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第百三十九話 ピクニックデートと『目黒』の依頼

 あのときと変わらない店構えになんだか彼女が感動している。

 俺との『初デート』を思い出して感動しているのがわかってキュンキュンする。


 俺もあのときの感情が蘇ってきた。

 あのときはまだ出会ったばかりで彼女とろくに話もできないポンコツだった。

 彼女と出かけられるだけでうれしくて、そばにいてくれるだけでしあわせで、一挙手一投足に目を奪われてはキュンキュンと倒れそうになっていた。


 そのひとが。

 俺の『妻』に!


 しあわせだ。しあわせすぎて死にそうだ。


「死ぬ前にさっさとパンを選べ」

 肩の守り役に急かされて彼女と一緒に店内へ。

 あれもこれもと大量購入して、また風を展開して人気のない場所へ転移。広沢池についた。

 少し歩いてあのときの階段に腰をおろした。


 あのときは日差しもやわらかで吹く風が気持ちよかったが、さすがに真夏の今は暑い。

 彼女とのデート用にもたされている日傘を差し影を作る。風を展開して扇風機がわりにする。黒陽が周囲に細かい霧を展開してくれているのでミストシャワー状態で涼しくなる。濡れるほどの霧にしないあたりはさすがだ。


 肩で日傘を支え、パンを出す。

 ペティナイフサイズにした霊力の刀で切り分け、あのときと同じように分けっこして食べる。

 彼女はそれはそれはうれしそうに食べた。

 見ているだけでしあわせになるような笑顔に、連れてきてよかったと思った。



 パンを食べながら、三人で他愛もない話をした。

 どうしても『結婚』が話題になった。

 高間原(たかまがはら)の結婚の風習、昔昔の結婚の風習、最近の結婚事情。

 いろんな話を聞きながら、話しながら、それでも自分達の話はしない。


 もうそんな時間はない。わかってる。

 それでも、たった数日でも、彼女と『夫婦』として過ごせる。

 それならそれで十分だと思う。

 たとえ彼女を喪っても、俺は彼女の『夫』として『妻』を待ち続けることができる。


 ああ。期せずしてこれが『形見』になったのか。


 以前聞いた。

『智明』も『青羽』も、彼女から形見をもらい、やるべきことを頼まれたと。だから生きられたと。


「トモもなにかもらっておけ」白露様と緋炎様にそう勧められた。

 でもそんなことしたら彼女が死ぬことを認めるようで、こわくてできなかった。


 そっと左手を持ち上げる。

 薬指にはさっき作ったばかりの銀色の輪。

 これが『形見』になるのか。

『彼女を待つ』それが彼女からの『頼み』になるのか。


 少しでも近くにいたくて、『ごっこ』でもいいから『夫婦』になりたくて提案した『夫婦ごっこ』。

 それがまさか『形見』になるなんて。


 俺もまだまだ考えが浅いなあ。

 自分で自分の未熟さに苦笑を浮かべていたら、愛しい妻が俺の変化に気が付いた。


「? なあに?」

 かわいくたずねてくれるから「『しあわせだなぁ』って思って」と答えた。

 彼女は目を丸くしたが、すぐに頬を染めてそっぽを向いた。


「竹さん」

「……………」

「『妻』になってくれて、ありがとう」

「……………」


 そろりと俺をうかがうかわいいひと。キスしていいかな?

 そっと顔を寄せたら、彼女がすっと避けた。

 ん? と思った途端。

 ぽすり。彼女が俺の肩に顔を埋めた。


「……………私のほうこそ………ありがとう」


 ――ぐわあぁぁぁぁ!! くっっそかわいいぃぃぃ!!

 なんてことするんだこのひとは!!

 そんな、普段から遠慮がちなひとが、ここでくっついてくるとか! デレるとか!!

 ああもう! しあわせ!! 死ぬ!! 爆発する!!


「そんなことで死ぬな阿呆」


 呆れ果てた黒陽のツッコミに彼女は俺から身体を起こして首を傾げている。かわいい。

「それよりパンを食え。しっかり食わないと夕食まで持たないぞ。ホラ。姫も」


 素直な妻は「はい」とパンを口に運ぶ。

 もしょもしょと咀嚼してるのかわいい。

 ああもう。愛おしいが爆発しすぎて、また『かわいい』ばっかりになってしまう!

 黒陽はそんな俺になにも言わず、ただパンを食べていた。




 広沢池での二度目のピクニックデートを満喫した。

 思いもかけずいい休日になった。

 なんかリフレッシュした。パワー満たされた。


「いい休日になったね。ありがとう」

 そう言うと愛しい妻はうれしそうに微笑む。かわいい。むしろ尊い。


「私こそ。連れて来てくれてありがとう」


 天使か。いや女神か。ウチの妻、尊い。



 転移で離れに戻る。

 晩飯までまだ時間もあるし、ちょっと身体でも動かそうか。それとも昼寝でもするか。

 そう話していたら、電話がかかってきた。


 アキさんだった。




『ちょっと頼みがある』と言われ御池に移動する。

 顔を出すなりアキさん千明さんにひっぱられ車に押し込められた。運転席にオミさんが座っていた。


「え? なに?」

 彼女と車の三列目から問いかけると「シートベルトして!」と指示される。

 わけがわからないがとりあえず大人しくシートベルトを着ける。


「知り合いのモデルさんが急に体調崩しちゃってね。トモくんと竹ちゃんに代理でモデルさんしてもらいたいのよ」

「「は!?」」


 モデル!? なんの!?


「まあいいからいいから。すぐだから」


 そうして連れて行かれたのは一乗寺の『目黒』。タカさん千明さんの会社。

 年に一度、山仕事を手伝いに来ている場所。

 宗主様のところに行く前はここで数週間過ごさせてもらい、いろんなことを教えてもらった。


 そのじーさん達をはじめとした『目黒』のスタッフがバタバタしている。なんだ?


「ほら降りて降りて!」

 言われるままに車を降りると竹さんはそのまま母親達に連行された。


 到着を知らされたのか、ヒロが飛んできた。

 なんの説明もなく俺の肩にいた黒陽を連れて行った。


「トモはこっちだよ」

「……説明してくれないの?」

 ジトリとにらみつけると、オミさんは困ったように笑った。


「トモがね」

「うん」

「竹ちゃんの写真を愛おしそうに眺めてただろ?」

「……………」


 ………いや、まあ、愛しいとは思ってたけど。

 え? 俺、ダダ漏れだったってことか!? 恥ずかしい! 退魔師失格じゃないか!?


「あれで、明子さん達に火がついちゃったんだよ」

「火?」

「『ふたりの結婚写真を撮ってあげたい』って」

「―――!!」


 け、け、結婚写真!?


 動揺が隠せない俺に、オミさんは苦笑を浮かべた。


「もう竹ちゃんには時間がないから」

「だからせめて写真だけでもって」


 昨夜俺が写真を受け取ったときに思い立ち、すぐさま準備に撮りかかってくれたと教えてくれる。


「モデル云々ていうのは?」

「あれは口実。ああでも言わないと竹ちゃん撮らせてくれないでしょ?」

 なるほど。


「だからトモも口裏合わせといてね」

「……ありがとうございます」


 ありがたくて頭を下げたら、オミさんはにっこりと笑った。


「僕らがみたいだけだから。無理矢理やらせてごめんね」

 俺達を気遣ってそんなふうに言ってくれているのがわかって、ありがたくて目頭が熱くなった。


「本当はちゃんとした式場でみんなで列席して祝福したかったんだけど」

 さすがにそこまでは時間的に無理だったらしい。


「『結婚式ごっこ』だけど、つきあって?」


 にっこりと笑うオミさんに、なんだか涙がこぼれそうになった。

 あわててうつむいてまばたきでごまかす。


「………今日『夫婦ごっこ』しようって提案して、受け入れてくれたところなんだ」


「へえ?」と驚いたように声を上げたオミさんは、なんてことないように続けた。


「じゃあちょうどよかったね」



 そうしてオミさんに連れていかれた先で着替えさせられた。

 純白のタキシードになった俺は『目黒』のスタッフのオバサン達の手により髪をセットされ軽くメイクもされた。


 連れて行かれた先は建物から少し離れた、木立に囲まれた広場。

 撮影やイベントでよく使う場所だという。

 奥の中央に大きな木が一本立っていて、その木を中心に竹が組まれ花が生けてあった。

 まるで祭壇のようなその場所の前に、ステージのような低い台が置いてあった。

 その台も周囲に花が配置され、華やかに飾り立てられている。


 その台から伸びるように通路が作ってあった。

 両サイドに花を並べて作ってある通路。おそらくはバージンロードだろう。

 その両側に簡易ベンチか並ぶ。


 白い薄布が天蓋(てんがい)のように広げられて夏の強い日差しをやわらげている。

 会場の周囲も花であふれ、まさにガーデンウェディングの装いだ。


『モデル』の口実に信憑性を持たせるため、というよりは、俺達ふたりのために結婚式をさせてやろうと用意してくれたのが伝わってくる。

 ありがたくて感動して、なんだか泣きそうになった。


 そこにアキさんの父親の(すすむ)さんが来た。

 なんか神父みたいな格好をしている。


「やあトモくん。娘達がすまないね」なんて軽く挨拶してくれる。

 このひとも俺達のことを想ってこんな茶番に参加してくれているのがわかってありがたかった。

「こちらこそ。今日はよろしくお願いします」


 そんな挨拶をしていたら、ヒロが飛んできた。

「指輪! 出せ!」

 その剣幕に反論も文句も言えず、どうにか作ったばかりの指輪を外して渡す。


「無くすなよ?」と一言言ったが、聞いているのかいないのか。ヒロはあっという間に姿を消した。


「――『指輪の交換』するから。そのときに戻ってくるから。大丈夫だよ」


 進さんが説明してくれたところによると、本当の結婚式と同じ流れで進めるという。

 花嫁がバージンロードを進み、愛を誓い合い、指輪を交換してキス。


 キス!? 人前で!?


「軽く触れるくらいね?」

 苦笑の進さんになにか言おうと思うのに、なにも言葉が出てこない。パクパクと口を開け締めしていたらタカさんが来た。


 タカさんは黒のタキシードを着ていた。

 カメラを持った三十代後半か四十代前半に見える男性を連れていた。

「こんにちは。今日はよろしくね」


 なんと本職のカメラマンだという。

『モデル』の口実に信憑性をつけるため、というのもあるが、『目黒』で『ガーデンウェディングを引き受けられますよ』という宣材写真を撮ってもらうという。商魂たくましいな。


「トモと竹ちゃんの写真、使ってもいいか?」とタカさんに確認されたので了承しておく。

 これだけのことを準備するのにどれだけ時間と金がかかったかわからないわけじゃない。

 その経費を考えたらこちらから金を払わないといけないはずだ。

 でもおそらくはこのひと達はそんなもの受け取らない。

 ならば肖像権くらい安いものだ。


「じゃあ、『モデル』よろしくな」

 タカさんがわざとそう言っているのがわかったから、俺も知らん顔をして「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。

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