第百四十二話 月曜日1 『呪い』について
トモ視点に戻ります
目が覚めるといつもどおりに愛しいひとが腕の中でスヤスヤと穏やかに寝息をたてている。
微睡みの中、そっとその頬をなでるとムニャムニャとうれしそうに微笑む。
ああ。愛おしい。俺の妻。
―――つま………
! 『妻』!!
一気に覚醒した! そうだ! 妻になってくれたんだ!! 俺達、結婚したんだ!!
い、いや。正式には結婚してないけど。戸籍上は俺まだ十六だから入籍できないし。あれはあくまで『目黒』の宣材写真のための撮影だ。わかってる。
わかってるけど、俺にとっては、本気の結婚式だった。
あと数日で別れることになる彼女との、本気の誓いの場だった。
『ごっこ』でいい。十分だ。
『ごっこ』でも、俺達は『夫婦』だ。
肉体的な繋がりはなくても、ココロが繋がっている。断言できる。
俺は彼女の『夫』で、彼女は俺の『妻』。
俺はそう思ってるし、きっと彼女もそう思ってくれている。
愛しい妻の唇にそっとキスを落とす。
愛おしすぎるんだが。もう爆発しそうなんだが。
愛くるしい妻を抱き、改めて考えを巡らせる。
――死なせたくない。別れたくない。
じゃあ、どうする?
このひとを死なせないためにはどうすればいい?
『呪い』を解く。
『二十歳まで生きられない』という『呪い』を。
このひとに『二十歳まで生きられない』なんて『呪い』をかけたのは『災禍』だ。
ならば今はある意味チャンスと言える。
『災禍』に彼女達の『呪い』を解除させる、最大のチャンスだと。
彼女も西の姫も『災禍』を滅することしか考えていないようだが、どうにか滅するまえに『呪い』を解かせることはできないだろうか?
これまでずっと考えてきた。脳内シュミレーションも何度も何度も繰り返した。
それでも、『災禍』を滅するイメージはかろうじてできるものの、それまでに彼女達の『呪い』を解かせるイメージがどうしても持てない。
どうやって『呪い』解かせるっていうんだよ。説得したら応じてくれるのか?
『力ずくで言うこと聞かせる』っていっても、よくあるパターンは『死にたくなかったらコレをしろ』だけど、間違いなく滅するつもりなところにこんなこと言ったって意味ないだろうし。
俺が同じ立場になったとしたら「どうせ殺すんだろ!?」って嫌がらせに『呪い』解かずに殺されるとしか思えない。
うーん。うぅーん……。
………これはもう、誰かに相談するしかないな……。
俺ひとりで考えていては埒が明かない。時間もない。
相談するなら誰だ? ハルか、タカさんか、ひなさん――?
うんうんと考えていたらスマホのアラームが鳴った。ヒロとの約束の時間になる。名残惜しいが行かないと。
別れる覚悟はしても諦めたわけじゃない。
ギリギリまで、その瞬間になっても、最後まで諦めない。きっとなにか手はあるはずだ。
穏やかに眠るかわいい妻にちゅ、とキスを落とす。ぎゅっと抱きしめる。
諦めない。絶対に死なせない。
誓いを新たに、愛しい妻を抱きしめた。
朝の日課のヒロとの修行。この三連休はひなさんにくっついて泊まり込んでいる晃も一緒。
一昨日夜の修行で「朝三人で修行した」と話したら佑輝が「ズルい!!」と腹を立てた。
「佑輝は試合があるだろ? こっちに来てたら間に合わなくなるよ?」ヒロがそう言ってどうにかなだめていた。
ウチのじーさんがある程度は鍛えたが、佑輝の阿呆は治らなかった。
まあそれが佑輝のいいところで個性でもあるからな。ハルも保護者達もだから放置してるんだろう。
佑輝も『宗主様の高間原』で三年修行して実年齢は二十歳すぎのはずなのに、変わらず阿呆なのはどういうことだろうか。
ナツは「いいなー」と言いつつそれ以上は言わなかった。『仕事に差し障る』とちゃんと理解している。
その上でナツは来たるべき決戦の心配をしている。一昨日夜の修行でも守り役達やヒロからの話を熱心に聞いていた。
ナツは十六日の午後、半日休みを取ってくれている。十七日は一日休み。
ナツは昨年も十六日の午後から半日休みを取っていたから「祇園祭の関係で」との説明で納得された。
十六日の夕方に四条の御旅所に神様が移動される。そこで『神の愛し児』たるナツの舞をご覧になるのがここ数年毎年繰り返されている。
今年は『最後の最後のお願い』をしなければならないからなんとしてもナツには出てきてもらわないといけなかった。無事休みが取れてよかった。『仕事終わってから』だと遅くなるからな。
ヒロと晃と合流し、朝の修行に励む。体術、剣術、属性の術。持てるすべての力を出して戦う。
俺の風の術は晃の炎ともヒロの水とも相性がいいので、組み合わせた戦い方も検討する。
ああでもない、こうでもない、こうやったらこう突破される。じゃあどうする。
三人で修行を重ねていたら白露様と緋炎様が遊びに来た。おふたりにも見てもらい意見を求める。
何が起こるかわからないから、できる限りの手段を取ろうと必死で取り組んだ。
「今日はここまでにしよう」ヒロの声にしぶしぶ修行をやめる。
いつもなら離れに戻ってシャワーを浴びるのだが、白露様と緋炎様もいる今ならちょうどいいかもしれない。
「ちょっと時間もらえるか?」と相談を持ちかけた。
「『災禍』に『呪い』を解かせることはできないだろうか」
「『呪い』を?」
「「『解かせる』!?」」
驚く一同にうなずき話を続ける。
「姫と守り役に『呪い』をかけたのは『災禍』だと聞きました。
つまりは『災禍』ならば『呪い』を解呪できるということ。
『呪い』が解呪できれば、竹さんは『二十歳までに死ぬ』ことはなくなり、もっと長く生きられる、ということですよね?」
俺の説明に「まあ……理論上は……」とモゴモゴ答えた白露様だったが、「はあぁぁぁ」とおおきく息をついた。
「……トモはやっぱり頭がいいのねぇ……」
は?
突然ナニ言い出した!?
驚く俺に反し、緋炎様もうんうんとうなずいている。
「私達も『呪い』を解こうとした時期があったわ。でもそのときにも『「災禍」に「呪い」を解かせよう』なんて考えは誰からも出なかった。あの白楽でさえも。
すごいこと考えるわねぇトモ」
「………たまたま巡り合わせがよかっただけですよ」
俺が話を聞いたときには保志社長が『災禍』の『宿主』の可能性が高いと調査が始まっていた。
だから俺は最初から『災禍』が『いる』前提で考えることができた。
緋炎様達が解呪を試みていた時期は『災禍』は高間原に残っていると思われていた時期。だから話の前提が違う。
そう説明したが「それにしても」とおふたりはえらく褒めてくれる。晃も、ヒロさえも『すごい!』と感心してくれる。
照れくさくてわざと「ゴホン」とひとつ咳払いをして、話を進めた。
「宗主様のところで研究についてまとめたものを読ませてもらいました。
でも三千年研究してきた宗主様を以てしても解呪は望めそうにない。
ならば『呪い』をかけた『災禍』自身に解呪させるしかないと思うんです」
俺の説明に「そりゃそうかもしれないけど」とヒロが苦笑まじりにつぶやく。
何も言わなくても『どうやって解呪をさせるんだよ』と思っているのが伝わってくる。
だから素直に問いかけた。
「どうすれば『災禍』に『呪い』を解かせることができるかな?」
俺の質問にヒロも晃も、白露様も緋炎様も「うぅーん…」と真面目に考えてくれた。
『できるわけないだろ』と突っぱねる前にちゃんと考えてくれるのかありがたくて、俺も改めて考えを巡らせた。
「『対価を提供する』としても、『災禍』の望むものなんか思い浮かばないし」
「うん」
「『宿主』である保志社長が命じれば応じるかとも思ったんだけど、今度は保志社長が言うことを聞くだけの『対価』がいる。でもなにが『対価』になるのかわからない」
これまでに考えたことを口に出して一緒に考えてもらう。
「『「災禍」の封印を解く代わりに「呪い」を解け』ていうのは、本末転倒な気がするし」
「だねぇ」
ヒロと話していたら、晃がポツリとつぶやいた。
「……『真名』がわかればいいのにね」
「『真名』?」
またナニ言い出した?
「ホラ。茉嘉羅のときもそうだっただろ?
『真名』がわかったから動きを止められて、天に送ることができた」
説明されて「ああ」と思い出した。
中二になる前の春休み。俺達が持っていた霊玉の元となった『禍』の封印が解けた。
そのときに晃が『禍』に浸入して『真名』を知り、動きを止めた。
『真名』とは魂に刻まれた本当の『名』。
その『名』を知っていると相手の魂そのものに術をかけることになるので術がかかりやすい。
「『災禍』っていう呼び名は『本当の名前』じゃないと思うんだ」
晃の説明に『それはそうだろうな』とうなずく。
「『真名』で呼んで命令したら、たいていの『お願い』は聞いちゃうんだよね?」
晃の確認に白露様が「そうね」と答える。ヒロも緋炎様もうなずいている。
「たとえば竹さんが『災禍』の動きを封じておいて。
その間にカナタさんを説得して。
『災禍』に『真名を教えろ』って命令してもらう。
『真名』で呼びかけて、『バーチャルキョート』に連れて行ったひとみんな『元に戻せ』って命令して、それから『姫と守り役の呪いを解け』って命令したらどうかな。
そのあとで南の姫が『災禍』を斬ったら、全部のミッションクリアになる」
………それなら確かにいけそうだが……。
そんなに都合よくいくだろうか……。
うーん、うーん、と考えを巡らせていたらヒロがそっと挙手した。
「……その前に、ちょっと確認したいんですけど……」
ヒロの視線は白露様と緋炎様に向けられていた。
おふたりか「なに?」と軽く答えると、ヒロは真面目な顔で問いかけた。
「白露様と緋炎様は、この『呪い』についてどう考えていらっしゃいますか?」
「「は?」」
ポカンとするおふたりにヒロが重ねて問う。
「『解きたい』と思われますか?」
「……………『呪い』を……………」
「……………『解く』……………」
呆然とするおふたりにヒロは真面目な顔でうなずく。
「トモが言う『竹さんの「呪い」を解く』っていうのは、『竹さんだけの「呪い」を解く』ということ?」
「―――」
―――確かに。
俺は竹さんのことしか考えていなかった。
が、彼女の『呪い』を解くということは、他の姫達の『呪い』も守り役達の『呪い』も解く可能性があるということだ。
「そもそも竹さんはこの『呪い』、『解きたい』って思ってるの?」
「―――」
―――そう言われると―――
「―――聞いてない……」
そうだ。俺が勝手に『ずっと彼女のそばに居たい』と願って、そのためにどうしたらいいか考えて出た結論が『「呪い」を解く』ことだった。
彼女自身の意思は確認していない。
きっと彼女も俺といたいと思ってくれていると俺が勝手に思っただけ。
これまでに何度もつらい想いをしてきただろうからもう『記憶を持って転生』なんてさせたくないと俺が勝手に思っただけ。
生まれ変わるたびに『半身』を探して彷徨い疲弊して死ぬなんてさせたくないと俺が勝手に思っただけ。
―――あれ? 俺、勝手に暴走してた?
サーッと血の気が引いていく。
そんな俺にヒロはあわれみのまなざしで苦笑を浮かべた。
「そこはちゃんと聞かないと」
指摘にうなだれるしかできない。
「……そのとおりです」
ボソリと言う俺にヒロは苦笑を返した。
「『呪い』って言うから『悪いモノ』みたいに感じるけどさ。
考えようによったらすごいことだと思うんだよ」
ヒロの言葉に顔を上げる。
ヒロは『そうだろ?』とでも言うように続けた。
「だって『不老不死』だよ? そんな『人類の夢』みたいなものを手に入れてるわけじゃない?
そりゃ、つらいことも大変なこともたくさんあると思うけど、それを置いても十分ないいこともあると思うんだ」
……確かに。
守り役達にかけられた『死ねない呪い』は確かに『不老不死』と言える。年齢とってないらしいしな。
古今東西の権力者が必ずと言っていいほど望んできた『願い』。『不老不死』。
それを守り役達は手にしている。
「姫達の『呪い』にしたってそうじゃない?」
「『二十歳まで生きられない』けど『記憶を持って転生する』ことは間違いない。
言い換えたら、若く美しい時代だけを重ねているわけじゃないかな?」
「……なるほど……」
「たまたま竹さんがああいうひとだからクヨクヨメソメソ後悔ばっかりになって苦しいわけだけど。
『災禍』とか責務とか全部とっぱらっちゃったら、かなり『オイシイ』と思うんだよ」
「『転生して無双』なんて、ラノベの定番じゃない?」とヒロは軽く言う。
竹さんが読んでいたラノベを俺も読んだ。
確かにな。そういう話、多いな。
「実際、菊様は今生のお勉強やお稽古は楽勝らしいし」
「そうねぇ」と守り役が同意する。
「白楽様は皆様の『呪い』を解呪しようと研究されていると聞いています。
けれど、それも皆様が望んで依頼したわけじゃないですよね?」
ヒロの確認に白露様も緋炎様もうなずく。
「『呪い』をとくことができるかっていう、根本的な問題はもちろんあるんだけど、その前に」
ヒロが俺に顔を向け、言葉をつむぐ。
「『呪い』を解きたいか、このままのほうがいいか、一度皆様に確認を取ったほうがいいと思う」
「……………確かに……………」
ヒロの言うとおりだ。
『呪い』なんて聞いていたから『解呪しなければならない』『良くないモノ』だと思っていたが、『不老不死』をもたらす『転生を約束するモノ』だとしたら見方が変わってくる。
これは彼女と話し合わないといけないな。
ていうか、他の姫や守り役とも話し合わないといけないだろう。
「まずは白露様、緋炎様。
おふたりはどうお考えになりますか?」
ヒロがおふたりに話を振る。
「もし解ける可能性があるとしたら。
『呪い』を『解きたい』と思われますか?」
ヒロの直球の質問に、おふたりは「ううん」と唸った。
「――急に言われても………ちょっと、頭がついていかないわ……」
「……そうね……」
それもそうだろうな。これまでの価値観ひっくり返すような話だしな。
「ちょっと、考える時間をもらえる?」
「私も姫に報告してくるわ。そのときに姫の意見も聞いてくる」
おふたりのその言葉に「そうですね」とヒロも納得した。