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久木陽奈の暗躍 65 土曜日1 竹さんの手紙

 その夜。

 竹さんと黒陽様が寝てから起き出してきたトモさんとタカさんと三人で打ち合わせをした。


『男性と一緒』というとウチの阿呆は必ず同席したがるけれど、父親代わりにのタカさんと、同じ霊玉を持っていた仲間のトモさんならば「いい」らしい。


「ふたりとも『半身持ち』だから。

『半身持ち』が自分の『半身』以外の女性に惹かれることは絶対にないから」


 ……………そっち!?


「……………晴臣さんは?」

「オミさんは、まあ、いいかな」

「主座様は?」

「ダメ」

「ヒロさんは?」

「絶対ダメ」


 嫉妬深い『半身』の特性を改めて見せつけられた。



 デジタル関係はこのふたりが中心になって攻略中だ。

 現在の進捗、問題点、考えられる攻撃など、色々な意見を聞いた。


 関係者の不正レベル上げは順調に進んでいる。装備も十分。

 これならばカナタさんの記憶で視た計画どおりに『バーチャルキョート』のレベルになったとしても十分鬼と戦えるだろう。


 誰が『バーチャルキョート』に連れて行かれるかはまだわからない。

 カナタさんが『(にえ)』を集めるために扱うシステムは『バーチャルキョート』の中でも最深部にあたるとかで、未だに侵入に成功していない。


 他の場所にはかなり侵入ルートを設置したという。

 バージョンアップ後の新エリアにも既に取り付け済との報告に「すごいですね」と感心する。

 それならばバージョンアップ後になにかあっても対応できることが増えるだろう。

 情報をパズルのピースにして頭に蓄積していった。



 話が落ち着いたところでトモさんに報酬の写真を渡したら「一枚だけ?」と返ってきた。


 チッ。

 これだから頭の回る奴は。


 他の写真はまた別の交渉材料にしようと思っていたのに。

 トモさんに甘いタカさんに《渡してやって》と思念を送られたので、仕方なく写真を提供する。


 写真をチェックするなり真っ赤になるトモさん。

 テンション上がって霊力あふれそうになっている。

 千明様がまだ写真を持っていると教えると土下座してきた。


 そんなにですか。

 これだから『半身持ち』は。




 千明様はトモさんの要望に快く応えられた。

 翌日の朝には竹さんの写真の詰まったディスクの準備ができた。


 あのときの写真がトモさんの目に触れることを竹さんは恥ずかしがるだろう。

 だからわざと「ちょっとお話しましょう」と離れに連れて行った。


 リビングの大きな机の角を挟むようにそれぞれ座り、向き合った。


 昨夜一緒にお風呂に入ったときに「生理はほぼ終わった」と聞いていたが、実際大丈夫そうだったが、念の為に聞いてみた。


「竹さん。今日は体調どうですか?」

「大丈夫です。元気です」



 昨夜「竹さん。一緒に寝ましょう」と誘ったら、押しに弱いこのひとがめずらしく抵抗した。


「え、えと、あの、」とチラリとトモさんに目をやる。

『視えた』思念から、ふたりが一緒に寝ていることがわかった。


 はァ!? なにやってんのこのムッツリスケベ!!


 ギッとトモさんをにらんだが、阿呆になっているひとは竹さんが私よりも自分を選んでくれたことに浮かれてデレデレしている。私の視線なんか気付きもしない。


「報告していなかったか? 姫とトモは一緒に寝ているだけだ」

「こ、黒陽!」


 ぺろっと守り役様にバラされたお姫様はあわあわと守り役様を捕まえようとする。

 が、さっさとトモさんの頭の上に逃げた守り役様。

 つかまえようと手を伸ばすのがトモさんに抱きついているようで、本人無自覚なんだろうけど、必死なんだろうけど、なんか目のやり場に困る。


 案の定『半身』にそんなふうに迫られた阿呆なひとは愛らしいお姫様をぎゅうっと抱き込んだ。

「離して!」とジタバタするのも可愛くてたまらないと思念があふれ出していた。


 それで私は春休みも先週も使わせてもらっていた個室に泊まらせてもらった。

 ウチの阿呆が「おれ達も一緒に寝よ?」とすり寄ってきたが殴っておいた。

 ウチの阿呆はヒロさんに連行されていった。ありがとうございます。



 朝食を御池でいただき、トモさんが竹さんの写真を確認する間引きつけるために離れに戻ったわけだけど。


 このお姫様、決戦を前にムダに力が入りまくっている。

 先週カナタさんの記憶を『視た』ときの自己否定はなくなって、やる気に満ちている。


 これもトモさんの効果なんだろう。いいことだ。


 人間気持ちひとつでうまくいくこともあればうまくいかなくなることもある。前世社会人でお(つぼね)していた私はそんな例をたくさん見てきた。


 とはいえ、これは力が入りすぎている。

 むしろ……(から)元気?

 現実から目を(そむ)けるためにがむしゃらに取り組んでいるだけ?


 じっと彼女を『視た』。

 が、体調が万全ということを示すかのように、深層心理までは『視』えない。

 覚醒直後や暴走直後のときのような内心を『視』せることなく、きっちりと封じている。


 私に無言で見つめられ、竹さんは疑問を(いだ)きながらも大人しくじっとしている。

 素直な性格を表すように《なんだろう》という表層の思念は伝わってくる。



「……確かに体調に問題はなさそうですね」

 そう言うとホッとするかわいいひと。


「トモさんがずっとくっついてたおかげですかね」

 わざとからかうようにそう言うと、ちょっと驚いたように目を丸くしたお姫様は恥ずかしそうにうつむき、それでもうなずいた。


「『半身』ですもんね。くっついてたら回復効果あるっていうのは、病気にも生理にも当てはまるんですね」


 うんうんとわざとしかつめらしくうなずくと、かわいいひとはホッとしたように顔を上げ微笑んだ。


「生理はもう終わったんですよね」

「はい」

「熱はどうですか?」

「大丈夫です」

 ひとつずつ生真面目に答えるお姫様。

 

「決戦まであと数日ですけど、なにか気になることや困ったことはないですか?」

 そう水を向けてみるとハッとした。


《どうしよう》

《相談してみようか》

《でもご迷惑かも》


 そんな思念が伝わってくる。

 キョドキョドと視線をさまよわせ、モジモジと落ち着かなくなる。


「なにかありますか?」

 たずねてみてもなかなか口を割らない。


「竹さん?」

 さらに問いかけるとうつむいた。


「気になることは言ってもらわないと困ります」

 わざとキツめに言うと、ようやくおずおずと顔を上げた。

 

「……その、ひなさんに、相談があるんですけど……」

「竹さんが? 私に?」


 なんのことかと思っていたら、竹さんはパッと紙を出した。


「あの、ご意見をいただきたいんです」

「……拝見しても?」


 そっと出された紙を手に取り確認する。

 生真面目にうなずくお姫様にちいさくうなずきを返し、紙に目を落とした。


 一枚のレポート用紙に、人柄を表すようなやさしい文字が(つづ)られていた。


『トモさん

 これまでありがとうございました

 貴方のおかげで私はとてもしあわせでした

 貴方のしあわせをお祈りしています

 竹』


 ……………遺書か……。


 チラリと目を向けると「どうですか!?」と身を乗り出してくるお姫様。


「やっぱり短すぎですか!? もっと感謝を綴るべきですか!?

 あの、あの、こっちもあるんですけど!」


 パッと出してきたのは紙の束。

 受け取りザッと確認すると、トモさんとの出会いから最近までの出来事をひとつひとつ挙げ、どれだけうれしかったか、どれだけしあわせだったかが書いてあった。

 報告書か。作文か。


「あの、これだと長すぎるかなって思って、それで、まとめようとしたんですけどうまくいかなくて、その、短いほうがいいのかなって、」


 オロオロあわあわとうろたえ言い訳をするかわいいひと。


「……あの、こういうのを遺すのは、――迷惑、でしょうか……」


 私がなにも言わないからか、そんなことを言うお姫様。

 シュンとして顔を伏せる様子が叱られた子犬のようで、かわいくて構い倒したくなる。



「――これいつ書いたんです?」

 気分を変えようとそうたずねると「水曜日、トモさんがパソコンの設置に行かれたときに書きました」と言う。


 トモさんは本拠地(ベース)の設営のために竹さんから半日離れた。

 その間は黒陽様とアキさんが竹さんについていたけれど、それまでの分を取り返すと言わんばかりに働くお姫様に「ちょっと昼寝でもしろ」と強制休養を命じられた。

 部屋にひとりにされたお姫様は、ふと『ひとり』なことに気が付いた。

 そしてせっせと『半身』への遺言を綴った。


 それでレポート用紙なのか。

 結界やらなんやらの報告のために彼女はレポート用紙をたくさん持たされている。

 それを使って書いたようだ。


「綺麗な便箋(びんせん)とか、なかったんですか?」とたずねたら「そうなんです」とシュンとした。


「手持ちもなくて、お昼寝してることになってたからアキさんにも頼めなくて……」と、机に向かってポショポショ言うお姫様。

 普段はトモさんがべったりくっついているから買えないと。なるほど。



 ザッと作文のほうも確認した。


「なんで『好き』って書いてないんですか?」


 綴ってあるのは感謝の言葉だけ。

『ありがとう』『うれしかった』『しあわせだった』

 肝心の『好き』や『愛してる』は一言もない。


 気になって指摘すると、彼女は困ったように眉を下げて笑った。


「………迷惑に、なります」

「そうですか? 浮かれまくるだけだと思いますけど?」


 ウチの阿呆だって私が『好き』と伝えたら尻尾ぶんぶん振って大喜びする。

 あの竹さん限定で阿呆になるひとも絶対同じことになる。断言できる。

 それなのに、竹さんはちいさく首を振った。


「……………だって、私……」


 うつむいたまま微笑み、ポツリとこぼした。


「もうすぐ死んじゃうから……………」


《『好き』なんて、言えない》

《言ったら、迷惑になる》

《これ以上あのひとに私を背負わせるわけにはいかない》



 ああ。このひとは諦めている。

 自分の『(せい)』を。

 自分の『しあわせ』を。


 そんな彼女があわれで、鼻の奥がツンとした。

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