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閑話 傷だらけの男(千明視点)

タカの妻の千明視点です

 菊様を見送り、竹ちゃんとトモくんを見送って御池に戻った。

 ひなちゃんは「晃に聞きたいことがある」と晃くんとふたりで離れのリビングに残った。



「とりあえず」

 転移陣の扉を閉めるなりタカが言った。


「先に仕事の話を片付けてもいいかな?」

 デジタルプラネットに持って行った私のスケッチの束を鞄から出して見せるタカに、ヒロは『それはあとでいいだろ!?』みたいな目を向けた。


 でも、オミもアキも、ハルもわかってる。

 仕事は口実だということを。

 タカが吐き出したいことを。

 だからハルはうなずいた。


「いいぞ。時間停止かけておくから、ゆっくり話せ」

「サンキュ」


 私の手を取りさっさと部屋に戻るタカ。

 なにも言わず引かれるままついていった。




 部屋の扉を閉めたタカはドッとベッドに腰掛けた。

「はあぁ……」と深く深く息を落とし、うなだれる。


 低くなった頭をぎゅっと抱きしめる。

「お疲れ様タカ。よくがんばったわね」

「……………うん」


 すがるように私に抱きつく愛しい男。

 私のおなかの位置にある頭を撫で、髪を()いてやる。


 そうやってなでている間、タカはただただ私に抱きついていた。

 (いや)しを、救いを求める様子に『守りたい』と思う。


 この傷だらけの男を助けたい。

 私の愛する唯一を救いたい。


 蒼真くんが言うのに『半身』は互いに影響を与えるらしい。

 霊力が勝手に循環して互いを癒やすのだと。

 それなら、『半身』である私にくっついていたら、それはタカの癒しになるはずだ。


『元気になれ』『痛いの痛いの飛んでいけ』そんなことを念じながらタカの頭をただただ撫でた。



「……………ちーちゃん」

 ようやく出てきた声に「ん?」と答えると、私のおなかに顔を埋めた夫はボソリと言った。


「……………キス、して」


 すがるようなつぶやきに、年甲斐もなく胸がキュンとした。

 そっとタカの頭を離すと、いつもかぶっている軽薄なお調子者の仮面が完全に落ちていた。


 そこにあるのは、素のタカの顔。

 傷つき、苦しみ、救いを求める、あわれな愛しい男の顔。


 頭をつかんだままちゅっと唇を重ねる。

 ちゅ、ちゅ、とついばむうちにタカの目から涙が落ちた。


「―――ちー、ちゃ……」


 頭がよくてなんでもできて頼りになってしっかりしていつでも余裕しゃくしゃくに見せているタカが、私にだけは隠している自分を見せる。

 傷だらけの弱い自分をさらけ出す。


 それがうれしくて愛おしくて、独占欲も優越感も満たされて、かわいそうで助けてあげたくて、深くキスをした。


 溺れるひとが救いを求めるように抱きついてくるから、私もタカを抱きしめた。

『もういいよ』『私がいるよ』『愛してる』

 そんなことを念じながら、ただただタカを抱きしめた。




「―――篠原社長は、昔のオレだ」


 落ち着いたタカがポツリと言った。

 ふたりでベッドに転がってタカの抱きまくらになっている私に、タカはポツリポツリと言葉を落とした。


「ヒロがちいさいとき。

 しょっちゅう熱出して『このまま死ぬんじゃないか』って思ってた」


 そうだった。

 うなずく私をタカが抱きしめる。すがるように。


「しょっちゅう水の事故に遭って『いつかいなくなるんじゃないか』っていつもこわかった」


 これにもうなずく。

 ヒロが『水の事故に遭いやすい子』だと気付いてからは水辺には一切近づかなかった。

 それでもお風呂で、庭の洗い場で、ヒロは水に()まれた。

 どれだけ私達大人が気をつけていてもいつの間にか水に呑まれていた。

 すぐさまハルが助けてくれたからいつも事なきを得ていたけれど、正直ハルがいなかったらどうなっていたかわからない。


「余命宣告されて、目の前が真っ赤になった」


 あまりにもヒロが水の事故に遭うから、オミが言った。

「父さんに()てもらおう」


 オミのお父さんは安倍家の当主。私達にはよくわかんないけど、当時の安倍家ではハルに次ぐ実力者だった。


「水属性特化の高霊力保持者だからだと言っているだろう」ってハルは呆れていたけれど、その頃にはヒロにお守りもいっぱい持たせてくれたり守護の術をかけてくれたりして一時よりは落ち着いていたけれど、それでも私達はオミのお父さんにヒロを視てもらった。


「十四歳まで生きられない」

 それが、オミのお父さんの出した『先見』。


 タカと私はオミのお父さんを責め立てた。

「間違いじゃないのか」「なんでウチのヒロが」

 そんなことを言い、「もっとよく視てくれ」「違うと言ってくれ」とすがった。



「篠原社長は『ハルのいなかったオレ』だ」


 タカの言葉に、うなずく。


 私達にはハルがいた。

「ヒロは水属性特化の高霊力保持者だ」と。

「高霊力保持者は霊力を身体に馴染ませるために発熱することがある」と。

「属性特化の子供にはその属性のモノが惹かれるもんだ」と教えてくれていた。

「だから問題ない」と言いながらお守りを作ってくれたり守護の術をかけてくれたりしていた。


 余命宣告のあとには「ヒロは『霊玉守護者(たまもり)』だ」と教えてくれた。

「少しでも生き残る可能性を高めよう」と修行をつけてくれた。

 私達にもやるべきことを指示してくれた。


 私達にはハルがいた。

 篠原社長には、ハルがいなかった。


 最初『友人の連帯保証人になり、結果すべてを奪われた』と聞いたときには『バカなひとだ』と思った。

連帯保証人(そんなもの)になったらなにもかも奪われて当然だ』と。

『お人好しの篠原社長の考えが浅かったから招いた当然の結末だ』と思った。


 でも。


 たとえばあのとき。

『山を売ればヒロは助かる可能性がある』と誰かが言ったなら、私は山を手放した。


 おじいちゃんの大事な山。

 私達の思い出の詰まった、大事な山。

 それでもそれで『ヒロが助かる』と言われたら、私は間違いなく山を手放した。


『こいつの連帯保証人になればヒロは助かる可能性がある』と誰かが言ったなら、間違いなくすぐさまなった。


 ぎゅう、と私を抱きしめるタカに私も抱きつく。


 そうね。私達、ハルがいなかったら間違いなく篠原社長と同じことをしていた。

 篠原社長は、『ハルのいなかった私達』だ。



 同じ痛みとかなしみにふたりでココロを痛めていたら、タカはまたポツリと言った。


「あのひとは―――保志社長は、昔のオレだ」


「すべてを理不尽に奪われて、ただひとり生き残った、昔のオレだ」


 タカも身内をすべて(うしな)っている。

 普通の中学生だったタカは、大きな震災に家族も親戚も友達も奪われた。

 だから、さっき『視た』『カナタくん』の痛みも気持ちも、タカにはより深く理解できたんだろう。

 普段着けている仮面を全部落としてしまうくらいに。

 そうして、昔の『傷』が開いてしまった。


「あのひとは、『救われなかったオレ』だ」


 その声色に、顔を上げようとした。

 でもタカがぎゅうっと私の頭を抱き込んだからタカの顔を見ることはできなかった。


「オレも同じことを考えてた。同じことをやろうとしてた」


 ドク、ドク。

 押し付けられた胸から鼓動が伝わる。

『生きてる』って、主張してる。


「あのときサト先生に会えなかったら、オレもあのひとと同じことをしていた」


 トモくんのお祖母(ばあ)様であるサト先生と中学生だったタカが出会ったのは偶然だったと聞いている。

 たまたま神戸の駅前に座ってたら声をかけられたと。

 少し話をして『とても救われた』と。


 なんでそんなところにいたのかを聞いたことはなかった。

 でも、この話しぶりだと、なんかろくでもないことをやろうとしていたんだろう。


「あのひとは、『サト先生に会えなかったオレ』だ」


 だからこそ、余計にタカは傷ついているんだろう。

 自分が()くはずだった『道』を進む彼を、他人とは思えなくなってしまったんだろう。


 どうにか腕を伸ばし、タカの背中をなでる。

『痛いの痛いの飛んでいけ』

『痛いの痛いの飛んでいけ』

 そう念じて、背中をなでる。


 もしタカがその『道』を進んでいたら、私はタカに会えなかった。

 今の『私』はなかった。

 だから、感謝も込めて背中をなでた。


『思いとどまってくれてありがとう』と。

『出会ってくれてありがとう』と。



 念じながらただただ背中をなでているうちにタカのこわばりがほどけていった。

 ぎゅうっと私を抱き込んで頬を擦り寄せて甘えてくるから、私も抱きしめた。


「――ちーちゃん」


 そうして、ようやく言葉を落とした。


「――オレ、あのひとを助けたい」


 タカは、決めた。

 己の進むべき『道』を。


「これ以上ひとを殺させたくない。

 サト先生のように。里村のおっちゃんのように。カナダの父さんのように。

 オレ、あのひとを助けたい」


 たくさんのひとに救われた自分のように。


「『そこでうずくまってちゃダメだ』って教えたい。

『ちょっと顔を上げたら明るい世界がある』って教えたい。

『もういいよ』って。『自分を赦してやれ』って、言いたい」


 いつも私がかけている言葉を持ち出したタカが愛しくて、私の言葉がタカを救っていたと改めて教えられて、胸がいっぱいになった。


 なんだか涙があふれてきて、タカが愛しくて愛しくて、どうにか身体を伸ばして口付けた。


「――タカは『カナタくん』と『友達』になりたいのね」


 そう言うと、タカは目をまんまるにした。

 そうしてクシャリと泣きそうな顔で笑い。

「………うん」

 ちいさく答えた。


「うん」

「オレ、『カナタ』と『友達』になりたい」


「オレがたくさんのひとにもらったたくさんのものを、『カナタ』にも分けてあげたい」


「タカならできるわ」

 私の胸に顔を埋めて泣く男の頭を抱きしめ撫でてやる。


「大丈夫。タカはできる。それだけのチカラがタカにはある」


「カナタくんに寄り添えるだけの痛みを、タカも持ってる。

 カナタくんを救うだけのぬくもりを、タカはたくさんのひとからもらってる」


「だから、大丈夫。タカならできる」


「タカならきっと、カナタくんを救える」


『そうなりますように』って『願い』を込めながらタカに言葉を贈る。

 ハルが言ってた。言葉は『言霊(ことだま)』。

『良い言葉には良いパワーが宿る』って。

 だからタカにパワーを注ぐつもりで言葉を贈った。

 私の胸でタカは「うん」「うん」ってうなずいていた。



「タカならできる」

「タカならカナタくんを救える」


「そのためにもまずは、カナタくんのたくらみをぶち壊さないと」


 そう言うと、ようやく愛しい夫は顔を上げた。

 どこかぼんやりしたタカに、にっこりと微笑みかけた。


「話はそれからでしょ?」


 私の言葉を受け、タカにだんだんとチカラがみなぎっていくのがわかった。


「―――そうだね」


「そうだ」


 グッと目にチカラが入った。

 さっきまでの、嘆きかなしんでいた男はもういない。

 そこにいるのは、傷を乗り越えた、強い男。

 私の自慢の夫。

 

「オレがカナタを救う。

 そのために、あの計画はぶち壊す。

 ――協力してくれる? ちーちゃん」


「もちろんよ!」


 微笑むタカはもういつものタカだった。

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