久木陽奈の暗躍 68 土曜日4 夜の作戦会議
色々あった土曜日だったけど、もう夜も更けた。
守り役のお三方と保護者の皆様、主座様とヒロさん、私と晃。
そんなメンバーで夜の報告会をしていると、トモさんがひとりで来た。
竹さんと黒陽様は「寝させた」と言う。
用意されていた竹さんの写真にトモさんは喜んだ。
白いドレスをまとい、花束を手ににっこりと微笑む竹さん。
結った髪に白い花を挿し、冠のようにもベールのようにも見える。
まるで花嫁のような写真。
今朝の写真チェックのときに「写真集作るか?」とタカさんが勧めたけれど「竹さんに見つかったらマズいから」と断念したトモさん。
「じゃあ何枚か印刷しようか?」との提案に、一枚だけを選んだ。
それが、この花嫁のような写真。
トモさんがその写真を選んだことに、保護者の皆様は「やっぱりこれを選んだか」と納得されていた。
トモさんがどれだけ竹さんを愛しく想っているかを見せつけられたような気がした。
「どのサイズで印刷しようか」と迷ったタカさんが「とりあえず」と三種類印刷した。
家庭用プリンターで印刷できる三種類。
「もっと大きいほうがよくない?」と千明様は不満そうだったが「大きいと竹ちゃんに見つかる」との意見に納得しておられた。
その分額装をキチンとしたものにしたという。
うん。写真館に飾ってありそうな立派な写真に仕上がってますね。額だけでこんなに違うんですね。私も今度額買おう。
立派に額装された写真にトモさんは喜んだ。
「ありがとうございます」と頭を下げるなり、一番大きな写真を手に取った。
じっと写真を見つめるトモさん。
その顔はどこまでもやさしく、甘い。
《俺の花嫁》
そんな思念が、伝わってきた。
二重のタレ目を細め、愛おしいのを隠しもしない微笑みを浮かべたトモさんがそっと写真を撫でる。
《行かせたくない。守りたい。逃げだしたい》
《死なせたくない。別れたくない。ずっとそばにいたい》
トモさんの本音がもれてくる。
これまで彼が隠していた本音が。
そんなことを竹さんに言ったら苦しむから、言いたくても言えない。
自分はどうしたいのか。どうすべきなのか。
わからず迷い、苦しんでいた。
《愛しいひとの花嫁姿》
《これを隣で見たかった。
俺のただひとりの妻になってほしかった》
どこまでもやさしい顔で、穏やかな雰囲気で、写真を撫でるトモさん。
同じように思念を受信したわんこが私の肩に顔を埋めた。
《俺の『半身』。俺の唯一》
《ただひとりの、俺の愛しいひと》
流れてくる思念に、ただグッと拳を作る。
トモさんの気持ちが、痛いほど、わかった。
私も同じだ。
どれだけ『半身』が愛しいのか、理解できるのは同じ『半身持ち』だけだろう。
トモさんはやさしい微笑みを浮かべながら、悲痛な覚悟を抱いていた。
愛する『半身』と別れる覚悟を。
愛しい『半身』を喪う覚悟を。
「――ありがとうございました」
保護者の皆様に深々と頭を下げ、トモさんは三枚全部をアイテムボックスに入れた。
その目が赤くなっていた。
「もう報告会終わるところだったから」とトモさんを離れに帰らせたが、どなたもピクリとも動かない。
私も動けない。
《なんで》
《どうにかできないの?》
ウチのわんこは私の肩で声も出さずずっと泣いている。
主座様もおそらくはあの思念を受信されている。
だからだろう。どこか悲痛なお顔で転移陣の扉をにらみつけていらっしゃる。
ヒロさんは晃の態度からなにかを察したらしい。やっぱりかなしそうな顔でただ扉を見つめていた。
「………喜んでくれてよかったな」
ポツリ。タカさんがつぶやいた。
千明様の肩を抱いて。
その千明様はずっと顔を伏せていらっしゃる。アキさんも。
晴臣さんはそんなアキさんの手を取り、ただ黙っておられた。
守り役のお三方も黙っておられる。
多分『仕方ない』と思っておられる。
五千年生きてこられた皆様にはもう何度も繰り返したことなのだろう。
何度も何度も姫を喪い、何度も何度もまた迎えてきたのだろう。
今回の竹さんとトモさんの『別れ』も、そんな繰り返したことのひとひらになるのだろう。
理屈はわかる。『仕方ないことだ』と。『どうにもできないことだ』というのもわかる。
それでも『どうにかできないだろうか』と願ってしまうのは、私が彼と同じ『半身持ち』だからだろう。
どれだけ『半身』が愛おしいか、わかる。
『半身』を喪うことがどれほどつらいことか、わかる。
わかるから、どうにかしてあげたい。
でも、どうにもできない。
だからウチのわんこはずっと泣いている。
くやしくて。かなしくて。なにもできないことがつらくて。
私もつらい。
トモさんの『痛み』がわかるからこそ、つらい。
今朝の竹さんが浮かぶ。
あんなにトモさんのことが好きなのに『好きとは言えない』と諦めていた。
自分の『しあわせ』を。生命を。未来を。諦めていた。
どうにかならないのかしら。
どうにか、ホンのひとときでも、ふたりを『しあわせ』にできないのかしら。
考えるけど、いい案が浮かばない。
今は『決戦まであと数日』という、言ってみれば追い込みの時期。
他のことに回す余力があるのならば少しでも決戦に向けて準備をすべき時期。
誰よりも竹さんがそのことをわかっている。
だからあんな遺書を書いた。
トモさんを立ち止まらせないために。
自分を止めさせないために。
どうにかできない? あのあわれなお姫様を少しでも『しあわせ』にできない?
あんなに『半身』を愛している男性に、なにか手助けできない?
考えるけどいい案が浮かばない。
考えようとしたらさっきのトモさんの笑顔が浮かんでくる。穏やかで、かなしい笑みが。
あの思念が思い出される。『行かせたくない』『逃げ出したい』『ずっとそばにいたい』
その『想い』は、私達『半身持ち』には抱いて当然だと断言できる『想い』。
痛いくらいの『想い』。
それにとらわれて他の考えが浮かばない。
花嫁のような写真に目を細めていたトモさん。
ふたり並んで写真が撮れたらもっと喜ぶだろうに。
たとえば、そう。ベッタベタな結婚写真とか。
「………せめてふたりの結婚写真でも撮れたら……」
無意識に、考えていたことがポロリと口から出た。
ピクリ。
千明様とアキさんがちいさく反応された。
「……………タカ」
ポツリ。
顔を伏せたままの千明様がつぶやかれた。
呼びかけられたタカさんが「なに?」と返事をする。
「明日の予定、どうなってる?」
「ちーちゃんは明日の午前中はサチユキの撮影。午後は特にないよ」
「会社は?」
「サチユキの撮影関係のひとはそっちに。
三連休を利用しての研修会が何個かある。
クラフトの出張がひとつ入ってる。
あとは通常通り」
相変わらず『目黒』は忙しいようだ。商売繁盛、けっこうなことです。
晃が顔を上げて千明様をじっと『視た』。
くっついている私にも千明様の考えていることが『視えた』。
千明様は顔を伏せたまま、ものすごい勢いでいろんなことを考えておられる。レイアウト。やるなら徹底的に。全体イメージ。スタッフ配置。資材在庫。衣装手配。
千明様の頭の中に何枚もイメージ画ができたところで、千明様は顔を上げられた。
その瞳に宿る強い光に、目を奪われた。
誰もが息を飲む中、千明様はガバッと立ち上がり、咆えた!
「結婚式をするわよ!!」
「結婚式!?」
「誰の!?」
ヒロさんと蒼真様のツッコミに「竹ちゃんとトモくんに決まってるでしょ!?」と千明様が咆える。
「結婚式をして、ふたりの結婚写真を撮るわよ!!」
その宣言に、どなたもが興奮された!
「アキ! 明日一日あけて!」
「わかったわちぃちゃん!」
「アキ」
同じように立ち上がりうなずくアキさんに主座様がたしなめるように声をかける。が、アキさんは動じることなくにっこりと微笑んだ。
「主座様。おやすみくださいな!」
「……………まったく、お前は……………」
ため息をつき腕を組んだ主座様はうなだれ、それでも「許可しよう」とおっしゃった。
その間に紙を持って来た千明様はバリバリとイメージ画を描いていく。
「今から式場押さえるのはムリだから、場所はウチのクヌギの広場。
こんなふうにして、あーして、こーして」
次から次へと完成するイメージ画をタカさんとアキさんが確認していく。
「ガーデンウェディングね」
「じゃあウチでガーデンウェディングを請け負えるかという実験と宣材写真の撮影ということにしよう。
それなら会社の経費もスタッフも使える」
「明日の双子の撮影カメラマン、桑原さんよね? あのひとウェディング写真もやってたわよね」
「スケジュール交渉してみる」
「私ドレスとタキシード当たるわ」
千明様のイメージ画が素晴らしいのもあるけれど、絵を見ただけで話を詰めていくアキさんとタカさんが有能すぎる。
あっという間におふたりは必要物資と人員のリストを作り、あちこちに連絡をはじめた。
そんな中、千明様はようやくペンを置いた。
「全員、聞きなさい!」
えらそうな千明様に主座様も守り役様も大人しく従う。
「明日、竹ちゃんとトモくんの結婚式をします!
『目黒』の新規事業としてガーデンウェディングを請け負う、その宣伝の写真を撮るためのモデルさんが急病で来れなくなった。
その代理をしてほしいという依頼をして結婚式をやります!
どうよ!?」
「それなら竹様も受けるかも」と守り役様は納得顔だ。主座様は苦虫を噛み潰したようなお顔をされるだけで黙っておられる。
そしてヒロさんはキラキラと目を輝かせた。
「タカ! 何時から始められる!?」
「サチユキの撮影と同時進行で準備、衣装が届く時間もいる。
――二時に竹ちゃんとトモを『目黒』に連れて行って準備。三時に式スタート。どう?」
「オッケー! それで行きましょ!」
そこから千明様を中心に、アキさんとタカさんが怒涛の連絡をしていく。
それを見ていたとき、ふと、思いついた。
これまで聞いた話が頭の中で組み上がっていく。パズルが出来上がる。いける――?
「――主座様」
私の呼びかけに主座様が顔を上げられた。
私の目をご覧になって、す、と背筋を伸ばされた。
「『北の姫』とその『半身』のことをご存知の神々は多いのでしたよね?」
「そうです」
「ならば、そのふたりの結婚式となると、多くの神々がお喜びになりますか?」
私の言葉に主座様が言葉を失う。
保護者の皆様もその手を止めて私に顔を向けられた。
「竹さんの結婚式、神仏にご覧いただくことは可能でしょうか」
私の意見に主座様は目を丸くされた。守り役のお三方も。
「竹さんは高間原にいたときから『数多の神々に愛された』『愛し児』なのですよね?」
守り役の皆様に確認すると皆様うなずかれた。
「かわいがっている『愛し児』が不憫な目に遭っていることを、五千年の間ずっとご覧になっておられるのですよね?」
緋炎様と白露様が痛そうにうなずかれた。主座様も。
「そんな『愛し児』が『半身』と巡り合い、しあわせいっぱいで結婚式をするとなったら。
――さぞやテンション上がられるのではないでしょうか」
先日の『まぐわい』でもそうだった。
神様達は案外ノリがいい。
テンション上がって調子に乗ってノリで加護を授けてくださった。
そんな方々に、結婚式をみせる。
五千年不憫な思いをしているのに自分達神仏を恨むことも責めることも一度も無く、ただひたすらに感謝と祈りを捧げてくる『愛し児』。
一度も自分達神仏に『お願い』をすることもすがることもなく、己のチカラだけでがんばってきたいじらしい姫。
そんな姫が、『しあわせ』の象徴ともいえる結婚式を挙げる。
愛する『半身』と。
そんなの、ドラマチックすぎでしょう! テンション上がりまくりでしょう!
「『半身』とようやく結ばれて『しあわせ』になった『愛し児』。
だけど、あと数日で『災禍』との戦いに行かなければならない。
間違いなく生命を落とすとわかっていて。
――そんな娘を前にしたら、主座様ならどうされますか?」
ニヤリと嘲笑う私に、主座様は困ったような笑みを浮かべられた。
「――ひなさん、西の姫に影響受けすぎですよ」
「ひなは昔からこんなだよ」
いらないことを言う幼馴染を「黙ってろ」とにらみつけた。が、阿呆は阿呆なのでニコニコしている。
「ハルなら間違いなくいっぱい加護をつけるよ! お守りだってなんだっていっぱい持たせるに決まってる!」
ヒロさんが興奮したように立ち上がり、断言した。
「――千明が結婚式をしようとしているところはどこ? 屋外?」
緋炎様の確認にタカさんがパッと地図を見せる。
アキさんもどこからかファイルを持って来て資料を見せる。
「――これなら神々をお招きできる」
「そうね。ここからここにこう陣を展開して――。この前使った黒陽さんの霊玉使って――」
検討の結果「イケる!」となった。
全員からの視線を受けた主座様は、困ったように口の端を上げられた。
「――菊様に報告。許可が出たら、実行しよう」
白露様が飛んで行ったのは言うまでもない。