久木陽奈の暗躍 63 本拠地(ベース)設営 1
時間を少し戻して『第272部分 久木陽奈の暗躍 62 トモさんとの交渉』の続きから、ひな視点でお送りします。
竹さんの色っぽい写真をエサにトモさんを働かせることに成功した。
優秀なひとが本気を出したらこんなに物事が進むのかというくらいに色んなことが進んでいく。
本拠地に設置する機材の選定はその日のうちに完了。すぐにタカさんが発注。
決戦にむけてのトゥドゥリストをトモさんにも渡しておいたら『バーチャルキョート』の不正レベル上げやらデータ分析やらをバリバリとこなしてくれた。
私と晃は学校があるので月曜の朝に離脱。
そこから数日は連絡をやりとりするだけになった。
日曜の夜には熱が下がった竹さんだったけれど、月曜の朝起きたら「生理が始まった」という。
なんというか間の悪いひとだと思っていたら、守り役の皆様はなんだかコーフンしていらっしゃる。
竹さんはこの五千年、生理がほとんどなかった。
記憶を封じたこの百五十年は初潮を迎えることはできてもそれをきっかけに覚醒が始まって、結局その後生理が来ることはなかったと。それもあって黒陽様は生理の存在自体を知らなかったと。
今生も三年前に初潮は迎えたもののその後思い詰めて体調を崩し、それ以来生理は来ていなかった。
それが先月、突然生理が来た。
「トモがくっついてごはん食べさせてしっかり寝させてるからね。
それで身体が整ったんじゃないかな」
これまでの竹さんは生理のない、いわば未成熟な状態だったことが判明した。
それが先月生理が来て、わりといい周期で二度目の生理が来た。
これは竹さんが「成熟してきた証ではないか」「『災禍』を封じられる可能性がより高まったのではないか」と守り役の皆様は喜んでいる。
「体力もついてきた。夜もしっかりと眠れている。なによりトモがそばにいて姫の弱気を端からつぶしている。
姫はこの五千年で一番健康で、一番『チカラ』が充実していると言える」
守り役様が断言なさる。
「この調子なら、もしかしたら『災禍』を封じたあとも生き残れるかもしれない」
『それはさすがに無理だろう』とは、どなたもおっしゃらなかった。
それほどに竹さんの身体と霊力は充実してきているようだ。
これも『運気上昇』の効果なのか。神様達のご加護か。
なんでもいい。今後もトモさんにはしっかりと竹さんを管理し甘やかしてもらおう。
熱が下がったとはいえ用心にこしたことはないこと、生理が始まったことから、月曜火曜と二日間、竹さんはお休みしてもらった。
トモさんがべったりくっついて寝させていたと蒼真様が報告された。
「あの調子ならすぐに元気になるよ!」と保障されたとおり、水曜日に竹さんはようやくベッドから出られた。
生理はまだ終わっていないけれど、ひとまず竹さんは元気になった。
それでようやくトモさんは彼女から離れることを了承した。
竹さんが元気になった水曜日。
トモさんは竹さんから離れ、本拠地の設営に動いた。
契約をした日曜日に『目黒』のスタッフの皆さんが必要と思われるリース品の選定・発注・契約までしてくださった。
月曜日からそれらが順次搬入され、月、火の二日間でおおまかな設営は完了していた。
安倍家のひとが物資を搬入するのは水曜日からとなった。
その日からトモさんが動けるようになったのも『運気上昇』が仕事してんのか。
発注したパソコンなどの機材類が届くのも水曜日だったので「ちょうどいい」とタカさんはトモさんに全面指揮をまかせた。
そうしてトモさんはあっという間に搬入された機材をセッティングして使えるようにした。
安倍家のひと達とせっせと設営に励み、予定よりもずいぶん早く設営完了となった。
ちょうど仕事が休みだったナツさんが本拠地の様子を見に行ってくれた。
キッチン周りの不足を指摘された。
翌日も休みだったナツさんが同僚に協力を要請して鍋やら包丁やら用意してセッティングしてくれた。
流しは仕方ないとして、卓上コンロやガスコンロをいくつも並べて大人数の食事に対応できる体制を作ってくれた。
食器なんかも用意してくれた。
非常時に使えるような使い捨て容器と割りばし。
ラップも大量備蓄することを勧めてくれたので採用した。
実際に料理を作ってくれてシュミレーションもしてくれたナツさん。
そこで出てきた問題点をまた改善。
そうやって使いながら覚えながら本拠地を整えてもらった。
トモさん不在の水曜日は黒陽様とアキさんが竹さんについていた。
それまでの分を補うと言わんばかりに竹さんは水も霊玉も大量に作成してくれた。
「まだできます!」「もっと作ります!」というのをおふたりがなだめてやめさせたという。
その竹さんにも本拠地を使ってもらう。
現段階で『異界』に行く可能性が一番高いのは竹さんだ。
最悪彼女ひとりが連れて行かれる可能性もある。
せっかくの設備も使えなければ意味がない。
木曜日、金曜日と、トモさんに連れられて彼女は本拠地に行った。
本拠地の説明を受けたあとは主にパソコンの使い方を教わったという。
トモさんがつきっきりになって起動からメールの送受信のやり方を教えた。
覚醒前からデジタル難民だった竹さんは、もたもたと覚え悪く教わったらしい。
どうにかメールの送受信ができるようになったと金曜日の夜に教えてくれた。
金曜日。決戦まであと数日。
学校が終わってすぐに白露様に迎えに来てもらった。
白露様の転移で安倍家の離れに移動した私と晃。
制服からパンツスーツに着替えてあちこちの確認に入った。
私達も実際に本拠地に行ってみた。
ヒロさんが連れて行ってくれて、設備の説明を聞いた。
そこでたまたま待機していた安倍家のひとと話をすることになった。
浅野さんと呼ばれた二十代後半に見える男性は晃とも顔見知りだった。
ヒロさんの顔を見るなり飛んできた浅野さんは「ヒロさん! 聞いてくださいよ!」とわめいた。
主座様から「あまり安倍家の者に近づくな」と言われているが、今回は仕方ない。ちょっと吐き出させないとマズい感じがする。
晃経由でヒロさんに思念を飛ばす。
うまく空き部屋に誘導してくれたヒロさんが彼の話を吐き出させてくれた。
「トモさんがひどいんですよ!」と彼が言うところによると。
今回の本拠地設営に安倍家から遣わされたのは大きく三つの部署のひと。
デジタル部門、後方支援部門、そして浅野さん達の実働部隊。
実働部隊は退魔やなんかの実際の戦闘に携わる部隊。
一番この本拠地を使う可能性の高いひと達だから、設営から携わらせて覚えさせようと駆り出された。
退魔に携わる実働部隊のひと達は主座様直属の霊玉守護者達とも面識がある。その実力を知っている。
だからトモさんの指示も聞くだろうと、実働部隊が言うことを聞けば他のひと達も言うことを聞くだろうと、タカさんはトモさんに全面指揮をまかせた。
水曜日に現れたトモさんは安倍家からの物資の搬入を後方支援と実働部隊のひと達にまかせ、さっさとパソコン関係の機材のセッティングをした。
さらには実際その機材を使って『バーチャルキョート』に侵入してみせたという。
「一緒に立ち会ったデジタル部門のやつがショック受けて」
なんでもデジタル部門のひと達も『バーチャルキョート』への侵入やらなんやらをやっているのだが、トモさんのようにはいかないという。
これまでトモさんは『タカさん直属』という形で、デジタル部門のひと達と直接仕事をすることはなかった。
情報について質問したり、組んだシステムについての意見交換をすることはあっても、すべてオンライン上でのやりとりだった。直接会うことも、仕事ぶりを見ることもなかった。
それが目の前で繰り広げられた。
デジタル部門のひとはひとり残らずあ然とした。
「このくらいはやってもらわないと」
「は? 無理? ……じゃあなにができるんですか? ……………そうですか」
明らかに馬鹿にしたその態度に、デジタル部門のひとはひとり残らず自信喪失した。
タカさんが呼び出されて両者それぞれと話をした。
デジタル部門のひとには「あいつは四歳のときからオレが育ててるから。特別なんだ」「今回一緒に仕事できるのはお前達にとってチャンスだ。しっかり勉強させてもらえ」と言い聞かせた。
トモさんには「オレが育ててる最中なんだから折るな」「手加減してやれ」とお説教をした。
「折ってるつもりなんかない」「折るならもっとはっきり言う」
そんなことを隠すことなくズバズバ言うものだから、デジタル部門のひと達は文字通りココロを折られた。
デジタル部門のひと達にあわれみの目を向けていた浅野さん達だったが、すぐに自分達も同じようなことになった。
北山の安倍家から運び込んだ荷物を「どうしようか」「とりあえず積んでおこう」と一箇所にまとめていた皆さんに、パソコン設営を終えたトモさんがガンガン指示を出して荷解きさせ収納させていった。
「指示書に書いてあるじゃないですか。このくらいさっさとやってくださいよ」
「それ、そう積んだら陣が使えなくなります。頭使ってください」
ズバズバとモノを言うトモさんに負傷者が続出。
まだ残っていたタカさんが仲介に呼び出された。
「使えない奴を『使えない』と言ってなにが悪い」
「文句があるならきっちり仕事をすればいいんだ」
どうもトモさんは、竹さんから離れて心配なのと、仕事が進まないことによるストレスでかなりイラついていたらしい。
早く仕事が終われば竹さんのところに帰れるのに『使えないひと達に足を引っ張られる』から時間がかかってかなりイライラしていた。
「このくらい一回で覚えてくださいよ」「さっきもやったでしょう?」「ちょっとは考えてください」
ズバズバとモノを言い、屍の山を築いていった。
さらにはナツさんが参戦して仕事が増えた。
テキパキ動くナツさんには文句を言わないトモさんだったけど、呆然と見守る安倍家のひと達には「立ってるだけなら帰っていいですよ」「仕事する気あるんですか」とグサグサやっていた。
どうにか一日を耐えた浅野さん達安倍家のひと達が翌日も本拠地で活動していると、ナツさんが同僚の方々とやって来た。
テキパキと設営を済ませ料理を始める一行に浅野さん達は危機感を抱いた。
『これはまたトモさんにボロクソにされる!』
「な、なにかしましょうか」
おずおずと申し出た。
ナツさんは前日のトモさんの非道ぶりを見ていたので、すぐさまヒロさんに連絡。
タカさんが来てくれてわかりやすく細かく指示をしてくれ、本拠地設営はほぼ完璧に終わった。
そこに現れたのがトモさん。
ぽやんとした女の子をひとり連れていた。
自分達安倍家の人間から隠すように連れ歩いていたけれど、実際彼女は自分達には気付いていないようだったけれど、柱の陰から、扉の隙間から、その女の子を観察できた。
どう見ても普通の娘。
高霊力どころか並の霊力も感じない。動きもどんくさいのがすぐわかる。
かわいいのはかわいいが、まあそのへんにいそうな感じの、言ってみれば『十人並み』な娘。
それなのに、あのトモさんがやさしく丁寧に丁重に接する。
これまでのトモさんとは明らかに違う態度に「一体どうなってんだ」と安倍家のひと達はそろって首をかしげた。
長くなったので続きはまた明日。