久木陽奈の暗躍 69 日曜日1 『目黒』への説明
白露様の直々の報告を受けた菊様はすぐさま式神を飛ばしてこられた。
「やるわねひな! 名案よ!」
テンション高い大絶賛にウチの阿呆が得意になっている。
「ただ、神々をお招きするには『結婚式をする』だけでは『弱い』。
なにかいい『呼び込み文句』がないかしら……」
そのご意見に、ポンと思いついた。
「……そういうの得意なひと、知ってます」
主座様がその美しい顔を嫌そうに歪められた。
もう日付も変わろうかという遅い時間だったけどリカさんは起きていた。
主座様の転移でリカさんのお部屋にお邪魔し、時間停止の結界を展開していただいた。
「リカさんに緊急の依頼です」
「ちょっと話を聞いてください」
そう前置きして、竹さんとトモさんの話をした。
リカさんは竹さんを知っている。
『バーチャルキョート』が怪しいとなり、皆様が「やってみよう」となったときに指導してくれたのがベテランプレイヤーのリカさんだった。
そのときにどんくさい竹さんにつきっきりになって指導してくれた。
あの穏やかでどんくさいひとが『五千年転生を繰り返している異世界のお姫様』で『主座様の恩人』だとの私の説明にリカさんは驚いた。
さらには主座様のお友達であるトモさんと『半身』という特別な結びつきの関係であること、これまでに何度も巡り合っては死に別れていることなどを説明した。
ついでだからと、竹さんが『自分のせいでたくさんのひとが死んだ』と思っていること、自分を『災厄を招く娘』だと思っていることなんかも伝えた。
色々話し、トドメとして彼女から預かったままだった束のほうの遺書を見せた。
リカさんは黙って読み進め、プルプルと震えだした。
ガバリと顔を上げたリカさんは天を仰ぎ叫んだ。
「――なんなんですかぁぁぁ! 悲恋ですか!? バッドエンドですか!?
ソレはソレでオイシイけれど、つらすぎます!
私は『ハッピーエンド至上主義者』なんですぅぅぅ!!」
「ああ……」とちいさく声を洩らし、主座様が顔を覆われた。
「酷いと思いませんか?」
「思います!」
ガッと吼えるリカさん。
よし釣れた。
「あまりにも可哀想なので、せめて結婚式をさせてあげようと企画中です」
「! 素晴らしい!」
「ただ、企画が立ち上がったのがつい先程で。結婚式ができるのは明日の午後しかないんです」
「なんと!」
「スタッフのやる気を引き出すために、なんかいい文章とかキャッチコピーとか、考えてもらえませんか?」
「おまかせくださいッ!!」
そうしてリカさんはパソコンに向かい、ものすごい速さでキーボードを叩いた。
あれ? それ、普通に小説書いてませんか?
「考えをまとめてます! しばしお待ちください!!」
目がイッてませんか? 鼻息荒いですよ?
「こうなったリカはもう誰にも止められません。しばらく待ちましょう」
悟りきった主座様に日頃のご苦労が偲ばれた。
そうしてリカさんはキャッチコピーを考えてくれた。
それを主座様や守り役様達があちこちの神様達に届ける。
この間の『まぐわい』で伝手ができていて、かなり広範囲にお知らせできたらしい。
もちろん吉野と伊勢の神様達にもご連絡を入れてもらった。
今回は私も晃も無関係だけれど、どちらの神様達も竹さんのことをご存知だったので、喜んで参加表明された。らしい。
どちらの神様達も、リカさんのキャッチコピーに涙されたという。
そしてテンション高く「是非参加したい!」とおっしゃった。
この調子ならたくさんの神様達が集まるだろう。そして竹さんとトモさんに加護を与えてくださるに違いない。
『災禍』と戦うというのは『運勝負』だ。
『宿主』の『願い』を叶えるために『偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せる』。
それが『災禍』。
『運良く』物事が進む。
『運良く』人材が集まる。
『運良く』都合のいい状況になる。
そんなことを呼び寄せることのできる相手と戦おうとするならば、こちらも強い『運』が必要だ。
先日の『まぐわい』で私と晃にはカンストレベルの『強運』が授けられた。
そのおかげだと思われることがあれからいくつもあった。
同じとはいかないまでも、少しでも強い『運』を授けてもらうことは、戦いの準備として最も求められることだろう。
『宿主』であるカナタさんが『災禍』の封印を解くためにと竹さんを狙っている。
ならば竹さんこそが『強運』を付与されて然るべきだ。
ただ竹さんは生まれるときに『災禍』の関与があったためか、神様達の加護が通りにくいらしい。
それでも、たくさんの神様達から寄ってたかって加護を与えられたら、少しは『強運』が持てるに違いない。
つまりこれは、戦略的に必要なこと。
私のこの説明に千明様はさらに張り切られた。
「明日のためにも早く寝ろ」と主座様に怒られようやく解散になった。
翌朝。日曜日。
昨夜メッセージだけ送っていた『目黒』の方々から次々と連絡が入った。
その方々へ千明様とアキさんは昨夜と同じ説明を繰り返した。
『目黒』の方々はトモさんのことをご存知だ。
秋の三連休に行われる『目黒』の山の手入れ。
私達が参加させてもらった三年前からトモさんも一緒に毎年参加している。
今年のゴールデンウィークには『白楽様の異界』へ行くための研修として二週間ほど『目黒』に泊まりこんでいた。
千明様の息子であるヒロさんの友達であり、若いのによく働く霊玉守護者達を『目黒』の皆様はかわいがってくださっている。
そのひとりであるトモさんのことは、当然『目黒』の皆様はよくご存知だ。
そして竹さんは先日『手芸部』で手芸を楽しんだ。
千明様とアキさんが「アキのところで預かってる」と説明し、かわいがっているのを見ている。
そのトモさんと竹さんが「恋仲にある」と聞いた『目黒』の皆様は驚いた。
『目黒』は千明様のご友人と千明様のご両親のご友人がスタッフとして働く会社。
孫のような、息子の、娘のような年齢のふたりが「恋仲にある」と聞いて、誰もがテンション上がった。
が、続く話にどなたもが絶句された。
「竹ちゃん、今度大きな手術するの」
「生き残れる確率はほとんどないの」
なんで若い娘さんが高校にも行かずアキさんが預かっているのか。
それは「治る見込みのない病気のため」だった。
「手術しないと死ぬ。手術しても生きられるかわからない」
それなら「余計なお金を使うことはない」「静かに死を待つ」と竹さんは誰の説得も聞かずアキさんのところで穏やかに過ごしていた。
そんな中、ふたりは出会った。
春にヒロさんのところにいつもの友達が集まった。
そこでアキさんが預かってる竹さんを見かけたトモさん。
一目でココロを奪われた。
そうしてトモさんは猛アタックをはじめた。
「もう生きられない」という竹さんに「それでもいい」「少しでもそばにいたい」と願った。
ゴールデンウィークに「ものすごい田舎に行く」と色々教わったのも彼女の薬の材料を探しに行くためだった。
どうにか薬の材料は手に入れたものの効果はなく、あとは手術しかないとなった。
手術しなければ穏やかに暮らせるかもしれない。でもいつ死ぬかわからない。明日死ぬかもしれない。半年後、一年後かもしれない。長く生きられても二十歳は迎えられないのは間違いない。
手術すればもっと長く生きられるかもしれない。でも成功の確率はとてつもなく低い。
ふたりは話し合った。ヒロさん達も、アキさん達も相談に乗った。
そうして昨日、竹さんは決めた。
手術を受けることを。
トモさんとの未来への、僅かな可能性に賭けることにした。
竹さんの決心を受け、すぐに手術日が決まった。
七月十七日。もうまもなく。
それまでに、ふたりのためになにかしてあげたい。そう考えて、思いついた。
結婚写真を撮ってあげたい。
『ごっこ』でもいいから結婚式をさせてあげたい。
「これは私のわがまま。
ふたりのしあわせな姿を見たい、私のわがまま」
「だけど、お願い。協力して!」
そう訴えられた皆様は滂沱の涙を流し、協力を約束してくださった。
………ウソじゃない。
『災禍』を『病気』に、『決戦』を『手術』に変えただけだ。
だけど、なんだろう。
申し訳なくて、顔が上げられない。
「気にしないでひなちゃん。
ちゃんと『事業』につながるように、『会社の仕事』としてやるから。
出勤してくれた社員にはちゃんとお給料出るようにするから」
「そうよひなちゃん! 使う資材もちゃんと経費で落ちるようにするから!」
タカさんとアキさんがそう説得してくださる。
そうですね。よその会社のやり方に口出ししちゃいけませんよね。
「もちろん私も協力します。何なりとお申し付けください」
「じゃあ」と、晃と一緒に衣装をを受け取りに行くことになった。
朝食の席でうまいこと竹さんを丸め込み、竹さんトモさんを休ませることに成功した。
トモさんのことだ。離れでイチャイチャするか、どこかにデートに行くだろう。
それなら呼び出せばすぐに招集できるに違いない。
保護者の皆様とヒロさんからサムズアップをいただいた。
指定された貸衣装屋さんで衣装を受け取る。
人気のないところまで移動して晃のアイテムボックスへ。
そこから晃に抱かれ、縮地で『目黒』へ。
貸衣装屋さんが開くのが遅かったから、到着したらもう昼前だった。
花嫁控室にした研修棟の二階でドレスを出す。
用意されたトルソーにドレスを着せ、小物はテーブルに並べる。
テキパキと準備をしていたら、カバン役のわんこが眩しそうにドレスを見つめているのに気が付いた。
私の視線に気付いたわんこは、情けない顔で笑った。
「竹さん、喜んでくれるといいね」
「………そうね」
そうね。あのひと、頑固だから。
式の前に説得の時間がいるわね。
そう考えていると思考を読んだわんこが困ったように微笑んだ。
そのとき。トモさんから晃に連絡が入った。
『昼飯どうする?』の質問に『ひなと食べるからいいよ』と返したわんこ。
「今のうちにごはん食べとこ」
それもそうだと急いで用事を片付けることにした。
花婿控室に向かい、衣装をハンガーにかけておく。
小物もオッケー。あとは大丈夫そう。
タカさんの衣装も花婿控室にセットし、本人を探しに行く。
事務所でタカさんを見つけたので報告。
スタッフさんが買ってきてくれたというお弁当をいただいた。
ヒロさんは今日も安倍家の能力者さんの統括の予定だったけど午前中だけにして、午後からは『目黒』でお手伝いすることになった。
昼ごはんを食べていたらそのヒロさんがひょっこりと顔を出した。
双子のちびっこに「ごはんを食べさせる」と言うので晃が手伝いに行った。
主座様と守り役様達は隠形で神様達をお招きするための陣をこっそりと作成中。
他にも細々とした準備をされている。
午前中にちびっこの撮影を担当された洋服ブランドの担当者さんとカメラマンさんは、撮影が終わった直後から始まった千明様の仕事に釘付けになっているという。
いつもの千明様とは違う迫力に呑まれ、くっついて仕事ぶりをずっと見ているらしい。
舞台は着々と出来上がっている。
あとは本人達を待つだけだ。
誰もが興奮と高揚感に包まれ、ふたりの到着を待っていた。