久木陽奈の暗躍 67 土曜日3 便箋を買いに
それからはこの一週間の竹さんの報告を聞く。
水曜日にどれだけ霊玉やお水を作ったか。
木曜日、金曜日に行ったところについて。
竹さんはトモさんと黒陽様と一緒にあちこちの神社仏閣や『場』に行っては『最後のお願い』をしてくれている。
笛や舞を奉納し、霊力を献上している。
少しでも自分達に有利な状況になるように。
そう『祈り』を捧げるよう、私が依頼した。
ただ、黒陽様の昨日の報告によると、このお人好しのお姫様はどうやら神様達にひたすら『感謝』を捧げているらしい。
『トモさんに会わせてくれてありがとう』と。
『共に過ごせる時間をくれてありがとう』と。
『しあわせを知りました』と、ひたすらに感謝を捧げているという。
口では「『災禍』を封じられますようにご助力ください」「運気をお授けください」と申し上げている。
でもその内心はただひたすらに感謝を捧げている。
それほどにこのお姫様にとってはトモさんに出会えたことがうれしいことなのだと、トモさんと過ごせた日々が喜ばしいものなのだと、わかった。
それほど愛している相手と、あと数日で別れなくてはならない。
それは、どれほど苦しいことだろうか。
例えば晃があと数日で死ぬとしたら。
私はきっとこんなに落ち着いていられない。
足掻いて足掻いて、どうにか『運命』を変えようとする。
例えば私があと数日で死ぬとしたら。
私はきっとこんなに冷静に行動できない。
晃にべったりくっついて愛を伝え「死にたくない」「別れたくない」と泣き叫ぶ。
昔。中学一年生の終業式のあと。
晃は私の知らない間にいなくなっていた。
「もう晃は帰ってこない」
日村のじいちゃんの言葉に、身体の半分がごっそりと削がれた。
あの喪失感。あの虚無感。
あの絶望を、私は知っている。
どれほど苦しいか。どれほどかなしいか。
私は知っている。
私は前世で死を経験した。
あのときは死ぬなんて思ってなくて、すぐに熱が下がっていつもどおりの日々に戻れると思っていた。
生まれ変わったと理解したときに感じたあの罪悪感。あの後悔。
あんなものをこのかわいいひとに味わわせるなんてさせたくない。
どうにかトモさんに『好き』と伝えさせたい。
残された時間を『しあわせ』に過ごさせてあげたい。
でもこの頑固なひとが素直に聞くとは思えない。
特に今は決戦まで日にちがない。
やるべきことが多くて、動員人数も多くて、生真面目なひとは『休む』なんてできない。
でも、決戦前だからこそ休息も必要なのよね。
どうにか言いくるめて休ませないと。
そう思いながら話を終わらせた。
御池に戻るとトモさんはタカさんと話をしているところだった。
どうやら無事に写真チェックは済んだらしい。
扉を開けてすぐに顔を向けたトモさんは、竹さんの姿をその目に入れるなり表情をゆるめた。
「じゃあまたあとで」とタカさんとの話をさっさと切り上げるトモさんに竹さんが恐縮している。
すぐさま竹さんのそばに寄るトモさん。
「邪魔してごめんなさい」なんて言われて「邪魔じゃないよ」「ちょっと雑談してただけだから」となだめる。
守り役の皆様もそろい、改めてそれぞれのやるべきことを確認して行動に移った。
安倍家の能力者の皆さんは今日から追い込みに入る。
本拠地を再現できるように覚え込むこと。戦いの戦術。術の確認。戦闘と連携の訓練。
ヒロさんが中心になって様々なことを訓練し確認してもらった。
主座様や保護者の皆様も確認や連絡や根回しに追われている。
『異界』に行かない、言ってみれば『居残り組』だけれど、だからこそやるべきことがたくさんある。
当日どこにどんな確認をとるか。万が一のときはどう動くか。
私もここに呼ばれて一緒に作戦会議。
色々な想定を繰り広げながら準備をしていった。
竹さんはトモさんと黒陽様と一緒にあちこちに『最後のお願い』にあがってもらっている。
その途中に結界やらの確認をしたり、本拠地を使ってみたり、本拠地周辺のコンビニのチェックをしたりしている。
伏見のデジタルプラネットにも行ってもらった。
どんな状況になるかわからない。
地図を確認しながら、あちこちにご挨拶をしながら、竹さん達は動いていた。
東の姫と南の姫は相変わらず覚醒することなく普通の学生さんをしているという。
守り役である蒼真様と緋炎様がそばに行ったけれど「気付かない」という。
「つついて覚醒させる?」緋炎様がそう提案された。
けれど、菊様がそれを止めた。
「梅と蘭は手出し無用」
「『なるようになる』と出ている」
決戦まであと数日の現状で下手に覚醒させると「面倒くさいことになる」と菊様がおっしゃる。
「あのふたりに関しては『そのとき』まで放置でいいわ。
ただ、バージョンアップのそのときには、蒼真。緋炎。それぞれに付いておきなさい」
そう指示をされ、受け入れた。
この三連休、東の姫は実習、南の姫は試合に出ておられるという。
『どこの誰』という情報は手に入れている。主座様も保護者の皆様もご存知だ。
会いに行こうと思えば会いに行けるけれど、それも菊様から「不要」と言われた。
ちょっとモヤッとするけれど、菊様を信じて飲み込んだ。
その菊様は通常通りにお過ごしとのこと。
三連休なのでお稽古の発表会とかお茶会とか忙しいのは忙しいが、いつもどおり猫を大量にかぶって『良家のお嬢様』をしているらしい。
それも「あと少しだから」と笑っておられたと白露様がポツリとおっしゃった。
菊様も生命を落とす覚悟をされている。
そう思い知らされて「そうですか」としか言えなかった。
昼ごはんをいただいて本拠地の確認に行った。
『主座様の命令で本拠地を覚えるために来た』晃と『くっついてきた彼女』ということにして、本拠地の設備を確認していった。
予定どおりに準備ができている。運用も大丈夫そう。
晃も使えるか確認させた。問題なし。安心した。
それから竹さんの遺書を書くための便箋を買いに行った。
便箋――文房具といえば、やっぱり寺町通の歴史ある文具店だろう。
いやまてよ。今風のかわいいやつのほうがいいか?
それなら四条通の大型文具店のほうがいいか?
どっちにしようか迷って、どっちにも足を運ぶことにした。
どっちも本拠地から歩いていける距離だ。
まずは寺町通の老舗へ。どれがいいか悩んで、何種類も購入した。次は四条通の大型店へ行こう。
寺町通から四条通に出て西へと歩を進める。
山鉾巡行まであと数日。順次完成した山鉾が通りにその威容を示している。
三連休ということもあり、山鉾立ち並ぶ四条通はものすごい人出になっている。
ただでさえクソ暑いのに人いきれでとんでもなく暑い。
人混みに流されるように西へ西へと歩いていく。
晃には道すがら今朝の竹さんの話をした。
「どうにかトモさんに『好き』って言わせたいんだけど」
繋いだ手から私のそのときの記憶を『読んだ』晃がかなしそうな顔でうなずいた。
「――トモもね。つらいのを我慢してがんばってる」
今朝千明様からもらった写真データを確認していたトモさんは、それはそれは嬉しそうだったという。
でも、精神系能力者の晃には、トモさんの隠している気持ちが『読めた』。
竹さんの写真に《かわいい!》と喜びながらも《あと数日で別れなければならない》と苦しんでいた。
別れたくないと願い、『その日』が来なければいいと願っていた。
「――どうするのがいいんだろうね……」
立ち止まり、山鉾を見上げ、晃はつぶやいた。
私も一緒に見上げた。
これが動き出すそのときには、もう何らかの決着がついている。
それが良い結果なのか、悪い結果なのかはわからない。
わからないからこそ、こうして足掻いているんだ。
少しでも、ひとつでも可能性が高まるように。
ふたり並んで手を繋ぎ、ただじっと山鉾を見上げた。
四条通の大型文具店でも便箋を大量にゲットして、御池のマンションに戻った。
エアコンのありがたさが身に沁みた。
ナツさんは仕事がある。佑輝さんも試合がある。なので晃達霊玉守護者全員揃っての戦闘訓練は夜になった。
守り役様達が時間停止の結界を張って、そのなかで暴れまくったらしい。
覚え込むために本拠地に行くのも夜。
夜の戦闘訓練のあと守り役様が転移で連れて行き、しばらく過ごす。
五人でわあわあ騒ぎながら確認するだけでかなり覚えるらしい。
トモさんと晃がそっちに行っている間、私は竹さんの遺書作りに付き合った。
『竹さんと女の子同士でおしゃべりしたい』と申し出たら、過保護な守り役様はあっさりと席を外してくれた。
「では私は霊玉守護者達をみてこよう。ひな、姫を頼む」
多分私の思念を『読んで』ナニをするか理解したうえでわざと知らんぷりで席を外してくださった。
そういうところがイケメンなのよねあの亀様。
竹さんの部屋に行き買ってきた便箋をベッドに広げると、竹さんは喜んだ。
「こんなにたくさん!」
「ひなさん、文房具屋さんみたいです!」なんて笑うから私もつられて笑った。
「トモさんにはこれ、アキさんと千明さんにはこれ」と竹さんは選び、せっせと書いた。
ちゃんと揃いの封筒に入れ、シールで封をした。
「次はこのひと」「このひとにもいるかな?」
何枚も何枚も書いていくお姫様。
いい加減なところでやめないと、トモさん帰ってきますよ?
「時間停止の結界張ってるから大丈夫です!」
これだから高能力者は。
それでもある程度はまとめさせないといけない。でないとこのお人好しの律儀なお姫様は際限なく書き続けてしまう。
「誰に書きたいのか」と話を聞き、リストを作ってあげた。
私も一緒に検討して「これで十分」と判断してあげた。
それでようやくお人好しのお姫様は落ち着いた。
遺書の束は竹さんの部屋の机の引き出しに保管しておくことにした。
トモさんが使うのはアイテムボックスに入れてるパソコンだけだから引き出しは触らないという。
便箋を買ったときに入れてもらった袋に遺書を入れた封筒をまとめて入れて引き出しへ。その上にレポート用紙を置いてカモフラージュ。
「ありがとうございますひなさん! これで安心しました!」
やりきった達成感でニコニコのお姫様。
「よかったですね」と笑顔を返した。
そうしながらも私の心の底では不満が横たわっていた。
結局彼女はトモさんへの手紙に『好き』も『愛している』も書かなかった。
こんなに愛しているのに。
こんなに愛しているから。
どうしたらいいのか、なにが最善なのか。
わからないまま彼女とお風呂へ向かった。
彼女が『半身』と別れるまで、あと四日。