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第百三十三話 思いついた

 七月十四日。日曜日。

 あと数日で決戦の日が来る。

 正直、あせる。

 あと少しで彼女を戦いに行かせなければならない。

 あと少しで彼女と別れなくてはならない。

 苦しい。つらい。

 やめさせたい。止めたい。

 でも、言えない。


 少しでも彼女といたい。

 少しでも笑っていてほしい。



 本当は気付いている。

 彼女が時々思い詰めたような顔をしているのを。

 俺にすがるような目を向けていることを。

 眠るときに必要以上にぎゅうぎゅうと抱きついてくることを。


 彼女も俺に言いたいことがある。

 言いたくても言えないことがある。

 口に出すのがこわくて、飲み込んでいる言葉がある。



「好きだよ」

 だから、抱きしめる。


「大好きだよ」

 言いたいことは飲み込んで、伝えたいことを伝える。

 もうすぐ言えなくなるから。


 もうすぐ『お別れ』だから。




 生理も落ち着いて体調に問題はないけれど、あと数日で決戦だと理解している彼女はソワソワと落ち着かない。

 幸いというかなんというか、やるべきことが山積しているので日中はそれで気が紛れている。


 本拠地(ベース)の確認。霊玉と水作り。あちこちの神仏に『最後のお願い』にあがるついでに結界の確認。

 あっちへこっちへと行って忙しくしているけれど、ふとしたときに思い出すらしい。

 あと数日だと。


 そうして情けない顔で俺を見つめる。

 が、すぐにハッとして今度はがむしゃらに動こうとする。

 ()れがないか、忘れたことはないかとやきもきする。


 彼女の気持ちは、わかる。

 俺も同じた。


 少しでも彼女が生き残る可能性を作りたい。

 そのためにできることはなんでもしたい。

 うっかり()れがあったがために彼女が生命を落とすなんてことになったら悔やんでも悔やみきれない。


 タカさんやひなさんがリストアップしてくれている『やること』を見て指差し確認していく。

 ハルに指示された『お願いリスト』もチェックしていく。

 そうやってひとつひとつ黒陽と三人で確認していく。


『その日』まであと数日になっても、俺達はそうやってくっついて動いていた。




 朝起きて、毎朝恒例のヒロとの朝の修行をする。今朝は泊まっていった晃も一緒。

 決戦間近だから連携を確認したり、より実戦に近い形で戦ったりした。


 晃とは昨日初めて『むこう』から帰ってきてから手合わせしたが、こいつも格段に強くなっている。

 この分だと佑輝もナツも相当強くなってるに違いない。

 これだけの戦力があればあのときの鬼には十分勝てるだろう。


 きっと大丈夫。きっと彼女は生き残れる。

 そう自分に言い聞かせながら、ふたりと修行に励んだ。




 修行を終えてシャワーを浴び、彼女の部屋に戻る。

 いつものように彼女はぐっすりと眠っている。

 愛おしくてその唇に軽くキスをしてからベッドサイドの机にパソコンを広げる。


 守り役の入ったベッド代わりのカゴを少しずらす。それでも守り役はぐーすかと呑気に寝たまま。護衛失格じゃないか? それだけリラックスしているのか?


 黒陽は一時期俺と竹さんの枕元で一緒に寝ていた。

 が、最近またカゴ(こっち)で寝るようになった。

 どうも俺に気を遣ってくれているらしい。

 少しでも彼女と過ごさせてやろうとしてくれているらしい。

 ありがたいと思うと同時に、残り時間の少なさを突きつけられているようで、胸が痛くなる。


 胸の痛みをごまかすように眠る彼女を見つめる。気持ちよさそうだ。よかった。

 そうだ。彼女が寝てる間ならあの写真出してもいいだろう。

 アイテムボックスから昨夜もらった写真を取り出し、ノートパソコンの横に立てかけた。


 花嫁のような竹さんの写真。

 いくらでも見ていられる。見てるだけで多幸感に満たされる。なんでこんなにかわいいんだろう。

 なんだかパワーがあふれてきた。

「よし」とひとつ気合を入れてパソコンに取りかかった。



 今俺が取りかかっているのは『バーチャルキョート』に関する報告の確認。

 どんな現象のときにどんなログが書かれていたかの確認。


 ログには書く人間のクセが出る。

 クセがつかめたら攻略できる。ことがある。

 どうにか社長のクセをつかもうと、あっちこっちの報告とログを確認するのが最近の俺の日課。

 なんとなくつかめてきたような気もするけれど、まだタカさんに報告するまでには至っていない。

 タカさんはタカさんで同じことに取り組んでいるけれど、むこうからもなんの報告もない。

 どうにか決戦の日までにとっかかりだけでもつかみたいんだけどな。


 考えに煮詰まったら写真を見る。横で眠る愛しいひとを見る。

 それだけで『頑張ろう』とやる気が湧いてくる。我ながら単純だ。



 ふと昔聞いた話を思い出した。


 俺の前前世だという『智明(ともあき)』は、彼女と夫婦だったという。

 黒陽が『夫婦ごっこ』を勧め、そのまま夫婦になったと。


 竹さんは何度生まれ変わってもそれまでの記憶を持って生まれる。

 そうして『智明』のことを忘れることなく、前世の俺である『青羽(せいう)』と『再会』した。

 そうしてまた夫婦となった。



 夫婦。

 夫と、妻。


 花嫁のような写真。

 隣でおだやかに眠る愛しいひと。



 彼女は『半身』の記憶がない。

『半身』を求め疲弊し、見かねた黒陽が西の姫と白露様に協力してもらって記憶を封じた。

 だから『夫がいた』ことを覚えていない。


 覚えていたら、俺も『夫』だと思ってくれた?

 俺の『妻』に、なってくれた?


 聞きたくても聞けない。



 記憶がなくても『俺』を好きになってくれてるんだから十分だと思う。

 彼女は俺のことを好きになってくれてる。

 口には出さなくても、その目で、態度でわかる。

 俺にだけ甘えてくれているのも、俺にだけ色々許してくれているのもわかってる。

 それがうれしくてしあわせで満たされて、キュンキュンする。


 口には出さなくても、俺達は『恋人』だと、『彼氏彼女』だと断言できる。

 もう『ごっこ』じゃない。

 ただ、生真面目な彼女にそんなことを言ったら「責務があるのに」とか「しあわせになっちゃいけないのに」と気に病むから、敢えて明言していないだけだ。



 ふと、思いついた。

 ――そうだ。『夫婦ごっこ』を提案してみよう。


『智明』だって最初は『夫婦ごっこ』だったと黒陽が言っていた。

『ごっこ』ならこの生真面目な頑固者も受け入れるに違いない。実際『恋人ごっこ』は受け入れてくれた。


 そうだ。『夫婦ごっこ』をしてみよう。 

 あと少ししか一緒にいられないかもしれないならなおのこと。

 少しでも『近く』にいたい。

 彼女の『特別』で在りたい。


 そう決めて、愛しいひとのかわいい寝顔をじっと見つめた。




 彼女に言う前に過保護な守り役に一言言っておく必要があるだろう。


「『夫婦ごっこ』を提案してみようと思うんだ」


 彼女が着替える間、黒陽とふたりきりになったのでそう告げた。

 黒陽はただ「そうか」とだけ言った。


「怒らないのか?」

「何故怒る必要がある?」


 黒陽にとって俺は『智明』で『青羽』で『トモ』だから「『夫婦』となっても問題はない」という。そういうもんか?


「ただし」

 ギロリと厳しい視線を向ける黒陽に、勝手に背筋が伸びる。


「不埒な真似はするなよ」


 ………ん?


「……『名を呼び交わし想いを交わし本当の夫婦になった』って前に言ってなかったか?」

「よく覚えているな」


 俺の確認に黒陽はあっさりとうなずく。


「『夫婦』になったんだろ?」

「なった」

「……………」


 ……………なら、ソウイウ行為があったんじゃ……………。

 そう思ったのはあっさり見抜かれたらしい。

「ああ」と黒陽はうなずき、説明してくれた。


「『夫婦に』と言い交わしただけで、肉体関係はなかった」

「そうなのか!?」

 それで『夫婦』と言えるのか!?


「今のお前と同じだ。口付けまでしかしてない」

「………それは………」


 どうなんだ?

 それでも『夫婦』でいいのか?


 俺の様子に黒陽は苦笑を浮かべ、話をしてくれた。


「智明のときは姫はほとんどを(とこ)に伏せていたんだ。

 霊力の『(うつわ)』に穴が空いた状態で、いつ死んでもおかしくなかった。

 それを智明の薬と霊力でかろうじてつないでいたから、とてもそういう行為にはならなかった」


 ああ。俺も竹さん具合悪いときは霊力流すのに必死で邪念は出る余地もない。そういうことか。


「青羽のときは、最初に出会ったときはまだ十歳(とお)だったからそういう発想がなかったんじゃないか?」


 なるほど。


「再会したとき、ヤツは二十五歳だったが、姫が四歳(よっつ)だったからな。

 そういう行為にはならなかったらしい」


「幼女じゃないか」

 幼女相手に『夫婦に』と申し出たのか!? え!? 前世の俺、ロリコンだったのか!?


「外見や年齢は関係ないぞ。『半身』は『半身』だ」


「お前、もし姫が今よりも幼かったり、仮に老女だったとしたら、どうだ? 恋愛対象外だとするか?」


 指摘されて、考えてみる。

 ……確かに。

 幼女の竹さんも老女の竹さんも『かわいいだろうな』としか思わない。そして間違いなくまた好きになると断言できる。恐ろしいな『半身』。


「まあそういうわけだから。

『夫婦』と呼び交わすのは別に構わん。

 姫さえ納得させられたならば、好きにすればいい。

 ――が!

 調子に乗って『夫婦の営み』なんてものをしようとすれば――わかっているだろうな?」


 素早く俺の肩に乗り、ギラリと斬れ味のよさそうな霊力の刀を俺の首筋にピタリと添えて、守り役が威圧をぶつけてくる!

 降参を示すように両手をあげつつ、質問してみた。


「………抱きしめるのは……」

「それは、まあ、許可しよう。

 姫の回復にも一役買うだろうしな」


「………キスは………」

「今より先には進むなよ?」

 つまり、べろチューは不可と。


「………お触りは………」

「死にたいらしいな?」

「スミマセン」


 ちょっと切れたぞ!? 勘弁してくれよ!!


「とにかく。『夫婦ごっこ』は構わんが、不埒な真似は不可だ!

 よく肝に銘じておけ!!」


 過保護な守り役に「ハイ」と大人しく返事をしておく。



 まあ俺もどうしてもソウイウコトがシたくてたまらないわけじゃない。

 どうも俺はそっち方面は淡白な性質(たち)らしい。


 彼女を抱きしめて、キスするだけで十分満たされる。

 ただ手をつないでいるだけで十分しあわせを感じている。

 そのぬくもりが、微笑みがそばにあるだけで十分。

 愛しいひとを『妻』と呼べたら、もうそれだけで十分しあわせ。


 俺は(オス)としてどこか欠けているのかもしれない。

 まあそれで彼女のそばにいられるならば別にいいや。

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