表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/573

久木陽菜の暗躍 56 作戦会議 1

 保志 叶多氏に晃が『浸入(ダイブ)』したことで、彼の『記憶』を『視た』。

 多くの情報を得ることができた。


「必要なことをまとめてみましょう」

 菊様のご指示で、ヒロさんがどこからかレポート用紙とペンを出された。

 思いつくままに私達が並べるのをヒロさんが書きとめる。



 保志氏の『願い』

『京都の全ての人間の抹消』


 そのために彼がしていること

『バーチャルキョート』を作り広めることで『異界』を作る

 その『異界』と『人喰い鬼』の『世界』を繋ぎ、ひとを喰わせる


(にえ)』を集め霊力を集めている

『願い』を叶えるために

 京都中のひとを殺すために



 報告書にあった、過去にシステムエンジニアやプログラマーが行方不明になっていた件。

 彼らはみんな『異界』で鬼に喰われていた。

 まだ『記憶』で『視た』顔や名前と行方不明者リストを照合していないけれど、間違いないだろう。


 それ以外にもたくさんのひとが彼の『願い』の犠牲になっていたことがわかった。


『京都のひとを鬼に喰わせる』

 そのためにこれまでに『実験』を繰り返している。

 なんの罪もないひとを『異界』に連れて行き、居住環境を調べ、鬼に喰わせた。

現実世界(こちら)』に鬼を召喚し、居合わせたひとを喰わせた。


 そうやってたくさんの『(にえ)』を集め、『バーチャルキョート』という『異界』を作り込んでいった。

『現実世界』と逆転させて人喰い鬼を送り込むために。



『バーチャルキョート』というゲームを作ったのは、『現実世界』と同じ『異界』をそこに作るためと、霊力を集めるため。


 たくさんの人間が集まる仮想空間。

 その中に陣を組み込んだ。そうしてユーザーの思念を集め、霊力を集めている。

 集めた霊力を使って陣を展開し、『異界』をより『現実世界』に近づけている。人喰い鬼の『世界』と繋げて鬼を呼び寄せている。



 その集めた霊力を使って、これから保志氏がやろうとしていること。


 陣を作った。鍵を作った。

 それらを使って『現実世界』と『異界』を逆転させる。

 逆転させることで招いた鬼を『現実世界(こちら)』に出現させ、ひとを喰わせる。

 ただ、現状では霊力が足りないから、発動させた陣で『現実世界(こっち)』のひとを『異界(むこう)』へ連れて行き、鬼に喰わせる計画を進めている。


 保志氏の『願い』どおりに竹さんが『異界』へ行き『災禍(さいか)』の封印を解いたら、当初の計画どおり『現実世界』と『異界』を逆転させて鬼を召喚する。


 どっちにしても、鬼に京都のひとを喰わせる計画に変わりはない。

 これを防がなくては、晃は戦いにおもむくことになる。

 死ぬかもしれない戦いに。

 そんなこと、させない。

 保志氏の『願い』は、私が必ず止めてみせる!




 それぞれが意見を出し合い、ある程度まとめができた。

 ちゃぶ台の中央に置かれたヒロさんのレポートを食い入るように全員が見つめる。


 私もじっとそれを見る。

 もれはない、と思う。

 次に考えるべきは、ここからどうするか。これからどうするか。

 頭の中にパズルのピースを作っていく。並べていく。はめかえてみる。


 そんなことをしていたら、菊様に声をかけられた。

「ひな」

「はい」

「どう判断する?」


 美しい大きな瞳が私を映す。

 その厳しさに、知らずつばを飲み込んだ。


「――保志 叶多の『異界』は完成と言っていい状態に在ると考えます」

「そうね」

「これはそのまま放置し、最終目的である『災禍(さいか)』を滅することを考えるべきかと」


 術を展開しているのは保志氏でも、保志氏の書いたログでもない。『災禍(さいか)』だ。

 保志氏に気付かれないように『災禍(さいか)』を滅すれば、術を展開する術者がいなくなる。

 そうなれば、術についての知識のない保志氏にはどうすることもできない。

 人喰い鬼が現れる心配も、晃が戦いに行くこともなくなる。


 私の第一目標。『晃を死なせない』。

 それが、叶う。


 なのにその最愛が即座に反論してきた。


「ダメだよひな」

「それじゃあ『バーチャルキョート』に連れて行かれたひとが取り残されてしまう」


 ……なるほどね。

 それで私の意見を求めたのか。


 菊様はきっと私と同意見だ。

 少数を切り捨てて大局を決しようと考えたに違いない。


 でも、お人好しのお姫様もわんこもおなじものを視てしまった。

 このお人好しどもはひとりでも多く助けたいと願う。

 それをどうするかで、今後の方針を決めるおつもりだ。


 言わば占いのようなもの。

 ふたつの道のどちらを進むか、私達の言葉で決めようとしておられる。



 神様達によって私達には運気上昇が付与されている。

 それはもうガンガンに。

 そんな私達の言葉は神託に近くなっているだろう。


 特に晃は昔からそんなところがある。

 本質を見抜くというか、本人もなんでそんなことに気付いたのかわからないということがあった。

 きっと神々に愛された『火継の子』だからだろう。


 その晃が『ダメ』と言う。

 ならば、それこそが『神託』なのだろう。


 でも。


 どうやったらそのひと達を助けられるの?

 どうやったら『災禍(さいか)』にバレずに連れ帰ることができるの?



『バーチャルキョート』にいるひと達を無視すれば、事態は比較的単純だ。

 デジタルプラネット六階にある水晶玉を南の姫が斬る。それだけ。

 それで姫達の責務は完遂される。


 ただ、『災禍(さいか)』を斬ることでどんな影響が出るかはわからない。

 あれほどの高霊力、南の姫に完全に滅することはできるのだろうか。

 竹さんの結界ならば万が一高霊力が散っても押し込めるだろうか?

 誰もやったことのないことだから、誰にも予測がつかない。

 それもあって菊様は私達に問答させているのだろう。


 ならば、問題点も懸案事項も全てこの場で吐き出そう。

 そう腹を決めた。



「――確認します」

 私の姿勢が変わったのがわかったのだろう。皆様表情を引き締めて目を向けてくださる。


「こと『災禍(さいか)』を滅するのみを考えるならば、デジタルプラネット六階にある水晶玉を南の姫が斬るだけでいいですよね?」

 私の確認に「そうね」と菊様が首肯される。


「そこにどうやって行くかとか、問題はあるけれど、まあ、そういうことね」


「仮に『災禍(さいか)』を滅することができた場合、現在展開されている『異界』はどうなると思われますか?」


 この質問に、菊様は少し目を伏せ、すぐに顔を私に向けられた。


「……展開している術者がいなくなるわけだから……。

 おそらくは、自然消滅するわね」


「その場合、その『異界』にいるひとはどうなりますか?」


「その『異界』と一緒に消滅するわね」


 その答えに、お人好しのわんことお姫様がちいさく息を飲んだのがわかった。

 わかったけれど、()えて無視して質問を続ける。


「その『異界』にいるひとを助けようとすれば、どのような方法が考えられますか?」


「その『異界』に行った方法による」


 菊様は淡々と説明された。


「自分の意志で『境界』を越えたのならば、同じ『境界』から帰ればいい。

 でも転移陣で連れて行かれたならば、術者に『境界』を開かせる必要がある」


「もしくは、こちらから行った術者が、自分の使った『境界』を使って連れて帰るか」


 その説明を頭の中で咀嚼(そしゃく)する。

『境界』。『異界』への。

 ふと思いついた可能性に質問する。


「トモさんの『境界無効』で『災禍(さいか)』の『異界』に行くことはできますか?」


 私のその質問に、トモさんはム厶ッと口をへの字にされた。


「………話を聞く限り、デジタル空間に展開されている『異界』だと思われるので……

 どこか『境界』があれば行けると思うんですが、その『境界』が現実世界にあるかといわれると……ちょっと、俺には判断できないです」


 なるほど。確かに。

 現在わかっている『異界(そこ)』への『境界』は、パソコンやスマホの画面に出される転移陣だ。

 その陣で『異界(バーチャルキョート)』に行けるかどうかは「やってみないとわからない」と菊様も守り役の皆様もおっしゃる。


 じゃあそれは一旦置いといて、別の方向から考えよう。

 


「たとえばその『異界』に誰かが行って、転移で戻ってくることはできますか?」


 この質問には皆様頭をひねられたが、黒陽様がおっしゃった。

「蒼真ならできるだろう」


 指名された蒼真様も考え考えうなずかれた。


「蒼真は『界渡り』ができる。

『こちら』にいる誰かを目印にして戻ってくることはできるだろう」


「どうだ?」と黒陽様にたずねられ、蒼真様も「多分、できると思う」とおっしゃる。


「他の方では?」

「無理だろうな」

 あっさりとした黒陽様の答えに皆様うなずいておられる。


「転移は『行ったことのある場所に行く』技だが、あくまで同じ平面上を移動する技だ。

『異界』や『異世界』といった、違う階層に移動するようなことは、基本できない」


『白楽様の高間原』に黒陽様達が行けるのは、皆様が『(ヌシ)』である白楽様に『承認』されていることと、あちらに印となる転移陣があるからだと説明される。

 だから今回の『バーチャルキョート』から転移しようと思ったら、あらかじめこちらに印となる転移陣を用意すればいいはずなのだけれど、いかんせん行ったことのない場所で『(ヌシ)』の承認もない状態なので、戻ってくるための転移にどれほどの霊力が必要か、やってみないとわからないという。


「皆様が『異界』や『神域』に行かれているときはどうされているのですか?」

 これには主座様が答えてくださった。


「そういった場所にはたいてい『接点』があるんです。

 わかりやすいのは神社ですかね?

 そういう『接点』で祝詞(のりと)をあげて、先方に招いていただくんです」


 だからこちらから転移したりするわけではないと。なるほど。


「『バーチャルキョート』も同じようなことが言えますよね。

 先方からの転移陣で招かれて『異界』へ行くわけですから」


 確かに。

 なるほど。『ゲーム』や『デジタル』だから別のシステムかと思っていたけれど、筋は通っているのか。



 皆様の説明を頭の中でパズルのピースにしながら、さらに問いかける。


「じゃあ、『災禍(さいか)』の展開している『異界』のひとを助けようと思ったら、必要なことはなんですか?」


 この質問に、皆様それぞれ考えを巡らせておられた。

 しばらくして緋炎様と白露様から答えが出た。


「その『異界』につながる『道』を見つけること」

「その『異界』に行くこと」


 その言葉に「そうだね」と蒼真様もうなずいておられる。


「さすがのぼくも、行ったことのない、目印もないところへは行けない」


 そりゃそうだわね。

 うーん……。


『異界』に行く。

『道』を見つける。


「……保志氏はどうやって行き来しているんだろう……」


 つぶやいたそのとき。トモさんがハッとしたのがわかった。

 意識して彼の思念を探る。

《もしかして、あれは――》

 トモさんがイメージしているのは保志氏の仕事部屋の奥の壁。


「なにか気付いたことがありましたか?」


 トモさんに向けて問いかけると、竹さんも彼の腕の中から顔を向けた。

 すがるように竹さんに見つめられてトモさんのテンションが上がる。

《かわいい!》はいいですから。さっさと答えてください。


 私ににらまれてトモさんはバツが悪そうにひとつ咳払いをした。

 すぐにキッと表情を引き締め、口を開いた。


「推測でしかないですが」

「構いません」

「あの社長の仕事場の奥の壁。

 おそらくはあそこが『異界』と繋がっています」


「――根拠は?」

「ありません」


 きっぱりと言い切って「ただ」とトモさんは続ける。


「ただ、なんとなくそう感じただけです。

 あの一角が『切り取れそうだ』と。

 まるで『扉のようだ』と」


 ……なるほど。

 そう感じることが『境界無効』の能力なんだろう。


 試しに蒼真様にも確認してみる。


「――蒼真様はどう思われますか?」

「ぼくは『境界無効』なんて能力ないからわかんなかった。黒陽さんは?」

「私も特になにも感じなかった」


 白露様も緋炎様も「なにも感じなかった」とおっしゃる。

 つまり、やはり『境界無効』が仕事をしたんだろう。


 と、菊様が再び鏡を出し、床に置かれた。

 手をかざした菊様のつぶやきが落ちた。


「当たりね」


「『ソコ』が保志 叶多が出入りしている『扉』だわ」


災禍(さいか)』に関しては弾かれる菊様だけど、トモさんの感じたことに対して『是か否か』を問うのは大丈夫だったらしい。


「智白だからわかったんでしょうね。お手柄よ」

 

 美しい女性に微笑みかけられてもトモさんは平気な顔で頭を下げるだけ。これだから『半身持ち』は。



「じゃあ、あの社長の仕事場にトモさんを連れて行けば、『異界』を行き来することはできそうですね」


 そうまとめると、皆様苦笑を浮かべられた。

 その『社長の仕事場』に行くことがまず困難なこと、社長と『災禍(さいか)』の目を盗んで『そこ』までたどり着くことができる可能性がとてつもなく低いことを誰もが理解していた。


 でも、何の手段もない状況よりは格段マシだ。

『どうするか』は、これから考えればいい。それは私の役目だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ