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久木陽奈の暗躍 72 日曜日4 結婚式本番

 ボロボロ泣きながら笑うかわいいひとに胸を鷲掴みにされる。

 もう。いじらしいんだから! かわいいんだから!

 またぎゅうっと抱き合い、よしよしとなでてあげた。


「さ! 竹さん! 結婚式に行きますよ!」

 ポンポンと肩を叩くと竹さんは「はい!」と顔を上げた。

 来たときの迷いも諦めもない、心からの笑顔に私もうれしくなった。


 涙でぐしょぐしょになった竹さんは手で顔をぬぐおうとするからあわてて止める。タオルで顔拭かないと。

「タオルを」と振り返ったら、『目黒』のお姉様方はそれぞれタオルを顔にあてて震えておられた。


「……すみません。竹さんにタオルを――」

 感動やら憐みやらいろんな感情が渦巻いている一同に、申し訳なく思いながらも声をかける。

 するとすぐさまシャキッとされる皆様。さすがは有名お嬢様学校出身者。感情制御はお手の物ですか。


 赤い目は隠せないものの、皆さまなにごともなかったようにテキパキと動き出した。

 指輪は式で使うから外させてリングピローへ。

 汗をかいている竹さんはすっぽんぽんにされてシャワー室へ連れて行かれた。禊になってちょうどいいですね。シャワー室から竹さんの悲鳴が聞こえる気がしますが、スルーで。


 全身洗われてどこかぐったりした竹さんをお姉様方が整えていく。

 長い髪を乾かし結い上げる。爪を染める。泣いた目はアイシング。

 お化粧をしてドレスを着せる。

 滅多にないサイズの胸を持っている竹さんのサイズにぴったりのドレスが用意されていることに、うっかりなお姫様は何の疑問も抱いていない。そういうところがチョロいのよねこのひと。


「トモくんのところまではタカが連れて行くからね。ここでお辞儀して、こうして、ああして」と千明様からの説明を生真面目に聞く。

「ちょっと歩いてみて」と指示され歩く。右へ、左へ。靴も問題なさそう。アクセサリーも大丈夫。


『千明様プロデュース』の特色を出すために、ところどころを生花で飾る。

 そうするとますます華やかな花嫁さんになって、スマホでバシバシ写真を撮った。


 完成した竹さんを簡易スタジオに移動させ、プロのカメラマンという男性が竹さんひとりの写真を撮る。その背後から私達も写真を撮った。

「竹ちゃん。『王族モード』とって!」

 千明様のリクエストに一度目を閉じ呼吸を整えたお姫様。ゆっくりと瞼を開いた。

 にっこりと微笑むその気品に、カメラマンのシャッターを切る回数が増えた。




 結婚式本番。竹さんは輝くような笑顔で式に臨んだ。

 しあわせいっぱいのふたりに誰もが涙した。

 私も涙ぐんだ。でも隣で晃がべしょべしょに泣くからちょっと冷静になった。


 精一杯の笑顔で拍手し、花びらのシャワーを降らした。写真もいっぱい撮った。

 祝福にあふれたいいお式だった。

 前世何回か結婚式に出席してるけど、私史上ナンバーワンのいい結婚式だったと断言できる。


 私にはわからなかったけれど、森の中から、会場の上空から、神様達が結婚式をご覧になっていたらしい。

 輝く笑顔の竹さんに、しあわせいっぱいのトモさんの様子に、どなたもが「よかった」と涙されたという。


 そうして最後には皆様がふたりに加護をたっぷりと与えてくださった。

 竹さんにどれほど効果があるかは不明だが、無いよりはあったほうがいいに決まっている。

 いろんな意味で実りの多い結婚式だった。



 竹さんとトモさんはまだ写真を撮るという。宣材写真のためもあるけれど、カメラマンがノリノリになってしまったらしい。

「無茶言ってスケジュール調整してもらってるから。気が済むまで写真撮ってもらうよ」苦笑を浮かべたタカさんが言っていた。

 そう言いながらもふたりの写真が増えることを保護者の皆様は喜んでおられる。

 そうですね。たんまり撮ってもらいましょう。


 時間がかかりそうなので、ちびっこと一緒に先に御池に戻ることにした。

 ナツさんと佑輝さんは主座様が転移で連れて帰られた。

「オレも残る!」と佑輝さんはかなりゴネたけれど「表彰式に主役不在というわけにはいかないだろうが」と連れていかれた。

 はあ。優勝ですか。毎度毎度すぎてなんか感動がありませんね。

 三位決定戦の間にこっちに来ていたと。これから表彰式だと。それは仕方ないですね。帰ってください。


 晴臣さんの運転で私と晃、ヒロさんとちびっこが御池に向かった。

 途中でヒロさんが「ケーキ入刀してない!」と気が付いた。

 急遽デパートへ。一番大きくて一番それっぽいケーキを買った。

 ついでに夕食になるものも買いあさった。あの調子ではアキさんは夕食を作ることはできないだろう。

 大量の荷物はこっそり晃かヒロさんのアイテムボックスに入れようと思っていたら、晴臣さんが切ったカードから『上得意の安倍様』ご一行とバレ、飛んできた外商のひとが御池のマンションまで届けてくれることになった。


「パーティーしたいんですけど、飾りのようなもの、どこかに売ってないですかね」なんてヒロさんが聞き、別フロアに案内された。

 ちょっとヒロさん。いくらかけるつもりですか。百均で十分ですよ!

 他家のこととはいえ、経理の人間として目の前の無駄な出費は見逃せません!

「えー。じゃあこれとこれだけならいいです?」

 まあ、それは仕方ないですね。これを中心に、百均でこんなのを買ってきて、あーして、こーして……。

 ヒロさんと私で作戦会議をして買い物を終えた。


 その足で百均に立ち寄り追加の飾りを購入。御池のマンションに帰ってすぐにヒロさんと私で飾り付け。

 その間晃はちびっこのお守り。主座様と守り役様達はお出ましくださった神様達のお相手をしてくださっていた。




 帰って来た竹さんとトモさんをクラッカーで出迎える。ふたりとも珍しく素直に笑っていた。

 賑やかで楽しい夕食は、まるで結婚式の二次会のようだった。


 式の間ずっと泣いておられた黒陽様はやっぱりずっと泣いておられた。そんな黒陽様に白露様と緋炎様が泣きながら笑っておられた。

 蒼真様はお酒を出してきた晴臣さんとタカさんにくっついて祝杯を上げた。

 ヒロさんと晃は結婚式がいかに素晴らしかったか語り、見事役割を果たしたちびっこを褒めた。



「こーちゃとひなちゃはいちゅけっこんちきしゅゆのー?」

 ちびっこが余計なことを言うもんだからウチの阿呆がデレデレと余計なことをしゃべった。


「大学卒業したらすぐ。だから…五年後!」

「無事大学に入れたら、ね」

 チクリと釘を刺してやると阿呆はギクリと固まった。


「………え? まさか、ひな。……その、大学入れなかったりしたら………結婚の話は………」


 ヒクヒクと頬を引きつらせる阿呆にわざと余裕たっぷりに微笑んでやる。

 と、阿呆は声なき悲鳴を上げた。


「お、おれ、勉強がんばる! ストレートで合格する!!」

「入っても留年したらその分卒業が伸びるわよねぇ」

「―――! が、がんばります!!」


 涙を浮かべて誓う阿呆に皆様声を立てて笑われた。竹さんもトモさんも笑っていた。

 仕方のない阿呆に私も笑った。



 今ある分の写真の上映会をした。

『目黒』の皆様が撮影した分をタカさんがコピーを取ってまとめてくれた。私が撮った分も提供した。

 どの写真でも竹さんが満面の笑みを浮かべていた。

 しあわせそうなその表情は、見ているだけでこちらもしあわせになるような笑顔だった。

 隣に立つトモさんはデレデレと笑み崩れている。普段と大違いですね。もう別人ですね。

 ヒロさんにそう指摘されてトモさんがぶすぅっとしている。が、自分でもそう思うからか反論はしない。

 そんなトモさんは愛しい妻に「トモさんかっこいい」なんてささやかれて途端に機嫌を直した。チョロい。


 カメラマンさんが撮った写真は明日受け取る予定だという。

「いいのプリントして額に入れようね」と保護者の皆様が張り切っておられる。

 これに竹さんが「はい!」と答えた。恥ずかしがり屋なこのひとが珍しいと驚いて話を聞いた。

 ちいさいとき、七五三や入学式で写真館で写真を撮ったと。撮った写真は額に入れられて家に飾られていたと。今回もカメラマンさんが撮ったのだから額に入れて飾るもんだと思っていたと。


「……もしかして、私、なにか間違ってますか……?」

 黙り込んで仏様のような笑みを浮かべる周囲にうっかり者のお姫様が青くなる。

 あわてて「間違ってませんよ」「そうよ! そういうものよ!」と丸め込む。


 ついでに宣材写真としていろんな媒体に使うことも改めて説明し、納得してもらう。

 晴臣さんが承諾書を作っていて、トモさんとふたりにサインをさせた。



「おやすみなさい」といつもどおりに保護者の皆様とハグをする竹さん。

 が、今日はいつもと違った。

 いつもは抱きしめられるままただ立っているだけのひとが、ぎゅっうと抱き返していた。


「今日は、本当にありがとうございました」

「私、『しあわせ』です」


 おひとりおひとりにそう伝えていた。

 そのせいでまた保護者の皆様の涙腺が崩壊した。ついでに守り役様も。

 オンオン泣きながらしがみつく千明様とアキさんに竹さんは困ったように笑っていた。



 どうやら私の言葉で竹さんは変わったようだ。

『しあわせ』を受け入れられるようになった。

 残り時間が少ないからこそ、伝えるべきことを伝えようとしている。


 あと三日。

 たった三日。


 それでも、たった三日でも彼女が『しあわせ』であればいい。

 遺して逝く彼女が生まれ変わったときに『しあわせだった』と言えるように。

 遺された私達が『彼女はしあわせだった』と言えるように。



 泣いて笑って、怒涛の日曜日は終わった。

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