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第百三十五話 『夫婦ごっこ』2

「『しあわせ』に、なればいいよ」


 俺の言葉にグッと身体を固くして黙り込む彼女。頑固だなあ。仕方のないひとだなあ。そんなところも愛おしいんだから、俺も仕方ないよなあ。



 黙り込む彼女にどう論破してやろうかと考えていたら。


「――いいのではないですか?」


 それまでずっと黙っていた黒陽が声をかけてきた。

 のろりと顔を向ける(あるじ)に、黒陽はなんてことないような声で言った。


「『恋人ごっこ』も『夫婦ごっこ』も、同じようなものです」


「――でも」

 反論しようとしたらしい彼女は、グッと詰まり、うつむいた。


「でも」


 情けない声でなにかをこらえる彼女。

 俺も黒陽も黙って彼女の言葉を待ったが、なにも出てこないようだった。

 出そうとしても涙で声が出ないのかもしれない。


 そんな彼女に黒陽はやさしい笑みを向けた。


「――姫に『夫ができた』と知ったら、きっと黒枝も、子供達も喜びます」


 そろりと顔を上げる彼女に、黒陽はにっこりと微笑んだ。


「トモならばきっと、黒枝も子供達も気に入ります」

「―――」

 

 なにか言おうとして口を開いた彼女は、結局なにも言わず口を閉じた。

 そしてまた目を伏せた。

 そんな彼女に黒陽は言い切った。


「トモにならば、姫をまかせられます」

「……黒陽……」


 信頼が誇らしくて目頭が熱くなる。


「とはいえ。

 姫が誰の妻になったとしても、私は姫の『守り役』ですよ。

 そこは譲りません。

 わかっているな?」


 わざとギロリとにらみつけて来ているのがわかるから「わかってます」と大人しく答える。


「俺も、竹さんにはあんたがついてるもんだと思ってる。

『守り役』はそばにいないといけないもんな」

「よくわかっているではないか」


 俺達のやりとりに、彼女のこわばりが少しずつほどけていく。

 そんな彼女に黒陽はまっすぐに目を向けた。


「私は賛成です。この男ならば、姫の夫にふさわしい」

「―――!」


 黒陽の言葉に、身体の中を風が舞い上がる。

 ブワワーッと駆け巡る。喜びとともに。

 黒陽、そこまで俺のこと評価してくれてたのか。俺のこと認めてくれてたのか。

 うれしくて誇らしくてテンション上がる。

 そんな俺を黒陽はちらりと目の端に収め、フンと鼻を鳴らした。



「――だって」


 なにかに葛藤していた彼女がようやく言葉をもらした。が、続かないようでまたうつむき「だって」と繰り返す。


 励ますように、うながすように、包んだままのその手をなでる。

 なでているうちに少しだけこわばりがほどけた。


「―――私、責務が」

「俺が手伝うって言ったでしょ?」

「私、なにもできない」

「できなくていいって言ったでしょ?」

「私、迷惑かける」

「かけて。俺は迷惑なんてちっとも思わないから」

「私、『災厄を招く娘』で」

「貴女が『しあわせ』だったら『災厄』も逃げ出すんじゃない?」

「私、罪人(つみびと)で」

「もうしっかり償ってるじゃないか」


 うつむいたままポロポロとこぼす言い訳をひとつずつ潰していく。その間も強く握った拳をなでる。

 こわばりが、気持ちがほどけるように。



 口を開け閉めしていた彼女だったが、それ以上言い訳がでてこなかったらしい。

 おずおずと視線を上げてきた。

 情けない表情で俺をうかがうのかわいい。甘えられているのがわかって、つい、デレデレしてしまう。


「俺のこと、甘やかしてくれるんでしょ?」


 あざとくそう言ってみたら、少し葛藤をみせたが結局はうなずいた。


「それなら、俺の妻になって」

「『ごっこ』でいいから、俺と夫婦になって」


「『俺だけの竹さん』になって」


 甘っちょろいお人好しにたたみかける。

 彼女はうろたえ、視線をさまよわせた。

 すがるように黒陽に視線を向けた。

 黒陽はただ黙ってうなずいた。

 その反応に彼女は息を飲み、俺を見た。

 だから俺も黙ってうなずいた。


 うなずく俺達に彼女はわかりやすく動揺した。

 オロオロして、うつむいてじっとなにかを考えていた。

 が、なにかに気付いたらしい。ハッとして、なにか葛藤して、逃げようとした!


 少し腰が浮いて、彼女の手をつかむ俺の手を振りほどこうとした。

 だからそれを逆に利用してヒョイッと俺の膝に座らせた。

 がっちりと抱き込んで逃亡を阻止する。


 逃げようとしていたのに何故か俺に抱かれていると気付いた彼女は「え? あれ? え!?」とうろたえた。

「え?」「なんで!?」と暴れるからぎゅうっと抱きしめる。


「話の途中だよ」

 わざと叱るように言うと、自分でも悪いことだと自覚はあるようで気まずそうな顔で黙った。

 そしてわかりやすくシュンとした。


 逃亡を諦めたようなので拘束をゆるめる。

 なだめるように、落ち着くようにそっと背中をなでてやる。

 そうしていると彼女からトロンと力が抜けていく。

 やがて俺の肩に頭をもたれさせた。


 遠慮がちな頑固者が、俺には甘えてくれる。

 俺にはなにもかも(ゆだ)ねてくれる。

 それだけでうれしくてしあわせで満たされる。

 俺、頼られてる! 愛されてる! しあわせ!



「……………私……多分……」

 ポツリとこぼし、彼女はまた黙り込んだ。

 俺の肩に顔を埋め、じっとしている。


『もうすぐ死んでしまう』

 きっとそう続けようとしたんだろう。

 漠然としていたそれが現実味を持って目の前に迫っていることに気付いて逃げ出そうとしたんだろう。

 これ以上俺に背負わせないように。


 お人好しで。うっかり者で。ひとのことばかり考えて。自分の痛みや苦しみはひとりで耐えて。『罪人だから』と『しあわせ』を諦めて。


 そんな貴女が好きなんだ。

 そんな貴女だからそばにいたいと思うんだ。

 貴女が諦めるから、俺が『しあわせ』にしたいって思うんだ。

 貴女の『夫』になりたいって。

 貴女に『妻』になってほしいって。願うんだ。

 少しでも近くにいたいって、願うんだ。



「――貴女が長く生きられないって、知ってる」


 彼女がなにも言わないから、先回りして言った。

 抱いているから彼女が身をこわばらせたのがわかった。

 それをなだめるように抱きしめた背をなでた。


「だからこそ、一番近くにいさせて。

 一分でも一秒でも、そばにいさせて」


「貴女の『夫』でいさせて」


 彼女はなにも言わない。

 ただ、俺の肩に頭を押し付けてきた。



「――俺、たくさん考えたんだ」


 彼女がなにも言わないから俺が勝手にしゃべる。


「いろんなひとに意見を聞いた。忠告も、アドバイスもたくさんもらった」


 そっと背中をなでながら、彼女の耳元に言葉を落とす。


「俺は、貴女が好きなんだ」


 彼女はなにも言わない。

 だから俺が勝手にしゃべる。


「なにを言われても、どれだけ厳しいことをつきつけられても、結局最後はソコに落ち着いてしまう。

『貴女が好き』。それだけ。それがすべて」


 何度も言われた。『覚悟はあるか』『お前には無理だ』

 それでも、諦められなかった。

 彼女が好き。そばにいたい。

 それだけで、ここまでがんばってきた。


「そばにいたい。一緒に笑いたい。貴女のことをずっと見ていたい。貴女を喜ばせたい。

 そんなことばっかりになって、貴女を諦められなかった」


 ぎゅうっと抱きしめる。

 彼女は嫌がることなくただ俺にもたれている。


「諦めなくて、よかった」


 諦めなくてよかった。

 おかげでこんなにも『しあわせ』。

 彼女を抱ける。そばにいられる。

 ぬくもりを、鼓動を感じられる。


「好きだよ」


 ポロリ。気持ちがこぼれる。


「好きだ」


 ぎゅうっと抱きしめ、彼女の首元に顔を埋める。

 愛しいひと。俺の『半身』。

 抱きしめているだけでひとつに戻る感覚。

 満たされる。愛おしい。俺の唯一。俺の。


「貴女の一番近くにいさせて」


「貴女のことを『妻』って呼ばせて」


 俺の妻に。

 貴女は俺のただひとりの女性(ひと)だから。


「『ごっこ』でいいから。

『本当の夫婦』にならなくていいから」


 生真面目で責任感の強い頑固者の貴女には無理だって理解してるから。

 それなのに俺のことを好きでいてくれてるってわかってるから。


 だから、まだ『ごっこ』でいい。

 それでもいいから『妻』と呼ばせて。

 俺を貴女の『夫』にして。



『願い』を込めてぎゅうぎゅうと抱きしめていたら。


「……でも、私……」

 ポツリと声が聞こえた。


「――もう、貴方のそばに、いられない……」


 震える声で一生懸命に言ってくれる。

 愛おしい。かわいい。大好き。


 わかってる。彼女はもうすぐ俺の手からいなくなってしまう。

 こんなに好きなのに。こんなに愛おしいのに。


 涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。

 すり、と彼女の首元に甘えてすり寄ると、彼女も俺の肩に頬を寄せたのがわかった。


 こっそり甘えてもわかるよ。甘え下手だなあ。

 そんなところも愛おしいなあ。



 仕方のないかわいいひとをもう一度堪能して、そっと頭を起こした。


「貴女『呪い』があるでしょ?」


 のろりとうなずく彼女。見えなくてもわかる。痛そうに口をゆがめてる。


「また生まれ変わるでしょ?」


 これにもうなずく。


「じゃあ、また会えるじゃないか」


 ケロッと言い切る俺の言葉に、彼女がポカンとしたのがわかった。

 顔を上げようとしたのがわかったら腕をゆるめてやる。

 思ったとおりのポカンとした顔がそこにあった。


 かわいくてつい笑みこぼれてしまう。 


「俺、待ってる」


「貴女が生まれ変わるのを」

「また出会えるのを」

「待ってる」


「―――!」


 ポカンとしていた彼女は俺の言葉を徐々に理解していったらしい。

 愛らしい目がまんまるになり、口もパカリと開いた。頬が徐々に染まっていく。


 が、突然ハッとして表情を曇らせた。


 ああ。どうせ『そこまでさせられない』とか『待たせるなんてダメだ』とか余計なことを考えているんだろう。仕方のないひとだなぁ。


「貴女が生まれ変わったら、黒陽がわかるんだろ?」

「わかる」

 黙って気配を消していた守り役がすぐさま答える。


「それなら、黒陽が教えに来てくれたら、俺が迎えに行くから。

 何年経っても。何十年経っても。

 そしたら、また会えるだろ?」


「―――そんな―――」


 簡単に言う俺に彼女はうろたえている。

 キョドキョドとあちこちに目を彷徨(さまよ)わせ、結局目を伏せ黙り込んだ。

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