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第二十二話 竹さんとのデート? 4

 帰宅したのはもう三時を過ぎていた。

 結局一時間近くあの池のほとりでのんびりしていた。

 楽しかった。

 話しても話しても話題が尽きなくて、そんな俺達に彼女は楽しそうで、おだやかでしあわせな時間になかなか腰を上げることができなかった。


 重い腰をなんとか引きはがし、行きと同じように自転車に乗ってもらってやっと帰宅した。

 機材を下ろしていたら黒陽が声をかけてきた。


「その集めたデータ? を、どうするんだ? 会社に持っていくのか?」

「いや。ウチで処理してデータ作って、アップする」

「『あっぷ』?」

「――ええと、会社のサーバーに……」


 きょとんと首をひねる主従に説明をあきらめる。

「――会社には行かないで、家のパソコンでのやりとりで済むってこと」


 そう説明すると「そうなのか」と黒陽はそっと視線を下げた。

 なにか思案する様子に確信する。



 彼女達の責務。

災禍(さいか)』と呼ばれる存在を滅すること。

 それに『バーチャルキョート』もしくはその会社が関わっている。


 会社の誰かが関わっているのか。

 会社が利用されているのか。

 詳しいことを聞きたかったけれど、黒陽達もまだ調査中の段階で話ができないのだろうと判断した。


 昨日も言っていた。「『もしかして』という程度だ」と。

 それでも手がかりには変わりない。

 そのかすかな手がかりの、かすかな糸口も探ろうとしているのだろう。

 協力したいが、会社――デジタルプラネットには、俺、行かないしなあ。



 俺に話を持ってきたのは所属しているホワイトハッカーの会社。昔のタカさんの仲間のひとり。

「お前京都に住んでたよな」と、軽い感じで持ってこられた。


 冬休み前からデータを集めては処理して、とやっている。

 仕事の中でより効率のいいシステム作って提案して採用された。

 運用システムもちょっといじったら格段に良くなった。

「こっち来てメインでやってよ!」なんて担当者からメールが来るが「学生に無茶を言わないでくれ」と断っていた。


 彼女の責務を果たす役に立つならば受けてみるか?

 会社に潜入調査してみるか?


 だが、ハズレだった場合、簡単に抜け出して「じゃあ次」というわけにはいきそうにない。四か月カンヅメが発生しているらしいのだから。

 そうなった場合、身動きがとれなくて彼女の足を引っ張る可能性もある。

 うーん、難しいな。



 とりあえず今は置いておこう。

 俺が潜入できる可能性があることだけを黒陽に話しておけば、必要があればこの亀から言ってくるだろう。


「ひとまず上がってお茶でも飲んでいってください。

 暑かったし、喉乾いたでしょう」


「え。でも「そうだな。そうしよう」黒陽!」


 優秀な守り役は俺の期待通りの働きをしてくれた。

 ぷんぷん怒るかわいい人を愛でながら鍵を開ける。


「どこでお茶にします? 昨日の客間でも、さっきの台所でも、どっちでもいいですよ」

「え。あの、その」


 彼女が戸惑っている間、亀は少し考えているようだった。

「――お前がその『処理をしてやりとりする』というのを見ることはできるか?」


 その声に、彼女の表情が変わった。

 ぴり、と芯が入った。

 彼女もそれが『災禍(さいか)』への手がかりになると理解したのだろう。


 あえて気付かないフリをして軽く答える。

「見ても面白くないかもしれないけれど、別にいいですよ」

「じゃあ頼む。どこでやる?」

「二階の俺の部屋です。茶もそこで飲みますか?」

「それで構わん。――その前に」


 一拍置く様子になにかあるのかと息をつめた。


「トイレを貸してくれ」

「……こっちです」



 茶の用意をしながら配慮が足りなかったなと反省する。

 そうだよな。人間だものな。トイレ行くよな。俺もあとで行こ。

 彼女が肩に亀を乗せて立っていた。心なしか恥ずかしそうにしている気がする。なんかゴメン。


「こちらへどうぞ」

 盆を持ったまま階段を上がる。

 彼女も「お邪魔します…」とおとなしくついてきた。


 自室の机に盆を置いて、折り畳みのローテーブルを出す。

 ハル達が来たときのために置いているものだ。

 そこにコップを置き、座布団を出す。

 目だけでキョロキョロと観察している彼女に「どうぞ」と座布団を勧める。


「狭くてすみません」

「イエ。そんな、大丈夫です」


 俺の部屋はモニタ三台を置いている机とベッドがほとんどを占めている。

 ローテーブルを置いたら座るスペースはわずかしかない。


「一人暮らしならもっと部屋を広く使えばいいんじゃないのか?」

 ローテーブルの上に落ち着いた黒陽のもっともな言葉に、機材をいじりながら笑みを返す。


「一人暮らしだからこれで十分なんだよ」

「そういうものか?」

 首をかしげる亀に笑みが浮かぶ。


「二階はそこの広い部屋を物置にしてるんだ。

 親父のものやら客用布団やら、なんでもかんでも詰め込んでる」

「父親は外国だったか?」

「そうそう。ハルから聞いた?」


 俺の両親は研究者をしていてアメリカに住んでいる。

 その両親がいつ帰ってきてもいいようにと、親父の昔のものやらなんやらをじーさんばーさんは大事に残している。

 一人暮らしには十分なスペースがある現状、邪魔になることもないのでそのまま放置している。


「もうひとつの部屋はナツの部屋だよ。

 あいつがいつ帰ってきてもいいようにしてある」


「ナツというと…『土』の『霊玉守護者(たまもり)』だったな」

「そう」と答え、軽く事情を説明する。


「ナツ、一時期一緒に暮らしていたんだよ。

 今は就職して寮生活だけど。やっぱり『帰る場所が必要だ』ってばーさんの遺言でそのままにしてある」


 取り出したカードをスロットに入れる。転送。

 転送している間にローテーブルからグラスを取り、一口飲む。

 ふと彼女が行儀よく正座をしたまま飲み物に口をつけていないことに気が付いた。

「どうぞ?」とうながすとようやく「…いただきます」とグラスを手にとった。


 こくりと一口飲んでほっと息をつく。かわいいなあ。

 守り役はさっさと猪口のお茶を飲み干していたので、一緒に持って上がったペットボトルから追加を注いでやる。


「時間かかるか?」

「ちょっとね」

 黒陽と気安く話をしていてふと気が付いた。


「竹さん。上着と帽子、預かりますよ」

「え? そん「おお、そうだな。頼む」黒陽!」

「ちょっと時間かかるんで。エアコンは効かせてるけど、暑いでしょう?」

 そう言うと、帽子だけを脱いだ。

 さらりと束ねた長い髪が落ちる。

「……これでいいです」


 無理強いするのも失礼かと思い「はい」と了承する。

 受け取ろうかと思ったら「無限収納に入れとくから大丈夫です」と収めてしまった。


 そうこうしているうちに読み込みが終わった。

「あ。終わったな」

「フム。それでどうするんだ?」

「こっちで見るか?」

「頼む」


 黒陽をモニタの机に移し、仕事用のブルーライトカットメガネをかける。

 メガネをかけてモニタに向き合うと、それだけで自分の中のスイッチが切り替わる。

 モニタをにらみつけ、キーボードを操作する。

 竹さんに背を向けたまましばらく無言で処理をしていく。


 タン、とエンターキーを押し、パソコンが処理するのをしばし待つ。

 ふう、と一息ついてふと気が付いた。

 俺、他人がいると気になって集中が削がれるのにな。

 黒陽と竹さんは全然気にならない。


 存在感が無いわけじゃない。

 ちゃんと『居る』とわかる。

 わかったうえで、居てくれることになんだか安心する。

 居てくれるだけで落ち着いて、集中して仕事ができる。


 なんでだろう。『半身』だからか?

 竹さんはそれで説明がつくが、この亀はなんでだろうな?


 じっとモニタを見つめていた黒陽も、俺が息をついたことで一区切りついたとわかったのだろう。話しかけてきた。


「文字を組み合わせて陣を作るのだな」

「陣――」

 最先端デジタルシステムに『陣』て。

 でも言いえて妙かもしれない。


「――まあ、そうとも言える、かな?」

 少し考えていた黒陽がまた質問してきた。


「この文字の羅列でどんなことができるのか、説明してもらえるか?」

「いいよ。ええと――わかりやすい本がどっかに――」

 物置部屋だっけ?

 取りに行こうとメガネをはずし、椅子を回転させ立ち上がろうとして――固まった。



 竹さんが、寝ていた。


 俺のベッドに背中をあずけて、気持ちよさそうに眠っていた。

 口、半開きになってるよ。かわいいなあ。


「ああ、寝たか」

 黒陽はなんてことないようにそう言った。


「ずいぶんはしゃいでいたし、めずらしくたくさん食べていたからな。

 すまんが、しばらく寝させてやってくれ」

「それはいいけど……どこに寝させる?」


 下の客間に布団を敷こうかと思っていたら、黒陽はあっさりと言った。


「そこにベッドがあるじゃないか」

 何を当たり前のことを? みたいな顔でトンデモナイ発言をする亀に、一瞬意識が遠のいた。


「―――俺のベッドだ」

 かろうじてそう反論すると、黒陽は明らかにムッとした。


「――なんだお前。我が姫が汚いとでも言うのか?」

「阿呆か! なんでそうなる⁉」


 があっと吠えたら「シッ」と短く責められた。

 あわてて彼女を見る。

「ん…」とちいさく声がもれただけで、すうすうとおだやかに眠っていた。

 そのことにホッとして、再び阿呆亀に向き直る。


「男のベッドを女性に使わせるな」

「ベッドはベッドだろう。それとも汚いのか?」

「汚……くは、ないよ。多分」


 ちょっと自信はない。

 汗かいてるかもだし。

 ニオイだってついてるかもだし。


「じゃあいいじゃないか」と亀は簡単そうに言う。

 阿呆かこの亀。

 守り役じゃないのか。仕事しろよ。守り役が姫を危険にさらしてどうする。

 それとも俺が『男』だと認識されていないのだろうか。油断ぶっこいているのだろうか。なめられたものだなくそう。


「下の客間に布団敷くから」

「姫ひとりになるじゃないか。目が覚めたときに驚いてしまうだろう」

「じゃあナツの部屋に布団敷こう」

「だから姫ひとりになるだろうが」

「だからってあんた」

「とにかく。こんな姿勢で寝たら寝違えてしまうから。ベッド貸せ」

「……………」

「貸せ」

「……………わかった………」


 阿呆に何をどれだけ言っても無駄だ。

 諦めてベッドにかけている掛布団をめくる。

 黒陽が昨日同様竹さんの身体をふわりと持ち上げた。

 するりとカーディガンが脱げる。

 すとんと俺のベッドに横たわった彼女は、体勢が安定したからか、ちょっとホッとしたように見えた。


 くそう。油断しまくって。かわいいんだよ!

 ちいさく開いている唇が目に入ってしまい、ドキリと心臓が跳ねる。

 くそう! こんなの、キスしてくれって言っているようなもんじゃないか! かわいすぎんだよ! 警戒してくれよ!


「布団かけといてくれ」

 ああもう。この阿呆亀! 少しは警戒しろって言うんだよ! 俺だって男だぞ⁉ 竹さんのこと好きな男だぞ‼


 内心で悪態をつきながら、そっと彼女に布団をかけてやる。

 安心しきった、油断しまくった様子で眠る彼女が愛しくてたまらない。


 ―――キスしちゃ駄目かな。


 ふと浮かんだ欲望。

 そっと、気付かれないようにそっと、顔を寄せてみる。


 まつ毛長いな。

 頬、やわらかそう。

 唇も―――


「おい」

 ビクゥ!

 黒陽の声に正気に戻った!


 や、ヤバい。俺今何しようとしてた⁉

 黒陽がいるの完全に頭から抜けていた!

 ポンコツが輪をかけてポンコツになってないか⁉


「本は」

 そ、そうだった!

「い、今探してくる」


 無理矢理身体をはがすようにベッドサイドから立ち上がり、物置部屋へと向かう。

 そんな俺に黒陽が「やれやれ」とため息をついていた。

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