久木陽奈の暗躍 64 本拠地(ベース)設営 2
昨日の木曜日。
ナツさんは同僚の皆さんと調理場の設営をし、そのまま料理をはじめた。
前日にトモさんにボロクソに言われていた安倍家の皆さんは危機感を抱き、手伝いを申し出た。
ナツさんがヒロさんに連絡してくれ、タカさんが来て指示をしてくれ、本拠地の設営は終わった。
そこに現れたのがトモさん。
ぽやんとした女の子をひとり連れていた。
自分達安倍家の人間から隠すように連れ歩いていたけれど、実際彼女は自分達には気付いていないようだったけれど、柱の陰から、扉の隙間から、その女の子を観察できた。
どう見ても普通の娘。
高霊力どころか並の霊力も感じない。動きもどんくさいのがすぐわかる。
かわいいのはかわいいが、まあそのへんにいそうな感じの、言ってみれば『十人並み』な娘。
それなのに、あのトモさんがやさしく丁寧に丁重に接する。
顔つきが違う。雰囲気が違う。
トモさんの双子の兄弟かと疑ったが、ナツさんは平気な顔で「トモ」と呼ぶ。
できたばかりの料理をその場にいた全員で食べた。
大人数でも対応できる料理をと、具だくさんの豚汁を作ってくれた。それにおにぎり。
自分達安倍家の実働部隊は緊急時の食事もよくあることで、立ったままササッと食べられるかなどを確認しナツさんに報告した。
安倍家の後方支援のひと達も床にダンボールを敷いた上で座って食べた。
そんな中トモさんはキチンと椅子と机を用意し、彼女を座らせた。
綺麗に皿に盛り付けたおにぎりと豚汁に「いただきます」と律儀に手を合わせた彼女が豚汁の器に手を伸ばそうとしたら「熱いよ? 気をつけてね」なんてやさしい声をかける。
「おいしい」とのんきな感想にデレデレと顔をゆるめる。
『え? どうなってんの?』と前日ココロをメッタ斬りにされた一同は思った。
彼女と一緒に食事を済ませたトモさんはそのまま彼女に本拠地を案内する。
「これがここ。これはこうで」とゆっくりと説明するのを一生懸命写真やメモをとる彼女。
そのメモを取り終わるまで説明を待ったり、わからなかったらしいところは再度説明したりするトモさん。
前日自分達にはすごい早口で説明して「わからない」「もう一度」と言ったらものすごく馬鹿にした顔で「一回で理解してくださいよ」なんて言ってたのに!!
さらには「確認しようね」なんて復習までさせる!
間違ったことを言ったりやったりしても「今間違いがわかってよかったね」なんてやさしい言葉をかけている!!
「ナツさん!」
霊玉守護者の名前を知るくらいには安倍家でも上の立場にいる浅野さんはナツさんに泣きついた。
「あれ、どうなってんですか!? ひどくないですか!?」
トモさんに直接文句を言うことは恐ろしくてできないから、せめてナツさんに一言言ってもらおうと訴えた。
なのにナツさんは「トモがゴメンね?」としか言ってくれない。
もしかして昨日は機嫌が悪かっただけなのかと思ったら、彼女がトイレに行った隙にとものすごい勢いで確認をしていくトモさん。
残っていたタカさんともすごい応酬をし、自分達安倍家の人間に「目を閉じてもこの本拠地のシミひとつも再現できるようになれ」と言う。
「そのくらいやってもらわないと。は? 無理? 最初から諦めるようでは何一つできないですが?」
「主座様からの特別任務ですよこれ。ナメてんですか?」
厳しい言葉と威圧に震え上がっていたら、ぽやんとした女の子が戻ってきた。
途端に掌を返したかのように態度を一変させるトモさん。
たまたま集まっていた一同に「皆さん、ご苦労さまです」とにっこり笑う女の子。
癒やされていたら、後ろに控えたトモさんが鬼の形相で威圧してきた!
後方支援の人間が何人か倒れた。
驚く女の子を「疲れが出たんだろう。寝させてあげて」なんて雑な説明で丸め込み、パソコンの前に座らせた。
パソコンの起動から女の子に教えるトモさん。
一通りやってみせて「じゃあ電源入れてみようか」とやさしくうながす。
女の子はもたもたグズグズ動く。
「だ、大丈夫? こわれない? 爆発しない?」なんて間抜けなことを言う。
自分達が同じことをしたらゴミでも見るような目をして罵倒してくるに違いないのに、その女の子には「大丈夫だよ」「こわかったら一緒にやる?」なんてどこまでもやさしく甘く接する。
メモを見ながらごくごく簡単なことを普通の三倍以上の時間をかけてどうにかやった女の子に「よくできたね」なんて褒めている!
もしかして女性に甘いひとなのか? とも思ったが、ココロを折られた安倍家の者の中には女性もいた。
「自分達と扱いが違う!」と直談判をした女性に、鬼でも倒すのかというような威圧と怒気を向けて失神させた。
「ど、どうされましたか!? 大丈夫ですか!?」と慌てる女の子に「疲れてるんだよ」といい加減な説明をし、自分達には口の動きで『この馬鹿早く始末しろ』と命じてくる。
そんなことを、昨日も今日もやらかしたらしい。
ナニやってんのあのひと。
これだから『半身持ち』は。
安倍家のひと達には竹さんのことを公表していない。
『主座様の恩人の北の姫』がお出ましになり、現在は主座様の庇護下にあること、安倍家に協力してくれ霊玉や霊水を提供してくれていることは周知されているが、その『北の姫』がどんなひとでどんな外見をしているかを知るのは主座様直属のひと達だけ。
安倍家で上のほうの立場の浅野さんにも知らされていなかった。
私は今日は『目黒』の関係者という体で来ている。
一応『晃の彼女』とは紹介された。でないとウチの阿呆は目に入れる男性すべてを燃やそうとする。『半身持ち』特有の嫉妬深さは業が深い。
『目黒』の関係者でもあるヒロさんが案内しているという形で確認をしていたところに浅野さんが突撃してきて、仕方なく話が終わるまで待っているという顔をしながら聞いていた。
考えを巡らせる。
これは頃合いだろう。
こっそりと部屋の隅に移動するとすぐに気が付いたわんこがついてくる。
スマホを取り出すと察してくれて壁になってくれる。
主座様に連絡。菊様へは事後報告でいいだろう。
許可を取り、ヒロさんにメッセージを送る。
『竹さんのこと公表してください』
『主座様のオッケー取りました』
スマホを確認したヒロさんが神妙な顔で「……実はね」と話し始める。
あの『ぽやんとした女の子』が『主座様の恩人の北の姫』だと知らされた浅野さんは絶句している。
そのうえ『トモさんの恋人』と聞いてさらに仰天した。
「だって、全然霊力感じませんでしたよ!? 動きだってどんくさくて…」と信じない浅野さん。
「あのひと普段は霊力とか完璧に封じてるんだよ」とのヒロさんの説明にも納得しない。
「トモか女の子の肩に黒い亀がいたはずなんだけど、誰も気付かなかったです? 守り役様です」
「守り役様も普段街中では霊力も気配も封じて隠形とっておられるから」
「この春から提供されている霊水も霊玉も彼女の作ったものですよ」
どれだけ説明しても納得しない浅野さん。
手っ取り早い手段を取ろうとトモさんに連絡を入れた。
本拠地の周囲のコンビニの場所を確認して回っていたおふたりは私の連絡にすぐに戻ってこられた。
「なんですかひなさん」
デートの邪魔をされて機嫌悪いのを隠しもしないトモさんに通りかかった周囲はビビって逃げ出した。
ちょうどいい人払いになった。
竹さん達と私達だけになったところで話を切り出す。
「ちょっと竹さんに頼みがありまして」
そう言うと「なんでしょう」と素直に応じるかわいいひと。
「お水作ってもらえますか?」
「お水?」「水?」
『なんでまた』というふたりに説明する。
「北山とこの街中では霊力量が違うでしょう?
霊力量の違う環境下でも同じような水ができるのか、変化が現れるのか、確認したとい思いまして」
私の説明はおふたり、正確には守り役様も加えたお三方に納得のものだったらしい。
「じゃあすぐに」といってくれたので臨時キッチンに案内する。
連絡したヒロさんが『たまたま通りかかった』という形で安倍家のひと達を連れてきてくれる。
そのひと達の前で、竹さんはいともあっさりと水を生成した。
いくつも並べた大鍋にとぷりと出現した水を前に、竹さんとトモさんは至って普通に検証をする。
「一応問題はなさそう」
「霊力量もしっかりあるね。場所は関係ないのかな?」
「霊力を集める範囲を広くしたから。
いつもの池だとちょっとの範囲だけで十分なんだけど、ここは霊力量少なそうだったから範囲指定を広くしたの」
「なるほどね。いい判断だね」
のんきに話をするおふたりに対し、安倍家のひと達は顎がはずれそう。
そりゃそうよね。『無』から『有』の生成なんて、高レベル能力者でないとできない。
そのうえこれだけの量を媒介も詠唱もなしに一瞬で、なんて、現在の常識で考えたら『あり得ない』こと。
それこそ物語のチートレベルの話。
それを目の前で見せつけられて、安倍家のひと達は震え上がった。
「竹さん。来てたの」なんてしれっとヒロさんが声をかける。
「水が作れるか検証していた」と答える竹さんに「じゃあ霊玉が作れるかも検証したら?」なんてナイスパスを出すヒロさん。
「それもそうですね」と非常識なお姫様はこれまたあっさりと霊玉を作る。
安倍家のひと達は倒れそうだ。
「霊力石は問題ないですね。じゃあ封印石……これも大丈夫そう。結界石はどうかな? あ。できますできます」
手品のようにポンポンと霊玉を生成するお姫様に安倍家のひと達はもう顔面蒼白だ。
ジャラッと小山にした霊玉はヒロさんが回収。アイテムボックスに収めた。
「黒陽様。隠形解いてください」
ヒロさんが声をかけ、トモさんの肩にいる黒陽様が姿を現した。
ついでに抑えている霊力もちょびっと開放された。
それだけで安倍家のひと達はザッとその場に平伏した。
「――高間原の北、紫黒の『黒の一族』がひとり、黒陽だ。
皆、このたびの働き、感謝する」
「「「ハハッ」」」
どうやら私の思念を読んで色々察したらしい優秀な守り役様は、わざと威厳たっぷりにご挨拶なされた。
「こちらは我が姫、竹様だ。以後見知りおくように」
えらそうな紹介に「もう。黒陽」なんてちいさくとがめる竹さん。
でも今はそれ、ダメなんですよ。
「竹さん竹さん」
そそそ、と近寄ってこっそりと耳打ちする。
「『王族モード』でご挨拶してください」
「『王族モード』?」
キョトンとするかわいいひとに「はい」とうなずく。
「春に『お化粧遊び』したときにやった、アレです。
王城の大広間で、臣下の皆様にご挨拶するつもりでお願いします」
「……王城……大広間……」
ブツブツ言う竹さん。
「新年の挨拶があったでしょう。あんなふうにしてはどうですか?」
守り役様がアドバイスをしてくださる。
それで竹さんのイメージが固まったらしい。
スッとトモさんの陰から一歩出て、背筋を伸ばす。
軽く両手を前で合わせ、にっこりと微笑む。
霊力を抑えていても感じる高貴さ。その威厳。
『異世界の姫』がそこにいらっしゃった。
「――高間原の北、紫黒の『黒の一族』がひとり、竹と申します。
皆様、このたびはご苦労いただきありがとうございます」
「「「―――ハハーッ!!」」」
それで安倍家のひと達は目の前に立っているぽやんとした女の子が『主座様の恩人』の『異世界の姫』だと納得した。
トモさんの態度も『姫様相手なら』と納得したようだ。
「なんなんですかあのひと。高霊力保持者でチョー強い能力者で仕事もできてパソコンも使いこなして、背が高くてイケメンでそのうえ異世界のお姫様『彼女』にしてるって。
チートですか!? 神様はえこひいきしてるんですか!?」
別の不満が噴き出したようだが、それは私にはどうにもできない。あきらめて飲み込んでもらおう。