第三百九話 保志 叶多の記憶 8
『バーチャルキョート』のバージョンアップは順調に進んでいる。
改めて京都全域を調査し、『バーチャルキョート』の街を作り直し、より『現実世界』と『異界』を『同じ』にする。
調査の過程で京都全域を囲む陣を展開した。
これのおかげでこれまで以上に色々なことができるようになった。
鬼の召喚実験を繰り返す。
『異界』にひとを送る。
『北の姫』の存在が確認できた。
『贄』を集める。『異界』を作り込む。霊力を集める。
『バーチャルキョート』のバージョンアップは突然予想以上に進んだ。
すべてがおれの『願い』どおりに進む。
神仏がおれを導いてくれているんだ。
『間違った人間達を懲らしめろ』と。
『正しい世界に導け』と。
あと少し。あと少し。
七月に入った。
『鍵』の設定はできた。
祇園祭の山鉾巡行で長刀鉾が注連縄を切る。それを『鍵』とする。
そのために数年前から『バーチャルキョート』の中でも祭礼を行ってきた。
『バーチャルキョート』でも同じ時間に同じ祭礼を行い、同時に注連縄を切ることで『現実世界』と『異界』両方で同時に陣を展開。空間が『つながる』。
そうして『異界』に呼び寄せていた鬼を『現実世界』になだれこませたかったのだが、それには「霊力が足りない」という。
それならと、陣の展開と同時に『現実世界』の人間を『異界』に連れていく案で現在は進めている。
連れて行かれた人間にとっては現実に突然鬼が現れたように感じるだろう。
助けを求めても逃げ惑っても、救われることなく喰い物にされる。
何が起こったのか理解することすらできず、足掻いて足掻いて、そうして喰われて死ねばいい。
じいちゃんのように。
おれの家族のように。
この街には『悪人』しかいない。
そんな連中をのさばらせていては『善人』が苦しむ。
『善人』が苦しむことのない『世界』にするために。
『善人』が喰い物にされないために。
そのために、この京都を滅ぼす。
京都の人間を鬼に喰わせる。
この街には腐った人間しかいない。
そんな『世界』は壊れたらいいんだ。
誰も腐っていることに気が付かないなら、おれが正してやる。
おれが『世界』を変えてやる。
バージョンアップの作業が予想以上に早く終わった。
おかけで『北の姫』を捜索する時間ができた。
おれの都合のいいように物事が進む。
すべてがおれに都合よく進む。
やはり天はおれに味方しているのだ。
『間違った人間達を懲らしめろ』と。
『正しい世界に導け』と。
その『北の姫』はなかなか見つからない。
『見つかりますように』と毎日『願い』をかけているのだが。
普段は霊力を抑えているとかで『アレ』にも「感知できない」という。
『姫』のそばにいるという『守り役』も同じく「感知できない」。
つい先日『東の守り役』の存在が確認されたが、安倍家の敷地内だったため詳しく調べることができなかった。
封印で能力が制限されている『アレ』の使うモノでは、現在の安倍家周辺を探ることができないという。
二十年くらい前。
霊力がある程度貯まって『アレ』が使うモノが動かせるようになった。
そのときから安倍家を探ろうとしているのだが、安倍家の結界は強固で探ることができない。
京都にはそんな場所が何箇所もある。
神社仏閣にはたいていそんな結界が展開されている。
それを知って、このビルを建てるときにウチにも結界を張らせた。
『アレ』に命じて、スパコンのある五階とおれの仕事場である六階には『承認』されたモノしか入れないようにした。
いちいちおれが『承認』するのは面倒なので、三上が『承認』したモノは入れるようにした。
これで防犯も産業スパイも安心だ。
『東の守り役』が安倍家と関係していることはわかったが、ほかの守り役がどうしているのかは相変わらずわからない。
当然『姫』がどうしているのかもわからない。
どうにか『北の姫』を見つけられないだろうか。
うまく『異界』に連れて行けないだろうか。
そこまで考えて、ふと思いついた。
先にある程度まとまった数の人間を『異界』にやってはどうだろうか。
バージョンアップは七月十七日の0時。
長刀鉾の注連縄切りは九時二十分頃。
約九時間ある。
その間に『北の姫』を見つけ『アレ』の封印を解かせ、集めた人間から霊力を集めたら、当初予定していた『鬼を「現実世界」になだれこませる』ことができるんじゃないか?
『アレ』に提案してみる。
「可能性はゼロではありません」と、いつもの答えが返ってくる。
「『北の姫』を『異界』に呼び寄せることはできると思うか?」
「可能性はゼロではありません」
「フム」
考えを巡らせる。
現在も『異界』に十数人が生き残っていることは確認されている。
新たに百人前後投入すれば、今『異界』に残っている鬼も活性化するだろう。
そうだ。鬼を呼び寄せるアイテムとかないか?
「鬼を呼び寄せるアイテムはあります」
「早く教えろよ」
「これまでに聞かれたことはありませんでした」
「そうだったな」
こいつは融通がきかない。
聞いたこと、必要なこと以外は答えない。
だから聞き方によって得られる情報量が違う。
「じゃあ、おれが『ゲーム開始』を宣言すると同時に『門』を開けて多数の鬼をなだれ込ませることは可能か?」
「可能です」
「――よし。じゃあ、計画変更だ」
バージョンアップの瞬間――七月十七日の0時のオープンと同時に、特定のユーザーにだけ転移陣を送りつける。
それでそいつらは『異界』に転移する。
「ゲームの新しい形」「最新型の体感型ゲーム」だと説明すればすんなりと受け入れるだろう。
おれの『ゲーム開始』の宣言と同時に鬼をなだれ込ませる。
そうだ。『体感型ゲーム』とするならば、装備なんかも『バーチャルキョート』で獲得しているものが使えるようにしないとまずいか?
「『異界』は『現実世界』よりも霊力量が多くなっています。
現在の霊力量ならば、データを具現化することは可能です」
じゃあ個人データを具現化できるようにしよう。
ついでに例の『能力者』達が万が一 紛れ込んでいたときのために、あくまでも『バーチャルキョート』の装備とレベルでしか戦えないようにできないかな?
「提案に対する術は次のとおりです」
「書き込むログは次のとおりです」
フム。どうにかなりそうだな。
「じゃあ、バージョンアップのシステムにログを加えよう。
『一定条件下のユーザーに転移陣を送付』
『異界』に転移後は『バーチャルキョート』個人データどおりのレベルと装備になる」
「『異界』を展開しろ。ログを示せ」
「了解しました」
さらにおれは『願い』を込める。
『北の姫が』今回のバージョンアップに合わせて『異界』に行きますように。
『アレ』の封印を解きますように。
きっとうまくいく。
これまでもそうだった。
おれの『願い』どおりに物事が進む。
おれの『願い』は必ず叶う。
見ててねじいちゃん。
待っててねみんな。
もうすぐ、もうすぐだ。
おれの家族を助けてくれなかった、京都の全ての人間に鉄槌を。
そして。
『善人』が苦しむことのない『世界』にするために。
『善人』が喰い物にされないために。
おれが『世界』を変えてやる!
明日からはひな視点になります