第百四十話 結婚式
それからあっという間にひとが集まった。
ほとんどは『目黒』のひと。
カッターシャツに黒の綿パンといった、いつもよりは少しフォーマルな格好をしてくれている。
ハルと一緒に霊玉守護者仲間の四人が来た!
ヒロと晃はともかく、ナツと佑輝はなんでいるんだよ!
「ナツは今休憩時間。佑輝は試合が終わったところだ」
俺の思念を読んだらしいハルがそばに来て教えてくれた。
そのわりにはちゃんとした格好なんだが!?
「ヒロが水ぶっかけて着替えさせた」
ああそうですか。
「……スマンなふたりとも。巻き込んで」
そばに来たふたりにそう言うと、ナツも佑輝も「気にすんな」と笑った。
「むしろ黙っていられるほうがムカつくよ」
「そうだ! オレだけ仲間はずれにされたら、泣くぞ!?」
それもそうだと思えて笑った。
「トモ、おめでとう」
「おめでとうトモ」
まるで本当の結婚式のように祝福してくれるから、うれしくてしあわせで胸がいっぱいになった。
「ありがとう」と笑うと、みんなもうれしそうに笑ってくれた。
「始まりまーす!」の声に一同が通路の両側の椅子に散る。
母親達が滑り込むように一番奥の椅子に座った。
先程紹介されたカメラマンだけでなく『目黒』のスタッフも何人もが本格的なカメラを構えて写真を撮っていた。さっき言っていた、宣材写真というやつにするんだろう。
道のむこうからやって来たのはサチとユキ。
双子は揃いの衣装を着て、アーチゲートの前で一礼した。
そこから手に持った籠から花びらを撒き散らしながらこちらに向かって歩いてくる。
ふたりの作る花の道の先に、白いドレスの女性が立っていた。
――女神が、いた。
純白のドレスに身を包んだそのひとが、俺の妻だと『わかった』。
俺の『半身』。俺の唯一。ただひとりの、愛しいひと。
顔を伏せべールでおおわれているのに、彼女だと『わかった』。
光り輝く美しいひとは白い花で作られたブーケを左手に、右手を黒のタキシードを着たタカさんに添わせている。
ふたりは花で作ってあるアーチゲートで一旦立ち止まり、一礼した。
カメラマン達がそんな二人をバシバシ撮っている。
ゆっくりとふたりが歩き出す。俺に向かって、ゆっくりと。
目が離せない。
彼女にとらわれて身動きひとつできない。
あの船岡山のときのように、彼女に『とらわれた』。
俺の『半身』。俺の唯一。俺の、妻。
長い長い時間のようにも、一瞬のようにも思える時間を歩いてきたふたりが同時に頭を下げたから、俺も頭を下げた。
タカさんが彼女の右手を俺に差し出す。無言でその手を取った。
何気なく繋いだ手を見つめていた。
手袋に覆われた手。
俺の、花嫁。
顔を上げると、ベール越しに彼女と目が合った。
『うれしい』と。
『しあわせだ』と。
涙をたたえたその目が言っていた。
「―――綺麗だよ」
ぽろりと言葉がこぼれた。
彼女はうれしそうに、泣きそうに笑った。
ふたり揃った俺達に、サチとユキが花びらを降らせる。
「たけちゃ、ともちゃ、おめでとー!」
「おめでとー!」
ふたりの声をきっかけに、周囲から一斉に祝福の言葉がかかる。
「おめでとう!」「お似合いよ!」「しあわせにな!」
万雷の拍手と言葉に、感謝と喜びが湧き上がる。
うれしくてしあわせで、そっと彼女に目を向けると、彼女もベールの奥から俺を見つめていた。
自然に笑みこぼれる俺に、彼女も微笑んだ。
輝くような微笑みに、また胸を貫かれた。
ふたりで一緒に皆さんに向き直り、深く頭を下げた。
「わー!」という歓声と拍手が波のように感じた。
進さんの合図で一同が着席する。
俺達にも前を向かせ、進さんが進行していく。
「これより新郎 西村 智と、新婦 神宮寺 竹の結婚式を執り行います」
『新郎』!『新郎』って! しかも彼女のこと『新婦』って!!
テンション上がったけれど、必死で平静に見えるように表情を引き締める。
「新郎 西村 智」
「はい」
「貴方は神宮寺 竹を妻とし、生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」
即答する俺に進さんはひとつうなずき、彼女に向いた。
「新婦 神宮寺 竹」
「――はい」
「貴女は西村 智を夫とし、生涯愛することを誓いますか?」
「――誓い、ます」
「―――!!」
風が吹く。
颯々とした風が。
あの日。桜舞うあの日。
あの枝垂れ桜の揺れる中、彼女に出会った。
あの日あの瞬間から俺は彼女に『とらわれた』。
『好き』という気持ちを知った。
『恋』を知った。
どうにもならない現実に苦しんだ。
何度もくじけそうになった。
何度も諦めそうになった。
それでも、諦められなかった。
俺の『半身』。俺の唯一。
好き。愛してる。
ただそばにいたい。
笑っていてほしい。
『ごっこ』だって、わかっている。
『夫婦ごっこ』で、これは『結婚式ごっこ』だと。
それでも、嘘でも、俺を『夫』としてくれた。
『夫』として『愛する』と、誓ってくれた。
うれしくて、しあわせで、胸がぎゅうぎゅうにしめつけられる。
愛おしさで爆発しそう。もう泣きそう。
感動でぷるぷる震えていたら「指輪の交換を」と言われた。
進さんの指示で振り向くと、アーチゲートからサチとユキがなにか箱を持って来た。
「ともちゃ。ハイ」
ユキに差し出された箱に入っていたのは、指輪。
花が敷き詰められた中央の指輪ケースの蓋が開いていて、その中に鎮座していた。
視線で進さんに確認すると、うなずきが返ってきた。
「ありがとな」とユキの頭をひとつなで、指輪を手にする。
「竹さん」
ちいさく呼びかけると、生真面目な妻は顔を向けた。
「手、出して。左手」
そっと出された左手の指先を手に取る。
手袋どうすればいいんだ?
「手袋の上からつけて」
進さんがこっそりと教えてくれる。ありがとうございます。
そっと左手の薬指に指輪を通す。
彼女は指輪が入っていく様をじっと見ていた。
うまく根本まで入った。
ホッとすると同時に彼女が顔を上げた。
「――ありがとう」
万感が込められたその声に、その笑顔に、またも胸を貫かれた。
どうにか彼女の手を降ろし、今度は俺が左手を差し出す。
「ハイたけちゃ」サチが箱を差し出す。
意味を察してくれた彼女はサチの持つ箱から指輪を取り出し、俺の薬指につけてくれた。
手、震えてるよ。
ベール越しでもはっきりとわかる緊張しきってこわばった表情に、おかしいやら愛おしいやらで顔が勝手にゆるむ。
どうにか俺の指に指輪をはめた彼女は、まるで大変な仕事を終えたかのようにホッと笑顔を浮かべた。かわいすぎるんだが。愛おしすぎるんだが。
万雷の拍手にふたりで微笑みあう。
進さんがちいさく「キスして」と指示してくれた。
そっとベールを後ろにめくる。
化粧をしていつもより華やかな彼女が現れた。
肩に手を添えそっと顔を近づける。彼女は目を伏せ少し顔を上げてくれた。
そっと唇を重ねる。
「――竹さん」
そっと身体を離し、その場に片膝をつく。
彼女の左手を取り、まっすぐに彼女の目を見つめた。
予定にはない。指示もない。でも、今、言いたい。
「俺の妻で、いてください」
これが俺のプロポーズ。
愛しい『妻』への、本気のプロポーズ。
彼女は照れることもふてくされたような顔をすることもなく、ただまっすぐに俺を見つめてくれた。
その目に涙をいっぱいにたたえて。
「――はい」
震える声でそう答え、にっこりと微笑んだ。
「はい」
これまで見たなかで一番綺麗で一番輝いている笑顔に、またも胸を貫かれた。
「貴方の妻で、いさせてください」
かわいくて愛おしくて、立ち上がってぎゅうっと抱きしめた。
俺の腕のなかで彼女が涙を落とした。
万雷の拍手と歓声がシャワーのように降り注ぐ。
「ありがとう」
「貴方の妻にしてくれて」
「『好き』を教えてくれて」
「ありがとう」
俺の腕の中の彼女が泣きながら言った。
俺の背に腕を回して、抱きしめてくれた。
愛おしくてうれしくてしあわせで、さらにぎゅうぎゅうに抱き込んだ。
「――貴女は俺の妻だ」
「だから、俺のところに帰ってくるんだよ」
「約束だよ」
言い聞かせるように耳元にささやく。
彼女はうなずき、ちいさな声で応えてくれた。
「うん」
「約束」
そっと身体を離してじっと見つめあっていた。
うれしくてしあわせで、苦しくて切なくて、離れたくなくて。
そっと頬を撫でるとうれしそうに微笑む彼女。
「トモさんかっこいい」
「そう? 竹さんも綺麗だよ」
そう言うとまたうれしそうに微笑んだ。
「ウェディングドレス着れるなんて、考えたこともなかった」
「ありがとう」
かわいくてかわいくて、ちゅ、とバードキスを落とす。
彼女はくすぐったそうに笑った。
俺が彼女を離すとすぐさま『目黒』のスタッフのオバサン達が飛んできた。
涙を流した彼女のメイクを直している。
その様子にちょっと落ち着いた。
そういえば黒陽はどこだろうと探そうとしたら、俺までメイクを直された。
自覚はなかったがちょっと泣いたらしい。恥ずかしい。
メイク直しが終わったオバサン達から「キスしたところから再開しろ」と指示を受ける。
ああして、こうして、と手順を確認しあい、準備ができたところでオバサンが「再開しまーす!」と宣言した。
予定にあった、キスをしたところから再開。
そう言われたがそこまで器用ではないのでもう一度キスをする。
触れるか触れないかくらいの、バードキス。
彼女はくすぐったそうに微笑んだ。
降り注ぐ拍手とお祝いの言葉に、ふたり並んでお辞儀をする。
それでまた万雷の拍手が沸き起こった。
彼女に左腕を差し出す。
目を合わせた彼女は嬉しそうに微笑み、俺の左腕に右手を添えた。
ふたり腕を組んでゆっくりと通路を進む。
両側の椅子に座っていたひと達は立ち上がり、花びらを撒いてくれた。
どこにいるのかと思っていた守り役は一番後ろの席、オミさんの肩の上にいた。
オミさんの肩がぐっしょぐしょになっているのは黒陽が泣いたかららしい。今もえぐえぐと涙を流している。
そして母親達もタオルを手に泣いていた。
蒼真様もアキさんの首に巻きついて涙ぐんでいた。
その横では白露様も大きな身体でちょこんとお座りをして涙を流していたし、その頭の上では緋炎様が泣いていた。
「よかったね竹さん。みんな喜んでくれてるよ」
顔を寄せそっとささやくと、ちょうど守り役達の前だったこともあり彼女も気が付いた。
涙を流して喜んでくれている守り役達に彼女も感極まったらしい。
息を飲み、涙を浮かべ、深く深く一礼した。
俺もそれにあわせて一礼。
『視えない』ひとには保護者達に感謝を伝えているように見えただろう。ひときわ大きな拍手が沸き起こった。
ヒロもべしょべしょに泣いていた。
「よがっだねえ。よがっだねえトモ」なんて抱きついて喜んでくれるから振りほどくこともできなくて大人しくしていた。
晃は晃でタオルを手に泣いていた。ひなさんになぐさめられている。普通逆じゃないのか?
祐輝は「よかったな」と笑っただけだったが、ナツは何も言わずただ抱きついてきた。
ハルはなにも言わなかった。
だから勝手に「ありがとう」と伝えた。
最後にアーチゲートの前にふたりで立ち、声をそろえて「ありがとうございました」と頭を下げた。
万雷の拍手に包まれ、俺達の結婚式は終わった。