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久木陽奈の暗躍 58 晃の『願い』

 白露様がちゃぶ台を片付けられて、全員で二階のリビングへ向かった。

 転移陣の扉をくぐる皆様に続こうとして、晃の様子に気が付いた。


「……すみません。私、もう少し晃に聞きたいことがあるので。

 またあとでうかがいます」


 私の言葉に皆様あっさりと納得してくださった。

 丁度蒼真様もリビングに戻って来られた。

 竹さんはやはり熱を出したらしい。

「ごはんはアイテムボックスのもの食べるって」とアキさんに伝言しておられた。

「ごはん食べて薬のんでトモがくっついてたら大丈夫でしょ」とあっさりしたものだ。



 皆様を見送って晃とふたりきりになった。

 途端に抱きついてくるわんこをぎゅっと抱きしめる。


「よくがんばったわね晃」

 よしよしとその頭をなでてやると、私の肩に頭を埋めたままうなずいた。


 愛しいわんこ。

 私のかわいい『半身』。



「……あのひとは………」

 私の肩に頭を埋めたまま、わんこが言葉を落とす。


 さっきはぐちゃぐちゃで断片的でしかなかったけれど、今度ははっきりとイメージが伝わった。


 燃えるような赤い髪。青い瞳の若い男性がいた。

 四十代にも五十代にも見えるお坊様と一緒に晃に向かって手を合わせている。


 私が『視て』いることに気付いた晃は、意識して思念を()った。

 それ以上私に『視せ』まいとしている。

 おそらくは私を守るために。私に背負わせないために。


 だから、言った。

 その背を抱いて。


「……いいわよ」


 私にすがる晃の腕がこわばった。


「いいわ。全部『視る』わ」


 晃が私を気遣って普段から『ソレ』を『視』せないようにしているってわかってる。

 十三歳のあのときにはわからなかったことが成長して理解できるようになって、より痛みとかなしみを知ったことも。

 そのことに晃がかなしんでいることも。


 わかってる。全部わかってる。


「私はあんたの『半身』なんだから」


 だから、全部受け入れる。


「つらいのも痛いのも、一緒に背負わせて」


 ぎゅ、とすがりついてくるから私もぎゅっと抱きしめた。


「ひな」

「ひな」


「大丈夫。これでもアラフォーのオバサンだから」

 わざと茶化してそう言う私に、晃が涙を落としたのがわかった。


《ひな、好き》

《大好き》


 愛しいわんこを抱きしめて、その頭をなでる。


「私はあんたの光」

「道を示す光」

 私の言葉にわんこはうなずいた。


「なにがあんたを苦しめているのか、わからないと道を示せない。

 だから、私に『視』せなさい」


 なでていた頭をそっと持ち上げるようにすると、晃は大人しく従ってくれた。


 伏せられた睫毛(まつげ)が濡れている。

 頬を両手ではさみ、顔を上げさせる。

 目を合わせないわんこの唇に軽くキスをして、額を合わせた。


「教えて。『彼』のこと。

 あのときなにを『視た』のか。『視』せて」


 晃は潤んだ目を私と合わせた。


「ひな」

「いいわよ。大丈夫」


「伊達に前世から腐ってないわ」

 フフン。と断言する私に「なにそれ」と笑う晃。


「――ごめん」

「いいわよ」


 そっと唇を重ねる。

 私の『半身』。私の唯一。

 

 唇を離し、互いの頬を両手で挟んだ。

 見つめる瞳の奥に『火』がある。

 その瞳に私が映る。


 どちらからともなく瞼を閉じる。

 そうして、額を合わせた。




 奈良時代後期、えげつない。

 現代人の感覚で『視る』と、衛生状態最悪。食料問題もっと最悪。

 教科書や漫画ではわからないリアルな『記憶』に苦しくなる。


 災害に次ぐ災害。疫病があちこちで流行り、ひとが簡単に死んでいく。

 それなのに中央の僧侶達は贅沢を楽しみ苦しむひとを見ようとしない。

 そんな中央を変えようと苦心したけれど結局ははじき出された『お師さん』。

 傷つき、それでもなにかしたいと村々を巡っていたときに出会ったのが、赤い髪の人喰い鬼だった。


 物心ついたときにはもう兵器として扱われていた。

 手枷足枷は鎖につながれ、戦場に連れて行かれるときだけ放される。

 常におなかがへっていた。だから出されたモノを食べる。なにも考えることなく。

 食べると魔力が暴走する。そして敵陣に行けと言われる。

「あそこに喰い物があるぞ」「あの連中みんな喰っていいぞ」と言われて。


 そうして、ひとを喰う。意識を失うまで。

 気がついたらまた手枷足枷に鎖をつけられて狭い部屋に戻っている。その繰り返し。

 愛情も言葉も知らず、ただ番号で呼ばれた。


 ある日、『落ちた』。

 おなかがすいて動かないひとを食べていたら、声をかけられた。


 それが、『お師さん』。


 ふたりで旅をした。

 困っているひとに知恵を授けた。

 亡くなったひとに経をあげた。

 工夫して食べ物を採取した。

 言葉を、愛情をもらった。

 名前をもらった。

 ただの記号が、愛情の込められた、特別な意味を持つものになった。


茉嘉羅(マカラ)


 それが、『彼』の『名』


 お師さんと死に別れ、お師さんの知り合いに連れて行かれたのは、かつてお師さんがいた寺。

 お師さんの師匠とふたりの弟子が受け入れてくれた。

 穏やかな坊の外では理不尽な迫害を受けた。

 ()われのない暴力をたくさん受けた。

 それでも仲間と我慢していたのは、師匠のため。


 その師匠も亡くなった。

 ふたりの仲間も殺された。

 なんで『善人』がこんな目に合わなくてはならない?


 善人がしあわせに生きられる世を

 善人が認められる世を

 そのために、チカラがほしい

 そのために、王になりたい

 チカラを得て、王になる

 今の王を排除して、(われ)こそが王に


 チカラを得る方法は知っている

 強いチカラを持つモノを喰らえばいい

 喰らえば喰らうほどこの身にチカラが貯まっていく。


 次から次へと人を、獣を、妖を、チカラあるモノを襲い喰らう。

 己も『ヒトならざるモノ』へとなっていく。

 それでもかまわない。

 お師さんを、善人を虐げる世を正すため。

 (われ)が王になるため。


 もっと、もっと。



 そうしてにごって『(まが)』に成った。

 黒い炎に身を焦がし、瘴気に包まれ、それでも願ったのは『大切なひと』の『しあわせ』。


『善人がしいたげられることのない世の中』をつくること。




 ―――気がついたら、泣いていた。


 彼は、茉嘉羅(マカラ)は、確かに罪を犯した。

 たくさんのひとを殺した。たくさんのモノを喰べた。


 でもそれは『善人がしいたげられることのない世の中』を作りたかったから。

 大好きなお師さんのようなひとを、ひとりでも救いたかったから。



『善人がしいたげられることのない世の中をつくる』

 中二の春、京都から帰ってきた晃は口癖のようにそう言うようになった。


「どうやったらいいと思いますか?」片っ端からいろんなひとにたずねていた。

 呆れるひとも、馬鹿にするひともいた。

 でもほとんどのひとは真面目に、晃と一緒に考えてくれた。


 私も聞かれた。

「なにそれ?」と聞き返したら「約束したんだ」と晃は言った。


「『彼』の代わりにおれがやるって、約束したんだ」

「おれは『たまもり』だから」


 そのときは晃も私もまだ今みたいに『記憶』の見せあいっこをするなんてできないときで、でも京都でなにがあったのか聞いていたから「なんか背負っちゃったな」くらいにしか思わなかった。


 でも。

 今は『わかる』。



 晃の根幹には『彼』がいる。

『彼』との出会いが晃の『道』を決めた。


『善人がしいたげられることのない世の中をつくる』

 中二のあの日から、それが晃の『目標』になった。


 晃にとって『彼ら』は、大切なひとになった。




 ふ、と。

 目があった。


 晃の目も涙に濡れていた。


 私に『記憶』を『視せる』ことで、晃のナカも整理がついたらしい。さっきよりは落ち着いている。ぐちゃぐちゃだった思考も整然としているのがわかる。


「――あのひとは茉嘉羅(マカラ)と同じだ」


 私の頬に添えていた手を背中にまわし、ぎゅっと抱きしめる晃。

 顔を埋めている私の肩が濡れる。


「『善人のしいたげられない世界』を望んでる」

「うん」

「大事なひとを(うしな)って、苦しくてかなしくて、間違っちゃったんだ」

「うん」


 すがる晃を抱きしめる。受け止める。支える。

 つらいね。苦しいね。かなしいね。

 ふたりでただただ涙を落とし抱き合った。



 大切なひとと同じ苦しみに身を焦がしているひとがいる。

 同じ過ちを犯そうとしているひとがいる。


「おれ、あのひとを救いたい」


 はっきりと、晃は言った。


「あのひとはまだ生きてる

 まだ『これから』が在る」


『彼』はもう『(まが)』に成っていた。

 道を過ち、その生命を落としていた。

 できることは、その魂を浄化し、天に送ることだけだった。


 でも、カナタさんは違う。

 カナタさんは、まだ生きてる。


「助けられなかった茉嘉羅(マカラ)の分も、助けたい」


 晃は、決めた。

『願い』を。


 晃の『願い』。

『保志 叶多を救う』。


 助けられなかった『彼』と同じ過ちを犯しているカナタさんを『救う』。

 助けられなかった『彼』のぶんも。



「――わかった」


 私は『光』。

 晃の進むべき道を指し示すモノ。


 晃が望むならば。

 叶えるために動くのが、私の役割。


「カナタさんを、救おう」

「うん」


 ぎゅう、と抱き合った。

 そっと身体を離し、晃と顔を合わせた。

 その目に火が宿っていた。

 強いチカラを宿す火が。


 覚悟を決めた、決意の込められた目に、私も視線を返す。


「やるわよ」

「うん」



 これまで私が願っていたのは『晃の無事』。

『晃を守ること』『「ボス鬼」と戦わなくてすむこと』を目的に動いていた。


 でも、今日これからは違う。


 晃の『願い』を叶えるために。

『カナタさんを救う』ために。



 私は『光』。

 晃の進むべき道を指し示すモノ。


 晃の『願い』、この私が必ず叶えてみせる!

中二の晃とマカラの話は『霊玉守護者顛末奇譚』をお読みください

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