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久木陽奈の暗躍 70 日曜日2 竹さんへの事情聴取

「到着です!」

 スタッフさんの叫びに、休憩していた一同がザッと立ち上がった!

 千明様とアキさんに引っ張られ、竹さんが花嫁控室に連れ込まれる。

 私もすぐにあとを追った。



 部屋に入ると「え? え?」とキョドキョドする竹さんに千明様が「脱いで!」と迫っていた。


「な! な、な」

「竹ちゃん! 時間ないから!!」

「え? え?」


 千明様はじめとする『目黒』のオバサ……ゲフン、お姉様方に迫られて竹さんは《なにこれ!?》《どうなってるの!?》とパニック状態になっている。

 見かねて割って入った。


「千明様。ちゃんと説明しました?」


「したわよ!」とご本人はおっしゃるが、この様子では竹さんは理解していない。

 現に私に向かってプルプルと首を振っている。


「千明様。もう一度、ゆっくり、落ち着いて、説明してあげてください。竹さんわかってません」


 ため息とともにそう言うと千明様はムッとされた。が、コクコクうなずく竹さんに私の意見が正しいと理解されたらしい。

 チラリとアキさんに目配せされた。


 千明様の視線を受けたアキさんはひとつうなずき、竹さんににっこりと微笑んだ。


「実はね竹ちゃん。『目黒』でも結婚式のお仕事を受けられないかって、前から話してたの」

 うなずく竹さん。


「で、試しに結婚式を実際にやってみようって、モデルさんをお願いして準備を進めてたの」

 ふむふむとうなずく竹さん。ちょっと落ち着いてきたようだ。


「で、今日がその本番で、朝から準備してたんだけどね」

 うなずく竹さん。


「頼んでたモデルさんが急病で来れなくなって」

 びっくりする竹さん。表情豊かなお姫様ねぇ。


「でももうこんなに準備してるのよ。見て」

 アキさんにうながされ、竹さんが窓から外を見る。

 離れた広場に結婚式の舞台が作られているのを確認した竹さんが息を飲んだ。


「困っちゃって」

 頬に手を添え「ほぅ」とため息を落とすアキさんにお人好しのお姫様は気の毒そうな顔を向ける。


「でね。トモくんと竹ちゃんに代わりにモデルさんをしてもらいたいの」

 パカリと口を開け驚くお姫様。


「わ、私、ですか!?」

「竹ちゃんとトモくんよ」

「も、モデルさん!?」

「大したことないわよ。春に『お化粧ごっこ』して遊んだでしょ? あれと同じことよ」

「で、でも、そんな」


 あわあわとうろたえるお姫様に、しびれを切らした千明様がガッと迫った!


「だって竹ちゃん! 見て! あれ!!

 みんなでずっと準備してきて、今日は朝早くから取り掛かって、あそこまで作ったのよ!?

 それなのにモデルさんが来なくて『ダメになった』なんて、みんなに申し訳ないじゃない!」


《たしかに!!》

 グッと詰まったお人好しのお姫様。

『自分には関係ない』『知ったこっちゃない』と突っぱねることもできるのに、その可能性すら頭に浮かばないらしい。


「今からモデルさん探すっていっても時間ないの。

 お願い竹ちゃん! 私達を助けると思って、協力して!!」


 パン! と手を合わせて拝まれ、竹さんが「うっ」と半歩下がった。


「だ、だって、そんな、私、なにをしたら」

「なにもしなくていいの! ドレス着てニコニコしてたらいいの!

 こっちのスタッフが指示出すから、言われたとおりに動いてくれたらいいの!!」

「そんな、だって、」

 オロオロと視線をさまよわせる竹さんだったが、目が合うひと合うひと全員に『お願い!』と拝まれ絶句している。


『助けて!』と言いたげに私に視線を向けるから、仕方なく口を出した。


「いいんじゃないですか?」

 まさか肯定されると思わなかったのだろう。絶望したような泣きそうな顔になった。


「千明様とアキさんがこんなに困っておられるんです。

 日頃の恩返しのつもりで協力してあげたらどうですか?」


《恩返し!》

 ピョッと跳ねるお人好しに、皆様悪い顔でニヤリとされる。

 すぐさまアキさんが一瞬前の悪い顔を隠してにこやかに話しかけた。


「『恩返し』なんて考えなくていいわ。

 私達が竹ちゃんのお世話をしているのは、お家との契約だもの。

 お仕事として請け負ったことなんだから、竹ちゃんはなーんにも気にしなくていいのよ」


 やさしいアキさんの言葉に余計にうろたえるお人好し。

 さすがですアキさん。このお人好しなお姫様がどう反応するかよくわかってますね。


「私達は竹ちゃんが好きなの」

「一緒に過ごせてうれしいの」

「だからそんな『恩返し』なんて、考えなくていいのよ」


「うふふ」と微笑むアキさんに竹さんは泣きそうだ。


「ただ、今回は、ちょーっと協力してもらえると、とーっても助かるんだけど…」


『どうかしら?』と言いたげに上目遣いでおねがいをするアキさんに、チョロいひとは「ううっ」とひるんだ。


「で、でも、私なんて、そんな」

 モゴモゴと悪あがきをするお姫様。

 仕方ない。別方向から攻めるか。

 ため息をつき、わざと窓の外の会場を見つめた。


「これだけの準備をしたからには、相当お金もかかってますよね」

「そうねぇ」

「カメラマンさんももう来ちゃってるし…」

「ここまで準備して『できませんでした』なんて、スタッフに言えないわ」

「急病になったモデルさんだって気を悪くされるに違いないわ」


 口々に出てきた意見はどれも世間知らずのお人好しにも納得できるものだったらしい。


《でも》《でも》と迷う頑固者の思念を注視する。と、トモさんを気遣っているのが『視えた』。

 確認をとるなら……晴臣さんか。

 ササッとスマホを操作。すぐに返信が来た。


「トモさんならオッケーしてくれましたよ」

 スマホの画面を見せると、竹さんはパカリと口を開けた。

 私と晴臣さんのやりとりの最後は『トモはオッケーくれてもう着替えに行ったよ』だった。


「ホラ!」鼻息荒く千明様が竹さんに迫る。


「トモくんはもう準備してるんだから! 竹ちゃんも着替えて! 協力して!!」


 鼻息荒く迫る美人に竹さんはタジタジになっている。

 あちらこちらへと視線をさまよわせ、ようやく諦め天を仰いだ。

 それでもしばらく葛藤し、おずおずと皆さんに目を向けた。


「――わ、私で、お役に立てますか……?」

「立つわよ!」

「竹ちゃんでないとダメなの!!」


 即答する千明様とアキさんに、それでもモゴモゴしている竹さん。仕方のないひとねぇ。


「トモさんがもう準備始めてます。あのひと、竹さん以外の相手、認めませんよ?」


 そこまで言うと、ようやく頑固なひとは「わ、わかりました…」とうなずいた。



 竹さんが承諾した途端に「じゃあ脱いで!」と千明様とアキさんが服を脱がしにかかる。

「にゃあぁ!?」とおかしな悲鳴をあげる竹さんを苦笑で見守っていて、ふと気が付いた。


「あれ? 竹さん」

 あられもない姿にされた竹さんだけでなく皆様がピタリと動きを止め私に目を向けられた。


「どうしたんですその指輪」


 ピョッと跳ね、バッと左手を右手で隠す竹さんに皆様がバッと注目される。


「え、えと、その、あの」

 あわあわとうろたえる竹さんの腕をあっさりと高く掲げた千明様。

 ハッと目をひんむき息を飲み、叫んだ!


「婚約指輪!?」

「ち、ちがいます!! 結婚指輪です!!」


 千明様につられたうっかりなお姫様はぺろっと白状した。

 結婚指輪!? あのムッツリ、そんなもの用意してたの!? いつの間に!!


 私だけでなく皆様からやいやいとつつかれ、気の弱いお姫様は「あ、あ、あうぅぅぅ」と泣きそうになっている。

 これは一度事態を収拾する必要がある。


 パン!

 わざと大きく手を打ち、皆様の動きを止める。

「ちょっと、お話を聞かせてください」

 にっこりと微笑む私に、うっかり者のお姫様は青い顔でうなずいた。



「――その、今朝、『夫婦ごっこ』をしようって、言われて……」


『とりあえず』とガウンを羽織らされたお姫様は椅子に座りちいさくなっている。

 私がその前にしゃがんで事情聴取をするのを千明様はじめとする『目黒』のお姉様方が少し離れて見守っておられる。


「トモさんに?」

「はい」

「『夫婦ごっこ』って、なんです?」

「『恋人ごっこ』が定着したから、次は『夫婦ごっこ』だろうって……」

「……………」


 黙ってしまった私達に竹さんは「やっぱりおかしいんですか!? 私、間違ってますか!?」なんて言い出した。


「そんなことないです。『恋人』の次は『夫婦』です。合ってます」

 そう断言してあげるとホッとするチョロいひと。

 ここで『違う』なんて言ったらあのムッツリにどんなおそろしい目に遭わされるかわかったもんじゃないですからね。


 私の言葉にホッとした竹さんだったけれど、すぐにシュンとしてうつむいた。


「……私、『もう死んじゃう』って言ったんですけど……」


 ちいさなちいさな声で、ポツリとつぶやく。

 背後で息を飲んだのがわかった。お姉様方の耳は高性能のようだ。


「……『死んじゃう』とは、限らないじゃないですか」

 そう言ったけれど、頑固なひとはうつむいたまま黙って首を横に振った。


「多分、ダメです」

「私、もう――」


 そこまで言って、竹さんは言葉を詰まらせた。

 背後で何人もが涙ぐんでおられるのがわかる。私も泣きそう。


《もう、死んじゃう》

《あのひとのそばにいられなくなる》


 グッと拳を握る彼女の思念が伝わってくる。

 どれだけトモさんが愛おしいのか。

 別れることがどれほどつらいのか。


《『待つ』って言ってくれた。『生まれ変わるまで待つ』って》

《そしたらまた会えるかもしれない》

《そうだったらうれしい》

《でも待たせるなんて、申し訳ない》

《それに、待ってくれてる間に生まれ変われるか、わかんない》


《今生は、あと数日》

《なのに『夫婦』になってくれた》

《こんなに『しあわせ』でいいのかな》

《私、『罪人(つみびと)』なのに》

《『ごっこ』でも『妻』にしてもらえた》

《私のただひとりの『夫』になってくれた》


「――私、あのひとの『妻』として死ねるんです――」


 顔を上げた竹さんは、泣きそうな顔で笑っていた。


「それだけで、十分です」


 背後の皆様が一斉にまわれ右された。

 どなたも口や顔を押さえておられる。

 

《生まれ変わっても、もう二度と会えなくても、あのひとの『妻』でいられる》

《この指輪は、その証》

《ふたりの霊力から作った、世界でたったふたつの指輪》


 再びうつむき、やさしい笑顔でじっと自分の指に光る指輪を見つめる竹さん。

 トモさんと作った指輪に、竹さんが心から喜んでいるのが伝わってくる。この遠慮がちなひとが。


《あと少しだから》

《少しの間だけだから》

《責務は果たすから》


 そんなふうに言い訳をして、彼との『夫婦ごっこ』を受け入れていた。


 ――まったく、頑固なんだから。

 素直に喜べばいいのに。


『結婚式をしよう』と計画してすぐにトモさんが『夫婦ごっこ』なんて言い出したなんて、タイミングが良すぎる。

 トモさんにはこっちの計画を知らせていない。

 知らないはずの彼がそんなことを言い出したのはきっと『運気上昇』が仕事したに違いない。

 残り時間の少ないふたりのために、いろんなモノがふたりに協力したに違いない。


 ホンのひとときでも『しあわせ』になってもらいたいと。

 ホンの少しでも『しあわせ』でいてもらいたいと。

 私がそう願ったように。

 千明様はじめとする『目黒』の皆様がそうであったように。


 きっと誰もがこのふたりの『しあわせ』を願ったんだ。


 お人好しで甘っちょろくて神様レベルの高能力者なのに無自覚で自信のない頑固なお姫様と。

 属性特化の高霊力保持者でなんでもこなす有能ひとなのに『半身』の前では阿呆になってしまう不器用な男性。

 そんなふたりが『しあわせ』になるよう、願ったんだ。


 ふたりが別れる『そのとき』まで、あと三日。


 たった三日だけでも、ふたりが『しあわせ』に過ごせるように。

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