久木陽奈の暗躍 61 準備
目を付けた物件はすぐに押さえられた。
市営地下鉄烏丸御池駅近くのビル。
烏丸通に面していて、新風館や大手華道流派の本拠地に近い場所。
「ここならちーちゃんが『イベントする』って言ったら納得される」
『安倍』が動くと怪しまれる可能性があるので、『目黒』がイベントのために一ヶ月だけ借りる形を取った。
菊様の承諾も得て不動産屋さんにアポを取り、内見したいと希望した。
日曜日だけどすぐに担当者と連絡がとれた。
ダメモトで「すぐ見たい」と申し出たら内見許可が出て、千明様とタカさんが向かった。
有名華道流派の本拠地の近くなので、華道家の千明様が「イベントを考えている」という説明はどなたも納得だったらしい。
生千明様に担当者は大興奮だったとタカさんが教えてくれた。
「気に入った!」「すぐ本契約したい!」と言う千明様の望むままに契約と相成ったという。
ビルの三階と四階の二フロア。
造りはどちらも同じ。
大きな部屋がふたつ。それなりの広さの部屋が四つ。トイレは男女共に数人分あるわりと大きめのもの。給湯室には冷蔵庫と冷凍庫が完備。コンロもコーヒーメーカーもあった。
「こっちでメインイベントして。こっちには展示をしよう」「ここはスタッフ控室。こっちは事務所にしてパソコン置こう」「お昼ごはん作るにはこの給湯室じゃ足りないかな」
千明様のイメージを聞いた不動産屋はその言葉を信じ、馴染みのレンタル業者の紹介もしてくれた。
タカさんの指揮で準備が始まった。
『目黒』からスタッフが来てくれた。
千明様アキさんと中学時代からずっと一緒に華道部でがんばってきたという彼女達は『目黒』でもイベント立ち上げの中心スタッフとなっている。
だから千明様とタカさんの大まかな説明でどんどんと詳細を詰めていった。
必要なもののリストアップ。机などは業者に依頼。パソコンなどは新規に購入。
大まかなレイアウトと打ち合わせができたところでタカさんと千明様は離脱。
「十日までにここまで設営」という短期納期にもスタッフの皆様は快く了承してくださった。
細々した契約関係も全部おまかせした。
『バーチャルキョート』の物件はゲーム上で手続きができる。
こちらも『目黒』名義とし、すぐに契約。
オプションを課金しまくって備品を揃えていくことにした。
対象者の思念を読み取り『異界』に反映させ『現実世界』そのまんまの内装を作り出していると思われている『異界』だけど、世の中に『絶対』はない。
万が一反映できなかったときのことを考えて、用意できるものは用意していくことにした。
『現実世界』の本拠地が出来次第、同じになるように作り込む予定だ。
物件の目処がついたところで次の準備。
必要なもののリストアップをしていこう。
タカさんは千明様と本拠地設営に行っているので、こちらは主座様、ヒロさん、晴臣さんと守り役の皆様、それと私で行う。
まずは食料と飲料。
『異界』のコンビニで商品をゲットできることはわかっているけれど、『現実世界』から見たら泥棒だろう。
コンビニ利用は非常時のみとし、基本は事前に準備しておくことにした。
常温保存できる食料や飲料は普通のダンボールへ。
肉類は黒陽様が作ってくれたという時間停止の効く箱に入れていくことにした。
どのくらいの人数を何日賄わないといけないのかわからない。
行政の災害備蓄を参考に準備するよう決めた。
もちろん竹さんの水も、その水で炊いたごはんも用意してもらう。
これまで用意していた分はお渡ししたときの使用試験や前回の鬼の襲撃で減っていた。
改めて在庫を確認してもらうこと、今ある水はすべて米を炊くのに使ってもらうこととし、黒陽様と竹さんに新たに水を作ってもらうことを決めた。
このへんは安倍家のひとにやってもらう。
ヒロさんが指示書を作り、主座様から通達をしてもらう。
医療品や毛布もいる。寝袋はどうしよう?
「そこまではしなくてもいいでしょう。
夏だし、毛布が一枚あればいいんじゃないですか?」
確かに。じゃあ寝袋はナシで。
そのぶん毛布は用意しよう。敷くなり巻くなり使うひとが好きなように使えばいい。
タオルはどうかな? あちこちのサイトで災害備蓄品を確認。ウエットティッシュを用意してるところが多い。タオルよりは使い道多いかも。
「他にはなにがいるかな?」
「トイレットペーパー! 確かに!」
話し合いながら準備するものをリストアップしていった。
もちろん札や霊玉などのアイテムも準備してもらう。
アイテムボックス持ってるひとには各自アイテムと食料飲料を持つように指示する。
そうして指示書ができたところで主座様と晴臣さんが本家に命令を出しに行かれた。
あとは安倍家のひとにおまかせすることになる。
タカさん達が設営中の本拠地にリストアップした兵站を搬入するのも安倍家のひとにお願いする。
設営には数日かかる予定だ。その間に物資を準備し、準備でき次第搬入する手はずにした。
その搬入するときにはタカさんヒロさんが立ち合うという。
主座様と晴臣さんが本家に命令を出しに行かれたときに「七月十七日に大きなたくらみが動く」と発表された。もちろん菊様の許可は取っている。
安倍家のひと達はずっと『近々「ボス鬼」が現れる』と言われていたので「ついに!」と震え上がったという。
「まだ日にちはある」
「できる限りの対策を事前に取っておくぞ」
主座様にそう諭され、やるべきことをひとつひとつ指示され、今は落ち着いて任務に当たっているらしい。
他家や警察などへの連絡もしていると。
じゃあそっちは大丈夫ですね。
うまいこと働いてもらいましょう。
主座様は今後のスケジュールも発表してこられた。
七月十七日零時に『バーチャルキョート』をプレイする班と『現実世界』の各地に散って警戒する班とに分けた。
おそらくは『バーチャルキョート』のバージョンアップに合わせて特定のユーザーの端末に転移陣が送られ『異界』に転移させられる。
『異界』で人喰い鬼と戦わされて『贄』とされる。
そうやって霊力を集め、長刀鉾の注連縄切りと同時に京都のひとを『異界』に転移させ、鬼に喰わせる。
鬼が出るのは『異界』で『現実世界』には出現しないと今のところはなっている。
でもそれもカナタさんの考えひとつだ。
やっぱり気が変わって『七月十七日零時のバージョンアップと同時に「現実世界」に鬼を出す』可能性はゼロではない。
『注連縄切りと同時に鬼を出す』可能性も。
『中ボス』レベルの鬼一匹だって昔のトモさんは死にかけた。竹さんがいなかったら間違いなく死んでた。
これまでも『現実世界』に鬼を召喚できている。そしてその鬼は十分京都のひとを喰える。
これから十日の間になんらかの変化があり、複数箇所での同時召喚に成功したら。
たとえば一時間ごととか、時間をずらして何度も何度も召喚することに成功したら。
そんなことが『ない』とは、誰も言えなかった。
『現実世界』に鬼が出ることを想定して対応策を考えるのは当然のことだった。
『バーチャルキョート班』と『現実世界班』と、戦力が分散されるけど、仕方ない。必要な分散だ。
ちなみにこちらの関係者サイドも分散することにした。
姫と守り役様は当然『バーチャルキョート班』。霊玉守護者も全員ここに組み込む。
主座様と保護者の皆様は『現実世界班』。
安倍家をはじめとする能力者の統括に当たってもらう。
私?
私は戦力外通告されました。
強いていえば『現実世界班』後方支援担当。
主な任務はちびっこふたりの子守。
最初はタカさんと一緒に参謀とか主座様の相談役とかのようなことをするつもりだった。
けど、タカさんはデジタル担当としてパソコンに張り付くこと、キリのいいところでデジタルプラネットに突撃してカナタさんと直談判することを希望し、許可が出た。
じゃあ私ひとりで主座様のお側につこうとしたら、あちこちから「ダメ」と言われた。
主座様からは「ひなさんを安倍家に巻き込むつもりはない」と。
晴臣さん、アキさんも同意見。
安倍家では『姫』の存在が周知されていて、実際竹さんを見かけたことのあるひともいるという。
竹さんはあちこちの結界やら封印やらを確認するためにウロウロしていて、神社仏閣関係者や能力者のなかにも竹さんを知っていたり見かけたひとはいるらしい。
竹さんは普段はあの高霊力を完璧に抑え込んでいて、チラッと見た限りは『どこにでもいる普通の娘さん』。
ところが長命な神使様やヒトならざるモノは竹さんのことをよーくご存知で、失礼な発言をする人間にいかにすごいひとかを聞かせたらしい。
だから高霊力保持者でなくても『鬼出現の非常時に主座様のそばにいる若い娘』はすなわち『姫』だと判断されるだろうと言われた。
そして、勝手な勘違いから勝手に期待して、無理難題を押し付けられるだろうと。
………そうなる未来しか考えられませんね……。
もし『姫』と勘違いされなくても、私の洞察力やら戦略的思考力やらを知ったら『取り込みたい』と思う輩は出るだろうとおっしゃる。
いやいや。私のはただの前世の下駄履きですよ?
もしくはヲタク力ですよ?
とにかく主座様も保護者の皆様も、私を必要以上に安倍家や京都の能力者に関わらせることは「危険」と判断された。
そしてウチの阿呆は。
「ひなひとりで知らない男のたくさんいるところに行くなんて、絶ッッッ対ダメ!!」
「じゃあアンタについていこうか?」
「『異界』なんて戦いの最前線じゃないか! 絶対ダメ!!」
……………。
そうして私はあっちからもこっちからも戦力外通告された。
大人しく『目黒』でちびっこと遊んでおくことになった。
ちびっこと同レベル……。複雑……。
「ひなは優秀よ! 表に出したら危険だから隠しておくのよ!」
「そうよひなちゃん! それに困ったときには電話するから! 頼りにしてるわよ!」
白露様もアキさんも他の皆様も一生懸命になぐさめてくださる。
気を遣わせて申し訳ありません。
タカさん千明さんが戻ってこられた。
お互いに進捗報告をし合う。
必要なものとその準備状況のリストを見せ合う。
「本拠地に置くパソコン関係はタカさんが選んでセッティングでいいですよね?
侵入は離れからやるんですよね?」
『バーチャルキョート』のシステムに侵入してこちらに都合のいい『クエスト』を流す計画だ。
その実行者はタカさんの予定。
離れのトモさんの部屋にあるパソコンから行う予定になっている。
本拠地に置くパソコン関係はあくまでもタカさんとの連絡用。
『異界』からネットがつながることはカナタさんの記憶で確認している。
『異界』の状況を確認して報告するため、『クエスト』発令のタイミングを指示してもらうためのパソコンだ。
ところがタカさんは顔をしかめ、腕を組んだ。
「……ちーちゃんが『パソコンがいる』って言ってる」
「てことは、『現実世界』から干渉できない可能性がある」
千明様は『本能で生きてる』と仲間内で言われるくらい『勘』が鋭いという。
『運がいい』では説明できないことも何度もあったと。
本人はなんでか説明できない。でも『そう』だと『わかる』という。
それアレじゃないですか? 晃とおんなじヤツじゃないですか?
絶対どっかの神様の『愛し児』でしょう千明様。
とにかく、千明様が『こう』と言うことには従うべきだということは、千明様に近しい人はみんな知っている。
だから本拠地にも「それなりのパソコンがいる」とタカさんは言う。
そのパソコンなどの選定は「トモにやらせよう」ということになった。
「『異界』に行くにしても行かないにしても、本拠地パソコンを使うのはトモになる。
カナタがもしなんか仕掛けてくるとしたら、止められるとしたらオレかあいつしかいない」
これまでも『現実世界』に召喚した鬼を「バーチャルキョート」にも出し『クエスト』として流していた。
今回『異界』に大量にひとを送るならば、鬼のいる場所に誘導するような『クエスト』を発動させるだろうとタカさんは予想している。
召喚されたひとはゲームだと信じているから『クエスト』に従ってノコノコと死地に向かう。
それを止める必要があるという。
「あいつにこれ以上罪を重ねさせたくない」
それは晃の『願い』とも合致しますね。ぜひがんばって食い止めてください。
タカさんの希望としては、パソコン関係は最初からトモさんに全部まかせて自分はさっさと「カナタの説得に行きたい」という。
「話を聞いてくれるかどうかわかんないけど、やれるだけはやりたい」
そのまなざしに、声色に、言葉が出なくなった。
開いた口を一度閉じ、かけるべき言葉を探したけれど、やっぱ見つからなかった。
だからただ「そうですね」とだけ返した。