第二十三話 黒陽の話 1
システムに関する本を数冊持ってきて黒陽に説明する。
四歳の俺が最初にされた説明を、黒陽は時折質問を交えながら理解していった。
「――我々が術式を構築するのと似ているように感じる……」
黒陽はぼそりとそうつぶやき、思考に沈んでいった。
そうしている間に処理が終わった。
「終わったよ」と声をかけると黒陽は首を上げた。
「あとはこうやってログインして、ここのこれをこうして…」
説明しながらアップロードする。
「で、担当者に『アップしました』って報告をして」
メールソフトを起動して定型文を入力。送信。
「これで終わり」
「フム。早いものだな」
感心したような黒陽に「そうだな」と答える。
すっかりぬるくなったお茶を一口飲んで、話を続ける。
「ここ数年で扱えるデータ通信量が格段に上がったからな」
「そうなのか」
ぼそりとつぶやき、そっと目をそらして何かを考えている亀。
「ここ数年」「たまたまか」などとぶつぶつ言っている。
「――例えばだが」
ぐっと顔を上げ俺を向く亀。
「こういう陣を作ることは、できるか?」
そう言ってパッと札を差し出す。
何重にも円が描かれ、その間に文字らしきものが書かれている。
「そりゃできるだろ」
「――できるか…」
「ゲーム映像でよくあるじゃないか。CGで作って。見たことないか?」
「ない」という亀にスマホを操作して画像を出してやる。
「こーゆーの」と見せると、その中のひとつに黒陽が反応した。
「これ、大きくできるか?」
「できるよ」
タップして拡大して見せる。
じっとその画像を見ていた黒陽だったが、また俺に顔を向けた。
「この画像、晴明かヒロに送ることはできるか?」
「できる」
「じゃあ頼む」
「わかった」
『黒陽に頼まれた』とメッセージもつけて二人に転送する。
「この画像はなんの画像か、わかるか?」
「ええと……」概要を確認。
「『バーチャルキョート』の召喚シーンだな」
「『召喚シーン』…」
意味がわからないみたいなので説明する。
「俺も実際にプレイはしたことないから聞いた話になるけど。
『バーチャルキョート』には『のんびりモード』とか『おしごとチャレンジ』とか、ユーザーのやりたいプレイができるようになっているらしいんだ。
その中のひとつに『クエストチャレンジ』ってのがあって、いわゆるRPG――ええと、ロールプレイングゲーム――も、わかんないか……。
ええと、『冒険して魔物を倒す』みたいなモードがあるんだよ」
「……『魔物を倒す』……」
「ユーザーはスキル――技能を磨いて得意技を身につけて戦うんだけど。
その戦う魔物が出現したときのシーン、みたいだなこれは」
概要欄によると、戦っていた魔物がより上位の魔物を召喚したとある。
「ゲームをしていて『これは!』という場面を写真に残すことができるんだよ。
で、それを『自分はこんな場面に遭遇した』みたいにみんなに公開した画像のようだ」
『バーチャルキョート』のそれぞれのモードに対して様々なひとが勝手に考察やら実況やら対策やらのサイトを立ち上げている。
その攻略サイトのひとつの画像のようだ。
そのことも黒陽に説明する。
黒陽はしばらく考えていた。
「……白露にも相談するか……」
ボソリと落ちた言葉に「白露様?」とつい言葉がもれた。
「アイツは学都白蓮の次期女王の守り役だけあって術には詳しい。
おっちょこちょいで台無しにしているがな」
なんてことないようにぺろっと言ったが。
それは言っていい話なのか?
「――『次期女王』って?」
確認のために質問してみると予想どおり「西の姫だ」と返ってくる。
「――『白蓮』って?」
さらに質問すると「言ってなかったか?」とあっさり黒陽は教えてくれる。
「我らのいた世界の国の名だ。
東の青藍。南の赤香。中央の黄珀。西の白蓮。北の紫黒。
東西南北と中央、この五つの国があったのが我らのいた高間原だ」
「――ふーん……」
昨日ハルに説明された。
白露様は西の姫の守り役、緋炎様は南の姫の守り役だと。
黒陽を紹介するときにハルが言っていた『同輩』は『姫の守り役同士』という意味なのだろう。
ふと、昨日は気付かなかったことに思い当たった。
つまり、白露様も緋炎様も、黒陽と同じ『呪い』を刻まれ獣の姿になった?
『死ねない』『呪い』を刻まれている⁉
気のいい霊獣ふたりが頭に浮かび、何とも言えない気持ちになった。
それをごまかすように別のことを聞いてみた。
「『東の守り役』は?」
「蒼真だ。会ったことないか?」
聞いたことのない名に「ない」と答える。
「どんなひとだ?」
「青い龍だ。普段は……そう、このテレビの横幅くらいの長さだ」
ちいさな青い龍か。
「会ったことないな」
「そうか。まあ東の姫もまだ覚醒していないからな。
姫についているか、薬草園の管理をしているんだろう」
昨日ハルが言っていた。
東の姫と南の姫は竹さんと同様記憶が封じられていると。
まだ覚醒していないと。
「他の姫もみんな竹さんと同い年だって?」
「そうだ。晴明に聞いたか?」
「ああ」と答え、さらに質問した。
「黒陽は姫達がどこにいるのか知っているのか?」
「いや。知らぬ」
「なんで」
「知ってどうする?」
「……………」
改めて問われると……どうだろうか?
だが、責務のためには姫の居場所を知っておくことは必要なことじゃないのか?
俺の疑問に黒陽はなんてことないように言った。
「それぞれの守り役が『必要だ』と感じたら連絡してくる。
そうでない限り、わざわざ会いにいく必要はない」
守り役同士は連絡がとれているから居場所を知らなくてもいいと、そういうことか? それでいいのか?
黒陽はそっとベッドの竹さんに目を向けた。
「少しでも、一日でもながく『普通』に、『しあわせ』に暮らせばいいんだ」
祈るような言葉に、黒陽が竹さんの『普通』の『しあわせ』を願っていることが伝わってきた。
きっと他の守り役も自分の姫に対してそう願っているのだろう。
同じ守り役同士、その気持ちがお互い痛いほどわかるのだろう。
ちらりと視線を動かすと、しあわせそうに眠るひと。
きっと守り役同士、互いの姫も守りたいと願って、必要以上に干渉しないようにしているのだろう。
『少しでも、一日でもながく「普通」に、「しあわせ」に』
記憶を取り戻したらまた『災禍』を追う日々となる。
それまでは。
一日でもながく、少しでもながく、こんなふうに穏やかに過ごして欲しい。
守り役達の願いが痛いほど理解できて「……そうだな」と、つい同意した。
黒陽もじっと黙って眠る竹さんを見つめていた。
「……姫がこんなにぐっすりと眠るのは久しぶりだよ……」
ぽつりと言葉を落とし、俺にちらりと目を向けて「ありがとな」と笑う黒陽。
何もしていないのにそんな感謝をむけられても。
なんとなく居心地が悪くて、でもうまい言葉が見つからなくて、黙ってうなずいた。
そんな俺に黒陽は「やはりお前の気配があると違うな」とうなずいている。
そうなのか? でも。
「……竹さんは俺が『半身』だとわかっていないんだろう?」
ハルも言っていた。
覚醒しても『半身』の記憶は封じられたままだと。
「そうだ」と黒陽も肯定する。
「それでも、無意識に『半身』の気配を感じているんだろう。
昨夜もよく眠った」
それはよかった。
竹さんが少しでも眠れたことに安堵する。
そして俺でも少しは彼女の役に立てたと知って、腹の底から喜びが湧き上がる。
うれしい。彼女の役に立てた。
どんなことでも、ちいさなことでも、彼女を喜ばせることができたという事実がこんなにうれしいものなのか。
あれか?『半身』だからか?
彼女を見つめたまま口元がによによとゆるんでしまう。
かわいい。もっと喜ばせたい。
もっと役に立ちたい。
彼女を『しあわせ』にしたい。
そのために俺は何ができるだろう。
俺は何をすればいいだろう。
昨日からずっと考えていることがまた頭をよぎる。
ふと昨日から感じていたことに思い当たった。
ハルも黒陽も『バーチャルキョート』に反応していた。
昨夜ハルが「システムエンジニアが必要」と言っていたのは『バーチャルキョート』関連だろう。
少し迷ったが、単刀直入に聞いてみることにした。
「『バーチャルキョート』が怪しいのか?」
「今のところ最有力だな」
あっさりと答える亀。
情報管理グダグダだな。大丈夫か?
俺が亀のポンコツ具合に眉をひそめるのを勘違いしたらしい黒陽が詳しい話をしてくれる。
「社長が怪しいとにらんではいるのだか、本人に会えない。
社内の人間には数人会えたのだが『災禍』の気配はない。
社員も社長に会ったことがないらしい」
「社長に会ったことなくてよく社員になれたな?」
ポロリとこぼれた疑問にも黒陽はあっさりと答える。
「社員が言うには、社長は『実力さえあれば誰でもいい』という人間らしい。
実務者だけパソコン上の入社試験で実力を見て『これなら』という許可を出したら、あとは事務方の人間が全部対応すると聞いた。
実務以外の者に関しては全く関わっていないとも」
つまり、採用時に社長に直接会うことはないのか。
「入社式とかあるだろうに」
「社長は出席しないと言っていた。
『そんな時間があったらシステム作る』と」
「……なるほど……」
社長としてそれはどうなのかと思わないでもないが、一エンジニアとしては理解できる部分もある。
ふう、と息を吐き、黒陽がぼやく。
「『バーチャルキョート』が怪しいのは間違いないんだ。
だが、確証がない。
会社から出てくる人間には『災禍』の気配が全くない。
一度隠形をとって会社の中に入ったが、社内のどこにも『災禍』の気配がなかった」
黒陽だけでなく、白露様緋炎様も侵入したという。
ハルが安倍家の術者や保護者達も使って色々と調べていることもペロッとしゃべった。
「問題の社長がいる部屋にも侵入しようとしたのだが」
ふう、と息をつき、悔しそうに吐き出した。
「入れなかった」
会社には問題なく侵入できた。
だが肝心の社長の居るフロアには立ち入ることさえできなかったらしい。
「ある程度霊力の高い人間を弾く陣があちこちに刻まれていて、エレベーターから出ることも非常階段の扉に触れることもできなかった」
「それ、十分『クロ』じゃないのか?」
そう言ったが、黒陽は首を振った。
「単なる能力者や術者である可能性もある」
「お前のこの家だって、新規の高霊力保持者や悪意あるモノに対する結界が張ってあるだろう」と説明されれば「なるほど」としか言えない。
そういえばハルも御池の自宅にこれでもかと守護陣を展開している。
他の能力者もそれぞれに術を展開して家や家族を護っている。
もしも社長が能力者だったなら、当然の対策と言えなくもない。
「社長本人に会うのが一番間違いがないのだが…」
かんばしくないようだ。
黙ってしまった黒陽に、さっき思ったことを言ってみる。
「……俺、このバイトで、本社に来てくれって何回か誘われてる。
必要があれば、俺、行くぞ?」
俺の言葉に黒陽は少し考えていた。
「その場合、違ったとなるとすぐに抜け出せるのか?」
「…それは、無理かも」
カンヅメが発生していることを伝えると黒陽もちいさくうなってまた黙り込んでしまった。
やがて黒陽はグッと顔を上げた。
「――まあ、もうしばらく調べてみる。
今日のお前の話もずいぶんと参考になったしな」
少しは役に立ったらしい。それならよかった。
「必要があればいつでも言ってくれ」
「ああ。そのときは頼む」
俺を信頼してくれている様子に、なんだか誇らしくなった。