久木陽奈の暗躍 62 トモさんとの交渉
パソコン関係の依頼をしようとタカさんとふたりでトモさんのところに行く。
トモさんは昨日からずっと竹さんの部屋で彼女にくっついている。
『災禍』の気配にあてられ『宿主』の記憶をのぞいた竹さんはまた熱を出して寝込んでいる。
診察をしに行った蒼真様と同行した黒陽様が「今なら大丈夫」と呼んでくださり、竹さんの部屋の扉を開けた。
タカさんも黒陽様の『承認』を受けているので、竹さんが寝ていても部屋に入れる。
今日は以前のように『当てられる』ことなく竹さんの部屋に入れた。
トモさんはベッドの上で身体を起こしていた。その腕に竹さんを抱いて。
「すみませんトモさん。今少しお話大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫です。竹さん離せなくてすみません」
自分にもたれさせ抱き込み、肩までしっかりと布団で包んでいる竹さんは苦しそうな息を吐いていた。
額には冷却シート。首に巻いているタオルには保冷剤かなにか入っているようだ。
元が色白の竹さんだから、頬が真っ赤になっているのがよくわかる。
「竹さんどうですか?」
「やっと熱が七度台まで下がりました」
安心したようににっこり笑って言うけど……『やっと』?
「……最高何度まで上がったんですか?」
「今回は九度八分ですね」
「「……………」」
ほぼ四十度じゃないですか! 高熱じゃないですか!! なにが『大丈夫』ですか!?
私達に竹さんの様子を報告していた守り役様と薬師をにらみつける。が、こちらの意図がわかっていないらしい阿呆龍はニコニコと答えた。
「やっぱり『半身』がくっついてるとちがうよね! 一晩で熱下がったよ!」
「これまでの姫だったら数日は高熱にうなされていただろう。
トモのおかげで今回は回復が早い。ありがとうトモ」
守り役様までそんなふうにおっしゃる。
「今は七度九分まで下がってるけど、またいつぶり返すかわからないから。だから抱いたままですみません」
生真面目に言うトモさんに、それならと話をすることにした。
「トモさんにお願いがあるのですが」
「なんですか?」
『とりあえず聞くだけ聞く』という態度にこれまでの説明をする。
「――というわけで、本拠地で使うパソコンなどの機材の選定と設置をしてください。
相手が相手なので、デジタルでの戦いを想定した準備が必要です。
『異界』に突入するひとでデジタルで戦えるのはトモさんだけです。
トモさんにやってもらわなければなりません」
私の説明に、トモさんは無表情で黙り込んだ。
トモさんもその必要性は感じているらしい。
理解もしている。が《別に俺じゃなくてもできるだろう》と考えている。
《そんなことに時間取られたら竹さんのそばにいられなくなるじゃないか》
『半身持ち』らしい『半身』中心の考えに顔がひきつる。
「……トモさん?」
呼びかけるとバツが悪そうにそっと視線をそらす。
「……それ、俺でなくてもいいですよね?
タカさんとデジタル部門のひとで十分事足りる仕事のはずです」
名前を挙げられたタカさんが苦笑している。
「準備は確かにオレらでできるけど、実際運用するのはお前だろ?
お前が最初から関わってたほうが理解度も運用効率もいいんだよ。
わかってんだろ?」
師匠にそう指摘され、トモさんはぶすぅっとへの字口で黙り込んだ。
《わかってるけど》
《でも竹さんが心配なんだよ》
《今はそばにいてやりたいんだよ》
『半身』が弱っている現状で『半身持ち』が『半身』から離れるのがつらいことだということは私もタカさんも理解できる。
でも事態は一刻を争う。
竹さんの回復も必要なことだけど、同じくらいに兵站を整えることも必要だ。
『戦い』は、どれだけ下準備ができているかで勝敗が決まるといっても過言ではないのだ。
「竹さんのためです」
「竹さんの責務のためです」
そう言っても『うん』と言わない。
『竹さんのため』だと『戦いを有利に進めるために必要なこと』だと頭では理解していても、竹さんが弱っている現状ではどうしても竹さんから離れたくないらしい。
実際今も眠る竹さんを抱き込んで離さない。
「マシン選定もやりとりもここからメールやらでやればいいだろ?
マシン組むときだけは出ろ。
その頃には竹ちゃんももーちょっと回復してるだろ?」
「……………」
それでも『是』と言わないトモさん。
これは、竹さんがある程度回復しないと動かないか……。
目を閉じ、苦しそうに浅い息を吐く竹さんに目を向ける。
早く良くなればいいんだけど。
責務関係なくそう思う。
このかわいいひとが苦しそうにしているのは私もつらい。
竹さんにはニコニコしていてほしい。
困った顔や情けなくうろたえる様子もかわいいけど。
そこまで考えて、思い出した。
――そうだ。
アレならトモさんも動くかも――。
「トモさん」
スマホを取り出し、ササッと写真を表示させる。
トモさんにスマホを向けると、ボッ! と顔が真っ赤になった!
《竹さん!?》
《なんだこの写真!!》
《かわいすぎか!!》
ドッと吹き上がった霊力を必死で抑えている。動揺してる動揺してる。
トモさんの目はスマホに釘付け。垂れ目を大きく開けてガン見している。
サッとスマホを伏せると《なんで隠すんだ!!》と責めるように顔を向けてくる。
よし釣れた。
「これ、春に竹さんと千明様とアキさんと四人だけで遊んだときの写真なんです」
コクコクうなずくトモさん。真剣極まりない顔がおかしいんだけど。
「竹さん恥ずかしがってなかなか着てくれなかったんですけど。私も一緒に着て、どうにか着てくれたんです」
サッとスマホを操作して私と竹さんのツーショットを見せる。
さっきとは違う写真にトモさんが釘付けになる。
「ツーショットもいいですけどー」
また別のツーショット写真をチラリと見せてからスマホを操作。わざともったいぶって操作する私にトモさんは動揺しまくりだ。
《ナニ出してくるんだ!?》
《今までのもかわいかったのに、まだなんかあるのか!?》
ダダ漏れてるダダ漏れてる。
おかしいのを必死に隠し、わざとニヤリと嗤う。
「これとか、最ッ高じゃないですか?」
「!!」
トモさんが口元を手で隠す。バチンと音がする勢いで。
口元? もしかしたら鼻を押さえてるのかも。鼻血の心配してるのかも。
そのくらい、今表示している写真はセクシーさ爆発している。
今トモさんに見せた一連の写真は春休みに女性四人で『お化粧遊び』をしたときの写真。
そのとき、私と竹さんは千明様アキさんに着せ替え人形にされた。
たくさんの衣装を着せ替えられた中に、巫女服風萌えドレスがあった。
着物のような重ね衿。肩は出ていて、紐で袖をつなげていた。
広幅の袖の端には千早のような飾り紐。
ハイウエストの、袴を模した丈の短いスカート。
白のニーソックス。踵の高い先の丸い艷やかな赤い靴。
ハイウエストのスカートのせいで竹さんの大きな胸が強調されている。
『たゆん』とウエスト部分に乗っかったバストは女の私から見ても『男のロマン』だと力説できる。
アンダーパンツもはいてパニエをつけているので『パンツがチラリ』ということはないが、パニエから伸びる足がこれまたむっちりと色っぽく、ニーソがまたいい仕事をしている。
最初の数枚は立ち姿の巫女服風萌えドレス竹さん。
服に爆弾ボディを強調され、恥ずかしそうに困ったように眉を寄せているのが庇護欲かきたてられてかわいくてたまらない。
でも、今表示している写真は危険物。
ペタリと床に座りこんだ竹さんが上目遣いで見上げている写真。
スカートから伸びるむっちりとした足の曲線。
上からのアングルでよりはっきりわかる大きな胸。肩の白さ。
羞恥のために潤んだ一重の垂れ目。赤く染まった頬と目元。
ちょっと拗ねたように、怒ったように口元をきゅっと結んでいるのが彼女のぽってりとした唇を強調する。
セクシーダイナマイツ!
襲って欲しいの!? そうなの!?
女の私達でもそう思った。
そしてこの写真は他に閲覧禁止とすることを三人で誓いあった。
しかし、彼女の『半身』にならまあ、見せてもいいだろう。彼女のために働かせるエサにする分には問題ないだろう。
「この写真、私のこのスマホにしかないんですよー。
他の写真は千明様のデジカメやスマホで撮ってるのもあるんですけど。
たまたま、偶然、私のスマホでだけ撮れたんですよー」
《マジか》
《欲しい!》
《でも、こんなセクシーな写真欲しいって言ったら、スケベだと思われる!?》
真っ赤な顔で、ぎゅうっと竹さんを抱き込んで私をガン見するトモさん。おかしくてたまらない。
タカさんは大体理解したらしい。あわれみのこもった目で苦笑を浮かべて黙っている。
蒼真様も黒陽様も呆れ果てたような、どこか諦めたような顔で黙っておられる。
「この写真、欲しいですか?」
コクコクコクコク! トモさんが激しくうなずく。
「タダじゃあげられません」
スマホを伏せ、ニヤリと嗤うとトモさんがグッと詰まる。
私の言いたいことを正しく理解したトモさんは、抱き込んでいる竹さんを見つめて葛藤した。
《欲しい!》
《だが、竹さんが》
《しかし、この機会を逃すと多分もうもらえない》
《竹さんの責務のための仕事》
《しかし、この状態の竹さんを離すわけには》
《でも写真欲しい!》
わかりやすくうろたえるトモさん。
霊力乱れまくって、それを必死に抑えようとしている。
霊力が乱れたからか、強く強く抱きしめられたからか、トモさんの腕の中の竹さんが瞼を開けた。
「………?」
のろりと目を動かした竹さんは私とタカさんに気付いた。
慌てたように身体を起こそうとしたけれど、動かないらしい。熱が高いから無理もない。
そんな『半身』にトモさんはうろたえた。
「竹さん?」
「ごめんね。起こした?」
なんですかそのやさしい声。どこから出てるんですか。
竹さんはトモさんに頬を撫でられ、その手に甘えるようにすり寄った。
竹さん、そんなふうに甘えることできたんですね。さすがは『半身』。
甘えられたトモさんはデレデレと顔をゆるめている。そんな顔できたんですね。
トモさんがどこからか取り出した氷を竹さんの口に含ませる。
それでようやく竹さんは声が出るようになったらしい。
「……ひな、さ」とちいさなちいさな声で呼ばれた。
「つらいところすみません竹さん。
ちょっとトモさんにお願いがありまして」
そう説明するとトモさんがギッとにらんできた。
《余計なこと言うな!》
《竹さんが心配するだろう!?》
さっきとは全然顔つき違いますね。でも気にしませんよ。これでも中身アラフォーのオバサンなんで。若造がギャンギャン騒いでも平気です。
バシバシと視線を戦わせる私達に竹さんはちいさく首をかしげた。
そしてそっとトモさんを見上げる。
目を向けられたと気付いたトモさんは、私に向けていたのとは大違いのやさしい顔を竹さんに向ける。豹変もいいとこですね。
「……大丈夫。気にしないで。貴女のそばにいるから」
「では写真はいらないと」
わざとそう言ってやるとギクリとこわばった。
そんなトモさんに竹さんが首をかしげる。
「竹さんの責務のための仕事を頼みたかったのに……。
仕方ありませんね。トモさんの竹さんへの愛はその程度ということでしょう」
わざと『やれやれ』と首を振ると、ギッと威圧を向けてくる。おおこわ。
《余計なことを!!》と怒りの思念がバシバシ刺さる。
「……とも、さ……」
弱々しい声にトモさんの威圧がシュンッと収まる。豹変しすぎか。
じっとおねだりするような目を向ける竹さんに、説得してくれるかと期待が浮かぶ。
なのに。
「……しなくて、いい、から」
竹さんはそんなことを口にした。
言われたトモさんも息を飲んでいる。
「巻き込め、な、い」
「私の、責務は、私がやる、こと」
「トモさんは、巻き、込め、ない」
――この期に及んでナニ言ってんのことひとは。
それでも自分が苦しくても『半身』を守りたいと願う竹さんの思念も伝わってきて何も言えなかった。
そして言われたトモさんもエラいことになっている。
《なんだこのひと! なんでいまだにそんなこと言うんだ!!》
《俺のこと好きだからか!? 守りたいとか思ってんのか!!》
《くっそおぉぉぉ! 俺だって竹さん好きなんだぞ!? 守りたいんだぞ!!》
ぎゅうぎゅうに竹さんを抱き込んでぷるぷる震えるトモさん。
ちょっとちょっと。竹さんつぶれますよ?
「――いつも言ってるでしょ?
『巻き込む』じゃないよ。
俺が竹さんといたいからやってることだ。
貴女が気に病むことじゃない」
よしよしと、やさしい手つきで彼女の頭をなでるトモさん。
竹さんはそんなトモさんに甘えきっている。
なのに、首を振った。
「……ダメ」
「トモさん、を、傷つけたく、ない」
ハァハァと熱い息を吐きながら弱々しい声で訴える。
どこまでも『半身』を守ろうとする彼女に、言われたトモさんはエラいことになっている。
《もう! もう! このひとは!!》
《そんなに俺のこと好きなのか!!》
《かわいすぎる。好きすぎる》
《どうにかしてやりたい。なんでもしてやりたい》
「じゃあこの仕事、受けてくれますか」
すかさず声をかけると、トモさんはギッと、竹さんはのろりと私に目を向けた。
「竹さんのためです」
にっこりと微笑む私にトモさんは葛藤している。
「写真、いりませんか?」
「……しゃしん……?」
竹さんが首をかしげる。慌ててトモさんが「なんでもないよ!?」とごまかす。
「大丈夫。大丈夫だから。貴女は身体を治すことだけを考えて」
やさしい声でそう言って、竹さんの頭を、背中をよしよしとなでるトモさん。
熱のためだろう。竹さんはなでられているうちに再びすうっと眠りに落ちた。
沈黙の広がる室内に、竹さんの寝息だけが響く。
「………で? どうしますか?
貴方の『半身』は『するな』と言っていましたが」
ニヤリと嗤う私にトモさんは悔しそうに口を歪めた。
「……やります。やればいいんだろ!?」
吐き捨てるように言う若造に、そっとタカさんと視線を合わせこっそりと笑った。