?」
「うん」
「ならよかった」
もう一度、ちゅ、とキスをする。
彼女はうれしそうに目を細めた。
「トモさん」
「ん?」
「――ありがとう」
「なにが?」
「なんか……いろいろ、いっぱい!」
「なにそれ」
よくわからないが、彼女が俺に感謝してくれているのはわかった。
幼い子供のような言い方がかわいくてつい笑った。彼女はそんな俺に恥ずかしそうにしながら、それでもやさしい笑みを浮かべた。
ああもう! 愛おしい!
このまま思いっきりキスしてむさぼっ「オイ」「ナンデモアリマセン」
ガチンと固まる俺に彼女がちいさく首をかしげる。
ごまかすように「もう起きる?」とたずねると「うん」と彼女は身体を起こした。
身を起こした彼女が自分の左手を見つめ、しあわせそうに微笑んでいる。
その視線の先にあるのはふたりで作った指輪。
俺と夫婦になったことを実感して喜んでいる様子に、またもキュンキュンと胸を締め付けられる!
そんなに俺と夫婦になれたことを喜んでくれるの!? 俺も嬉しい! ああもう! 好きだ!
「オイ」
「スミマセン」
浮かれ気分をバッサリと斬り捨てられる。優秀な守り役は今日も優秀だ。
呆れたように「話は」とうながされる。そうだ。話をしなくては。
「? なあに?」
首をかしげる妻。かわいい。
「ちょっと話があるんだ。いい?」
そうたずねるとキョトンとしながらもうなずく妻。かわいい。
生真面目にベッドの上で正座するのも愛らしい。
「あのね」
「うん」
「竹さんにかけられた『呪い』のことなんだけど」
そう言った途端。
彼女がギシッとこわばった。
たった今まで浮かべていた穏やかな表情が一変し、暗い陰の落ちた、思い詰めた顔になった。
そっと俺から目をそらしてうつむき、口をあけた。が、なにも言葉にならずただはくはくと呼吸をする。
その口もぎゅっと引き結び、彼女はコクリとうなずいた。
あまりにも苦しそうでかなしそうで、可哀想になって思わず肩を抱いた。
「……ゴメンね。つらいこと思い出させた」
彼女は俺の肩に顔を埋め、ちいさく首を振った。
――せっかく忘れてたのにな。
失敗した。
きっとうっかり者の彼女はうっかり忘れていたに違いない。『呪い』のことを。『残り時間』のことを。
これまで彼女をとらえて離さなかった『呪い』のことをうっかり忘れるくらい俺と夫婦になったことを、結婚式を挙げてもらったことを喜んでいた。
なのに、俺がそれを思い出させた。
ズキリと胸が痛む。
それでも、話をしなくてはならない。
理知的な部分が冷静にそう判断する。
それでも感情的な部分が彼女を傷つけたことを責める。これ以上傷つけるなと責める。
相反する思考と感情にグッと歯を食いしばる。
ひょいと彼女を抱き上げ、俺の膝に座らせる。
ぎゅうっと抱きしめると、少しだけ彼女のこわばりが弱くなった。気がする。
抱きしめると感じる、ひとつに戻る感覚。
それが彼女も、俺も癒やしていく。
癒やされると同時に、封じていた想いも顔を出してきた。
行かせたくない。守りたい。逃げだしたい。
死なせたくない。別れたくない。ずっとそばにいたい。
そのためにはどうする?
『呪い』を解く。
そのまえに、彼女の気持ちを聞かなくては。
どうにか理論立てて考えることができた。
すう、はあと深呼吸をして、ようやく声が出た。
「……もし『呪い』が解けるとしたら、竹さんはどうしたい?」
俺の腕の中で彼女がピクリと動いた。
「解きたい? それとも、このままがいい?」
顔を上げようとしたのがわかったので腕をゆるめる。
彼女はポカンとした顔で俺のことを見つめていた。
「………『呪い』を……『解く』……?」
「……………そんなこと……できるの……………?」
「わからない」
正直に答えたら彼女はキョトンとしたあと、ムッとした。
文句が出る前に「ただ」と話を進める。
「『呪い』を解く方法がないかと、考えてる」
俺の言葉に彼女は黙って考えはじめた。きっと俺の言葉の意味をじっくりと考えてくれている。
考える様子を見せながらじっと俺のことを見つめてくれるから、俺も彼女をじっと見つめた。