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第百四十一話 結婚式のあとで

 感動の結婚式をしてもらった。

 歓喜と感動が身体中に溢れている。

 彼女も同じようで、結婚式終了が宣言されてすぐに守り役達のところに行った。

 保護者達に感謝を伝え、黒陽をその手に受け取ると抱きしめた。


「ありがとう。ありがとう黒陽」

 彼女に涙ながらに感謝を伝えられ、ちいさな亀は「ひべぇぇぇ」「びめぇぇぇ!」と泣きに泣いていた。

 そんなふたりを母親達が両側からぎゅうぎゅうと抱きしめわんわんと泣くものだから視えないひとには三人がくっついて泣いているように見えるだろう。


 俺もタカさんオミさんにハグされた。

「よかったな」と笑うふたりの目も赤くなっていた。

 アキさんの父親の進さんも千明さんの父親の明彦さんもやって来て祝福してくれた。顔なじみのじーさん達も。


「スマホで撮った写真、千明に送っとくから。千明からもらって」

「ありがとうございます」


 多分タカさんがうまいことまとめてくれるだろう。

 そう思ってチラリと目を向けると『まかせとけ!』と言わんばかりにサムズアップしてきた。頭を下げて『お願いします』と伝えておく。



 それから俺と竹さんは記念写真を撮った。

『モデル』の言い訳にふさわしいようなふたりでの写真。

 どうやら本当に宣材写真にするようで「ああしろ」「こうしろ」「こっち向け」などこと細かに指示されながら写真に収まった。


 竹さんひとり、俺ひとりの写真も撮った。

 ふたり離れたりくっついたり、何枚撮るんだよというくらい撮られた。


「お姫様抱っこして」お安いご用だ!

「そのままくるくる回って」まかせろ!


「みゃあぁぁぁ! と、トモさん!」

 首元にしっかりつかまってくれるのかわいい! もう、しあわせ!!

 がっちり抱きかかえてゆっくり回ったら彼女も安心したらしい。「あはははは!」と楽しそうに笑った。


「もうちょっと高く抱ける?」「こうですか?」

 腕に座らせるように立て抱っこをすると「いいね!」とバシャバシャシャッターを切られた。

「お嫁さん、旦那さん見て!」「肩に手、置いて!」

 細かい注文に生真面目な妻は生真面目に応える。

 そうしながらもしあわせでたまらないというような笑顔を向けてくれるものだから、俺もしあわせでキュンキュンした。


 最後に眼下に広がる京都の町を背景に、ふたりで抱き合った。


「トモさん」

「ん?」

「ありがとう」

「――俺のほうが『ありがとう』だよ。

 妻になってくれて、ありがとう」


 愛おしくてしあわせで、ぎゅうぎゅうと抱き合った。



 撮影が終わって着替えてからも『しあわせ』の風が身体の中で踊っている。

 ふわふわした気持ちで彼女と手を繋ぎ、片っ端からお礼を言って回った。

「そろそろ帰ろう」とうながされ、アキさん千明さんとオミさんの車で御池に戻った。


 御池の安倍家に戻り、リビングの扉を開くなりクラッカーを浴びせられた。

 ポンポンという音とともに降り注ぐ細い紙テープに彼女はキョトンとしていた。

 それでも「「「おめでとー!」」」と一斉に言われ、花が咲くように微笑んだ。


 晃とひなさんに守り役も交えてのにぎやかな夕食。

 ホールケーキを前にふたりでケーキ入刀をやらされた。その様子も動画と写真で撮影してくれていた。

 たらふく食べて。ケーキも食べて。

 ずっと笑っていた。

 笑って笑って、時々泣いて。

 そうしてにぎやかな夕食を済ませた。




 怒涛の一日だった。

 朝食のあと『夫婦ごっこ』を提案して。受け入れてくれて。指輪作って。

 パン買って広沢池でピクニックデートして。

『目黒』に連れて行かれて結婚式してもらって。


 しあわせだ。しあわせすぎて泣きそうだ。



 風呂も済ませベッドで横になる。

 いつものようにふたりくっついて掛布団にくるまった。


 遠慮しているらしい黒陽はベッド横の机の上、アキさんが作ってくれたカゴの布団の中。

「おやすみ」と一言言って布団に潜り、静かにしている。



 ぎゅう、と抱きしめぬくもりを分かち合う。

 夏だが、京都市でも北部のこの北山は夜は涼しい。

 窓を開けて夜風を通しているだけで十分涼が取れる。


 さっきまでの喧騒が嘘のような、静かで、穏やかな夜。

 虫の声までさざめく祝福の声に聞こえ、身体の中が『しあわせ』で満たされていくのがわかる。


 ああ。俺、結婚したんだ。


 何故かそんなことを実感した。


『ごっこ』だとわかっている。彼女には本当の本当に『夫婦』になったり『結婚』したりはできない。

 責務があるから。罪人だと思い込んでいるから。余命が限られているから。


 それでも。『ごっこ』でも俺を受け入れてくれた。『結婚』を『夫婦』を受け入れてくれた。

 それがうれしくてしあわせで、穏やかなのに高揚して、ふわふわしてニマニマしてしまう。


 愛おしい。俺の妻。俺の『半身』。

 今ならどんなこともできそう。『災禍(さいか)』だって『呪い』だってはねかえせそう。


 なにも話さなくても息苦しくなることも気まずくなることない。

 ただ黙って抱き合っているだけで満たされる。

 元々ひとつだったと『わかる』。

 うれしくてしあわせで、愛おしい妻を抱きしめた。



「――トモさん」

「ん?」


 抱きかかえた妻の呼びかけに少し腕をゆるめると、かわいい笑顔がそこにあった。


「今日は、ありがとう」


 ――もう何回も言ってくれているのに。律儀だなあ。それとも、それだけ嬉しかったということだろうか。

 そうかも。俺も嬉しかった。しあわせだった。

 満たされて、感動して、あたたかくてきれいなモノが身体に満ちている感じがする。


「――俺こそ。ありがとう」

 ちゅ、と唇に軽いキスを落とすと、彼女はそれはそれはしあわせそうに微笑んだ。


 くっそぉぉぉ! マジかわいい!


 かわいくて愛おしくてまたぎゅうぎゅうに抱きしめてしまう。


「私、こんなに『しあわせ』な気持ちになれるなんて、考えたこともなかった」

 すり、と俺の胸に甘えて顔をすりよせてくれる。ああもう。愛おしい!


 諦めなくてよかった。がんばってよかった。

 あのとき諦めなかった自分を褒めてやりたい。


 ふと、浮かんだ。

 じーさんの言っていたとおりだ。


『諦めさえしなければ光明が見える』


 そう言って『どんな状況でも、何があっても、絶対に諦めるな』と俺に叩き込んでくれた。


 ――そうだ。

 このひとにも教えておかなくては。

 何があっても、最後の最後まで諦めないことを。

 諦めさえしなければ、きっとどうにかなることを。



「竹さん」

 俺の呼びかけに顔をあげるかわいいひと。


「諦めないでね」

 キョトンとするから、その頬をそっとなで、まっすぐにその目を見つめた。


「なにがあっても。どんなことになっても。

 絶対に最後の最後まで、諦めないでね」


 俺が真剣だとわかってくれたのだろう。彼女はただじっと俺を見つめてくれた。


「じーさんが言ってたんだ。

『どんなに絶望的な状況でも、諦めさえしなければ光明が見える』って」


 ちいさくうなずく彼女。かわいい。ついニマニマしてしまう。


「俺も諦めなかったからこんなに『しあわせ』になれた」


「貴女と『夫婦』になれた」


 彼女はふんわりと微笑んだ。

 細められた目が、色付く頬が、彼女も俺と『夫婦』になれたことを喜んでくれていると伝えてくれる。

 愛おしくて、しあわせで、身体のナカをあたたかな風が駆け巡る。


「だから、貴女も諦めないで」


 そっと頬に手を添え、その目をまっすぐにのぞきこんだ。


「どんなに絶望的な状況でも。最後の最後まで。

 諦めないで。

 絶対に『俺のところに帰る』って、信じてがんばって」


 刻み込むように言い聞かせる。

 彼女は生真面目に聞いてくれた。


「俺も諦めない」


「たとえ『呪い』があっても。

 五千年(くつがえ)せないと聞いてるけど。

 それでも、諦めない」


「絶対に貴女のそばにいる。これからも、ずっと」


 決意を込めた俺の『誓い』に、彼女はちいさく微笑み、うなずいた。


 そのまま甘えるように俺の胸に顔を埋める彼女。

 照れているのが丸わかりの態度に、またも胸を貫かれた。


「好きだよ」

 ぎゅっと抱きしめた拍子に想いが口からこぼれた。


「大好き」

 彼女はただうなずいた。

 彼女も同じように俺を好きでいてくれるのが伝わって、またしても胸を貫かれた。


「俺の『半身』。俺の妻。貴女は俺の唯一」


 抱きしめ、その頭にキスを落とす。

 ちいさく跳ねる身体をぎゅうっと抱き込み、誓った。


「絶対に諦めない」


 諦めない。そうだ。諦めてたまるか!

 絶対に死なせない。俺が守る!

 そのためにがんばってきたんだ。

 これからもずっとそばにいるために。


「だから、貴女も諦めないで。

 俺のところに帰ってきて。

 ずっとそばにいて」


 今回の決戦で何が起こるか誰にもわからない。

 それでも、諦めさえしなければ、きっと道は開けるはずだ。


 俺の誓いに、俺の言葉に、彼女は生真面目になにかを考えていた。

 と、彼女がぎゅうっと俺に抱きついた!

 なにかを決意したとわかるその態度に腕をゆるめると、彼女も顔を上げた。


 これまでに見たことのない、決意の込められた表情。

 彼女も覚悟を決めたと、わかった。


「――うん」


 強いまなざしで、彼女ははっきりとうなずいた。


「わかった」


「がんばる」


 生真面目なその態度が愛おしくて。

 このひとがそれだけの決意をしたのが俺のためだとわかって、うれしくてくすぐったくて。

 生真面目なこのひとならきっと生真面目に俺の言葉を守って最後まで諦めないだろうと思えて。

 それでようやく俺も安心した。


 きっと大丈夫。

 彼女はきっと死なない。

 俺が死なせない。


 ちゅ、と唇にバードキスを送る。

 驚いたような彼女に微笑みかけ、ねだった。


「約束だよ」

「うん。約束」


 俺のおねだりに、生真面目な彼女は生真面目にうなずいた。

 新たな『約束』を胸に、ふたり抱き合って眠りに落ちた。

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