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第百三十四話 『夫婦ごっこ』1

 今日は七月十四日。

 決戦まで、あと数日。



 俺の愛しいひとはここ数日落ち着かない。

 今朝も起きるなり「今日はなにするの? どこ行くの?」と言っていた。

 朝食の席でひなさんに「なにしましょうか!?」と迫っていた。


 竹さんの勢いにどん引いていたひなさんの結論は「ちょっと休め」だった。


「竹さん、ちょっと働きすぎです。今日はゆっくり休んでください」

「だって」と抵抗していた竹さんに、ひなさんが言った。


「竹さんが休まないとトモさんが休めません」


 それで生真面目な頑固者はようやく休むことを了承した。




 いつものように朝食を済ませ離れに戻る。

 ひなさん達は御池のリビングで作戦会議に入った。

『休め』と言われて俺と竹さんと黒陽の三人だけで離れのリビングに戻ったけれど、やっぱり彼女は落ち着かないようだった。

「霊玉足りなくないかな? お水作るほうがいいかな?」とソワソワしている。

 そんな彼女に俺の肩の守り役が困ったようにため息をついた。



《さっきの件、今話していいか?》

 頭の中でそう念じると「いいぞ」と答えが返ってきた。優秀な守り役は今日も優秀だ。


 そんな俺達に気付いた彼女が首をかしげる。

「? なぁに?」

 かわいく問いかけてくれるから、つい、へらっと顔がゆるんだ。


「霊玉作りもいいんだけど、ちょっと話があるんだ。いい?」


 そう言うとキョトンとするかわいいひと。

 すぐに生真面目にうなずくのもかわいい。

 椅子に座らせ、俺も隣に座る。黒陽は俺の肩から机に移動した。


 すぐに向かい合わせになるように身体を俺に向ける愛しいひと。生真面目さが微笑ましくて、俺も彼女にまっすぐに向く。


「あのね」

「うん」

「俺達『恋人ごっこ』してるでしょ?」


 改めてそう言う俺に、彼女はわかりやすくポカンとした。

 が、すぐにハッとして生真面目にうなずいた。


 ……この反応……。

 ……まさか、『ごっこ』なことを忘れていた、なんてことは……。


「そうだな」

 俺の思念を読んだらしい守り役の肯定に、愛しいひとは自分の代わりに返事をしたと思ったらしい。

 ちらりと守り役に目を向け、また俺に向けてうなずいた。


 ―――それって、俺のことを『恋人』だと思ってる、ってこと……?

『ごっこ』じゃなくて?


 こっそりと黒陽に目を向けると、優秀な守り役は今度は黙ってうなずいた。


 てことは。


 てことは!


「―――!!」


 なんだこのひと! あれだけ大騒ぎして俺のこと『そばにおけない』とか言ってたのに、今じゃ『恋人』だと自覚してんのか!! そんなに俺のこと好きになってくれたのか!! うれしい!! 俺も大好きだ!!


「オイ」

 守り役のツッコミにハッと意識が戻る。イカンイカン。うれしすぎておかしくなってた。


 すう、はあ、と深呼吸をして、改めて彼女に微笑みかける。


「『恋人ごっこ』もだいぶ定着したと思うんだけど、どうかな?」


 その問いかけに彼女はわかりやすく頬を染めた。

 目をまんまるにしたあと、口を開けたり閉めたりしていた。

 が、結局ぶすぅっとした顔になってそっぽを向いた。


 照 れ て る !!

 かわいすぎか!!


 どうにか精神統一をはかり、再び彼女に話しかける。


「でね。今度は『夫婦ごっこ』をするのはどうかなって思うんだ」

「『夫婦ごっこ』?」


 キョトンとして復唱する彼女がかわいくてついデレデレしてしまう。

 どうにか「うん」と答え、話を続ける。


「『恋人』の次は『夫婦』だと思うんだ」

「そうなの?」

 コテンと首をかしげる彼女。そうすると年齢よりも幼く見える! あざとかわいい!


「ラノベにもあったでしょ? 恋人になって、結婚して夫婦になってたでしょ?」


 そう説明すると「そういえば」と納得を見せる愛しいひと。チョロい。

 が、すぐにその表情を曇らせた。


「……結婚、とかは、その……」


 困ったように微笑み目を伏せる彼女に、察した。


 彼女は自分がもうすぐ生命を落とすと思っている。

 だから遺される俺のことを心配している。

 生真面目な愛しいひとに胸が苦しくなる。


 わかってる。あと数日だって、わかってる。

 わかってるから、形だけでも『夫婦』になりたいって思ったんだ。


「……ホントに結婚するんじゃないよ。『ごっこ』って言ったでしょ?」


 そう言うと、おそるおそるというように目を上げる彼女。上目遣いかわいい。


「俺『宗主様の高間原(ところ)』で修行して二十歳(はたち)超えてるけど、戸籍上はまだ十六歳だから。今の日本の法律では結婚できない」


「そうなんだ」と目を丸くする彼女。知らなかったのか。まあこのひと世間知らずだからな。


「ただ、俺は貴女のことを『唯一』だと思ってる」


 正直に告げると、彼女はわかりやすくうろたえ赤くなった。

 そっと視線をはずすのかわいい。照れてるの丸わかりだよ!


「いずれは妻になってもらいたいって思ってる」


 そう言ったが、「それは…」と困ったようにちいさくつぶやき、さらにうつむいた。


 自分に『いずれ』なんてない。

 きっとそう思っている。

 わかってる。

 それでも、そばにいたいんだ。

 一分でも一秒でもそばに。

 少しでも近くに。



「――貴女には『呪い』があるって、わかってる」


 そう告げると、彼女はその身を固くした。

 重ねたその両手がぎゅうっと握られた。

 うつむいていてもわかる。泣きそうなのをこらえてる。


「『呪い』があっても、余命が短くても、それでも『そばにいたい』と望んだのは、俺だ」


「少しでも貴女のそばにいたいと願ったのは、俺だ」


 あの日。『宗主様の高間原(たかまがはら)』から帰ってきて、鬼ごっこをした。

 そのあとで彼女と話をした。

 そばにいたいと。好きになってくれなくてもいいと。

 ただそばにいさせてほしいと願った。


「おかげで信じられないくらい『しあわせ』になれたよ」


 俺の言葉に彼女はようやく顔を上げた。

 おずおずという感じにうかがうから、かわいくてつい笑みこぼれた。


「諦めなくてよかった」


 何度も諦めそうになった。

 何度もくじけそうになった。

 それでも、諦められなかった。

 彼女のそばにいたかった。


 好きで。好きで好きで。

 ただそばにいたくて。

 笑っていてほしくて。

 しあわせにしたくて。

 頑張った。すごく、すごく頑張った。


 どれだけ打ちのめされても。

 どれだけ絶望的か思い知らされても。

 諦められなかった。

 ただ彼女のそばにいたかった。

 おかげで今こんなにしあわせだ。


「諦めなかった自分を褒めてやりたいよ」


 諦めなかったから彼女のそばにいられる。

『好きになってくれなくてもいい』と言った。彼女には『恋』なんて無理だと理解していた。

 それなのに俺のことを好きになってくれて、甘えてくれるようになった。


 愛おしい。ただ、愛おしい。


 毎日がしあわせ。

 彼女のそばにいて。一緒にメシ食って。目をむけたらそこにいてくれて笑ってくれて。一緒に寝て。


 朝一番に「おはよう」と言い合えるのが。

 一日の最後に「おやすみ」と言い合えるのが。

 何気ない毎日を一緒に刻めるのが。


 しあわせ。ただ、しあわせ。


 しあわせで満たされて、大事なことを忘れていた。

 本当は忘れていなかったけれど、常に頭の片隅にはあったけれど、わざと気付かないフリをして忘れたフリをしていた。


 でも、もう駄目だ。


 タイムリミットが来てしまった。

 あと数日で彼女を手放さなくてはならない。

 あと数日でこのしあわせな日々も終わる。

 だから。せめて。


「竹さん」


 貴女の『夫』にさせて。俺の『妻』になって。

 形だけでいいから。『ごっこ』でいいから。


「俺と『夫婦』になって」


 膝の上で固く結ばれたその両手を取り、彼女の目をまっすぐに見つめた。

 涙がせりあがってきている。喜んでくれてる? それとも、嫌?

 きゅ、と口を引き結んだ彼女は、またうつむいてしまった。



「――私――」

 俺が口を開くよりも先に彼女がつぶやいた。

 じっと黙って待っていると、ようやく続きを吐き出した。


「私、『罪人(つみびと)』なの」

「『しあわせ』になっちゃ、いけないの」


 ――最近はそんなこと言わなくなっていたのに。余計な事思い出しちゃったか。くそう。

 でも仕方ない。それがこのひとだ。

 俺の好きな、頑固で生真面目な愛しいひとだ。


「貴女が『罪人』だというならば。

『罪』を償うというならば」


 以前は『俺が一緒に背負う』と告げた。

 その気持ちは今も変わりない。

 でもそれでは彼女は『しあわせ』を受け入れられない。

 ならば。


「貴女が『しあわせ』になればいい」


 俺の言葉に彼女は顔を上げた。

 わかりやすくポカンとしている。

 かわいくてつい笑みが浮かんだ。


「俺にはわかるよ」

「貴女が『しあわせ』になれば、世界は『しあわせ』になる」


「! そんなこと――」

「だってそうでしょ?」


 怒ったように声を上げるからすぐさま言葉をつないで反論を封じる。

 そうしたら生真面目な愛しいひとはちゃんと話を聞いてくれる。

 今回もムッとしながらも口を閉じた。


「貴女、いつもあちこちの神仏に笛やら舞やら奉納してるでしょ?」

 うなずく彼女。


「皆様すごく喜んでくださってるよね」

 これにも黙ってうなずく。


「貴女がそうやって霊力を献上することで神仏のチカラが増すよね?」

 うなずく。けれど『だからなに!?』と言いたそう。かわいい。


「昔ウチのばーさんが言ってたんだけど」

 ムッとしつつもちゃんと話を聞いてくれる彼女がかわいくて、つい頬をゆるめながら説明を続ける。


「『ありがとう』とか『感謝』とかの、いわゆる『善』の気持ちを込めたら、祈りやなんかもあたたかい、()いパワーになるんだって」


 これに彼女はうなずいた。彼女もそう思っているらしい。


「つまり、笛やら舞やら献上する貴女が『しあわせ』な気持ちで笛を吹いたり舞ったりしたら、今よりもっと()いパワーが献上できるってことだよね?」


 俺の説明に彼女はフリーズした。


「貴女が『しあわせパワー』満タンだったら、今よりもっといい霊力献上できるでしょ?

 そしたら神仏はもっとチカラが増すと思わない?」


 彼女がフリーズしたから、さらに付け加える。

 と、その目が徐々に大きく丸くなっていった。


「……え?」「そ」「え?」「え?」


 オタオタわたわたする彼女の両手をがっちりと繋ぎ、逃げられないようにしてからもう一度説明する。


「『しあわせ』な貴女の霊力でチカラの増した神仏が、それぞれの土地や参拝者にチカラを分ける。

 そのおかげであちこちでいいことが起こる。

 つまり、世界は『しあわせ』になる」


 ぱかりと口を開ける彼女。

 間抜けな顔もかわいい。


「ね?」


「だから」


 彼女の目をまっすぐに見つめ、言った。


「『罪を償う』というならば、貴女が『しあわせ』になればいいんだよ」


「貴女が死なせてしまったと思っているひと達のぶんも『しあわせ』になればいいんだよ」


 どうだ。

 いつか論破してやろうと思ってずっと考えてたんだ。


 にっこりと笑いかける俺に対し、彼女はくしゃりと顔をゆがめた。

 目に涙が浮かんでいく。それをごまかすようにうつむき、そのまま黙り込んでしまった。


 肩、震えてるよ。

 握った拳も震えてる。

 固く固く握る拳をぎゅっと包み、もう一度告げた。


「『しあわせ』に、なればいいよ」

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