久木陽菜の暗躍 57 作戦会議 2
お茶を一口いただいて、さらに考察を重ねる。
『異界』といえば。
別件を思い出し、つぶやいた。
「七月十七日零時にユーザーを『バーチャルキョート』に連れて行くと言っていた件ですが。
どんなひとを連れて行くというのはわかりませんでしたね」
「まだ決めてないんだろうな」
タカさんが腕を組んで答えてくれる。
「これから条件を決めて、召喚陣だか転移陣だかをバージョンアップのデータと一緒に端末に送るんだろうな」
なるほど。
晃が『浸入』した時点ではまだ『連れて行く』と決めただけで、詳細については考えていなかったということですね。
で、この数日で考えて決めてログを書くということですね。
「タカさんとトモさんで調べることはできますか?」
私の質問に、おふたりは同じように顔を歪めた。
「……………ごめん。多分、ムリ」
タカさんが絞り出すように結論付けた。
「どこにどう『ソレ』を忍ばせるかわからない。いつログをアップするかもわからない。
あまりギリギリに調べると解析が間に合わないし、今から調べようと侵入して、もし見つからなかったら侵入を繰り返す必要がある。
侵入を繰り返して見つかったら、計画を変更される可能性も、『災禍』に逃げられる可能性もある」
なるほど。
不正アクセスで調べられないとすると、他に調べる方法はありますかね?
「ないだろうなぁ」
ですか。残念。
どうすべきかと頭の中のパズルのピースを組み立てていたら、タカさんがつぶやいた。
「どんな条件にしても、竹ちゃんは連れて行かれる可能性が高いな」
その言葉に竹さんがちいさく反応する。
トモさんが彼女を抱きしめた。
「『災禍』は『宿主』の都合のいいように『運』を操作すると言っていただろう?
『宿主』があれだけ『北の姫が来ますように』と『願い』をかけているならば、竹ちゃんは連れて行かれると思うんだ」
「たしかに」とどなたもが納得された。
「仮に竹さんが連れて行かれるとしたら、どんな条件が考えられると思いますか?」
この質問にタカさんは「多分初期設定のデータを使うと思うんだよね」とおっしゃった。なるほど。納得。
「アップデートするときに設定しなおさせる可能性は高い」
「その条件に合致する人間に転移陣を送って『異界』に連れて行くんだと思う」
なるほど。
じゃあ、関係者みんな竹さんと同じ初期設定にすれば行けますかね?
「どうかな?
『視た』限りだと、官公庁のデータベースも掌握してるっぽかっただろ?
ヘタに個人データとかけ離れた設定にすると弾かれないか?」
「………『そんなこと絶対ない』とは言い切れませんね……」
パソコンやスマホでプレイするのだったら契約者の名前や性別。
そんな情報を官公庁や通信会社のデータと照合させる可能性がないとは、私も言えない。
「正直に入力するほうがいいと思う。
……でも、竹ちゃんに寄せられるところは寄せて答えたいな」
そうして『どんな条件の人物が異界に連れて行かれるか』を検証してみた。
「年齢じゃない? 中学生から高校生、みたいな」
「女性とか」
「竹ちゃんを狙うならば、これまでみたいな『一人暮らし』はまずないよね」
これまでに『異界』へ連れて行かれたひとは『一人暮らし』のひとが選ばれていた。
行方不明になったと騒がれることを保志氏が嫌がったからだった。
でも『北の姫』が『中学生から十九歳の女性』と知っていて、その彼女を連れて行こうとするならば、まず『一人暮らし』ははずすだろう。
一般的に考えて、その年頃の女性が一人暮らしをしている可能性は限りなく低い。
「ま、もーちょっと考えよう」
そこでその話は一旦終わりになった。
各自考えられることを考えておくことにした。
それからも話し合いは続いたけれど、結局いい案は見つからなかった。
「七月十七日より前にデジタルプラネット六階に突入するのと、七月十七日のバージョンアップで連れて行かれるのを狙うのと、どっちがいいですかね?」
私としては七月十七日より前に勝負をつけたい。
そうして『異界』を破棄させ、人喰い鬼なんてものが来ないようにしたい。
そうすれば晃は戦いに行かなくて済む。
「『七月十七日より前に突入する』というのも、ニパターンあるよな?
『異界を無視して災禍を滅する』パターンと『災禍にバレずに異界に行って残ってるひとを助けてから災禍を滅する』パターン」
タカさんが明言化してくれて、その難易度がはっきりとした。
どなたも「ううん」とうなっておられる。
そりゃ、理想は『災禍にバレずに異界に行って残ってるひとを助けてから災禍を滅する』パターンだ。
でもそのためにどれだけの難関をクリアしないといけないのか。
どうすればいいか考えを巡らせていると、菊様がひとつ息を落とされた。
「ここですべて決めるのは尚早だわ」
菊様のお言葉に誰もがうなずく。
「ここまでの情報をもとに各自考えをまとめて。
落ち着いたらタカかひなに報告。
ふたりが作戦の素案を立てなさい」
「「はい」」
私達の了承に菊様はひとつうなずかれた。
「素案ができたら晴明へ。あとは頼むわよ」
菊様のご指示に「はっ」と平伏される主座様。
うなずきを返された菊様は、次に竹さんに目を向けられた。
その美しい柳眉を寄せ、麗しい口をムッとゆがめた菊様に、竹さんはびびっている。
「竹」
菊様の呼びかけに、竹さんはトモさんに囲われたままピッと背筋をのばした。
どうにか菊様に顔を向けたけれど、情けない、頼りない顔をしていた。
そんな竹さんに菊様はわざとらしくため息をつかれた。
「どんな案になるにせよ、あんたが『鍵』なのは変わらない。
クヨクヨする暇があったら少しでも寝て、体力と霊力を維持しなさい。
わかったわね!?」
ギロリとにらまれて竹さんはうなだれ泣きそうになりながらも「はい」と返事をした。
「智白」
「はっ」
「竹を頼むわよ」
「言われずとも」
トモさんの返答にうなずかれた菊様は最後に全員をぐるりと見回された。
「今日はこれで解散。皆、ご苦労だったわね」
「「「ははっ」」」
威厳にあふれた女王に一同が平伏する中、スッと立ち上がった菊様はそのまま姿を消された。
転移されたようだ。
おそらくご自分のお部屋に帰られたのだろう。
菊様がお姿を消されたことで、なんとなく張り詰めていたものが解けた。
誰からともなく「ほぉー……っ」とため息が落ちる。
「――まずは、皆様。お疲れ様でございました。
アキが御池に昼食を用意しています。よろしければそちらへ……」
主座様が全部言い終わる前に蒼真様がアキさんに抱きついた。
「さすが明子! うれしい! ありがとう!!」
「うふふ。こんなことしかできないけど、喜んでもらえたらうれしいわ」
「うれしいよ! ありがとう!!」
喜びまとわりつくちいさな龍をうれしそうになでるアキさん。
スリスリと甘える龍だけでなく、白虎もオカメインコも「いいわね!」「さすがは明子!」と手放しで喜んでおられる。
「早速御池に移動しよう!」と。
「じゃあ、一旦解散でいいですか?」
トモさんが竹さんを抱いたまま確認してくる。
「竹さん休ませたい。詳しい話はまたあとでいいかな?」
「トモさん」
竹さんがトモさんにすがる。その顔色は良くない。
「私、大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょ」
「でも」
「『でも』じゃないよ。熱出るよ」
トモさんの指摘は多分正しい。守り役様が真顔でコクコクうなずいているし、蒼真様もうなずいている。
「そうですね。一旦解散にしましょう。
私もちょっと情報を整理したいです」
私がそう告げるとタカさんも「オレも」と続く。
それでようやく竹さんはホッと肩が落ちた。
「じゃあ、まずはお昼ごはんにしましょ。竹ちゃんとトモくんの分はあとでお部屋に持って行くわね」
アキさんがそうまとめてくださり、ようやく生真面目な頑固者は休むことを了承した。
「じゃ。あとで」
そう言うが早いか、トモさんは黒陽様と蒼真様を両方の肩に乗せ、竹さんをお姫様抱っこして、風のように部屋を出た。
止める間もなかった。