久木陽奈の暗躍 71 日曜日3 『ご褒美』
「――きっと神様達が手助けしてくださったんでしょうね」
私のつぶやきに竹さんはキョトンとした。
わざとにっこりと微笑みを向け、竹さんの手を取った。
「きっと神様達が、残り時間の少ない竹さんのために、トモさんの背中をちょっと押してくれたんです」
「竹さんを『しあわせ』にするために」
きっとそうだ。
あのノリのいい皆様がかわいい『愛し児』のためにちょっぴり手助けしてくださったんだ。そうに違いない。うん。
私の説明にキョトンとしていた竹さんだったけど、だんだんと飲み込んでいったらしい。次第に頬が染まっていった。
「そ「だってそうでしょう?」
反論が出る前に無理矢理話を続ける。
「千明様達が結婚式の企画をしてるなんて、トモさん知らなかったはずですよね?
それなのにタイミングよく『夫婦ごっこ』提案してくるなんて。
しかもモデルさんが都合良く急病になるなんて。
こんなの神様達が手助けしてくださったとしか思えないでしょう」
《たしかに!》
チョロいお姫様はあっさりと納得している。チョロい。
「神様公認です。竹さん、トモさんと『夫婦』になっていいんですよ」
「『しあわせ』になっていいんですよ」
私の言葉に、竹さんは息を飲んだ。
でもすぐにぎゅっ、と、泣きそうに顔をゆがめた。
《だって》
《私『罪人』なのに》
《『しあわせ』なんて、赦されないのに》
涙をこらえる頑固者の手をぎゅっと握る。
私のナカの晃の『火』を注ぐつもりで。
「竹さん。これはきっと『ご褒美』です」
ふと浮かんだ言葉を告げると、竹さんは潤んだ目を丸くした。
「『ご褒美』?」ちいさくたずねるから「そうです」とうなずいた。
「竹さん、これまでずっとがんばってきたでしょう?」
そう言ったら《そんな》と無自覚なお姫様は迷いを浮かべる。
《だって、当然のことしかしてないのに》
《私のせいで『災禍』の封印を解いたんだもん。私ががんばるのは当然の罪滅ぼし》
眉を寄せ首を振る困ったひとに言葉を重ねようかと思ったけれど、たたみ込むことにして話を進める。
「きっと、神様達が『ご褒美』をくださったんです」
「竹さんがこれまでがんばってきた『ご褒美』に、トモさんとの時間をくださったんです」
《――『ご褒美』――『トモさんとの時間』が――》
ポカンとするお姫様にうなずく。
「神様達がくださった『ご褒美の時間』。
楽しまないと、神様達に失礼ですよ?」
《『ご褒美の時間』》
その言葉が竹さんのナカに染み込んでいく。ジワジワと。
《『ご褒美の時間』》
《そうかも》
《あのひとに出会ってから、私、ずっと『しあわせ』》
《ホントはいけないのに。ダメだってわかってたのに。なのにホントはうれしくて、楽しくて、『しあわせ』だった》
竹さんの思念が伝わってくる。トモさんとの思い出が。
揺れる桜。驚いたように自分を見つめる男性。
穏やかに微笑んでくれた。やさしい言葉をかけてくれた。自転車に乗った。一緒にパンを食べた。
『好き』と言ってくれた。うれしかった。でも彼は死にかけた。
自分がそばにいたら彼を傷つける。だからお別れしたのに、また会いにきてくれた。
抱きしめてくれた。『半身』だとわかった。ずっとそばにいてくれた。手をつないでくれた。キスしてくれた。あのひとのぜんぶで包み込んでくれた。
『罪人』でもいいと。『災厄を招く娘』でも『魔物』でもいいと言ってくれた。
私の罪もダメなところもなにもかもまるごと包み込んでくれた。
《私の『半身』。私の唯一》
《ただひとりの、私の大切なひと》
竹さんのココロが染まっていく。あたたかな桜色に。
春休みに『視た』ときにはあれほど暗く重かったココロが明るくなっていた。
満開の枝垂れ桜であふれ、広い空に向かって爽やかな風が吹いていた。
この風は、トモさんの『風』。
あのどろりと重い闇はトモさんの『風』でどこかに吹き飛ばされていた。
彼女のココロにトモさんが居る。
やさしい笑顔で『風』を吹かせている。
《『ご褒美の時間』》
《そうかも。だってこんな素晴らしいひと、ほかにいない。五千年生きてきて一度も出会ったことない。
五千年かけて出会えたなんて、たしかに神様方が引き合わせてくださったとしか思えない》
《それなら、いいの?
あのひとのそばにいても、いいの?》
《あと三日。
それだけなら、あのひとの『妻』でいていいの?》
《私が勝手に思うだけじゃなくて。
あのひとの『妻』として、あのひとに甘えても、いいの?》
迷うのが伝わってきたから、わざと偉そうに笑ってみせた。
「ヘンに遠慮しちゃ駄目ですよ竹さん。せっかく神様達がくださった『ご褒美』なんですから。
しっかりと受け取らないと、失礼にあたります」
その説明に竹さんは《そうかも!!》と跳ねた。チョロい。
それでもまだ納得しない。
長く生きられない自分が彼を縛りつけると思っている。
自分が彼の『枷』になると思っている。
それはある意味正しくて、ある意味間違っている。
トモさんは竹さんに縛られることを望んでいる。
同じ『半身持ち』の私にはわかる。私だって晃に束縛されているのが心地良い。
束縛したくなるほど求められているのがわかってうれしい。
トモさんにとって竹さんは『枷』。
竹さんが彼の『世界』の中心。彼の『世界』のすべて。彼の生きる意味そのもの。
『半身』だもの。きっと互いを縛り縛られている。私達だってそうだ。
――『枷』――
――そうか――
カチリ。パズルのピースがはまる。
「――きっとトモさんは、竹さんの『枷』です」
『枷』なんて言葉を使ったからか、竹さんが息を飲んだ。
《そんなこと!》と反論しようとするより早く、続けて言った。
「竹さんをこの世に繋ぎ止めておくための『枷』」
《――『この世に――繋ぎ止めておく』――?》
きょとんとしたかわいいひとに、わざとにっこりと笑みを向ける。
「竹さん、すぐに諦めちゃうでしょ」
ギクリとこわばる竹さん。自覚はあるらしい。
「『どうせ長く生きられないから』『二十歳まで生きられないから』
どこかでそう思ってるでしょ」
ギクギクッと息を飲み身体が引く。
《なんでわかるの!?》なんてあせっている。
ニヤリと口の端を上げる私にビビるようにそっと視線を逸らした。
「トモさんがいれば、しぶとく『生きよう』って思うでしょ?」
チラリと私に視線を戻すかわいいひとに、わざとにっこりと微笑んだ。
「人間、諦めることも大切ですけど、時にはしぶとく諦めずに足掻くことも大事なんです」
「竹さんに欠けてるのは、この『しぶとさ』です」
自覚はあるらしく、竹さんはグッと詰まった。
「生き汚く在ればいいんです。足掻けばいいんです。
『もっとトモさんのそばにいたい』『ずっとトモさんと生きたい』
そう『願う』ことが、きっと『生きるチカラ』になります」
「いざというときの『チカラ』になります」
『災禍』と対峙したとき。霊力を使い果たしたとき。
『もうだめだ』なんて投げ出すことはなくなる。
トモさんの存在が、きっと彼女がふんばるための『枷』になる。
「トモさんは、あなたをこの世に繋ぎ止めておくための『枷』」
「神様達があなたのために遣わしてくださった、あなたの『唯一』」
《神様が――私に遣わしてくださった――》
じわりじわりと、私の言葉が竹さんのココロに染み込んでいく。
「あなたへの『ご褒美』」
《――『ご褒美』――》
春休みに『視た』彼女のココロに広がっていた乾ききった大地。そこが今や一面にちいさな花が咲き乱れていた。
やわらかな草花をあたたかい風が揺らす。トモさんの『風』が。
《好き》
ちいさなちいさな『声』が聞こえる。
《好き》
あたたかな『風』が、花に囲まれた竹さんの『本音』を伝えてきた。
《赦されないってわかってるけど》
《『罪人』だって、『魔物』だってわかってるけど》
《私、あのひとが、好き》
――おそらくはココロの奥の奥に隠していた『本音』。
それが『聴こえた』のは、単に私の能力が上がっているからか。『まぐわい』で霊力を交わらせたことで晃の『記憶再生』が私にも作用したのか。私の言葉に竹さんが刺激されて『本音』があふれたのか。
なんでもいい。
受け取った。
このひとの『本音』を。
遠慮がちで自己評価の低いかわいいひとの手をぎゅうっと握った。まっすぐにその瞳を見つめた。私のナカの晃の『火』を宿すように。
遠慮しないで。『罪人』なんて思わないで。
あなたはあなたのまま、ただひとりのひとと『しあわせ』になればいい。
「『しあわせ』になればいいんです」
はっきりと断言すると、竹さんは驚いたように目をまるくした。
その目がみるみる潤み、ついには涙をいっぱいに浮かべた。
そして、ようやく微笑んだ。
「――それ、トモさんも言ってくれました――」
ほほう。やりますねあのムッツリ。
「たまにはいいこと言いますね」
ニヤリと笑ってそう言ったら、彼女はほころぶように笑った。
目を細めた拍子に、涙が一筋こぼれた。
「――いいんですかね」
それでも気弱にそんなことを言うから「いいですよ」と断言した。
このひと気が弱いから強く言われたことに逆らえない。
だからわざと強く言った。
「『残り時間』なんて考えはいけません。
『今』の『この瞬間』を生きるんです」
生真面目に私の話を受け入れようとする竹さんに、重ねて強く言った。
「『この瞬間』の『しあわせ』を、しっかりと受け入れるんです」
私の強い視線に、竹さんはくしゃりと顔をゆがめた。
への字口で歯を食いしばって泣くのをこらえている。
それでも私の目をまっすぐに見つめてくれる。ちゃんと話を受け入れてくれている。
「先のことなんて先で考えればいいんです。
『今』をどう生きるかだけ考えてください。
『今』トモさんとどう過ごすかだけ考えてください」
「そうして感じた『しあわせ』を、『しあわせだ』と、口に出して言ってください」
ぷるぷると震えながらも、竹さんはおおきくうなずいた。
「『未来』は『今』の連続の先に在るモノです。
『今』を一生懸命生きれば、きっと良い『未来』がやって来ます」
ただただうなずく竹さん。ふっくらした頬も、その目も真っ赤になっている。
「最後まで、諦めないで。足掻いて足掻いて、『生きたい!』って強く『願って』ください」
「強く強く『願え』ば、きっと『願い』は叶います」
どうか繋いだこの手から受け取って。晃の『火』を。
きっとあなたのココロを熱くしてくれるから。
熱くなったココロで、どうか願って。『半身』との『未来』を。
『呪い』を打ち砕く『強さ』を、しぶとく生きようとする『強さ』を、持って!
私の『願い』が通じたのか、竹さんはポロポロポロポロ涙を落とした。
一応涙をこらえようとしているらしく、顎にウメボシを作りブサイクな顔になっている。
でもそんな表情も生真面目なこのひとらしくてかわいらしかった。
繋いだ手を離し立ち上がり、座ったままの彼女を抱きしめた。
私のおなかに顔を埋めた彼女は、黙って私に抱きついてきた。
「『あと三日』じゃありません。『三日もある』んです」
「強く願えばきっと、もっともっと先もあるんです」
「だから、諦めないで」
「『今』を大切にして」
「『夫婦ごっこ』して『結婚式ごっこ』して、ふたりで『しあわせ』を満喫して」
私の言葉に抱きしめたかわいいひとはコクコクとただうなずく。
「これは『ご褒美』です」
「せっかく神様達がくださった『ご褒美』。遠慮したり受け取らなかったりしたら失礼にあたりますよ?」
コクコクとうなずくかわいいひとの頭をなでる。言い聞かせるように。
「だから、この結婚式も、本気で取り組んでください。
本当の結婚式だと思って。本当にトモさんと結婚するつもりで臨んでください」
「あなたが心の底から『しあわせ』であること。
それが『ご褒美』をくださった皆様への、なによりの『恩返し』になります」
抱いていた腕をゆるめるとかわいいひとは顔を上げた。
「ね?」と笑いかけると真っ赤な顔をくしゃりとゆがめ「はい」と答えた。
ブサイクでかわいい笑顔だった。