第百三十七話 『夫婦ごっこ』4
生真面目な頑固者がようやく俺と『夫婦ごっこ』をすることに了承してくれた。
「じゃあ貴女はこれから俺の『妻』だからね? で、俺は貴女の『夫』だからね?」
俺の膝の上で生真面目にうなずく彼女が愛おしい。キスしていいかな?
そっと顔を寄せたら「あのね」と彼女が声をかけてきた。
「『夫婦』になったら、呼び方はどうしたらいいの?」
生真面目な質問にキョトンとしてしまった俺に、彼女が重ねて問いかけてくる。
「『旦那様』とか『あなた』とかにしたほうがいい?」
「……もう一回言ってみて?」
「?『旦那様』?」
ぐはあっ! なんて破壊力だ!
胸を押さえてぷるぷるしていたら、彼女があわてたように顔をのぞきこんできた!
「『旦那様』は、ダメ?
『あなた』のほうがいい?」
ぐっはあぁぁぁっ! 至近距離で上目遣いでソレは反則!!
もう、もう、かわいすぎなんだよぉぉ!!
どうにか精神を落ち着けて彼女の顔を見る。心配してくれてるのかわいい。俺、愛されてる。しあわせ。
「……ウチのじーさんばーさんは『サトさん』『玄さん』って名前呼び合ってた。
だから俺達もそれでいいと思うんだけど、どうかな」
「それで、いい、の?」
心配そうに聞いてくる彼女がかわいくてつい笑みこぼれる。
「俺は貴女のこと『竹さん』て呼びたいし、貴女にも今までどおり『トモさん』って呼んでもらいたい。貴女は?」
あざとく見つめたら、彼女は頬を染めうつむいた。
「……私も……それで、いい、です……」
照れてる! かわいい!!
「じゃあそれでいこうね。他になにかある?」
確認してみたが、特に思いつかなかったようだ。
が、ハッとして俺の膝から降りようとした。
「? なに?」
「えと、その、ちょっと離して?」
「? なに?」
咄嗟に抱き止めた俺に彼女は「ちょっと」と『降ろせ』と言う。
しぶしぶ拘束を解くと彼女は立ち上がり、姿勢を正した。
改まったその態度に俺も立ち上がり姿勢を正す。
と、彼女は生真面目に頭を下げた。
「ふつつか者ではごさいますが、どうぞよろしくお願いいたします」
――ああ。もう。このひとは。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
同じように生真面目に頭を下げた。
同時に頭を上げたことで目が合った。
なんだかおかしくなってふたりで笑った。
机の上の黒陽が涙ぐんでいたのに気が付いたが、敢えて黙っておいた。
長いこと話したから喉乾いた。
「ちょっとお茶飲もう」と誘い、アイテムボックスから作っておいた冷茶を取り出した。
決戦に備えて食料やらなんやらを作りためてアイテムボックスに突っ込んでいる。
少しくらいなら今使っても問題ないだろう。
コップに黒陽が作って持たせてくれている氷を入れ、冷茶を注いだ。
もちろん竹さんの水で作った冷茶。
竹さんと黒陽それぞれの前に出し、俺も自分の分を用意する。
一口口に含むとホッと息がもれた。うまい。喉潤う。そのままグビグビ飲んだ。
同じようにコップを傾けていた彼女を見つめていて、ふと気が付いた。
コップを持つ、その手。その指。
指。夫婦。結婚。――結婚指輪!
そうだ! 夫婦になるなら指輪がいるだろう!
しかも、そうだ!『夫婦に』と望むってことは、プロポーズだ!
たとえ『ごっこ』でも、プロポーズするなら指輪が必要だった!
ザッと血の気が引く俺に、さすがの彼女も気が付いた。
「? なあに?」
やばい。霊力乱れた。あわてて精神統一して平静を保つ。
「……指輪もなにもなくて、ゴメンね」
彼女の指をみながら情けなくそう言うと、彼女はちいさく首をかしげた。
「『夫婦』は、指輪がいるの?」
「『絶対』じゃないだろうけど……。
左手の薬指に指輪してる、イコール結婚してるって思われるよね一般的には」
「そっか……」
ふと、黒陽がなにかを思い出したらしいのに気が付いた。
なにかを言おうとして、ぐっと飲み込んだのも。
なにかあるのかと聞こうと口を開こうとしたそのとき。
彼女が言った。
「今から作る?」
思わず「は?」ともれた声に、彼女はなんてことないような顔であっさりと言った。
「霊玉作るみたいに、指輪、作れるよ?」
「……………」
至って簡単なことのように言うが………。
これまで聞いたいろいろな話が頭に浮かぶ。
そうか。この非常識人には指輪くらい、作れて当然か。
「……その手があったか」
「ね」
うふふ。と微笑むかわいいひとに胸がキュンキュンする。
俺の妻かわいすぎ。
まだ好きになるとか、あるのか。
ああもう! 好きだ!
「じゃあ、ふたりで指輪作ろうか。どうやるのがいいかな?」
「ふたりの霊力を合わせて霊玉を作ったらいいと思うの。それをふたつに分けて――」
大体の手順を確認して、早速指輪づくりに挑戦することにした。
「指輪を作るならいつも霊玉を作っている池がいい」と彼女が言うので出かけることにする。
転移で移動すれば早いと承知しているが、そんな緊急時でもないし、のんびり散歩しながら行けばいいだろう。
幸いうっかり者の愛しいひともその守り役も『転移すればいい』ことに気付いていない。いいことだ。今後もうっかりでいてもらおう。
彼女の右手と俺の左手を指を絡めてしっかりと握る。いわゆる『恋人つなぎ』。
初めてするそんなつなぎ方にも彼女は文句も言わずしたいようにさせてくれる。
それどころか、ちょっと甘えたように身体をくっつけてくれる。
まるで腕を組んでいるみたい。
うれしくてしあわせでテンションおかしくなる!
俺の肩の守り役は呆れたようにため息をつくだけで文句を言わない。見逃してくれるらしい。ありがとう。
のんびりと山道を歩いていたら、不意に彼女がぎゅっと手を握ってきた。
ちらりと目を向けると、彼女は深刻そうな顔をしてうつむいていた。
「――ホントにいいの?」
「私が……『妻』で」
そんなことを言うから「いいよ」と重ねて言う。
ちらりと見上げてくるその表情がかわいくて、ついヘラリと笑みがもれる。
そんな俺に彼女はちいさく眉を寄せ、前を向いた。
「私、多分、もう――」
『生きられない』
その言葉を飲み込んだらしい彼女は、またうつむいた。
ああ。落ち着いたらまた迷いが出てきたのか。優柔不断だなぁ。面倒くさいひとだなぁ。
だから「いいよ」と軽く答えた。
本当はよくないけれど。
一分でも一秒でもそばにいたいけれど。
そんな言葉を俺も飲み込んで、彼女の手をぎゅっと握って歩いた。
「『待つ』って言ったでしょ?」
わざと軽く言う俺に「でも」と彼女は尚もためらう。
「いいんだよ。俺が待ちたくて待つんだから。
――そのかわり、生まれ変わったらすぐに俺のところに帰ってきてよ?」
わざと冗談めかして、ニヤリと笑ってそう言った。
彼女は少し困ったように首をかしげた。
「『すぐ』だったら、私、赤ちゃんよ?」
「いいじゃないか。俺、サチとユキの面倒みてたから赤ん坊の世話もできるよ」
まあ赤ん坊がすぐに親元から離れられるかとか、彼女がいつ覚醒するかとか色々あるが、そういう現実的な話は今はいい。
ニヤリと笑いかける俺に、彼女はキョトンとした。
「赤ん坊なら今よりもっと構い倒せるね」
わざとそう言ったら、彼女は花が咲くように微笑んで「もう」とちいさくとがめてきた。
ようやく笑った彼女は最高にかわいかった。
俺の妻、マジかわいい。
ああもう。まだ好きになるとか、あるのか!?
俺が妻の愛らしさに内心悶絶しているのに気付かない彼女は「あ。でも」となにかに気付き表情を曇らせた。
「覚醒するまでは貴方のこと思い出さないかも…」
彼女は『半身』の記憶を封じてある。
それと一緒にこれまでの記憶も封じられていて、思春期に覚醒することで思い出す。
覚醒してもこれまでの『半身』の記憶は封じられていたが、来世はどうかな?『俺』は覚えてくれているかな?
「……そのときになってみないとわからない」
そうか。優秀な守り役にも予測がつかないと。
黒陽の言葉を彼女は自分に向けられたものだと思ったらしい。ちいさくうなずいた。
ちょっとシュンとしてる。俺のこと生まれ変わってすぐに思い出したいって思ってくれてるのが伝わって、またもニヤニヤしてしまう。
「いいよ」と言う俺に申し訳なさそうにする彼女に、言った。
「また好きになってもらうから」
立ち止まった彼女につられて俺も立ち止まる。
彼女はポカンとした顔をしていた。
間抜けな顔がかわいくて、つい、笑った。
「また好きになってね」
ニヤリと笑って言うと、彼女はみるみる赤くなっていった。
右を見て、左を見て、口をわなわなさせたあと、顔を隠すようにうつむいた。
―――めっ……ちゃかわいい。
かわいいひとは黙り込んで固まっていたが、意を決したのか、握った手にぎゅっと力を込めた。
「―――うん」
―――生真面目な恥ずかしがり屋が。
己を罪人だと思い込んでいる頑固者が。
言外に俺を『好き』と言った―――!
ブワワワワーッ! 身体の中を風が舞う!
ああ! 俺、めっちゃ愛されてる!!
うれしくてしあわせでテンション上がる!!
うつむき固まっている彼女。見えている耳と首筋が赤く染まっている。
ああもう! かわいい! 愛おしい!
テンション上がりすぎて俺も動けない。身体が歓喜に震える。愛おしさに胸が締め付けられる!
肩の黒陽がため息をついたのに気が付いた。それで少し落ち着きを取り戻せた。
どうにか深呼吸を繰り返しているうちにようやく声が出るようになった。
「――約束だよ?」
ぎゅ。繋いだ手を強く握り、そう願う。
彼女は下を向いたまま「うん」とちいさく応えてくれた。