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第二十四話 黒陽の話 2

 いつの間にか空になっていたコップに茶を入れ、二人で喉を潤した。


 竹さんはすうすうと気持ちよさそうに眠っている。

 その寝顔を見ているだけで、ほっこりして、多幸感がじわじわと広がっていく。


 ふと、開祖の手記を思い出した。



 ずっと会いたかった。

 会えてうれしかった。

 ずっと一緒にいたかった。

 なんで置いていったのか。

 苦しい。悲しい。さみしい。会いたい。


 そんなことが、ずっと(つづ)られていた。



 会いたかった。会えてうれしい。

 それは俺も同じ。

 前世の記憶なんてないが、ずっと誰かを探していた。

 ハルに『半身』の話を聞いて、ばーさんから俺に『半身』がいると聞いて、ずっと会いたかった。


 いや。

 きっと話を聞くずっと前から会いたかった。



 ――『長くて五年』だ


 ハルの声が響く。


 長くて五年。

 それだけしか彼女といられない。

 もしかしたら明日にも彼女はいなくなってしまうかもしれない。

 やっと会えたのに。

 まだ何ひとつしてあげられていないのに。



『ずっと一緒にいたかった』

 開祖の手記が胸に迫る。


 前世の俺は長生きしたとハルがいつか言っていた。

 前世の俺はこの痛みをどうしていたんだろう。

 前前世の俺はどうだったのだろう。

 どんなふうに彼女と別れ、どんなふうに生きたんだろう。


「――なあ」


 この胸の痛みをどうにかしたい。

 これから起こるであろうことに対する不安をどうにかしたい。

 不安で痛くて苦しくて認めたくなくて、思い切って黒陽に聞いてみた。

 

「――昔の俺って、どんな男だった?」


 不安をそのままぶつけることはできなくて、言葉にすると不安が現実になりそうで、そんなふうに聞いた。


 サラリと言ったつもりだったけど、やはり固かったのだろう。

 黒陽はチラリと俺を見上げた。

 顔がこわばってる自覚はあるよ。


「――いい男だったよ」


 ポツリと、どこかさみしそうに黒陽が言葉を落とした。


 それきり黙ってしまった黒陽になんと声をかけようか迷い、視線をさまよわせた。

 目に入ったかわいいひとの寝顔にほっこりして、ふと思い出した。


「――開祖の手記に『夫婦になった』って書いてあったけど……本当か?」


 彼女を求めるあまりそんな妄想をしていたのではないかとおそるおそる聞いてみる。

 前世の自分だと考えると「やりかねない」と思ってしまう。

 今日だって台所でちょっとしゃべっただけで『夫婦みたい!』とテンション上がり、一緒に買い物しただけで『デートみたい!』とテンション上がった。

 思い詰めて『夫婦だったんだ』と思い込むくらいやりそうだ。


 だが黒陽はチラリと竹さんに目を向け、しぶしぶというように教えてくれた。


「……私は成長した青羽とは去り際にしか会っていないんだ。

 だが、想いを交わし『夫婦に』と誓いあったと聞いている」


 思わず前のめりになってしまった俺に、黒陽は呆れた顔をした。


「……聞きたいのか?」


 俺の態度に色々察したらしい。気恥ずかしくはあったがこの機会を逃すともう聞けないかもしれない。

「聞きたい」と正直に言った。


 じっと俺をうかがっていた黒陽だったが、やがて諦めたのか「ハァ」とひとつため息を落とした。

 そうして、ひとつずつ、ポツリポツリと話した。




「姫の『半身』と最初に出会ったのは千二百年前。――この京の都ができてすぐの頃」


 そう聞くと改めて長い年月を生きてきたと思い知らされるな。


「お前達の持つ霊玉の元になった『(まが)』を封印したのだが、ヤツは『悪しき場』になる寸前で、霊力量も抱えた瘴気も邪気も多くて、封印するのにこちらもかなりの霊力を使ったんだ」


 その話は前にハルに聞いた。

(まが)』を封印したのは『姫宮とその守り役と白露様だ』と。

 改めて当事者から話を聞くとリアリティがあるな。


「ほとんど霊力の残っていない状態で異界を作ることもできなかったときに『悪しきモノ』達に囲まれた。

 かろうじて撃退したときには、姫は生命を落としていた。

 土属性のモノの術で泥に埋まって死んだんだ」


 黙って話の先をうながす。

 黒陽は変わらず淡々と話し続けた。


「私も霊力切れで緋炎を呼ぶこともできず、じっと回復を待っていたときに現れたのが、智明だった」


 それが「前前世のお前だ」と黒陽が言う。


「ヤツはこの京の都の造営担当者のひとりだった。

 たまたま私が身を休めていた場所がヤツの管理する資材置場だったから、声をかけてきた」


「邪魔な私をどかせるために、智明は姫を清めると申し出た。

 私も『それもいいか』と思い、ヤツに姫を預け、共に川に向かった。

 そこでヤツは川を流れる水の霊気を集め姫に注ぎ込み、姫を蘇生させたんだ」



 ……意味がわからない説明が出たぞ?

 ナニ? 霊力注ぎ込んだら人間って生き返るのか?


 俺はさぞ間抜けな顔をしていたのだろう。黒陽がさらに説明してくれた。



「あの頃の智明は高霊力保持者ではあったが、特化というほどのものはなかった。

 わすかに金属性が強い程度だった」


「それでどうして蘇生なんてできるんだよ!?」


 こらえきれなくてツッコんだ。

 黙って聞くつもりだったのに。

 黒陽はあっさりと言った。


「本人はそんなつもり全くなかったらしい。

 それでも『半身』だからか、姫に霊力を注ぐことができた。

 金属性は錬成に長けるモノが多い。

 それもあって、霊力を集めることも、姫に注ぐこともできたようだ」


 だからって蘇生できるもんか?

 そうは思うが「そうだった」と言われればそれ以上何も言えない。


「――きっと」


 ポツリ。

 黒陽はどこか遠くを見つめ、言葉を落とした。


「きっと姫をあわれんだナニカが智明を遣わしてくれたんだ。

 そのナニカが智明に力を貸してくれたんだ。

 ――姫に『しあわせ』を教えるために」


 その言葉は厳かで、どこか祈りのように感じた。

 黒陽がどれだけ『智明』との出会いに感謝しているのか伝わるようだった。


 黒陽は一度目を閉じた。

 ナニカに祈っているのか。『智明』に感謝を捧げているのか。はたまた『智明』を(いた)んでいるのか。



 ゆっくりと瞼を開いた黒陽はさらに続けた。


「智明は薬学に長けていた。

 子供の頃、寺で医学薬学を習ったらしい。

 若いときから都選定の調査隊に同行していたとかで、薬を常備する習慣がついていると話していた。

 蘇生した姫を自宅に連れ帰り、処置をして、布団から出られるようにしてくれた」


「姫を救ってくれた礼をしようとしたが、何もいらんと言う。

 尚も迫って出てきたのは仕事の困りごと。

 水がでるのをどうにかできないかと相談され、ちょっと調べたら水脈も龍脈もなにもかもめちゃくちゃで。

 整えるのに時間がかかるのがわかったから、私が提案したんだ。

『姫と夫婦ということにしないか』と」



 ……なんか気になるワードがあった気がするが……。

 それは置いとこう。

 つまり、黒陽が『夫婦に』と言いだしたんだな。



「蘇生したものの姫はあの高霊力はなくなっていた。

 霊力を溜める『器』に穴が空いていて、注いでも時間が経っても一向に霊力が回復する様子は見られなかった。

 ――もう、長く生きることはできないと、わかった」


「残り数ヶ月ならば、あの高霊力も失ったならば、ホンの少しの間だけでも姫に『普通の生活』を、『普通のしあわせ』を体験させたい。

 ――そう、願ったんだ。

 だから『夫婦ごっこ』を提案した」



『夫婦ごっこ』

『夫婦』ではなく『ごっこ』。

 意味がよくわからなかったが、俺を気にすることなく黒陽は話を続けた。



「智明は造営担当者といっても貴族ではなかった。

 働きが認められて役職者になっているだけの平民だった。

 対する姫はそのときも高位貴族の娘として生まれ落ちていた。

 身分差のはっきりした時代だったから、智明は最初自制していたんだ。

 平民が高位貴族に対するように姫に接していた。

 ――それでも、姫に惹かれていった」



「――『半身』とわかったからか?」

 俺の質問に黒陽は「いや」と答えた。


「最初は『半身』と自覚していなかった。

 身分差があったから。ヤツはいい大人で自制できたから」


「――何歳だったんだ?」

「二十八だった。姫は十八だった」


 その時代は十八歳は十分成人だったと言う。

 十歳の年齢差も普通にあることだったとも。



「でもある日、こけそうになった姫を智明が抱き止めて――二人は、気付いてしまったんだ」


「『半身』だと」



 はあぁぁぁ、と黒陽はため息を吐いた。

 深い深いため息に、黒陽の後悔が込められているようだった。



「――『半身』と、思わなかったんだ」


 黒陽は苦しそうに吐き出した。


「それまでの四千年、姫の『半身』なんて現れなかった。

『半身』に出会わないことがほとんどだ。

 だからまさか姫に『半身』がいるなんて、思わなかった。考えたこともなかった」


「『半身』だと知っていれば、あんなこと頼まなかった」


「『半身』を失う痛みを、あの苦しみを、私は知っている。

 それを姫の『半身』に負わせるつもりなんてなかった」


「――ここでも私は『罪』を犯したんだ――」



 苦しそうにぎゅっと目を閉じ、黒陽はうなだれた。


 しばらくそうしていたが、やがてそのまま話を再開した。



「『夫婦ごっこ』で始まった二人だったが、名を呼び交わし想いを交わし、本当の夫婦になった。

 ある朝姫が目覚めなかったとき、あいつは霊力を注ぎまくって再び蘇生させた。

 でも三度目は、もう限界だった。

 ――なのに」


「あいつは、あきらめなかったんだ」


「姫を、あきらめられなかった」


 黒陽にはそのときの様子が浮かんでいるのだろう。

 うなだれた首がさらに下がった。



「――私も、その気持ちは、わかる」


 ポソリ。言葉を落とす。


「『半身』を失う恐怖。

『半身』のいない世界にひとり残される恐怖。

 私は、わかる。

 だから、止めなかった。

 あいつがあきらめるまで、納得するまで好きにさせるしかないと思った。――でも」


「でも、あいつは、自分の魂を削り出した」


「傷ついた魂では転生は叶わない。

 叶ったとしても何百年も何千年もかかる。

 だから。だからきっと。

 智明を憐れんだナニカが、姫を蘇生させれくれたんだ」


 そうして三度目の蘇生が叶った。


「蘇生した姫が智明に言ったんだ。

『千年続く都を作ってくれ』と。

『半身』の『願い』は叶えなければいけない。

 それであいつは『半身』のいない世界を生きたんだ」



 その話にじーさんのことを思い出した。

 じーさんも『半身』に先立たれた。

 自分の後を追わないようにばーさんはじーさんにたくさんの用事を言いつけた。

 そうしてじーさんはばーさんのいない世界で一年生きた。



「――三度目に蘇生して、智明に『願い』を言いつけてすぐに姫は智明と別れた。

 生命尽きるそのときまで智明といたかったろうに。

 あいつがあきらめないから、仕方なかった。

 鳥辺野で別れて、姫はすぐにその生を終えた。

 智明はその後もよく働いたと聞いている」


『半身』の『願い』を叶えるために。



「……黒陽はどうしてたんだ?」


『智明』のそばにずっといたのだろうかと聞いてみた。

 黒陽がそばにいたならば『半身』のいない世界でも生きられそうな気がした。

 同じ苦しみを持つ者同士ならば。


 なのに黒陽はようやく顔を上げて言った。


「休眠していた。

 姫が生命を落としたら、私はいつも休眠しているんだ。

 姫が転生して母体に宿ったら目が覚めるように術をかけて休眠している」


「………そうか………」


 じゃあ本当に『智明』はひとりで『半身』のいない世界を生きたのか。

『半身』の『願い』を叶えるために。


 じーさんと同じだ。

 そう思った。


 じーさんはどうだったのだろう。

 ばーさんに言いつけられた用事を全部終えたら即刻後を追ったじーさん。

 俺から見たらばーさんのいない一年、穏やかに暮らしていたように見えたけれど、本当はどうだったのだろう。

『半身』のいない一年は苦しかった? 辛かった? それとも『半身』のために働くことはしあわせだった?


 なんだか言葉が出なくて、その場しのぎにコップを口に運んだ。

 黒陽も猪口に入れた茶を一口飲んだ。

 そうして、また話を始めた。



「青羽は『霊玉を浄化するためにずっと持っていてくれ』と頼まれたと聞いた」


 やはり用事を言いつけられて後を追えなかったらしい。


「青羽のときは、晴明がいたからな。

 あいつが随分と気にかけて支えてくれたらしい」


 それは開祖の手記にも書いてあった。

 二人はいい友人だったらしい。


「智明のときに『己の魂を削る』なんて無茶をやらかしているから。

 だから青羽のときは黙って出ていったと聞いた」


 手記に書いてあった『目が覚めたらいなくなっていた』件だとわかった。


「連れて行ったら間違いなくやらかしただろうしな」

 ため息をつく黒陽につい文句が出た。


「――勝手だな」

「仕方ないだろう。『半身』なんだから」


 当然のことのように黒陽は言い、やっと俺に顔を向けた。


「逆の立場で考えてみろ。

 お前が死にそうになって、それを助けようと姫が死にそうになるとしたら、どうだ?」


「……………」


 それは、許せない。耐えられない。

 そのくらいなら俺ひとりで死ぬ。

 ああ。説明されて己の身に置き換えたら深く深く理解ができる。くそう。



「お前は姫を『勝手だ』と言うが」


 ハァとまたため息を落とし、黒陽は言う。


「『半身』だから、仕方ないんだ。

『半身』が『しあわせ』であること、それが『半身持ち』にとって一番大事なことなのだから」


「……………それは………わかる、けど………」


 痛いほどわかるけど。


「――その理屈で言うと、俺も何か『願い』を押し付けられて置いていかれるのか……?」


 黒陽は何も言わず、ただそっと目をそらした。


「―――!!」


 ――冗談じゃないぞ!

 置いていかれるなんて、納得できるものか!

智明と竹については『助けた亀がくれた妻』をお読みくださいませ

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