第百三十二話 写真
トモ視点に戻ります
「写真、全部ください」
ひなさんとタカさんの前で土下座する。
プライド? そんなものは犬にでも喰わせておけばいい。彼女の写真に比べたら安いものだ!
ふたりが引きつったような呆れ果てたような笑顔を貼り付けているのも無視でいい。彼女の写真さえ手に入れば俺への評価など地に落ちても構わない!
先週の土曜日。
デジタルプラネットに行けることになり、運良く社長に会えた。
社長が『宿主』であること、社長の仕事場の水晶玉が『災禍』であることが確定した。
晃が特殊能力『記憶再生』を使い社長に『浸入』し、どこで『災禍』に出会ったのか、どんな『願い』をかけているのかもわかった。
現在は来たるべき決戦に向けて準備をしているところだ。
「本拠地がいる」とタカさんひなさんが選んだ場所は六角堂近くのビル。
京都市の中心部。ど真ん中。
ここならどこで戦端が開かれたとしても大きなタイムロスなく駆けつけられるだろうとのふたりの判断だった。
『現実世界』でも『バーチャルキョート』の中でも同じビルの数フロアを借り、両方にパソコンやら備蓄食料やらを装備していく。
運良くビルのフロアに空きが出たというのも竹さんの『運気上昇』のおかげだろう。
備蓄食料を入れた箱には収納の陣をハルが刻んだ。
本来は神々へ大量に奉納するときなどに使う陣だという。
祭壇に陣を描いておき、そこから対になる陣の描かれた倉庫の中身を好きなだけ取り出せるというものらしい。
備蓄を入れた箱に刻んだ陣と対になる陣を関係者全員が持たされた。使い方も説明され、実際にやってみた。
離れた場所からでも問題なく取り出せた。
試しに竹さんに『異界』を展開してもらって使ってみたが、こちらも問題なかった。
「安倍家に備蓄置いとけばいいんじゃないのか?」と質問したら「それはそれで用意する」と返ってきた。
「とにかくどんな状況になるか、どんな制限がかかるかわからない。
考えられるだけの手段はすべて打つに限る」
そう説明されて「それもそうだな」と納得した。
デジタルプラネット訪問後すぐに社長の過去を『視た』俺の愛しいひとは、緊張と疲れとショックから熱を出した。
が、俺がべったりくっついて霊力を循環させたことと蒼真様の薬ですぐに熱は下がった。
発熱した彼女を抱いているときにタカさんひなさんに「パソコン選定と設置しろ」と言われて渋っていたら、ひなさんがトンデモナイモノを提示してきた。
竹さんの、コスプレセクシー写真。
マジでエロい。よく鼻血噴かなかった。
こんな危険物誰にも見せるわけにはいかない! 俺が厳重管理しなければ!!
ひなさんが所有してるのは、まあ、やむを得ないだろう。
「絶対に誰にも見せない」「晃にも見せない」と誓約してくれたので、まあ、良しとしよう。
本当は消去してもらいたいが、このひとが消去せずに持ってたから俺の手に入ったわけだし。竹さん知らないし。
まあ、譲ろう。うん。
愛しいひとのエロい写真をエサにされ、発熱している彼女の横にくっついたまま必死にマシン選定をした。
彼女の熱は予想どおりすぐに下がったが、なんと生理がはじまった。
それで二日目までずっとくっいていた。役得役得。
彼女の体調が落ち着いた水曜日はマシンの搬入に立ち会い、セッティングしていった。
セッティングが終わってからは実際に本拠地を使ってみる。
備蓄を確認したり、料理をしてみたり。
そうして間取りや設備を頭と身体に覚え込ませる。
『異界』に行ったときにすぐに再現できるように。
竹さんや守り役達だけでなく、安倍家のひとやヒロ達も同じように本拠地を使ってもらった。
なにがあるかわからない。
『現実世界』で鬼が出ることも考えられる。
誰でも使えるようにシュミレーションを重ねていった。
『バーチャルキョート』のほうにもガンガン課金して必要機材を導入し、物資の準備もした。
不正レベル上げも繰り返し、関係者はそれなりのレベルになった。
彼女は彼女で体調が落ち着いてすぐに水やら霊玉やら作りまくっている。
俺がそばにいられない間は黒陽とアキさんがついてくれて彼女の体調管理をしてくれた。
おかげで無理なく体調を崩すこともなく着々と準備が整っている。
彼女にも本拠地に設営したパソコンの使い方を教えた。
『異界』に行く可能性が一番高いのは彼女だ。
もしも俺が一緒に行けなかったり、彼女ひとりで連れて行かれた場合には連絡を取り合わなければならない。
スマホは使えるようになってきた彼女だけれど、どんな妨害があるかもわからない。
念の為に本拠地のパソコンメールの送受信の方法だけ覚えてもらった。
「だ、大丈夫? こわれない? 爆発しない?」
ビクビクしながらキーをさわる彼女がかわいくて仕方ない。なんで爆発するなんて考えるんだか。浅はかだなあ。かわいいなあ。
しっかりととったメモを見ながらでも自分ひとりでできるようになったところで合格にした。
彼女にも黒陽にも本拠地をしっかりと使わせる。一緒に料理を作る。ものの場所を覚えさせる。
どんくさい彼女はなかなか覚えないけれど、二日、三日と通ううちに慣れてきて覚えてきた。
本拠地の近所も散策する。
烏丸通の西側に建つこの本拠地周辺は祇園祭の気配はない。
観光客もいないので歩きやすい。
コンビニはここ、公園はここと、地図を見ながら確認していく。
足をのばして鉾町も確認する。
コンビニで物資が補給できることは間違いないから、場所を教えるためにコンビニ巡りをする。
方向音痴の彼女は筋をひとつ移動しただけでわからなくなっていた。
守り役はちゃんと理解していた。せめて黒陽だけでも同行できることを祈る。
伏見のデジタルプラネットに攻め込むことになるだろうからそこまで行ってみる。
転移ができない可能性も考えて、公共交通機関で向かった。最悪は歩きになることを説明すると彼女がげんなりした。
あちこち移動するついでに神社仏閣にご挨拶にいく。結界や封印の確認もする。
少しでも生き残れる可能性が上がるように。
考えられる手段をひとつひとつ取っていった。
金曜日の夕方、学校が終わるなり晃とひなさんが来た。白露様が迎えに行き転移で来た。
晃を護衛に、ひなさんはあちこちの進捗を次々に確認していく。
タカさんだけでなくハルまで顎で使っているように見える。さすがは元社会人の『転生者』。
俺も竹さんも呼び出されて質問を受ける。
本拠地の使い心地は。不足はないか。パソコン関係の状況は。用意したマシンで社長と戦えるか。京都の結界は。竹さんの体調は。
バリバリ働くひなさんに竹さんが尊敬と憧れのまなざしを送っている! くそう! 俺の竹さんが!!
ひなさんに負けないよう働かねば!
竹さんと黒陽が寝てからタカさんひなさんと三人で打ち合わせ。
ひなさんは早速報酬のエロい写真を転送してくれた。
「………え? 一枚だけ?」
思わず出た言葉に、ひなさんがちいさく舌打ちした。
「欲張りですね」なんて嫌味を言われても知るか! 彼女の写真は全部欲しい!
あのときまだ何枚も見せてくれただろう! 全部よこせ!
「俺、それだけの働きはしたと思うんですけど?」
「ええ。よく働いてくれました。
だからこの秘蔵写真を差し上げようと言ってるんですが?」
ニコニコと火花を散らす。ここで引くわけにはいかない!
「一枚じゃ不足だと思いませんか?」
「イエイエ。十分でしょう? それだけの価値がこの一枚にはありますよ?」
表向きはニコニコと、でも内心はバチバチと戦う俺達に、タカさんが助け舟を出してくれた。
「ひなちゃん。竹ちゃんひとりの写真ならあげてもいいんじゃない?」
なるほど。自分と竹さんのツーショット写真があるから抵抗していたのか。
タカさんに仲介されたひなさんもそこが折れどころだと判断したのか「それなら、まあ」と写真を提供してくれた。
「ありがとうございます!」
すぐさま送られた写真を確認。
「―――!!」
―――くっっっそかわいいぃぃぃ!!
なんだこのドレスやメイド服は!
かわいすぎだろう! 綺麗すぎだろう!!
は!? こっちは表情がいつもと全然違う! このひとこんな自信に満ちた顔できたのか!
ワンピースもスーツもかわいい! ボーイッシュなのもかわいい!! 何枚あるんだよ!!
「これ、まだホンの一部です」
「!」
「千明様とアキさんが主に写真撮ってたんで」
「!!」
こんなかわいい写真が、まだ、ある、と!?
「あと、ギリシャ神話風とか、大正ロマン風とか撮りました」
「―――!!」
わなわなと身体が勝手に震える。
椅子から立ち上がり三歩下がった。
そしてその場に土下座。
「写真、全部ください」
「なんでもします。いくらでも金払います」
そんな俺をあわれんでくれたのかタカさんひなさんが母親達に話を通してくれ、翌日土曜日の朝食後、無事竹さんの写真が収められたディスクをゲットした!
「ありがとうございます」
平伏して母親達にもタカさん達にも感謝を伝える。
「いいから今のうちに写真チェックしろ」と勧められてディスクの確認をする。
竹さんはひなさんが離れで引きつけてくれている。
その隙に写真の確認をしなければ!
アイテムボックスに入れているノートパソコンと機材ですぐさまバックアップを取る。ディスクのコピーも作る。あ。スマホにも入れとこう。
それから写真を一枚一枚チェック。どれもかわいい。母親達め。いい仕事するな。
どれか壁紙にしようかな。プリントアウトしたら彼女に見つかるよな。見つかったら嫌がられるかな。
そんなことを考えながら写真をチェックしていたら、タカさんが一冊の本を見せてくれた。
千明さんの写真集だった。
四人で『お化粧遊び』という名のコスプレ写真撮影会をしたときに撮った写真の、千明さんのものを集めて一冊にまとめたのだと教えてくれる。
オミさんはオミさんで『アキさん写真集』を作って持っていると。
「トモも作るか?」と提案され乗りそうになったが、俺が彼女に無断でこっそりそんなもの作って持っていたら、気持ち悪くないか? 彼女、嫌がらないか?
「……これ、竹さん、知ってるの?」
確認してみたが「そういえば」「写真撮ったのは知ってるわよ?」と保護者達は曖昧な返事しかしない。
彼女に確認……するわけにはいかない。
あの恥ずかしがり屋なひとが自分のこんな写真が存在すると知ったら。こんな写真集を作る計画を知ったら。
……………間違いなく「消せ」と言う。
悩んで、葛藤して、写真集は断念した。
そのかわり、どれか一枚をプリントアウトしてもらうことにした。
一枚くらいなら隠し通せるだろう。
最悪バレてもごまかせるに違いない。うん。
俺のパソコンの横に飾ろうか。それともアイテムボックスに入れておこうか。
そうウキウキと考えながら印刷する写真を選ぶ。どれもかわいいから悩む!
悩んで悩んで、白いドレスを着たバストアップの写真にした。
まるで結婚式の花嫁のよう。
花束を持って微笑むその写真は、結婚情報誌の表紙を飾ってもおかしくないくらい尊かった。
それから一日忙しく過ごし、彼女と一緒に寝た。
俺はショートスリーパーなので数時間で目が覚める。
彼女と黒陽がしっかり寝ていることを確認してそっとベッドを抜け出し、タカさんに連絡をいれた。
丁度恒例の夜の報告会が終わるところだという。
「こっち来い」と言われたので転移陣を通って御池のリビングにお邪魔すると、印刷された彼女の写真があった。
「大きいのと中くらいのとちいさいの印刷した」
阿呆か。
彼女にバレないように一枚だけ印刷しようとしたのに、なんで三枚になってるんだよ。ありがとうございます。
A4サイズ、2L版、L版の三種類。
どれもわざわざ額に入れてくれていた。
「ありがとうございます」と頭を下げて、一番大きな写真を手に取る。
愛しいひとの花嫁姿。
額装してあると余計にそんなふうに感じた。
俺の花嫁。
手の中の写真に、そんなことを考えた。
そっと、その頬をなでる。
固く冷たい額だけれど、そうやって触れるだけであのやわらかな頬を思い出す。
――あと数日で彼女を戦いに行かせなくてはならない。
封じていた気持ちがゾワリと頭をもたげる。
行かせたくない。守りたい。逃げだしたい。
死なせたくない。別れたくない。ずっとそばにいたい。
でも、彼女にはそんなこと、できない。
そんなことを彼女に願ったら、彼女は苦しむ。
だから、言えない。
現実から目をそらすようにがむしゃらに働いた。幸いやることは山とあった。
必死でそれらをひとつずつ片付けているうちに一日経ち、二日経ち、あと数日で決戦の日を迎えることになった。
俺はどうしたらいい?
どうしたい?
どうすべきだ?
「なにか『形見』をもらっておけ」以前そう勧められた。
でもそんなことをすれば彼女が『死ぬ』と決まってしまうようで、できない。
彼女の体力づくりを兼ねたデートで写真をたくさん撮った。思い出もたくさんできた。
それで良しとすべき?
彼女がこの戦いで死ぬとしても、また生まれ変わるのはわかっている。だからそれまで宗主様のところで待たせてもらえばいい。そう考えた。
それでいいのか? それで俺は耐えられるのか?
わからない。
どうしたいのか。どうすべきなのか。
わからない。
わからない。
行かせたくない。守りたい。逃げだしたい。
死なせたくない。別れたくない。ずっとそばにいたい。
愛しいひとの花嫁姿。
これを隣で見たかった。
俺のただひとりの妻になってほしかった。
俺の隣で彼女はどんな顔をするだろう?
ふてくされたような、ぶすぅっとした顔でそっぽを向く?
それとも輝くような笑顔を向けてくれる?
俺の『半身』。俺の唯一。
ただひとりの、俺の愛しいひと。
『しあわせ』にしたい。
『しあわせ』でいてほしい。
ずっとそばで笑っていてほしい。
好き。
好きだ。
こんなに好きなのに、もうすぐ別れなくてはならない。
こんなに好きなのに、もうすぐそばにいられなくなる。
くやしい。かなしい。つらい。
それでも、そんなこと、言えない。
彼女にはカッコいい俺だけを覚えていてもらいたい。
少しでも頼りになると、カッコいいと思ってもらいたい。
俺の『半身』。
ただひとりの、俺の愛しいひと。
俺の。
なんだか涙が込み上げてきた。
それをごまかすように一同に向かって「ありがとうございました」と深く頭を下げた。
写真のなかで愛らしい花嫁が笑っていた。