久木陽奈の暗躍 60 作戦会議の内容
最終的に『七月十七日零時のバージョンアップのときに「特定のユーザーを異界へ連れて行く」というカナタさんの作戦を利用する』作戦に決まった。
他のふたつの案――『バージョンアップ前にデジタルプラネット六階の社長室に侵入する』という案は、どうやって考えても不可能だった。
三上女史に協力を依頼して六階に行くことはできるだろうと予測できた。社長室に入ることも同様。
でも、社長室に入って『災禍』に気付かれずに『異界』への扉を開くのは「おそらく気付かれる」と誰もがおっしゃった。
そうなったら『災禍』に逃げられる。
この時点で逃げられたら、それはもうアウトだ。
じゃあ『異界』のひとを無視して『災禍』を滅することのみを目的としようと考えた。
南の姫と東の姫の居場所はわかっている。
守り役様が「ちょっとつつけばすぐに覚醒する」おふたりを伴い、四人の姫と四人の守り役で社長室に行く。
社長はタカさんや三上女史が引き止めておいて、姫と守り役は隠形をとって『災禍』のもとへ行けば――。
ここで問題が発生した。
南の姫が隠形をとって『災禍』を斬る。
が、『災禍』ほどの存在を斬ろうとしたら、どうしても霊力を刀に圧縮して全力で斬らないと無理だという。
そんなことしたら隠形なんて吹っ飛ぶ。
そうして『災禍』にバレて逃げられる。アウトー。
じゃあ逃げられないように竹さんの結界で包囲しておいたらどうか。
そうすれば逃げられないけれど、結界が展開されたと気付かれた時点で逃げられるだろうと。
「逃げられないように結界展開するんじゃないんですか?」
『災禍』を抑え込めるほどの結界を展開するとなると、さすがの竹さんも隠形とりながらは「無理だろう」と黒陽様がおっしゃる。
今日竹さんも『災禍』がどこにいるか見てるから、エリア指定はある程度できる。
それでも笛を吹いて霊力を高めながら陣を展開する必要があるらしい。
その過程で逃げられると。
「四百年前は『醍醐の花見』の席で封じたんだ」
皆様が説明してくださったところによると。
豊臣秀吉が醍醐寺を貸し切りにして大々的に行った花見――いわゆる『醍醐の花見』は、『災禍』を封じるための策だった。
どこにいるかわからない『災禍』を引っ張り出すために、派手好きな秀吉にそれとなく花見を勧め「お側の皆様全員で楽しまれては」と勧めた。
秀吉の小姓のひとりに扮していた『災禍』は、そうして花見の席に現れた。
「秀吉様はじめ皆々様をお守りするために結界を展開します」と事前に申告し許可を得て、広大な醍醐寺全体を包む結界を展開。
そこから徐々に、徐々に竹さんの結界を高めながらせばめていって追い詰めて、ようやく封じたということらしい。
その封じたときも、転移陣を展開して逃げるところをギリギリ封印が間に合ったという。
今は竹さんの封印が効いていて四百年前ほどの能力はないと思われるけれど、それでも『異界』を作ったり転移陣を展開したりできているわけで、水晶玉サイズの転移陣を即座に出すことが『できない』とは、誰も言えなかった。
『醍醐の花見』のときのように「事前に結界を展開する理由をつくればごまかせないか」と随分頭をひねったけれど、どうやって考えてもそんな理由は出てこなかった。
だから竹さんが結界を展開しようとしただけで「逃げられるだろう」と相成った。
というわけで、消去法的に『七月十七日零時のバージョンアップのときに「特定のユーザーを異界へ連れて行く」というカナタさんの作戦を利用する』作戦に決まった。
これも問題は山とある。
まずはその『連れて行く条件』が不明なこと。
これがわからないから、誰が連れて行かれるのかわからない。
『宿主』であるカナタさんがあれだけ竹さんを連れて行きたがっていることから、竹さんは行くんじゃないかと予測しているけれど、それだって『絶対』じゃない。
仮に『竹さんが連れて行かれる』として、たとえば黒陽様がくっついていたら一緒に行けるのかは、やっぱり不明。
守り役の皆様は自分の姫のことはどこにいても「わかる」らしいけれど、それこそ母胎に宿った時点でわかるらしいけれど、『災禍』の展開する『異界』に行った姫めがけて転移できるかどうかは「そのときにやってみないとわからない」という。
次に、仮に竹さんをはじめとする関係者が『異界』に行けたと仮定して。
その『異界』に連れて行かれたひと全員を連れて帰ることができるか。
いくら『界渡り』のできる蒼真様でも、何百人も一度に運ぶのは「ムリ!」だという。
そもそも『異界』に何人いるのか、どこにいるのか、まったくわからない。
『異界』がどのくらいの広さなのかもはっきりしない。
おそらくは『バーチャルキョート』と同じ『世界』が作ってあるはずで、そうなると京都市全域になる。
建物だって本物と同じにしてある『バーチャルキョート』だから、仮に建物のなかに隠れられてたりしたら、ほぼ見つけられない。
一番確実なのは、術を展開した『災禍』が『元に戻す』術を使えば、洩れなく全員戻すことができる。
でもそれこそまず無理。
これまでの『バーチャルキョート』に出てきた陣を研究している班の報告書を見ながら色々検討したけれど、やっぱり高間原で使われていた術とは「系統が違う」らしい。
その高間原で使われていた術の流れを汲む主座様達が使う術も、当然「系統が違う」。
だから解析もできないし、抵抗も利用もできない。
ゲームの説明と効果で『この陣はこの効果』とわかってはいる。
試しにとプリントアウトした陣に守り役様が霊力を込めて発動を試みたけれど、発動しなかった。
修験者達が使う札も霊力を込めながら書かないと使えないから、プリントアウトじゃ駄目なのかな? と、私と主座様が霊力を込めながら陣をトレースしてみた。
それでも発動しなかった。
「おそらくは『書き順』があるのだろうな」
黒陽様がそんなことをおっしゃった。
「トモが行った、京都市内の調査。
あのときも道順が指定されていただろう。
おそらくはその『書き順』が陣を発動させるために重要な要素なのだろうな」
「『書き順』の逆に書けば、おそらくは『反転』できるだろうが……。
そもそもの『書き順』がわからない以上、無理だな」
『反転』できれば元に戻すことができるという。
でもそのために必要な『書き順』がわからない。
で、考えたのが『バーチャルキョート』の利用。
不正アクセスに成功している現在、こっそりと『クエスト』を入れ込むことができるとタカさんは予測した。
誰が連れて行かれてるかはわからないから、『一斉クエスト』として『デジタルプラネット本社六階へ行け』とする。
おそらくは六階の仕事部屋にトモさんが見つけた『異界』への扉は、『異界』の同じ場所にもある。
そこから『現実世界』に戻ってもらおうという作戦だ。
もちろん『現実世界』にカナタさんも『災禍』もいるわけだけど、そこはそれ。
『異界』で竹さんの結界を発動ギリギリまで展開しておいて、そのままズラすように『現実世界』に戻る。
そうすれば一瞬で『災禍』を封じられると、そういう作戦だ。
『異界』に行った竹さんが『異界』のデジタルプラネット六階で結界を展開。
発動ギリギリで『現実世界』に戻り、『災禍』を封印。
そうして『異界』に連れて行かれたひと達を『扉』から戻し、全員撤退を確認したら南の姫に『災禍』を斬ってもらう。
その間カナタさんは「おれが説得する」と晃が言う。
「茉嘉羅と同じ結末にはさせない」
もし晃が『異界』に行けなかったら、『現実世界』で突撃するという。
それこそ今日社長に会ったタカさんなら、三上女史に「社長から急に『来い』と連絡を受けた」とかなんとか言って丸め込むことは可能だと思われる。
そうして『人たらし』と『天然タラシ』がふたりがかりでカナタさんを説得している隙に『異界』から移動した竹さんが『災禍』を封じるという作戦だ。
イチかバチかな点が多すぎて博打じみてるけれど、これが一番可能性が高かった。
菊様の承認を得たことだし、今度はこの作戦に必要なことを考えていこう。
「まず必要なのは本拠地だな」
タカさんが言う。
「パソコンなんかの機材。食料。札や霊玉なんかのアイテム。
そういうのを保管しておく場所がいる」
「安倍家じゃ駄目ですか?」
わざと反論することで説明をうながす。
「北山は伏見のデジタルプラネットからも市内中心部からも離れすぎている。
御池の家や一乗寺の『目黒』は、ごく身内以外には明かしたくない」
今のところ戦端が開かれるのは『異界』となっているけれど、絶対じゃない。
カナタさんの気が変わったり条件が変わったりしたらこの『現実世界』の京都の街が戦場になる可能性は十分にある。
「『現実世界』の京都の街で戦いになる場合も考えて、しっかりとした本拠地を設営したい。
設営した本拠地を『異界』に行くつもりのメンバーにしっかりと使わせ覚えさせることで『異界』で変換できるようにさせる。
何重もの意味で、しっかりとした本拠地が必要だ」
『本拠地』となる場所には安倍家の能力者さんだけでなく不特定多数のひとが出入りする可能性が高い。
それこそ鬼にやられたひとが出た場合、救護所として使う可能性もある。
いくら『姫の責務』のためとはいえ、プライベートスペースを公開し提供するのは「よくない」とタカさんは言う。
「ちーちゃん、アキちゃん、双子を守れなくなる」
その説明に納得した。それは確かにマズいですね。
「設営するなら伏見のデジタルプラネット近辺がいいですかね?」
「それが理想だな。そうすればすぐに突入できる」
そうして伏見区の空き物件を調査。同時に『バーチャルキョート』内の物件も調査。
結果、いい空き物件はなかった。
『現実世界』『バーチャルキョート』それぞれに空き物件はあった。広さなんかも問題なかった。
ただ、『同じ場所の空き物件』がなかった。
カナタさんと『災禍』が作った『異界』は『現実世界』と同じになるように作っている。
『現実世界』と『異界』を逆転させて、召喚した鬼にひとを喰わせるために。
つまり、『現実世界』と『異界』は密接な関係にある。
カナタさんの『記憶』で見た。コンビニはふたつの『世界』で連係していると。
『異界』で商品を取ったら『現実世界』でも商品は無くなっていると。
完成間近の今だったら、その連係はもっと広く、もっと密接になっているはずだ。
この春に京都市内全域を覆うような陣を展開している。
少なくともその陣の中は『現実世界』と『異界』は連係しているに違いない。
それを利用しようと考えた。
『災禍』が組んだ転移陣は、対象者の思念を読み取り『異界』に反映させる。
そうして『現実世界』そのまんまの内装を作り出しているとカナタさんは理解していた。
実際昔のエンジニアさん達は『異界』に出現したパソコンを使って仕事をし家電を使って生活していた。
それならば『現実世界』に用意した備品や兵站を関係者にしっかりイメージさせれば『異界』の同じ場所の内装に変換できる。はずだ。
『現実世界』の物件に実際に備品や兵站を用意。
晃達や安倍家の能力者達に実際使わせてしっかりとイメージを持たせる。
そうして『異界』に行ったときに、同じ物件に備品や兵站を反映させる。
もちろんうまくいくとは限らないから、主座様の陣も使う。
以前、主座様が私達の『まぐわい』のときに使われた陣。
離れた倉庫に陣を描いておいて、祭壇には対になる陣を描いておく。
神々が祭壇に手を伸ばしたら倉庫の情報が思い浮かび、好きなものを取り出せるという陣。
『現実世界』の本拠地に資材や物資を用意しておく。
その入れ物や置き場所に陣を描いておいて、対になる陣を関係者は持っておく。
もしもうまく内装が反映しなかった場合、その陣を使って『現実世界』のものを取り出すという計画だ。
『現実世界』と『異界』という『座標』の違う場所でのやりとりなんて、それこそ神様レベルの超高霊力保持者でないと普通はできないらしいけど、あれだけ密接に連係している『世界』だったらイケるだろうと判断された。
そういうわけで、『現実世界』と『バーチャルキョート』の『同じ場所』でないと本拠地にできない。
だから『現実世界』と『バーチャルキョート』両方の空き物件を調べていく。
第一希望である『災禍』のいるデジタルプラネット周辺は該当物件は無かった。
じゃあ、と調査範囲を伏見区全域に広げて調査。これもダメ。
山科区、東山区、南区、と調査範囲をどんどんと広げていく。
ただの空き物件ではなく、それなりの広さを求めるからなかなか空きがない。
アパートや貸事務所なんかはわりと空きがあったけど、それでは狭い。
一戸建ては『現実世界』で空きがあっても『バーチャルキョート』で販売がされていないところが多かった。
結局見つかったのは中京区のビルの中。
ワンフロア貸切の物件。
ビルの三階、四階と二フロアが空いていた。
ちょうど先月末で契約が切れ、次の予約まで数ヶ月空いているという。
決戦は七月十七日だから、一月借りれば十分だ。
『バーチャルキョート』の同じ場所も空いていた。
最初は『現実世界』の企業が自分の会社や店舗を購入することが多かった『バーチャルキョート』だけど、最近はユーザーが勝手に作ったギルドやクランが本拠地として購入したり、個人が別宅として購入することが多くてほとんど空きがなかった。
たまたまこのビルは盲点だったらしい。
これも『運気上昇』の効果かもしれない。
竹さんと神様達にしっかりと感謝を捧げておこう。